ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀12

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 周防 成子(すおう なりこ)はマネージャーから渡された番組企画書に、数ページ目を通しただけで、テーブルに放り出した。
 その仕草が、内容が気に食わないからだと、付き合いの長いマネージャーも知っているから、ガリガリと頭を掻く。
「成子さん、それもぎ取るのもさ、大変だったんだよ。プロデューサーは、この虎丸(とらまる)くん同様、アシスタント女性枠も、話題性のある若いアイドルを起用したい意向なんだ」
 成子にとって、かなり不愉快な言葉が並べているのは、承知の上で、マネージャーは続けた。
「必死で食い下がって、やっともらえたんだよ、アシスタント枠。大女優さまが若い人気アイドルのアシスタントってのも、面白いだろうってことでね。進行の虎丸くんも、成子さんを随分推してくれたらしくて」
 アイドルなどに恩情をかけられた屈辱で、もう帰ろうと立ち上がった成子に、マネージャーは企画書を投げつけた。
「女優なら、足掻く演技してみろよ! 何だって利用して、どん底から這い上がる演技くらい、できなねぇのか!?」
 実力派の女優として、引く手数多だった。
 演出家と衝突しても、売れていた頃なら大目に見てもらえていたのを、自分の実力だからこそと思っていた。
 その頃から徐々に煙たがられて、こんな落ち目を迎えるなど、想像もしていなかった。
 事務所の社長もとうに成子を見限って、売れ筋タレントのプロモーションに新人発掘にと、精力的に動いているのも知っている。
 そんな中、ただ一人、成子の為に奔走しているのは、成子の一番のファンだと笑ってくれる、このマネージャーだけだ。
「・・・よくってよ」
 床に落ちてバラけた企画書を、成子が拾い集め始めた。
 演技はもう、始まっている。
「ファンが私のそういう芝居を見たいなら、演じ切ってみせるわ」
 こうして、成子が引き受けた仕事。
 それが、内戦終結間もない中近東へ飛ぶきっかけだった。



 先に現地入りした成子を、丸一日待たせる形で、このドキュメンタリー番組の進行役である人気アイドル虎丸が到着した。
 アイドルタレントごときに、自分が待たされたというのは、相当な屈辱であったが、向うはスケジュール調整が大変な売れっ子。
 腹立たしさを何とか抑え、ホテルの部屋に挨拶に来た彼を迎える。
「お久しぶりです、成子さん。今日からよろしくお願いします」
 こういう挨拶をされるのは、成子には日常。
 成子にとって、箸にも棒にもかからなかった共演者でも、一度共演すれば、こう言われる。
「ええ、お久しぶりね」
 だから、成子は必ずそう返す。
 明らかに自分を覚えていない様子の成子に、虎丸は少しガッカリしているようだ。
 そこへ、マネージャーが更に面会者の来訪を告げた。
「警護の代表者がいらっしゃいました」
撮影現場となる周辺は、内戦も落ち着いたとはいえ、撮影班だけでは不安なので、局側が警護を雇ったという話は聞いている。
 ヌッと姿を現した褐色の大男。
 肩からぶら下げている大ぶりの銃が、小さな護身銃に見えるほどだ。
「タレントさん二人がこちらにお揃いと聞いたのでね、お邪魔しますよ」
 成子の鋭い眼光が、大男を射竦めた。
「私はタレントではないわ。女優よ」
「そりゃ失礼しました、マダム・アクトレス。私は日本撮影班警護担当で派遣された部隊の、副隊長、クロスです。このホテルに戻るまでの3日間、よろしくお願いしますよ」
「こういう場合は責任者が挨拶にくるものじゃなくて?」
 人から軽んじられるのが、何より嫌いな女王気質の成子である。
 こういう部分が災いして、大御所とモメたりスタッフに煙たがられたりと、仕事が目減りしていったのだ。
「隊長は先ほどから、こちらに・・・」
 坊主頭を一撫でし、クロスが苦笑気味に指し示した先には、長い黒髪の少年がいた。
 クロスと同じように戦闘服だが、自分の背丈とそう変わらない朱色の柄の日本刀を肩から担いでいる姿は、時代劇のお小姓にしか見えない。
「なんなの、その、兵隊ゴッコと侍ゴッコ、どっちも選べない欲張り坊やは?」
 おまけに、生意気にゴーグルで顔を隠した少年に、成子が鼻で笑う。
「ボーイスカウトに警護を依頼するなんて、テレビ局もどうかしてるわね」
「落ち目女優には、それで十分だと思われたんじゃないか?」
 唐突に口を開いた少年の、成子の言葉を上回る辛辣な言い回しに、彼女は笑いをおさめて彼を睨んだ。
 大男のクロスも、顔をしかめて少年を見下ろしてから、成子を見た。
「申し訳ありません。けれど、あなたが先に我らが部隊長を侮辱なさったのは、おわかりですね。どうか、痛み分けということで、ご容赦願いたい」
「・・・言いたくなる私の気持ちもわかるでしょう?」
「もちろん。しかし、我らが部隊長は、更に幼き時よりの実績をもって、各国首脳陣の信頼を経ております。どうか、安心して警護をお任せください」
 このクロスという大男は、見た目よりずっと紳士的で、信頼できそうだという印象を受ける。
「わかったわ。とにかく、私達の安全は保証してちょうだい」
「ああ、それは保証してやる。ただし・・・」
 答えたのは、小さな少年隊長だった。
「現地にこんなホテルなんてない。私たちはコンシェルジュではないからな。現地3日間の生活に、大女優さまが不平を鳴らされても、ご要望には添えないことは、御承知あれ」
少年の口端に浮かべた笑みに、成子は怒気を閃かせて立ち上がった。
 クロスが慌てて、少年を連れ去る。
 成子はやり場のない憤りを、ソファの肘掛に打ちつけた。
「なんなの、あの小僧!」
「・・・小僧じゃなくて、小娘、ですよ。あれ、女の子でした、成子さん」
 そう言ったのは、虎丸だった。
「女の子? どっちでもいいわよ、生意気なクソガキには変わらないわ」
「・・・僕も、あの時、あんな風にあなたに接していれば、今でも覚えててもらえたでしょうか」
「そうかもね! 最悪な印象だけど」
「最悪な印象でも、覚えていて欲しかったです」
 そう寂しそうに微笑んだ虎丸。
 彼のそんな表情は、さすがに成子の罪悪感を刺激する。
 仕方ない、どうせ暇な時間も多いロケだ。
 虎丸という共演履歴者の名を、記憶検索してやってもいいだろうと、成子は思った。



「――――痛いーーー! 痛いってば! やめろ、バカーーー!」
 クロスの大きな膝の上、丸出しにされたお尻を叩かれて暴れる朱煌を直視するのは憚られ、隊員たちは苦笑気味に、彼らから背を向けていた。
「なんですか、あの態度は」
「先制攻撃かけてきたのは、あっちだろ!? 痛い!」
「いつものことでしょう? たった8歳のあなたが部隊長を名乗って、クライアントが示してきた毎度の反応だ。いつだって、あなたは上手くかわしてきたのに・・・」
 ピシャン!と、一際きつい平手を受けて、朱煌は飛び上がらんばかりに、悲鳴を上げた。
「今日のはなんです!」
「私にだって堪忍袋ってもんが・・・ぅあーーーん!」
「そんなもの、任務にいらん! クライアントがあなたの外見を軽んじて言うことをきかないならともかくだ。あれじゃ端っから、あんたの言うことを聞かせないように仕向けてるみたいなもんでしょう!」
「あのさぁ! 説教なら説教だけにしてくんないかな! お前の長くてクド~い説教と一緒に叩かれてたら、お尻が倍になっちまうんですけど!?」
 ため息が聞こえた。
 背中を向けたギャラリー達の、憐憫を含んだ吐息。
 どうしてこの敬愛すべき小さな上官は、戦場で遺憾なく発揮される状況判断力を、膝の上で発揮できないのだろう・・・。
「うちの息子でも言えますよ。ああいう時は、「ごめんなさい」ですよね」
 朱煌より年下の子供を持つ、ラ・ヴィアン・ローズの隊員が言った。
 ラ・ヴィアン・ローズ結成以来のメンバーである隊員が、肩をすくめて答えた。
「朱雀姫だって言えるさ。・・・口だけの「ごめんなさい」なら」
 さて。
 にっこりと口端になぞらえられたクロスの笑みに、亀の子よろしく首をすくめた朱煌が、ヒラヒラを手を振った。
「Take2。ごめんなさい、反省してます。・・・痛い痛い痛いーーー!!」
 隊員たちが、肩をすくめた。
 結局、泣きじゃくって「ごめんなさい」と叫ぶなら、余計なことを言わなければいいのにと、同情半分、呆れ半分の嘆息と共に。



 撮影は順調だった。
 難民の生活の為に掘られる井戸。
 その作業を泥まみれになって手伝う人気アイドル。
 なついてくる子供たちに、笑顔で答えながら、石の寄せ集めただけのかまどで、手料理を作る女優。
 難民と接する笑顔、窮状に対して浮かべる表情は、憐みをあらわしてはいけない。
 難民という共演者を相手に、日本人好みの数字が取れる画を演じる成子の演技は、完璧だった。
「おや、隊長は?」
 交代休憩に入ったはずなのに、朱煌がテントに戻らないので、クロスはテントから顔を出して、周囲を見渡した。
「そういや、撮影班の辺りでお見かけしましたよ」
 隊員の報告に、クロスは眉をひそめる。
 何故だろう。
 あの周防成子とかいう女優に絡んだ初日から、何やら朱煌のささくれ立った気配に不安を覚えるのだ。
「・・・ちょっと見てくる」
 テントを後にしたクロスが撮影班の近くまでやってくると、案の定だ。
 成子と朱煌が、口論の真っ最中だった。
 口論と言っても、どちらも声を荒げてはいないので、周囲のスタッフには気付かれていないようだが、二人の傍らの虎丸の苦笑、そして成子自身の冷笑の口元と、朱煌の皮肉めいた口元で、大方の察しはつく。
 そっと近付いて、朱煌を背後から抱き上げる。
「クロス・・・!」
「後ろがガラ空きになるほど、何夢中になってるんです。昨日のお仕置きでは足りないようですな。何なら、ここでお尻をひっぱたいて差し上げましょうか」
 そうすれば、恥ずかしくて成子に絡みに行けまい。
「やめろ、バカ! 副隊長解任するぞ!」
「師団長閣下が認めれば、いくらでも」
 暴れていた朱煌が、ムクれてそっぽを向いた。
 この頃、ラ・ヴィアン・ローズの規模は更に膨れ上がり、ラ・ヴィアン・ローズ連隊から、師団と呼ばれるようになっていた。
 師団長たるマジェスティー・C・アースルーラーが殊更そう望んだわけではないが、朱煌率いる朱雀小隊の数々の功績が呼び込む副産物的組織拡大だった。
「クロス副隊長、ちゃんと上官を躾けてくださいませんこと? 何が気に入らないのか知りませんけど、こう突っかかってこられたら、迷惑よ」
 そう言った成子が朱煌と目が合う。
 二人はフンとそっぽを向いた。
 やれやれだ・・・。人には必ず相性というものがあるが、どうも、この二人はそれが最悪らしい。
 対人に関して、暖簾に腕押しの風体を常としている朱煌が、こんなに人に噛みつくのを、クロスでも初めて見た。
「成子さんだって悪いですよ。いちいち相手にするから・・・」
「虎丸! おだまり!」
 苦笑を深める虎丸とクロスが、顔を見合わせて肩をすくめた。
「私が何が気に入らないってね・・・」
 成子の手が伸びて、クロスに抱えられた朱煌のゴーグルを取り上げる。
「因縁結構! でも、それならちゃんと目を見て言いなさ・・・い」
 成子の目が、大きく見開かれる。
「あ、き、ら・・・?」
 クロスは腕の中の朱煌が、ビクンッと大きく震えたのに驚いて、思わず手を離した。
 いや、彼自身も驚いたのだ。
 新顔も増えたラ・ヴィアン・ローズで、朱煌の本名を知っているのは、立ち上げに関わった古株傭兵だけ。
 即ち、成子はもともと朱煌の知人。
「朱煌、アンタ、生きて・・・? あ!」
 成子からゴーグルを奪い取って駆け出した朱煌。
 クロスはガリガリと坊主頭を掻いて、顔をしかめた。
 成子は「生きて」と言った。
 それはつまり、あの事件も詳しく知った知人ということではないか。
 後を追おうとした成子を遮ろうとしたが、先に足を止めたのは、彼女だった。
 成子は黙ったまま木陰に腰を下ろし、何事もなかったかのように、撮影スケジュールに目を通し始めた。
「・・・マダム・アクトレス。隊長の素性は、他言無用に願いたい」
「ご心配なく。私には、関係ないもの」
 それが成子の本音だと、クロスには感じ取れた。
 それはそれで奇妙だ。
 あんな形で失踪した幼子を見つけて、関係ないと言いきってしまえるものなのか。
 それほど親しい間柄ではないからか?
 いや、あの朱煌があんなに苛立ったのだ。
 顔見知り程度の関係ではないように思う。
 まあ、余計な心配をせずに済むなら、それに越したことはない。
 クロスは成子に敬礼し、その場を立ち去った。
「相性? 我ながら、とんだ読み違いだな。しかし、まさか姫が女優なんかと知り合いなんて、想像できるかよ・・・」
 つい漏れた言い訳に、クロスは自嘲気味に坊主頭を叩いた。



 何しろ暑い。
 虎丸と成子を気遣って、撮影は頻繁に休憩を挟んだ。
 その間、彼らが撮影でやっていた作業を、スタッフが代わりに進めていてくれるのだ。
 井戸掘りで泥まみれになった虎丸に、スタッフが着替えを持ってきたが、断る。
 虎丸は木陰でぼんやりしていた成子の隣に座った。
「失礼でしょ。許可を得なさい」
「ずっと心ここにあらずって感じだから、気付かないかと思いました」
 それが撮影中のことを言われていると気付かない成子ではないから、顔をしかめて虎丸を睨む。
「ああ、ご自分でもわかってましたか」
 そう微笑んだ虎丸に腹は立つ。しかし、気もそぞろだったのは事実で、反省すべきは自分だと、認識している。
「気をつけるわ。ご忠告、どうも」
「朱煌ちゃん、でしたっけ? あのチビ隊長さん」
「プライベートにまで忠告は差し出がましいわよ」
「仕事じゃないですか、これ? 僕も、あの子の言ったこと、引っかかってて」
「え?」
「さっき。因縁めいてはいましたが、あの子の言ってることは、正しいように思いました」
 何の話かと思ったが、おそらく、さっきクロスが来るまで朱煌とやりあっていた口論のことか。
「僕も、あなたと同じで、こう考えていたんです。裕福な国からやってきたタレントと女優が、番組の数字の為に施すボランティアを、彼らはどう思っているんだろうって」
 そう、それがさっきの口論の内容だった。
 朱煌があまりに突っかかってくるので、このチビは、難民を利用して数字を取ろうとする行為が気に食わないのかと思い、言ってやったのだ。
「――――知っててやってるのよ。私たちは、日本で数字を取るのが仕事なの。気まぐれな番組の施しで、その場限りの交流を提供された難民にどう思われたって、そうと知っててやってるの」
 そう言った。すると、朱煌が失笑。
 その小生意気な仕草が、ますます腹立たしかったが。
「勘違いするな。彼らは本気でアンタたちに感謝してるよ。アンタたちの本音を知ってても、ね」
「え?」
「高みからの施しであれ、数字ってやつのその場限りの偽善であれ、彼らはこの撮影に関わった間だけでも、生活が潤うんだ」
「子供の発想ね。明後日には撮影班はここからいなくなって、結局、彼らの生活は変わらないのよ」
「裕福な発想だ。一瞬の潤いでも心から喜べるほど、彼らは貧しい暮らしを強いられているんだ。飴玉を途中で取り上げられて怒れるほどの余裕は、彼らにはない。取り上げられた飴玉を味わえたことの方に、感謝するんだよ」
 朱煌のその言葉は、難民たちと接している内にわかってきた。
「ネガティブな発想は、豊かさの象徴なのかしらね・・・」
 スタッフたちになついて笑う子供たちを眺めて呟いた成子の目の前に、飴が差し出された。
 それを差し出す虎丸を見る。
 ――――既視感。
「なぁに? 与えて、取り上げてみたい?」
「いえ」
 頬に触れた、虎丸の唇。
 既視感が、確かな記憶となって甦る。
「あなた、あの時の・・・」
 数年前、CM撮影の子役の代役だった、素人の子供。
 思い出した成子に、虎丸はとても嬉しそうに微笑んで頷いた。




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