FC2ブログ

ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀11

 ←まだ上げ染めし前髪の・・・   →風習
 疲れを取るには睡眠が一番だ。
 わかってはいるが、眠たいのに疲れすぎて眠れない。
 体の節々が、苦情めいた悲鳴をあげている。
 寝返りなど、どう打つのかも体が思い出さない。
 これは本当に自分の体なのだろうか・・・と、ヨロヨロと腕を持ち上げてみる。
 なんとかベッドから浮いた腕は、結局ストンとシーツの上に落ちてしまった。
 ぼんやりと他のベッドに目をやると、皆も同じ苦痛の中にいるのは明らかで、安らかな寝息などどこにもなく、聞こえるのは呻き声ばかり。
 あの地獄のようなメニューでは当然だろう。
 それを、休む間どころか息つく間もなく次から次へと。
 教官達は絶えず目を光らせており、少しでも疲れた素振りを見せれば耳元で大声で罵られ、容赦ない鉄拳制裁。
 体力的にも精神的にも、訓練生達はズタズタの状態だった。
 朱煌も無論、例外ではない。
 あれが初日なのだから、この先が思いやられる。
 鬼教官クロスのせいで、しごきには慣れていると思っていたのに、実は彼が朱煌のペースに合わせてくれていたことを、思い知らされてしまった。
 マジェスティーの思惑通りである。
 鬼のように厳しいと思っていたクロスが、実は優しいおじいちゃんだったとは・・・。
 しかしだ。
 ここで素直に反省などしたくない。
 とにかく、3ヶ月を乗り切って、マジェスティーとクロスを見返したい。
 朱煌は軋む筋肉の不快さに顔をしかめながら、なんとか両腕を頭の後ろに組んだ。
 きれいサッパリ剃り上げられた頭を撫でて、レーヌがどんな顔をするだろうと想像し、思わず吹き出してしまった。
 その途端、腹の筋肉が悲鳴を上げて、笑いはすぐに呻き声に変わったのだった。



「チェック・メイト」
 ニヤリとしたセガール大佐が言うと、クロスはとうとう不貞腐れてソファに寝転がってしまった。
「去年に引き続き、またまた連敗記録更新だな。名高きラ・ヴィアン・ローズの№2が、情けないねぇ」
「ふん、俺は将の器じゃないんでね。代々将軍家系の軍閥米軍将校様に、チェスじゃかないっこありませんや」
「ハハ、拗ねるなよ。人事育成に関しちゃ、俺はお前に遠く及ばない。歴代海兵隊員然り、マジェスティー然り、そして、あのおチビちゃん・・・。多少遅れは取るが、ちゃんと初日をクリアしたじゃないか」
「初日なんだ、当たり前さ」
「手厳しいねぇ。だが、お前がこぼしてた不平不満とやらも出なかったじゃないか」
「いつでもリタイアしろと言ってやったからな。あれは天邪鬼だから」
「なるほど。私は一時間もつのかと心配したよ。ただでさえ七つと聞いていたのに、見た目は3つ4つのbabyじゃないか」
「姫は東洋人でも小さめだからな」
「日系か? それとも・・・」
 セガールの目が鋭く光った。
 噂の紅蓮朱雀の素性を、米軍も把握しておきたいのだろう。
「国籍までは知らねぇな。父親のマジェスティーは、数多の女の敵だからな」
「・・・フン。友達甲斐のない狸め」
 毒づいてチェス盤を片付けにかかったセガールを見て、クロスは慌てて体を起こした。
「勝ち逃げかよ。もう一局だ」
 取り上げるようにして駒を並べ始めたクロスに、セガールは呆れて肩をすくめる。
「ラ・ヴィアン・ローズの秘蔵っ子に米海兵隊術を伝授するからには、こちらにも相応の見返りがあるはずだな」
「そりゃもちろん」
「では、朱雀を私の秘蔵っ子の嫁にもらおうか」
「ああ、パン屋ママの倅か。あの子もいい素質を持っていたなぁ。確かに、あの子と姫の子供が生まれりゃ、とんでもねぇサラブレッドが拝めそうだ」
「決まりだな」
「馬鹿言え。そんな交渉権なんざ俺にない。姫の両親に相談しろ」
「なんだよ、つまらん」
「パン屋ママの倅は息災か?」
「ああ、つい2年前まで、手がつけられないぐらいヤサグレてたが、今は性根を入れ変えて大学生だ」
「ほお、あの優等生肌のボクでもグレたりするんだなぁ」
 よもや、朱煌とパン屋ママの倅、すなわち黒荻 刃がとっくに知り合いであることなど、二人は知る由もない。
「秘蔵っ子同士の婚約話は置くとしてだ、そちらへの見返りとしては、朱雀小隊の映えある第一回出動依頼先の権利を差し上げよう」
「気の長い話だ」
「たった三カ月後さ。ここの修了式後、朱雀は正式に小隊長に任命される」
「なんだってぇ? マジェスティー・C・アースルーラーは何を考えてる!」
 セガールの大袈裟なリアクションが、チェス盤を弾いてしまったので、折角珍しく有利に展開していたクロスの駒は、夢の勝ち戦と潰えたのであった。



「馬鹿野郎! 貴様はウスノロだ! 足手まといだ! 前線なら真っ先に戦死だ! だったら今すぐ死んじまえ!」
 人権って言葉が、遠い世界にあったっけなぁ・・・などと考えながら、朱煌は耳元でがなり続ける教官の声を聞き流すべく努めた。
 それでも、声帯が条件反射のように、罵倒の度に「yes' sir!」と叫んでいるのに気付いて、歯軋り。
 不本意ながらすっかりサンディエゴの風紀に染まってしまった。
 何故なら、毎日毎日容赦なく浴びせられる罵倒で頭は割れんばかりに痛み、ただただ命じられるままに与えられたメニューをこなす。
 いや、ついていくだけで精一杯。
 つまり、反抗や毒舌に必要な体力など、余白部分は一切失っていたのだ。
 今日でやっと一ヶ月。
 無理やり押し込んだ夕食が、胃袋の中で我がもの顔で居座り、今にも吐きそうだ。
 グッタリとベッドに横たわっていると、カーツが覗きこんできた。
「大丈夫か?」
 朱煌を除くほとんどの訓練生達は、すでにかなり訓練に慣れてきた様子で、就寝前にはそこかしこで雑談が聞こえるようになっていた。
 やはり、青年と子供の体力の差が、歴然と現われていたのだ。
「気持ち悪いんだろ。吐いた方がスッキリするぜ。洗面所に連れてってやろうか?」
 親切心はわかるが、今はそれが無性に腹立たしい。
「吐くと体力を消耗する」
「だって顔色悪いぜ」
 そう思うなら喋らせるなよ・・・と内心毒づきながら、朱煌は枕に顔を埋めた。
「・・・あのさぁ、あのレンブラント教官って、お前と個人的に知り合いなんだろ?」
「・・・・・・」
「彼、お前をよく見てる。とても心配そうだ」
 それは朱煌も知っていた。
 だが、敢えて目を合わせないようにしていたのだ。
 今あの優しい目を直視したら、「もう嫌だ、帰りたい」と、口をつきそうになるから・・・。
「俺がレンブラント教官に掛けあってやろうか? 知り合いでなくても、たった七つの女の子に俺達と同じプログラムなんて酷だよ」
「上官への意見は規律違反だぜ」
「非行防止プログラム企画のテストだろ。これじゃやり過ぎだよ」
 そりゃそうだ。
 普通の子供なら、ハイスクールの学生でも3日ともたないだろう。
「・・・だからテストしてるんだろ。あたしがまだ食らいついてくるから、加減してないだけさ」
「お前を基準にされたら、その企画は失敗に終わるな」
「あんたのお喋りに付き合ってる元気なんかない。もう放っておいてくれよ」
 ベッドに潜り込んだ朱煌のいがぐり頭を撫でて、カーツは「リタイア、したいならするんだぞ」とだけ言い残し、自分のベッドに戻っていった。
 ――――悔しい。違う。情けない・・・。
 実戦経験のない彼らと違い、幾度も死線を潜り抜けてきているのに、彼らがこなせる訓練に、ついていくのがやっと。
 自分には持久力がないのを、今回の訓練で思い知った。
 性別・年齢の差なのだから当たり前であれ、朱煌が生業の地とする戦場で、そんな差など関係ない。
 このままいけば、部隊の足を引っ張る存在になる。
 今考えているこのことは、マジェスティーやクロスから、散々聞かされてきたことではないか。
 自分自身でこう思い至ることが、サンディエゴに送られた最大の理由だったのだと気付いて、朱煌は唇を噛みしめた。
 


「ふむ・・・」
 クロスはさりげなく訓練生達の中の朱煌を流し見ながら、顎を撫でた。
 遅れを取ることもなくなってきている。
 いつも訓練後半に見られていたスタミナ不足も、解消されつつあるようだが・・・急な成長ぶりだ。
 こう言ってはなんだが、サンディエゴの訓練プログラムは、朱煌の年齢・体力には適していない。
 まあ、本来は青年新兵用なのだから当然だが。
 体を壊しては元も子もないので、様子を見て限界なら、強制リタイアさせるつもりであった。
 しかし、朱煌の体はこの訓練に対応し始めている。
 ふと朱煌と目があった。
 「どうだ!」と言わんばかりのしたり顔に、クロスはため息。
「参ったね・・・。まぁた過信増長してなきゃいいが」
 そうなると、サンディエゴに連れてきたのは、むしろ逆効果だ。
 その晩、クロスは訓練兵たちの宿舎に足を向けた。
 ベッドの並ぶ寝室には、雑談している者が幾人か。
 朱煌の姿はないようだ。
 次いで娯楽室を覗いてみる。
 娯楽室といっても、小さなテレビが一つあるだけだが、訓練を終えて消灯までの束の間の楽しみを求める訓練兵達でひしめいていた。
 むさ苦しいことこの上ないそこにも朱煌の姿は見当たらず、頭を掻いて次の心当たりを考えていると、カーツが前に立った。
「ロゼをお探しですか」
「何故かね」
「レンブラント教官は、ロゼと個人的なお知り合いでしょう」
「ロゼが?」
「いえ、彼女は何も。見ていてわかっただけです」
 クロスはまた頭を掻いた。
 特別扱いしたことはないし、朱煌の担当教官は別の士官に任せてあるのだが。
「参ったな。君は勘が良い。さっきベッドを見てきたがいなかった。君は彼女の居所を知っているかね」
「はい、この時間はいつも、トレーニングルームです」
 意外な答えにクロスは目を瞬いた。
「この時間と言うところをみると、いつも?」
「ええ、黙々と筋トレに励んでいますよ」
 柄にもなく、目頭が熱くなってきた。それを悟られないように、大きな掌で顔を撫で上げる。
「ありがとう、行ってみるよ」
「レンブラント教官、今のはロゼに口止めされていますから、どうか内密に」
 少しおどけたように敬礼して見せたカーツに、クロスはニコリと頷き、トレーニングルームへと歩を進めた。
 なるほど、黙々と筋トレに励む朱煌の姿がそこにあった。
 黙って眺めていると、朱煌がやっている訓練法は、クロスが朱煌の為に組み立てた訓練メニューではないか。
 シャツは汗に濡れて肌も透け、見たことがないほど真剣な面持ちで筋力スタミナ増強メニューをこなしている朱煌を見ている内に、クロスはなんだかおかしくなってきた。
 つい吹き出してしまい、それに気付いた朱煌の、まあ何ともバツが悪そうな顔ときたら。
 こりゃいかん・・・と笑いをおさめたものの、ちょっとでも油断すると、声を上げて笑ってしまいそうだ。
 すっかり不貞腐れて壁を向いてしまった朱煌の傍まで歩き、そっと屈んだクロスが、グリグリと彼女の頭を撫でる。
「お前さ、訓練に涼しい顔してついていけるところを見せて、俺を見返したかったんだろ」
 後ろ姿だが、耳を真っ赤にしている朱煌の表情は、容易に想像できた。
「けど、それを実行するには、結局俺の筋トレメニューをやるしかないって結論に達しちまった訳だ」
「――――うるさいッ、クロスのバカ!」
 振り向きざまに声を上げた小さな体を、フワリと抱き上げる。
「やめろよッ 誰かに見られたら・・・」
「かまうもんか。お前が俺の自慢の孫だと、公表するだけのこった。俺はお前が大好きだよ、姫さま」
 更に顔を紅潮させて唇を噛みしめた朱煌は、それを見られまいとするように、クロスの太い首に両腕を回し、顔を埋めてしまった。
「ジェスが言ってたんだ。何も心配しなくても、お前はサンディエゴ行きの意味を理解してくれるとな。その通りだった」
「パパが・・・?」
 嬉しそうに顔を上げて呟いた朱煌は、ハッと口を押さえた。
 つい「パパ」と呼んでしまったのを猛烈に後悔している様子だったが、クロスは以前のように叱らなかった。
 それはただ照れ隠しの仕草にしか見えなかったからだ。
 クロスは床に胡坐をかいて膝に朱煌を座らせると、汗だくのシャツを脱がせてやり、丁寧にタオルで汗を拭った。
「お前は持久力に乏しい。それはお前の筋力の性質が、瞬発力を担う割合が大きいからだ。そのお前が長期の作戦中にも耐え得る理由は、戦場における緊張感と並はずれた精神力が、不足するスタミナを補っているせいだ」
 朱煌の天賦の才能は、クロスも舌を巻くほどだ。だが、その危うさへの不安も付きまとう。
「お前の精神力は群を抜いている。だが、そんなことを続けていたら、戦場を離れても神経は休まることなく、絶えず銃声や爆音の幻聴に苦しみ、敵影の気配を錯覚し、ついには心が壊れちまう。俺はそういう戦友を数多く見てきた。もし、お前がそんなことになったら・・・」
 クロスはふと言葉を切って、朱煌に目を落とす。
 急に重たくなったと思ったら、朱煌は訓練疲れとクロスの膝の心地良さに、いつの間にか寝息を立てていた。


 そして2ヶ月後、朱煌は修了式までの訓練をやり遂げる。
 それは即ち、朱雀小隊の誕生と、彼女の隊長就任を意味していた。





  • 【まだ上げ染めし前髪の・・・  】へ
  • 【風習】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【まだ上げ染めし前髪の・・・  】へ
  • 【風習】へ