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スパ小説です。【引越し中】引っ越し済み作品から削除中。  小説を読もうサイトに改稿を加えつつ引っ越しております。  「オルガ」は「フォスター家」へとタイトルチェンジ致しました。

フォスター家2

フォスター家【オルガ番外編】




 けたたましく幾度も鳴らされる呼び鈴。
「スフォールド! スフォールドォ!! 早く! 早く来て、スフォールド!」
 屋敷の廊下に響き渡った当主クラウンの泣き声に近い必死の叫びに、スフォールドは仕事を中断してリビングに駆けつけた。
「旦那様! 如何なさいました!?」
 半泣きで震えているクラウンの肩を支えるように掴む。
「スフォールドぉ、ジュニアが・・・ジュニアがぁ・・・」
 この手の騒動は既に幾数回。
 寝返りを打った。顔を持ち上げた。声を出して笑った。おもちゃを握った。歯が生えた。お座りした。ズリ這いした。ハイハイした。
 最初の一、二度までは、「すわ、旦那様の一大事!」とクラウンの声が届いた使用人も必死で駆けつけたのだが、もはやスフォールド以外の誰ひとり、仕事の手を止めなかった。
 そうして彼らは顔を見合わせて肩をすくめるのだ。
「さて、今度は何事だろうね?」
「ふむ。先だっては伝い歩きであったから、今日は立っちなさったのだろうよ」
 正解である。
 スフォールドがクラウンの指し示す方を見ると、父親の大きな声にびっくりしたのであろう彼の息子、生後十一ヶ月のアーサー・ジュニアが絨毯の上に棒立ちとなって「あーん、あーん」と泣いていた。
「お・・・」
 当初こういう騒動で駆けつけた使用人たちは、スフォールドの一喝を覚悟して主人を気の毒に思いながら目をつむり、肩をすくめたものだ。
「おおおおおおお・・・!」
 で、あるからして、スフォールドの歓喜の声に耳を疑い、唖然と開いた目を疑った。
 絶対にお小言が始まると、誰もが思っていたのに。
 まさか主人と一緒になって感涙にむせぶスフォールドを見ることになるとは、誰も思わなかった。
 まあ、それはそれで微笑ましい絵面であったのだが、親バカ二人に付き合いきれない。
 さすがに二度、三度目からは、その悲鳴が歓呼の色を含んでいるのを聞き分けることができた使用人一同であったので、反応するのをやめたのである。
「スフォールドぉ、ジュニアが泣いているよぉ。抱っこしてあげたいのにぃ、抱っこしたら立っちが終わっちゃうよぉ~」
「だ、大丈夫。立っちはこれから何度もご覧になれます故」
「うぅ~。でもでもぉ、初めての立っちは今だけなのにぃ~」
 実のところ、初めてでもない。
 フォスター領とローランド領を忙しく行き来している間に、妻のベアトリスからそれを手紙で知らされたのであるが、なかなか会えない息子を片時も離したくないクラウンが会える時間を抱っこに費やすばかりに、「よいせ」と立ち上がる姿を見逃し続けただけである。
「ほら、旦那様! 泣いておられます、お可哀想です」
「ぅう。うぅ~・・・」
「旦那様、お気持ちに背くご無礼をお許し下さい!」
 スフォールドが泣いているアーサー・ジュニアに駆け寄った時である。
 必死で小さな両手を前に突き出したアーサー・ジュニアが、ととと・・・と、スフォールドに向けて踏み出した。
 つまり、歩いたのである。
 屈んだスフォールドの腕の中に、ポスンと収まった小さな体。
 ぬくい。
 反して。
 背中に凍てつく視線を感じる。
「ジュニアの、初立っちの抱っこをぉ・・・」
 凍りつきそうな視線に刺された背筋は、次いで焼け付くような嫉妬の炎に晒された。
「おまけにぃ、初めてのあんよの抱っこをぉ~~~! スフォールドのばかぁ!」
 この日から約一週間あまり、スフォールドはクラウンに一言も口をきいてもらえなかった。
 ようやく口を開いてくれたきっかけは。
「スフォールド! スフォールドぉ!! 早く、早く来てぇ! ジュニアがね! 『ダダ(お父様)』って言ったぁ!」



 貴族の世継ぎには、早ければ生まれてすぐ。遅くとも二歳の誕生日前には専属の守役を付けるものであるが、スフォールドはこれを決めあぐねていた。
 育てた部下達に信頼を置けない訳ではなくて、彼が家令となってこの十四年の間に教育してきて一人前に育った部下達は、ありがたいことに高位家から次々と引き抜きのお声掛りを頂いていたのだ。
 同じ従僕ならば、爵位が上のお屋敷の方が給金は上だ。
 けれども、まだ赤子の坊ちゃまが次期当主となった暁には、その執事として高位家従僕を上回る年俸が約束される。
「ううむ・・・」
 それがいつかなどわかるはずもなく、生涯年収は一体どちらが上回るのか、こればかりは言及できない。
 裕福な一部の侯爵家や公爵家のように、お世継ぎ専属となった時点で執事に昇格させてやりたい気持ちは山々であるが、冠だけ与えたところで実(じつ)が伴わないであろうことは、出納帳を預かる自分が一番よくわかっている。
 生活面は衣食住を保証された住み込みであるから良いとしても、部下には故郷の家族という背景があるのだ。
 迷いに迷った結果、スフォールドは部下を高位家へと巣立たせた。
 そうして、手元に残った従僕たちはまだ見習いに毛が生えた程度。
「・・・ま、いいか」
 何故なら、部下たちの毛が生えそろうまでは、愛しい坊ちゃまのお守りを自分でできるのだから。
 さて。
 今更ながら、自分はお貴族様にお仕えしているのだなぁと思い知らされる、子供部屋。
 いやいや。部屋の広さくらいで驚くことはとっくになくなったが、一年も使わない揺籠とベビーベッドの豪奢さには目が点になった。これは遠縁スペンス伯爵からの誕生祝い。
 それらの向こう見える刺繍や彫刻が艶やかに映えるソファセットは、クラウンの奥方ベアトリスのお父上である隣国国王よりの誕生祝い。
 本棚。と。そこにギッシリと詰まった帝王学書。これは坊ちゃまの義理の叔父君と実の叔母君である、国王陛下と王后陛下よりの誕生祝い。
 寝室には、坊ちゃまが行方不明になりそうなキングサイズのベッド。これはワイラー公爵からの誕生祝い。
 平民出身として言わせてもらおう、うん。これは子供部屋とは言わない。
 ここで寝起きしているのが赤子であるのと、スペンス卿の贈り物が見てくれはどうあれ揺籠とベビーベッドであることが、辛うじて子供部屋たらしめているそこで過ごすことが増えたスフォールドは、ヨチヨチと歩き回る坊ちゃまを横目に執務に従事していた。
「あーん! あーん!」
 つい執務に専念して目を離すと、坊ちゃまは寝室のベッドの掛布団の下で遭難していたり、ソファの分厚い背もたれと座面のクッションの間に手や足を食われて(より正確を期するならば、挟まって)、ぴぃぴぃ泣いていた。
「あーあー、よしよし」
 救助活動後に泣き止んだ頃合で再び放し飼い、もとい、絨毯の上に下ろして好きに遊ばせる。
「あーん、あーん」
「坊ちゃま!?」
 今度は何事かと慌てて駆け寄ったスフォールドを見上げて、アーサー・ジュニアは「にひゃ」と笑顔を浮かべた。
「・・・」
 目をぱちくりとさせるスフォールドに向けて、満面の笑みでキャッキャと笑う。
「・・・ああ、なるほど」
 自分が泣いたら必死の顔でやって来る。
 それが楽しいらしい。
 それが嬉しいらしい。
「~~~もぅ。それで泣き真似とかぁ・・・」
 堪らなく愛しくて掻き抱けば、「きゃあ!」とはしゃいで笑う坊ちゃまのパタパタと振る手足が体に当たる度に、また嬉しくて仕方ないスフォールドであった。



「アーシャがね」
「アーシャのさぁ」
「アーシャってば」
 クラウンが息子を「ジュニア」でなく「アーシャ」と呼ぶようになったのは、坊ちゃまが一歳半頃だったと、スフォールドは記憶している。
「あーしゃの」
「あーしゃも」
「あーしゃよ」
 言葉が出るのが早い方であった坊ちゃまであるが、サ行が上手く発音できず「あーしゃ」と言いながら、手足をぱたぱたさせる自己主張行動が、クラウンをノックアウトした。
 アーサーならば愛称は「アート」「アーティー」など定番があるにも関わらず、幼かった自分が舌足らずに発音した「アーシャ」と呼ばれ続けて、思春期の頃の坊ちゃまはたいそう心外のご様子であったが、大学進学辺りで諦めの境地に達したらしい。 
 呼ばれる度に「アーサーにございます」と両親に言ってはいたが、もはや決まり文句の域であった。
 これに関してはスフォールドも身に覚えがあるので、同情を禁じえない。
 クラウンに仕え始めて以来、「スコールド(小言や)」と呼ばれ始めて、幾度言ったであろうか、「スフォールドにございます」と。
 さて置き。
 アーシャという少女のような愛称のせいなのか、ただ単に愛らしい見目に好奇心をくすぐられたのかは定かでないが。
「だだ、だぁだ。しゅこ。しゅこーう」
 領地から王都のお屋敷へ戻ったある日のエントランス。
 母君ベアトリスの隣で小さな両手を前に突き出して、「抱っこ」ご請求ポーズをとっている坊ちゃまは、坊ちゃまではなかった。
「あれあれ~、なんと可愛らしいお姫様だろうねぇ」
 頭に大きなリボンを乗っけた、お人形のようなドレス姿の息子に動じることなく抱き上げたクラウンを、心底尊敬した。
「うふふ、可愛いでしょう、あなた?」
「うふん、と~っても。ビーが縫ったのかい、このドレス」
「嫁いだばかりの頃のドレスはもうデザインが幼いので、解いて縫い直してみましたの」
「すごく上手に出来たね。支出がないなら、問題ないよねぇ、スコールド?」
 この主。我が子にも甘いが奥方にも甘い。・・・要は、『家族』に甘い。
 言いたいことはあったが、クラウンの『家族』に対する憧憬の根源を鑑みて、黙っておくことにした。
 お世継ぎの坊ちゃまであるのだが、フリルまみれのドレスやボンネットで着飾られたお嬢様姿は、親バカ承知で言わせてもらえば、おそらくはどこの深窓のご令嬢よりも可愛い。
 いや。深窓のご令嬢というものは決して他家の使用人の目に触れることはないので、見比べることはできないのだから想像の範疇であるのだけれど、スフォールドは確信していた。
 うちの坊ちゃまが一番可愛いに違いない。
 と言うか、天使。
 スコールド(お小言)とあだ名される自分とて、まさか、まさか、この天使のような坊ちゃまを叱る日が、あまつさえ、お尻を引っ叩く日が訪れるなどと、思いもしなかった。
 が。
 いくら外見は深窓のご令嬢なれど、スクスク育っていくその中身はいたずら盛りの健全な男児であり、存外、姿形に見合わぬダイナミックな悪さをしてくれる。
「めっ」
「これっ」
「こら!」
 叱られて、ぷぅと膨らませたホッペにとろけそうになるけれど。
 わがままも可愛い。おやんちゃも可愛い。ギャン泣きも可愛い。癇癪で投げつけられた物が体に当たっても可愛い。
 もう何をしていても可愛いのだ。そこにいるだけで愛おしいのだ。
 だからこそ。叱らねばならない時は叱る。
「あーん! あーん! あーん! おんましゃん、乗うのー!」
「坊ちゃま、我慢なさってくださいませ、ね? 今日は雨がきつうございますから・・・」
「うぅしゃい! ばかぁ! あめ、ないないちて!」
 無理難題にその日のお守役の部下が弱り果てていた。
 何不自由なく甘やかされ放題に育つお貴族様のお世継ぎは、手入れのなされていない伸び放題の歪な茨の王冠を被った小さな暴君。
 大事なお世継ぎ・・・、いや、大切な子であるからこそ、臣たる使用人たちにそっぽを向かれるような為人(ひととなり)にはさせられない。
「もういい! おまえがおんましゃんにおなり!」
 遊びの一貫であるお馬さんごっこならばかまわないが、思うようにならないから他者を服従させるようなこれは、お馬さんごっことは言わない。
「アーサー坊ちゃま」
 スフォールドが両手を腰に添えて背後に立って見下ろすと、いつの頃からか、坊ちゃまはギクンと首をすくめて顔を強ばらせるようになってしまった。
 二歳になったばかりの頃は、スフォールドを見つけると「しゅこ。しゅこーう」と、目をキラキラさせて両手を伸ばし駆け寄ってきていたのに。
 溜息。
 あーあ・・・。すっかり、嫌われ者だ。



「スコールド。スコールド。スコールドっ」
 スタスタと廊下を進むスフォールドは追われているのも呼ばれているのも知った上で知らぬ顔を決め込んでいたが、やがて坊ちゃまを振り返った。
「坊ちゃま。スフォールドにございます」
「なぁ、スコールド。モートンに今回は大目に見るように言ってくれ! お前は彼の上司であろう!?」
 あの小さかったアーサー坊ちゃまも、もう高等科生。年月というのは本当に早いものだ。
「・・・御意」
 あれだけ苦手にされていた自分の背中に張り付いて助けを乞う姿に、つい目を細めてしまう。
 さてさて。廊下の向こうからやって来るモートンの姿を見遣って、スフォールドは肩をすくめた。
「と、申し上げる前に。何を仕出かされたのです、坊ちゃま?」
「お行儀で叱られただけだ! それでお仕置きなんてあんまりだと思わないか?!」
 まあ言葉通りならもっともだ。けれども、弟子のモートンはそんな理不尽ではない。と、言うことは、である。
「同じお行儀で注意されたのは、これで何度目ですか?」
 ウッと言葉を詰まらせた坊ちゃまが、二本の指を立てた。
 黙って見つめていたら、もう一本生えて三本に。
「モートンが怒っているのは、お行儀そのものより反省が見受けられぬ姿勢では?」
「わかっているぅ! もうしない! だから頼む! 高等科生にもなってお尻ぺんぺんなんて嫌だぁ」
 いよいよ目前に迫ってきたモートンと顔を合わせまいとスフォールドの背中に張り付いた体が更に小さくなる様子に、ついほころんだ顔を見咎められて、弟子に注意色の強い咳払いをされてしまった。
「まあまあ、モートン。今日のところはお説教くらいで許して差し上げては?」
「おや、スフォールド。過去にあなたが坊ちゃまを庇われたのは、若輩の私が冷静さを欠いた時だと思っておりましたが。はて、私は今、あなたの目にどのように?」
 どのように? うん、冷静も冷静。師匠が坊ちゃまの好感度を意識したのを見抜くくらい冷静この上ない。
 にっこりと微笑みを湛えるモートンから目を逸らし、スフォールドは頬を掻いて背中の坊ちゃまを見遣った。
 わかってはいたのだけれど、坊ちゃまがこうしてスフォールドを頼ってきたのは、小さな頃に庇われた記憶を頼ってきたのであって、甘えてきた訳ではない。
 それでも、少し嬉しかった。
 さて、ここで引き渡せば、また嫌われてしまううのだろうなぁと浮かべた苦笑に、モートンがもう一度咳払いをした。
「・・・今回だけですからね」
 スフォールドの心情を汲み取ったのだろう。まったく、出来た弟子である。
「え! 本当!? やったー!」
 ピョコンと背後から飛び出した坊ちゃまに、モートンがメッと顔をしかめて見せた。
「やったー、ではございません。スフォールドにお礼をおっしゃいませ」
「はーい。スコールド、ありがとう。またよろしくな。アイタ!」
 ピシャリとやられたお尻を両手で庇いさすり、坊ちゃまは異議申し立ての上目遣いをモートンに向けた。
「また、とは何です。まずは叱られない心がけにございましょう。いらっしゃい、うんとお説教して差し上げますからね」
「イッ、イタタタ! 離してくれ、モートン! もう逃げないからぁ!」
 耳を摘まれ引きずられていく坊ちゃまを眺めやるスフォールドの苦笑が、微笑へと移り変わる。 
 久々に背中に感じた坊ちゃまの体温が、おんぶした頃を思い出させたのだ。
「・・・大きくおなりになって」
 それでもやはり小さな子供のように思う気持ちは、きっと幸せというものなのだろう。



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