短編集

同棲の条件

 ←機械仕掛けのお仕置き(仕置き館現代版)のこと。  →同棲の条件のこと。
 樹(いつき)が乙女(きのめ)と知り合ったのは、彼女が同棲している彼・雄大(ゆうだい)と、樹の彼・海(かい)が会社の同僚という友人同士だったからだ。
 大体、海と樹が雄大・乙女が暮らす、中古ながら一戸建てという贅沢な住まいに遊びにいくのがパターンだった。
 樹はいつも乙女が羨ましかった。
 自分は海とデートでしか会えないし、結構頭の固い良識派の海は、樹の両親が心配するからとお泊りもなかなかさせてくれない。
 なのに乙女は、毎日カレと一緒にいられる。
 たまのお泊りの朝の、海が「おはよう」と微笑んでくれる幸せを思い出す度、乙女への嫉妬にも似た羨望が、樹の胸いっぱいに広がるのだ。



「いいなー、きのちゃんは。私も海と一緒に住みたいよ」
 雄大・乙女家で、樹がそう言い出したのは、ちょっとした作戦だった。
 海と二人きりの時に言うと、軽くあしらわれるか、ハッキリ断られるか、いつもどちらかだから。
 すでに同棲経験者の二人を前にして言えば、きっと援護してくれるに違いないと踏んだのだ。
「樹ちゃんはまだ学生でしょ」
 渋い顔で口を開こうとした海より先に、そう言ったのは雄大だった。
 当てが外れた。
 このセリフは、いつも海が言うのと同じだ。
「そうだよ、樹。きのちゃんはお前と同い年でも社会人。自分で稼いで一人暮らしだってできる立場なんだよ」
「一人暮らしじゃないもん! 海と一緒に暮らしたいの!」
「だから・・・、俺の言ってることわかってる?」
 論点のずれた樹の反論に頭を掻いて、海は雄大と苦笑顔を見合わせた。
「ね、きのちゃん。きのちゃんなら賛成してくれるよね」
「うん・・・」
 乙女はチラッと雄大の顔色を伺うような上目遣いを投げかけた。
 それに雄大がたしなめるように顔をしかめてみせると、慌てて首を横に振る。
「一緒にいられるのは嬉しいけど、大変だよ! 家にいたら家事はママがやってくれるけど、同棲したら分担しなきゃだし」
 味方してくれない乙女に、樹はあからさまに不服顔でクッションを抱きしめた。
 きのちゃんはずるい。
 自分ばっかりいい思いしてさ。
「家事が大変なんて、変なの! 私だったら分担なんてしなくても、ぜーんぶ海の為に一人でやりたくなっちゃうな」
「こら、樹。きのちゃんに当たるな。ほら、もう帰るよ」
 当たられてしょんぼりしている乙女の為に空気を変える海の措置に、樹はふてくされながら立ち上がった。
「あ! ・・・もっと、ゆっくりしていって・・・」
 そう止めたのは、八つ当たりをぶつけられた乙女自身だった。
 それも、社交辞令ではないようで、結構必死で二人に長居を勧める。
「きの。海が困ってるだろ。海、気にしなくていいよ。こいつ、自分の為にしつこくしてるだけだから」
「自分の為?」
「そ。お前らが帰ったら、会社遅刻したお仕置きされるもんだから、帰って欲しくないんだよ」
「や! やだ! 雄ちゃん、やめて! そんなこと言うの・・・」
 お仕置き? 
 樹はついドキっとして、乙女を見た。
 顔を真っ赤にしてうつむいてしまった乙女は、今にも泣きそうだ。
「なるほどね。じゃ、退散するとしよう。お邪魔さま」
「ああ、じゃ、会社でな。樹ちゃんも、あんまり海を困らせるんじゃないよ」



 二人の見送りを受け、玄関を出た樹は、何だかどきどきが治まらなかった。
 「お仕置き」という言葉と、乙女の泣きそうな顔が、頭から離れなくなってしまったのだ。
 (冗談かな? でも、きのちゃん、泣きそうだった・・・。お仕置きって、一体何されるんだろ・・・)
 いつものように近所の駐車場まで並んで歩きながら、樹はたまに雄大・乙女家を振り返る。
「海!」
「ん?」
「あの・・・傘、傘忘れてきちゃった。玄関の前の傘立てに!」
 いきなり思いついたいい訳だけに、妙に説明がましい。
 家の中に忘れたとなると、海も一緒にと言い出しそうだったので、雄大たちを訪ねなくていい玄関の外と言ったんだが。
 ホントは忘れてなんかいない。
 折り畳み傘は、ちゃんと畳んでカバンの中だ。
「あーあ、何やってるんだか。じゃあ、とりあえず車まで行って、帰りに雄大の家に寄るから・・・」
「いい! 取ってくる! それで、海が車回してくれるの、玄関とこで待ってる!」
「でも、一方通行回ってくるから、10分くらいかかるよ?」
「平気! 待ってる!」
「イヤにいい子だね。わかったよ、行っておいで」
 成功! 
 海と離れて雄大・乙女家に戻れる。
 樹はどうしても、その後の二人が気になって仕方なかったのだ。



 走るなんて、一年振りだった。高校の体育授業以来。
 心臓がどきどきする。
 雄大・乙女家に着いて、さっきまで自分たちがお邪魔していたリビングが見える庭に忍び足。
 いけないことをしているのは、わかってる。
 それも、心臓がどきどきする。
 気になって仕方なかった、「お仕置き」という言葉の正体を、確かめられるかもしれない。
 何重ものどきどきを胸に、樹はそっと、そっと、リビングの窓に近付いた。
 カーテンの隙間が、結構広かった。
 見える。
 ソファの前、乙女が座っていた。
 正座。
 うつむき加減。
 その背後で、雄大が樹たちの使ったグラスなどを、片付けていた。
 たまにキッチンの方に消えて、そんな背中を、乙女がちらちら視線で追っている。
 少しして、片付けが済んだ雄大が、ソファに座った。
 乙女が肩を小さく丸める。
 雄大が何か話しだしたようだが・・・・・・。

「やん、聞こえない」
 二重サッシに阻まれて、樹の耳には雄大と乙女の会話は届かなかった。
「んもう!」
 イライラする。
 少し身を乗り出したと同時に、雄大が自分の膝をぽんぽんと叩くのがわかった。
 乙女がその仕草だけで、見たことがないほどすくんでいる。
「あ!」
 雄大が乙女の手を引いて、乙女の体は軽々と彼の膝の上に腹ばいになってしまった。
「え!? なに・・・?」
 足をパタパタとさせて、抵抗しているらしい乙女の腰は、雄大の左手に押さえられて、樹に見える乙女のスカートがパッと捲くり上げられた。
 それどころか、パンツまで足の付け根に下げられて・・・。
「や・・・」
 これ、違う。
 樹が知っている、男女間で下着を下ろす状態と違う。 
 それだけは、何故だか直感できた。
 これがお仕置きなんだ。
 きっと、乙女はお尻を叩かれる。
 樹がそう感じた通り、雄大の手の平が、乙女のむき出しになったお尻を・・・。
 音はないのに、樹には「パンッ、パンッ・・・」と繰り返される音が聞こえた気がした。
 同時に、乙女の悲鳴のような泣き声も。
「やだ・・・お尻が・・・」
 きっと痛くてもがいているのであろう乙女の白かったお尻は、どんどん、どんどん、赤く染まっていく。
 なんて格好悪い。
みっともない。
 子供みたいに膝に乗せられて、あまつさえ、お尻だけ丸出しにされて、そのお尻が真っ赤になるまで叩かれて・・・。
 たまに乙女の髪が跳ね上がる。
 背中を仰け反らせたり、逆に突っ伏したり、どうにか痛みを和らげようとするように。
「やだ、きのちゃん・・・」
 先ほどの会話では、二人の間で「お仕置き」は意味が通じていた。
 今日が始めてと言うわけではなさそうだ。
 つまり、雄大に叱られる時、乙女はいつもこんな風に・・・。
「信じらんない! 私だったら海が・・・」
「俺が?」
 ぎょっとして振り返ると、海がちょっとしかめ面で立っていた。
「10分経過してるよ、夢中になって何をしてるかと思えば・・・のぞきとはね」
 樹に近付いた海にも、カーテンの隙間から中の様子が見えたようだ。
「悪い子だ」
 やっぱり怒ってるらしい。
「だって~」
「だってじゃない。きのちゃんが可哀想だろ」
 口を尖らせる樹の手を引いて、海は塀の前に横付けした車に。
「帰るぞ」
 あれ?と樹は思った。
 出先の車の中で「帰るぞ」というのは、お泊りの日だけ。
いつもは「送ってくぞ」と海は言うから。
「今日、お泊りしていいの?」
 目を輝かせる樹に、海はため息をついてエンジンをかけた。
「一旦寄るだけ」
「やーだー! お泊りお泊りお泊り!!」
「・・・自分のしたこと、まるで反省してないみたいだな」
「だって~。きのちゃんがあんなことされるなんて、思わなくて」
 思い出して、どきどきより笑いが先行した。
 かっこ悪い、お尻ぺんぺんされるきのちゃん。
「一旦、俺の部屋に寄るのはね・・・」
 まあ、お泊りでなくてもいいや。
 海の部屋に寄れるなら、その分、長くいられるし。
「お前にも、お仕置きが必要だと判断したからだよ」
――――え・・・。

「お仕置き」
その言葉で思い出すのは、さっきの乙女の真っ赤なお尻・・・。


少し時間は遡り、樹たちが遊びに来る当日。
 
 しきりに時計を気にしている乙女に目を止めた先輩が、ちょっとした嫌味を飛ばしてきたのに、乙女はむくれた。
「あらあら、出社時間は気にならなくても、帰る時間は気になるのね~」
(――――逆よ、嫌味ババ。帰りたくないの。)
 そう、帰ったらアレが待ってる。
 雄大の膝と大きな手。
 それが、『同棲の条件』。
 乙女はそっとスカート越しにお尻をさすって前の時を思い出し、それを今後の運命と思い直すと、泣きたい気持ちになっていた。



 よりによって、雄大が休暇の日に遅刻してしまうなんて・・・・・・。
 いや、そもそも、彼が翌日休暇なればこそ、乙女はその夜更かしタイムを楽しみたかったのだ。
「きの、お前は寝なきゃ。俺も、もう寝るよ」
「やん。もう一本観る」
 乙女はサッサとDVDをセットし直した。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫」
「ちゃんと起きられるんだろうね? 『同棲の条件』、わかってるな?」
 乙女はそれは元気よく返事したのだが、年若い体は朝の惰眠を求めていたらしく、気付けば怖い顔の雄大に、揺り起こされる結果となった。
「今日はまっすぐ帰ってこること! 帰ったらお仕置きだぞ」
 それが、「いってらっしゃい」の代わりの挨拶だった。



「ただいま・・・」
 いつもはすぐにリビングに飛びこんで行って雄大に抱きつくのに、こういう時は、玄関でモタモタ。
 どっかに出かけててくれないかなーとすら思う。
「おかえり」
 出かけてるはずないか・・・。
「これから海たちが来るよ」
「樹ちゃんたちが?」
「うん、だから・・・」
 ぽんっとスカート越しのお尻を叩かれた。
「お仕置きは、海たちが帰ってから、ゆっくりと・・・な」
 意地悪。
 無しになるとは思わないけれど、だったらせめて、海と樹が来る前の限られた時間でサッサと済ませてくれればいいのに・・・。
 これでは、お仕置きのことが気になって、楽しめないではないか。
 


 案の定、樹と話していても、お尻がむずむずして落ち着かず、上の空。
 樹の同棲願いに諸手を上げて賛成したかったけれど、これ以上、雄大を怒らせたくなくて、樹の機嫌を損ねてしまった。
――――でも、樹ちゃん。今は私も同棲なんかしなきゃ良かったって思うよ。
 おまけに、二人の前で「お仕置き」のことを言われてしまって、恥ずかしさに消え入りたい気持ちだ。
 二人を玄関で見送って、ドアが閉まってすぐ、雄大はリビングを指差した。
「はい、お片付け済むまで、待ってなさい」
 お仕置きを待つ姿勢は、悲しいかな、もう完全に身についてしまっていた。
 リビングなら、ソファの前。
 ソファを向いて正座。
 雄大がソファに座るまで、じっとしていなければ、お仕置きが更に厳しくなるのだ。
 


 うつむいていたが、気配で片づけが済んだのがわかった。
 いよいよ・・・雄大がソファに座る。
「はい。今回の例に当てはまる同棲の条件、言ってごらん」
 いつもこれで始まる雄大のセリフ。
「・・・朝は、自分で起きること・・・」
「それから?」
「・・・同棲に浮かれて、仕事をおろそかにしないこと・・・」
「そう。それが、まだ子供のお前に、同棲を許した条件だ。生活に責任が持てる大人でないと、同棲なんてできない。同棲は結婚生活のリハーサルであって、おままごとじゃないんだからね」
――――そんなことないもん・・・。
 同じく同棲している友達(乙女が同棲したがった原因)は、ただただ楽しいものだと言っていた。
 雄大がお堅いのだ。
 今時こんな・・・・。
「この条件が守れなかった場合は?」
「~~~~」
 これも嫌。
 言わせなくてもいいのに。
「きの」
「~~~お仕置き、されます」
「どうやって?」
 雄大は絶対意地悪だ。
 どうしてこんな人、好きになっちゃったんだろう。
「お尻を・・・・・・」
 言えない!
 そのまま口をつぐんでいると、雄大がヤレヤレと頭をかいた。
「お尻が真っ赤になるまで叩かれます、でしょ。どうして?」
「条件が果たせないのは・・・子供だから・・・」
「そう、子供。だから、子供として、お尻ぺんぺんでお仕置き。最初にそう約束したね」
 そう、条件を提示された時、できると言った乙女に雄大が約束させたこと。
 けど・・・あの時は、まさかホントにお尻をぶたれるなんて、思わなかったのだ。
 単なる冗談だと思っていたのに。
 雄大が膝を叩いた。
 何度も腹ばいに乗せられたことがある膝。
 だからって、素直には乗れない。
 もじもじとしていると、雄大に手を握られて、あっという間に・・・・。
「いやーーーん!!!」
「往生際が悪いねぇ」
 パッとスカートがまくられて、お尻が涼しくなって。
 次いで、パンツを下げられて、お尻に冷たい空気が触れて。
 お尻だけ丸出しの自分に、顔は正反対に熱くなった。
 お尻も・・・すぐに顔の熱さを追い抜くのだけど・・・。
「お仕置き先延ばしを企んで、海たちを巻き込もうとしたりして。反省の色なしだな」
「だって~~~!」
「だってじゃない。今日はお尻百叩きだな」
「い、いやーーーーあ!」



 海と雄大は同期入社。
 現在は部署が違うので社内で顔を合わせることは少ないが、もともと馬が合うのか、プライベートでの交流は入社以来ずっと続いている。
 雄大が合コンの頭数合わせに引っ張り出され、そこで10歳も年下の社会人1年生カノジョができた時、海はずいぶん彼をからかったものだ。
 が、当の自分も、一日イベントスタッフとしてバイトに来た短大生に惚れこまれて、とうとう付き合うことになった時、雄大に居酒屋に誘われて、倍返しにあった。

 

 近所の喫茶店でランチをしている雄大をみかけた海は、昼時で混雑していることもあり、合い席の声をかけた。
「よぉ。同棲1週間目の可愛いカノジョちゃんの手作り弁当じゃないのか」
「きのも働いてるからな。そんな無理はさせたくないさ」
 しばらくの談笑。
 海はふと雄大の箸が、妙にぎこちない手つきなのに気付いた。
「右手。どうかしたのか?」
「ん? ああ・・・」
 先に食事を終えた雄大が、箸を置いた。
 その手の平に、海は目を丸くする。
「どうした、それ」
 手の平に、薄っすらとだが、点々と内出血の痕。
「昨日、きのをぶったもんで、こっちの手も腫れた」
 苦笑気味に言う雄大に、海は顔をしかめた。
「おい、暴力は・・・」
「お尻だよ」
「は?」
「同棲の条件を守れなかったら、お仕置きとしてお尻ぺんぺんだって約束させてたんだよ」
 反応に困る。
「いや、お尻だって・・・。お前の手がそんなになるくらい叩いたら、立派に暴力だろうが」
「確かに乙女のお尻は真っ赤にしたがね、そんなにきつく叩いてないよ。いくら乙女のお尻が小さいったって、肉の厚いお尻対肉の薄い平手だぜ。こっちのダメージのが大きかったんだよ」
 そう言いながら、雄大はまだ痺れのとれない指を握ったり開いたりと繰り返した。
「今朝見たら、あっちは完全に元通りだし。これじゃ、俺が罰を受けてるみたいだ」
「そういうもんかね」
「そういうもんだ」
 まあ、確かに・・・。
 スキーでもスケートでも、初心者に「お尻で転べ」と教えるくらいだから、体の中で一番丈夫な部位なんだろう。
「そうなると、きのちゃんのお仕置きにはなってないんじゃないか?」
「大丈夫だろ。痛いのプラス、子供みたいお尻だけ丸出しにされて膝に乗っけられた恥ずかしさが効いてるみたいでな」
「そういうもんかね」
「そういうもんだ」
「しかし、お前。同棲に条件なんかつけてるのか?」
「当たり前じゃないか。乙女はまだ10代だぜ? 俺のせいで浮ついて、仕事に身が入らないってのも十分ありえるし、恋に恋してる年頃だ」
 耳が痛い。
 海のカノジョ・樹が、今まさにその状態。
 デートの時間を作るために、始めたばかりのバイトをサッサと辞めてしまった。
「俺はね、きのが可愛いよ。まだ先だが、本気で結婚も考えてる。だからこそ、馴れ合いで乙女にダメになって欲しくない。だから、叱るときは厳しく叱る。それで嫌われるなら、仕方ないと思ってる」
 一理ある。
 どうせなら楽しくいたいが、目隠し状態で長続きするとは思えないし。
「それに・・・」
「それに?」
「ごめんなさいって、子供みたいに泣いてる乙女が、可愛いかったりする」
「おい。それは邪だ・・・」
「ははは。ま、乙女が大事と思えばこそさ」
「そういうもんかね」
「そういうもんだ」



「そういうもんだ・・・か」
 あの喫茶店で雄大の「お仕置き」の話を聞いて、半年程になる。
 以来、雄大も言い出すことはしないし、海も根掘り葉掘り聞くようなことはしないが。
 今日、久しぶりに「これからお仕置き」という言葉を聞いて、鮮明にあの時の話を思い出した。
 そこへ樹の「おいた」。
 つい「お前にもお仕置きが必要」と言ってはみたものの・・・さて、どうするか。
 正直、樹のお尻をぶつなど、可哀想が先に立つ。
 できれば、笑っている樹だけを見ていたいのだが・・・・・・。
 雄大・乙女家から帰り、海の部屋に到着したものの、ふてくされ気味の樹に目をやって、海は頭をかいた。
 いつもなら、ちょっと目に余ることも、軽くお説教して終わらせてきたんだが、効き目が薄いのは気付いていた。
 しかし、雄大は雄大。自分は自分。
 今回は、やはり大目に見てやろうか・・・。
「樹、のぞきなんて、もう二度とするんじゃないよ」
「しないよぉ」
「恥ずかしいことなんだからね」
「わかってるってば」
 ホントにわかってるんだか・・・。
「じゃ、罰として、コーヒーいれておいで」
「はーい」
 可愛いなぁと思う。
 どこか無邪気で子供みたいで。
 それが少々心無い部分にも繋がるが、やはり、総じて愛おしい。
「海~、きのちゃんてばね、お尻真っ赤になっちゃってたんだよ。笑っちゃった。もう大人なのに、お尻ぺんぺんだよ~。恥ずかし~い。『ごめんなさーい』とかって泣いてたのかな?」
 キッチンでコーヒーを淹れながら、樹が笑っている。
 無邪気で子供みたいで・・・・・・少々心無い部分。
 お揃いのマグカップにコーヒーを淹れて戻ってきた樹が、テーブルにそれを置いた時、海は樹に手を伸ばした。
 海に手を引っ張られ、つんのめるように彼の膝に倒れ込んだ樹は、まだいつものじゃれ合いにしか思ってないようで、きゃっきゃと笑う。
「そうそう! こんな風にね。それで、お尻ぺんぺんされてんだよ。なんかいい気味。自分ばっかり同棲できて、いい気になってるからよ」
 だが、海が一言も発しないのと、起き上がろうとしても、腰を押さえられて膝の上に腹這いのままにさせられていることに、疑問を感じたらしい樹は、首をねじ向けて海を見上げ、目を瞬いた。
「なんで怖い顔してるの?」
「そんなにきのちゃんが羨ましいなら、お前も俺と一緒に暮らすか?」
 思いがけない海の一言に、樹の目が輝く。
「暮らす! 同棲するー!」
 海は苦笑。
 やれやれ、小さい子供に「遊園地へ行こう」と誘ったかのような反応。
 熟考という文字は、樹の辞書にないらしい。
「ちゃーんと、俺の出す条件を守れるならな」
「楽勝!」
 まだ条件提示すらしていない・・・。
「厳しいぞ。門限もある」
「海と一緒にいたいんだもん。バイトも辞める~。大学なんて飛んで帰るよ」
 ため息。
「条件を守れない場合は、きつーいお仕置きが待ってても・・・か?」
 初めて、樹の顔色が変わった。
「お仕置きって・・・」
「のぞき見して、知ってるだろ?」
 そう言うと、海は樹のスカートをまくり上げ、パンツの上からピシャピシャと、平手を躍らせた。
「えっ、やっ、それ・・・」
「お前が羨ましがってるきのちゃんは、こういう躾を条件の内に同棲してるんだ。俺も、同棲するなら目に余る部分はしっかり躾け直させてもらう」
 膝の上から抜け出そうと、もがき始めた樹のパンツを一気に引き下ろすと、悲鳴が上がった。
「やだーーー! 何にもしてないのにーーー!」
「してない? 俺に嘘をついて雄大の家に舞い戻ってのぞきまでして、挙句にきのちゃんのことを笑って。きのちゃんが可哀相だろう。きのちゃんの気持ちを考えてごらん」
「きのちゃんの味方するの!? 海のバカ!」
「そうじゃないだろ。今から同じ思いを味わって、きのちゃんの気持ちを考えなさい」
「やー! やー! 離してー! いやーーー!」
――――パーーーン! と、きつい平手を振り下ろした瞬間、樹の喚き声が途切れた。が、次の瞬間、一際大きな悲鳴が上がる。
「~~~~ったーーーーーい!」
 白くて小さなお尻の真ん中に、見る見る赤い手形が浮かび上がった。
 それを塗り消すように、10発程、立て続けに平手を振るう。
「痛いーーー! 痛いーーー! こんなの、やだーーー!」
「そういう思いをしてるきのちゃんを、お前は笑ってたんだぞ。反省しなさい!」
「だってーーー!」
「だってじゃないだろ」
 パーン! パーン! と、濡れて拭いをはたいたような音が何回か続いた頃、樹のお尻は、すっかり真っ赤に染まっていた。
「きのちゃんが、何だって? もう大人なのに、お尻ぺんぺんだよ~って? お前も今、同じだぞ。泣きながらお尻ぺんぺんのお仕置きされて、丸出しにされたお尻が真っ赤だぞ」
「やぁー・・・」
 樹は必死で手を回してお尻を隠そうとする。それを、海は心を鬼にして跳ね除けた。
「これから、同棲の条件が守れなかったら、こうだからな。お尻とよく相談して、同棲できるかどうか、決めなさい」




 海は樹をテーブルの差し向かいに座らせ、サラサラと紙にボールペンを走らせた。
『一つ、人を羨まない・悪し様に言わない
一つ、門限(21時)順守。(やむなき事情の場合は、同居人へ連絡のこと)
一つ、短大、バイトの、遅刻、無断欠席・欠勤は厳禁。
一つ、バイト先を簡単に辞めない。
一つ、怠惰な生活厳禁。』
大人として、さほど難しくない条件を並べただけだ。
「さて、どうする? これが最低条件だ。同棲そのものをあきらめ・・・」
「できるよー! 楽勝じゃん」
「・・・守れなきゃ、またお尻だぞ?」
「守れば叩かれないんでしょ?」
・・・それはそうだが。
「ねー、これ、何て読むの?」
「・・・うらやまない、あしざま、じゅんしゅ」
「うらやま? あしざまとじゅんしゅってなぁに?」
「・・・」
「それとー、海は『同居人』じゃなくて『同棲人』でしょ」
――――頭痛がしてきた。



 こうして、樹と海は晴れて同棲と相成ったが・・・。
 一緒に暮す内に、同棲の条件項目が増え続けていくことになるとは、海自身も思いも寄らなかったのだった。


                              終

                


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