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フォスター家の舞台裏9

フォスター家の舞台裏【オルガ番外編】




「お前、心の中で鼻歌を歌っているだろう」
 執務室の書棚に向かい、フォスター伯爵家当主クラウンの為に資料探しをしていた執事スフォールドは、書類を書き進めている主を振り返った。
「これは失礼致しました。そんなに浮かれて見えまするか?」
「い~や。僕だから聞こえるだけ~」
 席を立ったクラウンは、窓辺に歩を進めてバルコニーに出た。
 そんな後ろ姿を小休止の合図として、スフォールドはお茶の支度に取り掛かる。
 クラウンが庭園に向けてヒラヒラと手を振っていた。
 きっと愛息子が、半年程前に採用したばかりの守役モートンを傍らに、遊んでいるのであろう。
「良い子だよね、モートン。いくつだっけ」
「二十四にございます」
「あれあれ。そんな若いのに、大したものだねぇ。卒はないし、落ち着きはあるし、何より笑顔が良い」
 差し出された銀盆からティーカップを受け取り、クラウンがバルコニーの柵に頬杖をついた。
「申し分ない所作に関しましては、ヴォルフ侯爵家での修行の成果にございましょうが、あの柔らかな物腰は生来のものでございましょうね。私には無いものにございます」
「ふふ、わかっているじゃないか」
 銀盆でポンと叩かれたお尻をさすり、クラウンは漂う香りを楽しむようにお茶を口に運んだ。
「あんな子を弟子にできて、お前が浮かれるのもわかるよ」
「ほとんど仕上がっている上に、手が掛からない。楽この上なし」
「ずるい師匠がいたものだねぇ」
「ただ・・・」
 銀盆を脇に抱えて、スフォールドがそっと顎に手を添えた。
「何と申しましょうか・・・。勤め始めて数日でフォスター伯爵家のしきたりやスケジュールもすっかり覚えたモートンなのですが・・・」
「僕、使用人経験がないからよくわかんないのだけれど、それって優秀なのじゃない?」
「ええ、とても」
「なのに、何が気になるのだい、この師匠様は」
 どうも上手く言葉が紡げない。
 スフォールド自身、不明瞭なのだ、「ただ」と言った意味が。
 不満はもちろん、問題もない弟子。
 問題どころか秀評定。
 クラウンが評したとおり卒がなく、穏やかで物腰が柔らかく、大事な坊ちゃまを安心して任せていられる。
 そんな弟子を持てたことが、誇らしいほどに。
 黙って考え込んでいたスフォールドを、クラウンが覗き込む。
 大切な愛しい息子を預ける相手のことなのだから、スフォールドの歯切れの悪さを気にして当然か。
 これは執事としてとんだ粗相だなと、スフォールドはつい苦笑した。
 主を不安にさせる不用意な言動、これが部下であればお仕置きしているところだ。
「あ」
 じっと自分を見つめるクラウンを見返して、モヤが掛かった思考に合点がいった。
「旦那様、ご安心を。モートンは旦那様がおっしゃる通りの良い子にございますよ。アーサー坊ちゃまを託すに相応しい為人(ひととなり)」
「・・・うむ。お前が太鼓判を押すのなら、心配ないね」
「はい。ところで、お茶のおかわりはいかがです?」
「いや、そろそろ仕事に戻るよ」
「左様ですか。では、お言いつけごとがございますれば、今の内に」
「今のところはないよ。どうしたの? 下がりたいなら、構わないよ」
「いえ」
 スフォールドはバルコニーから踵を返して部屋の隅まで進むと、壁を向いて立った。
「? スフォールド?」
「旦那様を無闇にご不安にさせてしまったお仕置きに、しばらくこうして反省しております。当家には私にお仕置きできる者がおりませぬ故」
 そう言う彼の背中を眺めたクラウンはクスリと笑うと、執務机に戻って黙々と書類に向かい始めたのだった。



 小半時ほど自分へのお仕置きを課したスフォールドは、やがて一礼を残して執務室を後にした。
 腑に落ちた「ただ・・・」。
 モートンという青年は、出会ったばかりの頃のクラウンと共通した部分があるのだ。
 人を頼ろうとしない。
 この半年の間で質問は山とされたが、相談をされた記憶がないことに気付いたのである。
 何でも卒なくこなして、それがまた優秀な出来栄えであるのが隠れ蓑になっていた。
「小半時のお仕置きでは足りぬかな。私としたことが、迂闊だった」
 日常や催事の業務にはその辿り方こそ臨機応変さを必要とするにせよ、正解の形がある。
 だが、スフォールドが彼に託した「坊ちゃまの守役」という任には、どこにも形がないのだ。
 こうあって欲しいという理想はあれど、正解がない。
 クラウンと出会って十八年間で散々思い知らされてきたし、アーサー坊ちゃまが生まれてこの四年で、更にその難しさを痛感した。
 クラウンの時は一つ違いということもあり、心をぶつけ合う手法が使えた。
 アーサー坊ちゃまのことは、やはりクラウンに相談できた。
 確かにモートンは申し分のない弟子で、きっと坊ちゃまをあの柔和な笑顔で導き、良きお世継ぎに育ててくれるだろう。
 だが、彼自身が潰れてしまっては、意味がない。
 スフォールドが望むのは、誇らしい新当主とその傍らにある誇らしい未来の家令。
 ピタリと足を止めたスフォールドは、しばし腕組みで唸った。
「さて、どうしたものかな」
 あまりに険しい顔で考え込んでいるスフォールドを見かけた部下たちが、一斉に自分たちの仕事の見直しを始めた様子に吐息。
 いつもなら、上司の顔色を伺わねばならぬ仕事をしているのかとお小言に突入するところだが、自分にお仕置きが足りないと感じる今は見逃してやることにした、ら、それはそれで更なる失点であるなと思い直し、スフォールドは咳払いした。
「さて、今仕事の見直しを始めた者は全員、壁の前に並びたまえ」



「フォスター領産赤ワインと白ワイン。スペンス領産の赤と白、それとスパークリングワイン。結構、数も間違いないよ。ありがとう、ご苦労様」
 配達業者にニッコリと微笑んで見せて、モートンは手帳をポケットにしまった。
 その納品風景を使用人ホールの指定席である窓辺の長椅子から眺めていたスフォールドは、天井を仰いで肩をすくめた。
 まったくもって、卒のないことで・・・。
 仕入れ発注は家令であるスフォールドの仕事だが、何も言わずとも帳簿を確認して発注内容を手帳に書きとめ、自分が出張らなくとも納品作業完了だ。
 おまけに業者への労いも忘れず、実に気持ちの良い送り出し。
 出入り業者との円滑な関係構築も、次期家令候補に必要不可欠な要素。
「スフォールド、ワインセラー前まで運んでしまいますね」
 納品された木箱を抱えてやって来たモートンの所作は、実に滑らか。
 発注したワインは中々の数であるので木箱は相当重たいはずなのだが、まるで綿でも運んでいるような足取りである。
「ああ、ありがとう。では行こうか」
 ワインセラーは使用人最高責任者である家令しか立ち入れない。
 その前まで木箱を運んだモートンは、スフォールドに恭しい一礼を向けて踵を返した。
「ああ、待ちたまえ。セラーにワインを入れるのも手伝っておくれ」
 振り返ったモートンが嬉しそうな表情を浮かべたが、すぐに残念そうに頭(こうべ)を垂れる。
「大変光栄なお言葉にございますが、私は坊ちゃまのご様子を見に参りたく・・・」
「今はマナーの授業の時間だろう? 講師にお任せしておけば良いよ」
 モートンが少し弱ったような表情を滲ませた。
「申し訳ございません。やはり参ります」
 一礼した彼の腰に素早く腕を回したスフォールドは、ヒョイとその体を小脇に抱えた。
 体格は細っそりして見えても、自分と同じく筋肉質な体は主より重くて少々難儀したが、抱えた彼をセラーの中に引き入れることに成功した。
 それはこの弟子が突拍子もない出来事に唖然としたか呆然としたか、状況を把握できない様子で抵抗しなかったからだ。
 けれど、ひんやりとしたセラーの空気で我に返ったらしい。
「ちょ。え? な・・・何をなさるのですか、スフォールド!」
 小脇にぶら下げていたモートンがもがき始めると、さすがによろめきそうになったスフォールドは彼を小脇から解いたが、スルリとセラーの戸口にもたれて退路を断つ。
 そうして見据えた弟子の顔は、セラーの冷たい気温でも冷めないらしく、真っ赤だった。
「い、いくら何でも、失礼でしょう! あんな、子供みたいに・・・」
 睨まれても、こんな耳まで赤く染まった動揺顔では意味を成していない。
「モートン。子供みたいと言うけれどね、お前、子供の頃にああいうこと、されたことないのではないかね?」
「当然でしょう! ありませんよ!」
「・・・だろうねぇ」
 ほくそ笑んだスフォールドは、殊更大袈裟に肩をすくめてみせた。
「お前が故郷や奉公先のヴォルフ侯爵家で、どう評価されていたか言い当ててやろうか?」
 彼の鼻先に指を押し付けて、したり顔を寄せてやる。
「手の掛からない、良い子」
「~~~」
 モートンは別の意味で真っ赤になっていた。
 うむ、怒っているな。結構、結構。
「ふふ、当たりだ。それは確かに良い評価ではあるけれど、当人は大変だろうねぇ。その評価を守り続ける為に、人様に手を掛けさせられないのだもの」
 唇を噛み締めて俯いてしまったモートンに歩み寄り、スフォールドはその顔を覗き込んだ。
「な、モートン。私は別にお前に手が掛かっても、構いやしないのだよ?」
「・・・何をおっしゃっているのか、分かりかねます」
 スフォールドは思わず宙を仰いで頭を掻いた。
「存外に強情だね。うん、良い。それでこそ、育て甲斐があるというもの」
 スフォールドは傍らの作業台に歩を進めながら、モートンの足を地面から弾くように軽く蹴り上げた。
「あっ」
 不意打ちでよろめいた彼の腹をすくい上げて、作業台に掛けた自分の膝の上に俯せに組み敷く。
「ス、スフォールド! 何をなさるのです!」
「自分がされたことはなくとも、この姿勢に察しはつくだろう?」
「~~~り、理不尽です! 私は何もしていない!」
「そうだよ、何もしていない。私に相談の一つもしてくれな、っ痛・・・ぁ!!」
 膝の上に人を組み敷いて、垂れ下がった頭に足首を噛みつかれたのは初めてだった。
「お、お前ねぇ・・・」
 これ以上噛みつかれては敵わないので、モートンの腹の下の足を組み上げて避難させると、高くなった太ももで腹が持ち上がって突き出されたお尻がジタバタともがく。
「離してください! 最初におっしゃったではありませんか! 坊ちゃまの育て方に口は出さぬと!」
「口出しはせぬよ」
「では何故、相談せぬからとこのような無体をなさいます!」
「口出しはせぬと言った。だが、一人で抱え込めとも言ってはおらん」
「は! これはこれは、大変失礼致しました。逐一全てを報告し、家令のご機嫌を伺うべきでございました、どうも至らぬことで」
 ・・・ぅわ。可愛くない。
「モートン。私は報告ではなく、相談と言っているのだが」
 膝の上で精一杯そっぽを向いて見せるモートンは、逆に妙に可愛かった。
「私の言う相談と言うのはね、お前の捌け口くらいには、なってやりたいということだよ」
「・・・・・・私は、あなたに嫌われたくありません」
 ・・・う。
「このような狭量なことを思い煩っているなどとあなたに告げれば、最初の印象と違ったと、嫌われてしまう」
 膝の上で腹這いにぶら下がるモートンが、ひどく悔しげな顔をねじ向けた。
「それでも聞きたいなら、言って差し上げますよ! 私は若造故、マナー講師に軽んじられております! そのせいか、講師の坊ちゃまに対する態度も軽薄に思われまする! ですから、お側におらねば心配で・・・!」
「ああ・・・、マナー講師というのは、そういう手合いが多いのも確かだからねぇ」
 貴族は元より王族の子息にまで礼儀作法を教授する内に、自分の立ち位置を見誤る。
 かと言って、じゃあ解雇と言うわけにもいかないのが、何かと付き合いが大事な貴族社会なのである。
 今のマナー講師も社交界で紹介されて雇うことになった人物。
「そのようなこと、気にすることなかったのに。私が彼に一目置かれているのは、初手でガツンとカマしてやったからだし」
「・・・は? 一体、何を・・・」
「それは聞くな。まあ、お前にそういう力技は使えぬし、かと言って解雇もできぬとなれば、そうだね、提案なのだが、お前がマナーの授業を受けて、それを坊ちゃまにお教えするというのは?」
「・・・え?」
 首をねじ向けて目をぱちくりさせるモートンを、スフォールドがニヤリと見下ろす。
「・・・なに、お前がヴォルフ侯爵家での努力で身につけた優美な所作はマナー講師に引けを取らぬ。後は彼の知識を吸収するだけのこと。と、相談されていれば、答えたね。それに相談者がお前でなければ、こんな提案はしないよ。さて、どうするね? 先程の吐露を、相談だと思って良いかね?」
「~~~ここから、下ろしてくだされば、相談として、提案をお受け致します・・・」
「・・・うん、可愛くない。けれど、可愛いねぇ、お前」
 バチンと振り下ろされた平手に、モートンの背中が反り上がった。
「はい、これからはちゃんと相談すること」
「~! ~! ~!」
「全部、一人で解決しようとしないこと」
「~! ~! ~!」
「技術だけの師匠じゃないつもりだからな。それは覚えておいて欲しいねぇ」
「~! ~! ~!」
「あ~あ~、生まれて初めてのお尻ぺんぺんに、恥ずかしいのと痛いのとで、声も出ないかぁ」
「~! ~ぃ! り。理不尽さに腹が立ち過ぎて声にならぬだけです!!」
「子沢山農家のお兄ちゃん。君はもう弟子という名の私の弟だから。思い切り言いたいことを言えば良い」
「~~~」
「存分に聞いてやるし、一緒に考えてやるし。手の掛からない子に、手を掛けたい師匠を持ったと諦めなさい」
 恥ずかしさと悔しさと、おそらくは安堵。
 実に複雑な表情をお尻と同じに真っ赤に染めてねじ向けてきたモートンに、失笑。
「わかりました・・・。ですから、もう下ろしてください」
「うん? まだこれから人に噛みついたお仕置きをするのだけれど」
「え」
「歯型がつくほど人に噛みついちゃぁダメだよね、ね、モートン?」
 恐る恐る首をねじ向けたモートンは、サスペンダーに掛かった手にゴクリと息を飲んだ。
 ワインセラーの空気は冷たい。
 それなのに。
「やめ。ゆる。ご。ごめんなさい! 許して! もうしません! スフォールド、ごめんなさいーーー!」
 モートンのお尻はその冷気を一切感じなくなっていったのだった。



「スフォールド、お前ね、それはちょっと理不尽が過ぎやしないかい?」
 ペンを置いて机上の便箋にブロッターをあてがったクラウンに、スフォールドは両手を広げて肩をすくめた。
「ああいう良い子ちゃんには、あれくらいで良いのですよ。荒治療にございます」
「まあ、そうかもだけど。それでお尻ぺんぺんはやり過ぎ」
「私はあれくらいでちょうどだと思っておりますよ」
「・・・さて。スフォールド、これらをローランド領に郵送しておくれ」
 差し出された蝋封の手紙数枚を押し頂き、スフォールドは宛先の確認をしながらピタリと指を止めた。
「・・・・・・旦那様。何故、父へ手紙を?」
「ん? いや、お前が言っていたから。当家に自分をお仕置きできる者がいないって」
「ク、クラウン? おい、待て。何を書いた」
「いやぁ。次のローランド領行きが楽しみだねぇ」
「~~~」
 お尻が。
 何故だか。
 ヒリヒリしてきた。




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