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オルガ

第四話 教育の行方

 ←第三話 無垢な反抗 →第1話 時間割のお仕置き

 ノック。

 モートンがお茶を届けにやってきた。

 白磁のティーポットから注がれる紅茶の湯気を眺めていると、モートンが口を開いた。

「少なくとも私は、旦那様のなさっていることと、ヴォルフ卿のそれは、違うと思いますよ」

 思い悩んでいたことを、モートンに言ったことはなかったのだが・・・お見通しらしい。

「そうかな・・・。鞭で言うことを聞かせていたヴォルフと、お尻をぶって言うことを聞かせている私が、どう違う?」

「私はフォスター家にお仕えする身ですから、旦那様寄りの見解になるのは否めませんが」

「ハッキリ言うね、お前も」

 だからこそ信頼を寄せる執事なのだが、思わず苦笑。

「目が、違います」

「目?」

「いらしたばかりの頃のオルガ様の目は、自己の意志を感じない、ガラス玉のようでした」

「うん・・・、そうだったな」

「何でも「はい」と言いなりのお人形のようだったオルガ様が、今は反抗までなさる。私には、むしろ喜ばしいことに思えます」

 確かに、そうだと思う。

 子供らしくなってきた。

 子供が自我を思うままに発露するのは、なければならない行為だ。

 それが例え、大人の頭を悩ませることであれ・・・。

「お迎えに・・・行ってくるよ」

 難しい事よりなにより、モートンの淹れた紅茶をオルガと飲みたい。

 そう思ったフォスターだった。

 ただ・・・その頃すでに、食糧倉庫はもぬけのカラだったのだが。





 オルガを連れ出したファビオは、まだ市場で仕事が残っていたので、「そこで待ってろよ」とだけ言い残し、彼女を「追手」に見つからない路地裏に置いて行った。

 一人で待っているのは、オルガは得意な方だ。

 なにしろ、ヴォルフ家にいた時は、ヴォルフの食事中も、お茶の時間も、「待っていろ」と言われれば何時間でも、じっと一人、廊下で待たされていたのだから。

「お? なんだ? こんな所に、小奇麗なお人形がいるぞ」

 ファビオはまだ子供で、女の子一人でこんな裏路地にいることが、どれほど危険なことか、わかっていなかった。

「お嬢ちゃん、迷子かい? お兄ちゃん達が、遊んでやろうか?」

「おいおい、こんな子供で? 変態だな」

 オルガの前に屈む男に、仲間の男がせせら笑う。

「うるせぇ! こいつぁ上玉だぜ。きっと大人になりゃいい女になる。売り飛ばす前に、味見してやろうってだけさ。なぁ、お嬢ちゃん、俺らといいことしないか」

「いーこと? それ、ここ気持ちいいこと?」

 目を輝かせてスカートを捲くって見せたオルガの、思いがけない反応に、男の方がきょとんとしてしまった。だがそれは、子供過ぎると興味を示さなかった仲間たちの、興が乗る結果となった。

「ああ、そうだよ、お嬢ちゃん。気持ちのい~いことだ」

 数人の男たちに囲まれて、オルガはヴォルフ家でのことを思い出していた。

 ある時は、豪奢なサロンの招待客。ある時は、ヴォルフ家の下男。

 数人の男たちに、されるがまま、言われるがままに弄られた日々。

 傍らで、それを愉快そうに眺めていたヴォルフ。

 泣き叫んで嫌がれば、後でヴォルフに鞭で折檻を受けた。

 けれど、すべてを受け入れれば、後でヴォルフはうんと優しく、オルガを快楽に導いてくれた。

「すごいね、みんな、お前に無我夢中になっていたよ。とても面白かった」

 ただただ、快楽にだけ身を任せれば、嫌なことだと感じなくなった。

 幾人もの男がまさぐる体の神経を、すべて、快楽のみに集中させれば、嫌がる必要がなくなった。

 そうすれば、ヴォルフも喜んでくれた。

 気持ちのいいことは好き。自分を守ってくれるから・・・。

「――――おい! 何やってんだ!」

 胸元を弄り始めた男の手が、その声で止まった。

「なんだぁ? 小さなナイト様がお出ましだぜ」

 顔を真っ赤にしたファビオが、両拳を握り締めていた。

「オルガを離せ!」

「邪魔すんな。お嬢ちゃんも、お楽しみなんだぜ」

「ふざけんな!」

 がむしゃらに飛びかかってきたファビオに、男の一人が反撃に転じようとしたが、興を削がれた仲間たちが止めた。

「バカバカしい、行こうぜ」

「そうさ、そんなチビ雌の為にガキと争ったとあっちゃ、いい笑い者だぜ」

 ファビオはオルガの肩を抱いて、男たちが引き上げていくのを見届け、ホッと息をつくと、ガッカリしているオルガをにらんだ。

「バカ! なんで大声出さない!」

 大声に怯えたオルガは、ぼろぼろと涙をこぼし始めた。

「あ、ごめん・・・。一人で怖かったよな、ごめん・・・」

 子供のファビオには、自分の大きな声こそがオルガを泣かせているとは気付かず、男たちに襲われそうになって怯えていると、思い込んで謝った。





「なんだい、その子は。それに、お前、まだ仕事の時間だろ」

 オルガを家に連れ帰り、言われるであろう質問を受けたファビオは、胸を張って答えた。

「この子は悪い貴族から、俺が助けてきた。仕事は明日早番を引き受けて、早上がりさせてもらった!」

「悪い貴族?」

「なんか、どっかから買われてきたって! 酷いんだ! 追いかけまわして折檻したり、倉庫に閉じ込めたり! な、オルガ!」

 同意を求めたが、オルガはきょとんとしている。

「お尻ぶたれたりしてたろ!?」

「ふぉすた?」

「そう!」

「ふぉすた、オルガにお尻ぺん」

 オルガはまたスカートを捲り上げ、二人にお尻を見せる。

「こらこら、女の子が、そんなことしちゃダメだろ」

 母親はオルガのスカートを下ろさせ、どこか普通と違う雰囲気のオルガを、まじまじと眺めた。

 息子のファビオより、一つ二つ年上の容貌だが、近所の娘たちより、妙に幼稚な仕草と言葉。

 そういえば、どこかの貴族が下町の貧乏娘を買い取って、おもちゃにしていると噂で聞いたことがある。

 ファビオは、それを連れ出してきたのだろうか。

「この子を『追手』から匿って欲しいんだ! 俺、この子の飯の分まで、頑張って働くから! なぁ、母さん! 頼むよ!」

――――おやまあ。

 母親は苦笑した。随分、一人前の口をきくじゃないか・・・。

「よしきた。母さんも『追手』とやらから、この子を守ってやるから、とにかく、飯にしな」

 母親の経験値から思うに、下町から買った奴隷娘を、躍起になって取り返しにくるほど、貴族というのは誠実ではない。

 おもちゃをなくせば、新しいおもちゃを買う。それだけのことだろう。

 近い内に、然るべき施設にこのオルガを預ければいいと、母親は頷いた。





 一方、フォスター家では、必死のオルガ捜索が続いていた。

 一晩だ。

 一晩、帰ってこなかった。

 お腹をすかせてはいまいか? 

 怖い目に会ってはいまいか?

 どこで夜を過ごしたのか?

 寒い思いをしていまいか?

 泣いてはいまいか?

 閉じ込めるようなことをして、目を離したりしなければよかった。

 できれば、自分で歩き回ってでも探しに行きたかったが、モートンに、とにかく調査が済むまで待つように説得されて、まんじりともせず、朝を迎えた。

「オルガ様がお帰りになった時、旦那様が出迎えねば」

 この一言は効いた。

 明らかに徹夜明けの顔の主人に苦笑し、モートンは調査の結果を報告する。

「わかりましたよ。市場の野菜売りの少年です」

 オルガを閉じ込めた食糧倉庫の傍には、配達されたはずの野菜が箱ごと転がっていた。

 それが外に転がり、オルガが倉庫から消えたとなると、その関連性が見えてくる。

 調べさせると、その日、野菜を配達に来た、市場の少年が浮上した。

 しかも、その少年はその当日、仕事を早上がりさせてほしいと親方に懇願したらしい。

「その少年の居所は?」

「近郊の下町だそうです。住所もわかりました」

「・・・わかった。私が行こう」

「旦那様自らですか?」

「当たり前だろう? お前は私を、また眠らせない気か」

 主人の言い出したら聞かない頑固な気質を、執事のモートンは彼の幼い頃からよく知っている。

 モートンは黙って頭を垂れると、サラサラと、調べた住所を紙に書いた。

 フォスターは車に乗り込むと、運転手にその紙を押しつけた。



 

「ふぁびおの、おかーさん?」

「ああ、そうだよ」

 狭い家だ。

 客間などあるはずもなく、ファビオの母は、オルガを自分のベッドに一緒に寝かせた。

 その晩、何度も何度も、「おかーさん」という言葉を繰り返すオルガを、赤子のようにあやしながら。

 翌朝、ファビオが市場に仕事に出ると、オルガは母親の後をくっついて回る。

 食器を洗っていれば、それをしゃがんで眺め、洗濯をしていれば、たらいに手を突っ込んでくる。

「邪魔しないの。傍にいるなら、手伝っておくれ」

「・・・てつだ・・・。お手伝い?」

「そうそう」

「おかーさんの、お手伝い」

「そうだよ」

「お手伝い、する!」

「おや、ありがとうよ」

 たどたどしい言葉と幼い仕草を見ていたから期待はしていなかった母親だが、一枚干し終わると同時に、次の洗濯物を手渡す要領や、洗濯バサミを渡す気の利き方に、いささか感心すらしてしまう。

「上手いねぇ。やったこと、あるのかい?」

「おかーさんのお手伝い! オルガのお仕事!」

 なるほど。

 貴族に買われる前は、こうやって母親を手伝っていたようだ。

 じゃが芋の皮むきもやらせてみたら、下手なりに、頑張っている姿が微笑ましい。

何をやらせても、一生懸命で。何より・・・楽しそうで、幸せそうで・・・。

 貧乏娘のささやかな幸せが、貴族に買われて壊れてしまったと思うと、なんとも不憫だ。

「・・・おや?」

 家の前の狭い路地に、似つかわしくない随分と高級な車が停まっているのに気付いた母親は、オルガを家の中に追いやった。

 しばらくして、その車から、大層品のいい紳士が一人で降りてきた。

「あの、マダム・・・」

「アンタが、あの子を買ったとかいうお貴族様かい?」

「え? いや・・・」

「あんな可愛い子を、よくまあ親から買い取るなんてできたもんだね。貧乏人は、あんたらのおもちゃじゃないんだよ」

「いや、私は・・・」

「四の五の言わずに、出ておいき!!」

 いきなり箒を振りあげた母親に、紳士・フォスターは慌てて手を振った。

「ち、違います! 落ち着いてください、マダム! ちょ! 待って・・・!」

 バシバシと箒で頭を叩かれ、フォスターは必死でそれを制しながら話をしようとするが、母親の耳には届かない。

「やん! ふぉすた! だめー!」

 彼に抱きつくように間に飛び込んだオルガをぶちそうになり、母親が慌てて箒を止めたので、フォスターはやっとのことで、事情を話す状況を作ることができたのだった。





「あーーーん! あーーーん!」

 フォスターの膝の上でお尻をぶたれて泣くオルガの姿を見て、仕事から急いで帰ったファビオは戸口で呆然としていたが、やがて我に返り、フォスターに飛びかかろうとする。

 しかし、それを母親に遮られ、困惑いっぱいで母親を見上げる。

「どうして助けてやらないんだよ!」

「心配をかけた子供がお仕置きされるのは、当然のこった」

「何言ってんだよ! オルガはそいつに奴隷にされて・・・!」

「早合点だよ! 良く見りゃわかるだろ!」

 何がわかるというのか! 

 あんなにお尻を真っ赤にされて、わんわん泣いているオルガ。

 ピシャンピシャンと平手を振る貴族は、それはそれは厳しい顔つきで。

「勝手に出ていっちゃダメだろ! 心配させて! 悪い子だ! 悪い子だ!」

「あーん! ごめんなさいー! ごめんなさいー!」

「もうこんなこと、二度としちゃダメ! 遊びに行きたいなら、私にちゃんと行き先を言ってから! お泊まりも、黙ってしちゃダメ! お約束だぞ!」

「あーん! するー! お約束、するー!」

 平手をゆっくり下ろした貴族は、腹這いにさせていたオルガを膝に座らせ、下着とスカートを戻してやると、壊れものを扱うように、そっと抱きしめた。

「良かった・・・、無事で、本当に、良かった・・・」

――――あ・・・。

 貴族が目を潤ませるのを、ファビオは生まれて初めて見た。

――――貴族でも、涙があるんだな・・・。

 その涙が、何故今流れているのか。

 おもちゃが帰ったから? 

 いや、違う。

 抱きしめられたオルガも、フォスターの涙を拭いながら「ごめんね、ふぉすた、ごめんね」と、お尻の痛いのも忘れたように、おろおろしている。

 ファビオも、母親に泣かれた時は、動揺したっけ。

 怖い訳ではないのに、心が震えた。

 あのオルガの表情は、まさしくそれ。

 心が震えて、困っている。

「ご覧。アンタの早合点。あの子はちゃんと、愛されてるんだよ」

「・・・でも・・・」

「お尻をひっぱたかれるのは、アンタもされるだろ。母さんは、アンタを奴隷だなんて、思ってないけどね」

「わ、わかってるよ・・・」

「じゃ、この騒動を引き起こしたお仕置きは、覚悟しておきなよ」

「え!」

 お尻を庇うようにしたファビオを、更に庇うように立ったのは、オルガを腕に抱いたフォスターだった。

「それはどうか、私に免じて許してあげてください、マダム。彼は、オルガの小さなナイトだ。彼に誤解をさせた、私も悪いのですから」

 母親は、苦笑を湛えて肩をすくめる。

「アンタみたいな貴族様は、初めてだよ。箒でぶちのめした時は、牢獄に入れられても仕方ないって思っていたのに」

「いえ、とんでもない。そこまで覚悟なさって、オルガを守ってくださったこと、感謝します」

 どこまでも、ファビオの貴族へのイメージを覆すフォスターに、彼は悔しそうにオルガを見上げた。

「ふぁびおと、また、遊んで、いい?」

 オルガがその視線に気付いて、フォスターに言う。

「もちろん。ただし、ちゃんと私に言ってからね」

「はい。じゃあ、ふぁびおのおかーさんとも?」

「もちろんだ。マダム、時々、オルガを遊びにこさせて、いいですか?」

 母親は満面の笑みで頷いた。

 ファビオ親子に見送られ、フォスターとオルガは屋敷に向かった。

「オルガね、おかーさんのお手伝いしたの。いっぱいしたの」

 楽しそうに、嬉しそうに報告するオルガ。

 フォスターも、車の中から見ていたから、知っている。

 実に生き生きと、ファビオの母を手伝うオルガの姿を・・・。





 オルガを寝かしつけ、フォスターはモートンに、今日のオルガの様子と、母親から聞いた、ファビオ家で一晩過ごすオルガの様子を話した。

「再教育の、方向性が決まったよ、モートン」

「どのように?」

「垣根なしに」

「と、申しますと?」

「貴族の姫とか、元下町の娘だとか、そんなことを線引きするから、迷うんだ。私は、オルガを、一人の人間として育てたい」

「どちらとも対応のきく教育ということですか?」

「違うよ。ただただ、色んなことを、興味のあるものを、学ばせてやりたいと思う。いつか、貴族と庶民の垣根が取れた時、あの子が強く生き抜いていけるように・・・だ」

 少々貴族という枠から外れた感性の持ち主である主人に親愛を持ち仕えていたとしても、長らく貴族社会の中で執事をこなしてきたモートンには、今ひとつピンとこなかったが、ここで具体案をどうこう論じるような愚行はしなかった。

「私はね、モートン。愛だ恋だ浮気だと、貴族の姫君方が奔走するのは、正直、暇だからだと思っている」

「え、ええ、まあ・・・」

 それは的を射ていると思うが、そんなことを言っているから、フォスター家のご当主は、いつまでも結婚から縁遠いのだと、思わなくもない。

「いくらオルガがそう調教されて育ったとはいえ、性的な面ばかり気が行くのは、やはり、暇だからではないかと思った」

「はぁ・・・」

 モートンは見ていないから知らない。

 忙しそうなファビオの母をせっせと手伝うオルガの、あの生き生きとした表情!

 現に、連れ帰ったオルガは、一生懸命働いた疲れで、あっさりスヤスヤと眠ってしまった。

 即ち、あの・・・快楽への欲求を、別のことで満たしてしまったのだから。

「オルガには、読み書きも教える。が、貴族ではない感性も呼び覚ます。それが、オルガ教育の方向性だ」

 わかったような、わからないような、そんな表情で、モートンは頷いたのだった。





 翌日、起きてきたオルガと朝食を共にした後、彼女を庭へ誘ったフォスター。

 木陰でオルガを膝に座らせ、ゆっくりゆっくり、言葉を紡ぐ。

「あのね、オルガ。気持ちのいいことは、いつか、もっと大人になってから、愛する人とすることなんだよ」

「あいする?」

 少々言葉が難しかったかと考えなおし、フォスターはひとしきり頭の中で言葉をかみ砕いてまとめてから、やわらかく、オルガに微笑んだ。

「えーとね・・・、気持ちのいいことは、オルガが、大好きって思う人とだけ、することなんだ」

「だいすき?」

 さて、弱った。「大好き」は、どう変換したら良いものか。

「えーと・・・」

「だいすきな人は、気持ちいいことしてくれる人?」

 間違っているような、いないような・・・。

「ヴォルフ!」

「は?」

「オルガ、ヴォルフ、だいすき!」

「はぁ!?」

 思いがけない言葉に、フォスターは抱っこしていたオルガを落っことし、オルガは尻もちをついて、抗議めいた上目遣いで、フォスターを見上げたのだった。







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