ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

まだ上げ染めし前髪の・・・

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                       ―1960年―


 俺には両親の記憶がない。
 母親が二才、父親は三才の頃に亡くなったそうだ。もともと高齢だったのである。 
 けれど寂しい思いをしたことは、お陰様で一度もなかった。
 何故なら二男三女の末っ子で、しかもすぐ上のちい姉ちゃんとも十二の年の差。
 第一子である長兄の勝利兄貴に至っては二十一才も離れているから、ほとんど親子並。
 彼が両親亡き後の高城の家を、支えてくれているのだ。
 そんな兄が結婚することになったのは、俺が九つの時。
 そして俺は、運命的な出会いを果たすことになった……。

「善積、ちょっと来なさい」
 兄貴の声についドキリとする。正直、いつも重々しいムードをかもし出している、いかにも大黒柱の厳しい兄貴が、苦手なんだよね。
 言われるまま座敷に行くと、豊子さんが来てた。豊子さんは兄貴の婚約者で、来月にはうちの家族になる人なんだ。
 あれ? 豊子さんの隣にも人がいる。
 中学生くらいかな、女の子。その子が振り返って俺に微笑んだ。
―――――う…わ。可愛い。ていうか、美人かも。
 どうしたんだろ、俺。なんか心臓がドキドキして、胸が痛いくらいだ。
「善積、何を突っ立っている。お客様にご挨拶もできないのか」
 うわ、やばいッ。兄貴はすご~く礼儀にうるさいんだよ。親代わりの責任感とかで、メチャクチャ俺に厳しいの。大姉・中姉・小姉ちゃんたちにはそれほどでもないんだけど、俺は男の子だからって……。でもそれって、男女差別って言うんじゃないの?
 とにかく俺は慌てて正座して、「こんにちは、いらっしゃいませ」と頭を下げた。
「こんにちは、善くん」
 豊子さんが笑ってる。俺が兄貴にビビッてるのを笑われたわけで、少しむくれた。
 それに今日はあの女の子もいるし、カッコ悪いの……。
「善積、紹介しよう。そちらにいらっしゃるのが、豊子さんの妹さんで『瞳子』さんだ」
――――と・う・こ……。
「善積」
「あ、はい。初めまして、高城善積です」
 ニコリとして俺に向き直った瞳子は、本当に本当に……綺麗だった。
「初めまして、善積くん。よろしくね」
「う…うん」
 ドギマギしてついうつむき加減でいたら、なんか刺すような視線が。恐る恐る顔を上げると、ギャ~! 兄貴が腕組みしてる!!
 兄貴は怒りモードになると、まず腕を組むんだよ~~~。
「善積、さっきから何をボンヤリしてるんだ。目上の人に対して、「うん」などと」
「あ、あの……ごめんなさい」
 うう…この展開はまずい。次にくるセリフは……。
「こっちへ来なさい」
 来た~~~!! 兄貴はお客さんがいようが容赦ないんだもん。いつものことといえば、いつものことなんだけど、今日は……瞳子が。
「本当にごめんなさい。今度から気をつけるから……」
「善積」
 あうう、やっぱり回避不可能。
 俺は渋々と兄貴の前で四つん這いになった。チラリと見ると、瞳子が困ったような顔で苦笑いしてる。あ~~カッコ悪い!
 ピシャリ! ピシャリ! ピシャリ!
「いっ、痛ッ、痛いッ」
 パンツまで剥かれなかったのが、せめてもの救い。けど、お尻叩かれてるとこなんて、瞳子に見られたくないよ!
 軽々十回引っ叩かれて、ようやく終了したおしおき。うう、俺きっと、お尻も顔も真っ赤だぜ。
「座ってよし。善積、実は瞳子さんには、私達の結婚後、うちの離れに住んでもらうことになった」
 ひりひりするお尻を擦るのに忙しかった俺は、ドキリとすると同時に、嬉しくてたまらない自分に気付いた。
「知っての通り、豊子さん姉妹はご両親も親戚もいらっしゃらない。豊子さんが結婚してしまうと、瞳子さんが一人になってしまうからね。嫁入り前の上、まだ十五才の婦女子を、一人暮しさせるわけにはいけないからな」
「ありがとうございます」
 瞳子が丁寧に頭を下げた。
 瞳子が…これから…ずっと一緒。
 俺はまたおしおきされないように姿勢を保ちながら、飛び上がって万歳したい気持ちを抑えるのに必死だった……。



 兄貴が豊子さんと結婚したのは、俺が十歳の時。それは俺にとっても、記念すべき日。
 だって、豊子義姉さんの妹、瞳子が家族の一員に加わる日でもあるんだから。まあ、離れだから、ひとつ屋根の下……って訳にはいかないけどね。
 結婚式の夜、兄貴と豊子義姉さんは箱根に新婚旅行に出かけた。
 もっと遠くへ行けばいいのに。口うるさい兄貴から解放される、数少ない機会なんだから。
 出掛けにも兄貴はそりゃあうるさかった。
「私がいなくても姉さんたちの言うことを良く聞いて、お利口にしているんだぞ。お手伝いもちゃんとする。自分の部屋の整理整頓くらい毎日欠かさない。学校から帰ったらすぐ、明日の用意と宿題をやってしまうこと。これはいつも言っていることだから、わかっているな。遊びに行くのはいいが、五時までには帰ること。私がいないのをいいことに、好き嫌いで食事を残さない。夜更かしするんじゃないぞ。早寝早起は生活の基本だ。それから……」
 まだあるの? 兄貴の前に正座させられていた俺は、背中に回した片手でそっと言いつけの数を数えていたんだけど……もう指が足りなくなっちゃった。
「瞳子さんがいる離れには近付かないこと」
「え?! なんで?」
 目を丸くした俺に、兄貴は顔をしかめた。
「当たり前だ、男女七歳にして席を同じゅうせず。婦女子の住まいに軽々しく入るなど、もってのほかだ」
 うわ。さすが戦前生まれは言うこと古い。
「わかったな。返事」
「はいッ」
 姿勢を正して一礼。
 へん、兄貴がいたら出来ないことを、兄貴の不在中にやらなくてどうするっての……なんて、内心で舌を出してるけどね。



 挙式の夜は親戚一同が我が家に会して、そりゃもう賑やかだった。
 大姉、中姉、小姉ちゃんは、そのおもてなしでてんてこ舞い。けど俺はいい気分。
 親戚の叔父さん叔母さんはお小遣いの大盤振る舞いだし、手伝いなんかしなくても、姉ちゃんたちは許してくれる。
 姉ちゃん三人とも、俺にはすごぉく甘いんだ。早くに両親が他界してしまった善ちゃんが可愛そうだからって、いつだって色々面倒見てくれるし、叱られたことなんて一度もない。優しいお母さんが三人てカンジ。
 でも、その分ていうか、そのせいっていうか、兄貴が厳しくなるんだよねぇ。
 兄貴曰く「こう甘やかしては善積の為にならない」だってさ。
 ふと見ると、瞳子も姉ちゃん達に混じって給仕をせっせとしていたのだけど、一言二言交わしてから、そっと宴会の席を外した。
「大姉ちゃん、瞳子さんはどこ行ったの?」
 台所でお燗をつけていた大姉ちゃんの袖を引っ張ると、「もう遅いし、引越しの片付けに行くよう言ったのよ」ということ。
「だけど、兄さんも人がいいわよね。何も嫁の妹まで引き取ることないのに」
「ホント。うちだって決して裕福じゃないのよ。しかも大学目指してるんですってよ、あの子」
「まあ! 女だてらに生意気ね。学問は男性に任せて、女は家を守ることに専念すればいいのよ」
「第一、あんな若い娘を傍に置いたら、善ちゃんにどんな悪影響があるか知れないじゃない」  
 不機嫌そうに口々にもらす姉ちゃんたちに、なんとなくやな気持ちになった俺は、台所の裏口から、そっと家を抜け出した。
 中庭を抜けて、平屋の離れに行ってみる。まだ明かりがついていて、瞳子の影がせわしく動いていた。引越しの片付けしてんだな。
「瞳子さん、なんか手伝おうか」
 ひょっこりと窓から入った俺に目を丸くした瞳子は、困ったように顔をしかめて見せた。
「いけない子ね。お兄さんに、ここに来てはいけないと言われているでしょう」
「お堅いこと言うなよ。今時、男女七歳にして……なんて流行んないぜ」
「まあ、マセたこと言うのね」
 子供扱いされて、カチンとくる。
「手伝ってやるって言ってんの! 平気だよ、みんな宴会に夢中だもん」
 瞳子は苦笑して荷物が散乱した部屋を見渡し、「じゃあ、お願いします」と微笑んだ。
 うーん、きれいなのに、笑うと可愛いや。
 俺達はしばし引っ越し荷物と格闘して、話すどころじゃなかった。けど、一緒にいられるだけで、俺の胸はわくわくして楽しいんだ。
 それにしても、たくさんの本や参考書! 小さな図書館みたいだった。
 そういえば、姉ちゃん達が大学を目指して云々て言ってたっけ。けど、なんで「女だてらに」なのかな。勉強嫌いな男が大学行くより、勉強したい女の人が行った方が、絶対いいと思うけど。
「善くん、どうもありがとうね。お陰で早く片付いたわ」
 にっこりとした瞳子に、つい照れ臭くて何も返事できなかった。
「でもね、もうここに来ては駄目よ。お兄さんの言いつけは守りましょうね?」
 また子供扱い! すごく腹が立ったけど、この時は、俺がここに来ると瞳子が辛い立場に立たされるなんて、考えもしてなかったんだ。 
 この後、俺の姿が見えないんで心配して探していた姉ちゃんたちが、瞳子の離れで俺を発見して、大騒ぎになった。
 見たことないくらい怒ってる姉ちゃん達に、瞳子は全然悪くないのにずっとずっと謝り続けていた。
「姉ちゃん、違うよ。俺が勝手に来て上がりこんだんだよ。瞳子さんは駄目ッて言ったんだ」
「善ちゃんはいいのよ。ほら、もう遅いからね、お部屋へ行って」
 大姉ちゃんに言いつけられた小姉ちゃんに引きずられるようにして、俺は母屋の自分の部屋に戻されてしまった。
 それから兄貴が帰る日まで、瞳子は姉ちゃん達に何かしらチクチクと言われてて、俺は「ごめんね」としか言えなくて、瞳子が笑って「いいのよ」と言ってくれるから、余計に悲しくて……。
 生まれて初めて、「後悔」って言葉を思い知ったんだ。


 新婚旅行から、兄貴夫婦が戻ってきた。
 姉ちゃんが逐一報告して、俺と瞳子が座敷に呼ばれた。
「この度は、とんだご迷惑をおかけしました」
 まず瞳子が深々と頭を下げた。
「とんでもない。こちらこそ、愚弟が犯した非礼をお詫びするよ。妹達にもよく言ってきかせよう。辛い思いをさせてしまって、すまなかったね」
 思いがけない優しい兄貴の言葉に、瞳子は目を潤ませた。なんでもないフリしてたけど、やっぱり辛かったんだ……。
「離れで豊子が待ってるよ。久しぶりに、姉妹水入らずで過ごすといい」
 丁寧に礼を言って、もう一度頭を下げた瞳子が座敷を後にするのを見送っていると、兄貴の咳払いが聞こえた。
 振り返ると……、あうぅ、やっぱり腕組みしてる。これは兄貴が怒ってる証拠……。
「善積」
「は、はい……ッ」
「そうだ、『はい』と言ったな。私が出発する前に」
「……はい。言いました……」
「ではこれはどういうことだ。瞳子さんにあんなに迷惑をかけるとは」
「……ごめんなさい……」
 もううつむくしかない俺がぼそぼそと言うと、兄貴がポンと正座の膝を叩いた。
 うう、もちろん覚悟はしてたけど、いざとなると……。
「善積」
「……はい」
 しぶしぶ兄貴の膝の上に腹這いになると、やっぱりパンツまでめくられてしまった。
「どうしておしおきされるのか、言ってみなさい」
 こ、この格好で?! んなもん、さっきの内に聞いてくれよぉ。
「あの…あに…兄さんの言いつけを破って、瞳子さんの離れに行ったから……」
「うむ。では、ほかの言いつけは守れたか」
 うッ。実はなにひとつ守ってなかったりして……。姉ちゃん達の手伝いなんてしてないし、部屋は散らかり放題。宿題も忘れて廊下に立たされたし、夜更かししてるから、朝起きられなくて学校行く支度も大慌てでやるから忘れ物ばっかり。姉ちゃん達が甘いのをいいことに、好きなものだけ食べてたし……。
「……ほかは、守れました」
 姉ちゃん達が言いつける訳ないから(瞳子のことは俺は悪くないって理由で告げたんだよね、姉ちゃん達さ)、安心して断言する。
「もう一度」
「守れました」
「もう一度」
「守れ…ました」
「もう一度」
「………守れてません……」
―――――バシィンッッッ! と、強烈な一発!
「痛ぁ―――いッッッ!!」
「馬鹿モンが! お前の嘘を見抜けぬ兄と思ったかッ。言いつけを守らぬ上に嘘で誤魔化そうなどと」
「ご、ごめんなさいッ、ごめんなさいッ、反省してますッ。だから許して……痛ぁいッッ」
 これは相当怒ってる。たった二発目で、もうお尻が熱いよぉ。
「今日という今日は勘弁ならん。その腐った性根を叩き直してやる」
 あうう…、こういう時は間違いなく、百叩きの刑。
―――――バシッ、バシッ、ピシャリッ、バシンッ!!!
「ひいッ、アッ、い…た…いッ、ごめんなさいッ、もうしませんッ、ごめんなさあぁ~~~い!!!」
 それからいくつ叩かれたのかは、とても数えてられる状態じゃなかったけど、絶対百以上だった!
 だってパンツもはけないくらいヒリヒリして、こんなに真っ赤に腫れたお尻、初めて見たもん。
 そりゃ自分が悪かったし反省もしてるけど、俺、大人になっても絶対こんなおしおき、子供にしないぞ! 兄貴のバカ!
 

 今、家の中に土足解禁のところがある。
 それは玄関から階段、そこから俺の部屋。
 俺、高城善積―たかじょうよしづみ―は来春から中学生になるんだ。だから、勉強部屋の改装の為、職人さんたちが出入りしてて、いちいち靴脱いでたら仕事にならないから、今言った経路をずーっと養生してあるんだ。
 家の中を靴で歩いていいなんてすっごく楽しいし、職人さんたちの仕事見てると飽きないんだよな。
 大工さんに左官屋さんに電気屋さん、中でも俺が一番おもしろくて仕方なかったのは、最後の方に出入りし始めた塗装屋さんだった。
 回り縁やら巾木をステインとかいうので色付けして、今度はニスで艶を出していく。
 養生してないところも手首を上手ぁく固定して、スーッと筋を引くように垂らさず、他につけてしまうこともなく…。
 ふと見ると、わ、何だ、あれ。
 ペンキ屋さんが回り縁に沿って、四尺脚立で歩いてる…。
 あのね、普通に脚立をまたいでさ、器用に足と一緒に脚立の片方を持ち上げて、カニの横歩きみたいに、ヒョイヒョイと……。
「す…すっげー!!」
 思わず声を上げた俺に、脚立歩きのペンキ屋さんが振り返って笑った。
「すごいか? いちいち降りたり上ったりじゃ、進まんからな。道板持ってくるまでもないし、そういう時はコレが一番や」
「いいなぁ、俺もやってみたい」
「あかん、怪我されたらかなわん。ここの道具に触るんやないぞ」
 そう言うと、再び下げ缶に刷毛を突っ込んでネタをすくうと、回り縁を塗り始めたペンキ屋さん。
「まあ、善ちゃん。またここに来ていたの? 職人さんの邪魔しては駄目よ」
 瞳子の声。
 瞳子は職人さんへの三時のお茶を運んできたようだった。あ、茶菓子が豪華だ。兄ちゃん……案外見栄っ張りか?
「どうぞ、休憩なさってください」
「ああ、おおきに。どうや、坊主も一緒にお菓子食べよか」
 言われなくてもそのつもり。
 俺が職人さんより早くに菓子器の最中に手を出すと、瞳子が涼やかな笑顔で俺の手をパチンと叩いた。
「職人さんが先」
 チェッ。なんか最近、瞳子の本性見えてきたような。綺麗な顔して、結構きついよな、こいつ。
 ま、そんなとこもいい。なんたって、俺の初恋の人なんだから。




 職人さんが帰った。兄ちゃんはまだ仕事。兄嫁の豊子さんは台所だし、絶好のチャンス。
 俺、絶対に脚立のカニ歩きやってみたいんだも~ん。
 うう、しかし照明器具ないから暗い…。そうだ、確か職人さんの灯光器がこの辺りに…。
 ごそごそと漁ってみると、あったーーーー!!
 スイッチはわかる。職人さんがやるの見てたから。点けてみると、真っ暗だった部屋の中がボンヤリとだけど明るくなった。
 その明かりの中に、目当ての脚立を発見! 
 脚立を広げて、上ってみる。うわ、四尺って結構高い。
「う~んと? どうやるんだ。足引っ掛けるとこなんて、ないよなぁ。こうやって股にはさむみたいにして……」
 しかし、力を入れても脚立は持ち上がる気配なし。
「足の甲で引っ掛けてたのかな。ちょっとやってみよ」
 足の甲で足を置くところを引っ掛けて、力任せに持ち上げ……。
「うわあーーッ」
「きゃーーーーー!!」
 …へ? 何で瞳子の声が重なって……。
 ガシャーーーンっ!!と脚立がひっくり返り、俺は床に投げ出された…はずだった。なのに、衝撃はそれなりだけど、なんかちっとも痛くない。
 よくよく見ると、瞳子が俺の下敷きになって床に倒れていた……。




「痛い~~~!! 痛い~~~!! ごめんなさあぁぁぁぁい!!」
 会社帰りでスーツ姿のままの兄ちゃんの膝の上で、俺は情けなくもジタバタともがいて泣き喚いていた。
 だってメチャクチャ痛い! 瞳子に怪我させちゃったせいで、俺のお尻を引っぱたく兄ちゃんの手は、いつもの倍以上きつかった。
 パンツもズボンもひん剥かれて丸出しにされたお尻は、さっきまで冷たい空気を感じていたのに、今はもう灼熱の太陽が燦々と降り注いでいるような……って言ってる場合じゃ……。
「痛いーーーーーー!!!」
「この馬鹿者が! 来春には中学生になるというのに、子供染みた悪さをしでかしおって!」
 ピシャ―――ンッッ! パシィ―――ンッッ! ピシャ―――ンッッ!!
「痛いよ、痛いーーーー! もうしません、ごめんなさあぁぁぁい!!」
 灯光器の明かりに気付いた瞳子は、もしやと思って様子を見に来たのだった。
 ちょうどその時、俺が脚立ごとひっくり返りかけていて、慌てて俺を抱きとめた。そして、倒れた脚立にあの細身の肩をしたたか打ちつけて、痣になってしまったのだ。
「悪戯した上に女性の体に傷をつけるようなことを! 男児として恥を知れ、恥を!」
 あああ、言うこといちいち戦前な兄ちゃん…。お、お尻が、ジンジンする。このままじゃ、俺のお尻も痣になる~~~~~!!
「瞳子に怪我させようとした訳じゃないんだよおぉぉ!!」
 ピタリ。兄ちゃんの平手が止まった。あ、おしまい?
 そろそろと首をねじ向けて兄ちゃんの顔を見ると…どえぇぇぇぇぇ!! は、般若!!
「善積…、お前、まだ瞳子くんを呼び捨てにしていたのか。あれほど目上の人間に呼び捨てなどしてはならんと言い聞かせただろう」
 や…、やばい~~~。このままでは痣どころか、お尻の皮やぶれたりなんかして…って、イヤだーーーーー!!
「違う! 違うんです! 今のは言葉のアヤなんです~~~~~ッッ!!」
「言い訳無用!!」
 バシイィィィィィンッッッ!!!
「い゛だ い゛~~~~~~~~!!」
 さ…三十まではなんとか数えてた。けど、これでもう何発目? 
 ただただひたすら、痛い痛い痛い痛い痛い~~~~~~~!!!
「お義兄さん!」
 夜間診療の病院から戻った瞳子が、襖を開けると同時に叫んだ。
「もう、その辺で許してあげてください。善ちゃんがあの脚立に興味を持っていたのを知っていたのに、隠しておかなかった私もいけなかったんです」
 瞳子の弁護で平手が止んだ。あううう、叩かれなくなった途端、じわじわヒリヒリとお尻が存在を主張し始めた。こっちの痛みも独特…、叩かれるよりマシって程度。
「瞳子くん、傷の具合はどうかね」
「はい。打ち身だけですし、痣もその内消えるからと、お医者様が…」
「そうか、それを聞いて安心したよ。嫁入り前の君を傷物にしたとあっては、豊子と君の親御さんに申し訳が無いからね」
「恐れ入ります。その時は、善ちゃんのお嫁さんにしていただきますから」
 そうにっこりと微笑んだ瞳子。ウッ…か、可愛い。六つ年上だってかまうもんか。喜んでお嫁さんになってもらうさ。
「ははは、なるほど。まあ、怪我をした君が許して欲しいというのなら、そろそろ勘弁してやるとするかな」
 た、助かった~~~~。
「仕上げに五回」
 あううう…やっぱりか。
「さあ、瞳子くんに謝りなさい」
パアァン!
「は、はい。瞳子…」
パアァァァァァンッッ!!
「じゃないッ、瞳子さん!」
パアァン!
「怪我させて、ごめんなさい!」
パアァン!
「俺なら結婚してもいいからな!!」
「馬鹿者―――――!!」
―――――パアァァァァァァンッッッ!!
「~~~~~~~~!!!」
 最後の最後、今だかつて無い強烈な平手が炸裂し、俺は声にならない悲鳴を上げていた……。





 




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