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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀10

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 サンディエゴ・・・と言われても、朱煌には何のことやら見当もつかない。
 マジェスティーのあの深刻な様子を見るに、地名以外の意味があるようだが。
 不気味なのはサンディエゴ行きまでの一週間、戦闘訓練ばかりかレーヌの授業まで休みと取り計らってくれて、よく体を休めるようにと言いつかったことである。
 あれ以来、マジェスティーとは口をきいていないので(もちろん朱煌が一方的に無視しているだけだが)聞きにくいし、レーヌは知らないと言うし、アイ=フェンは「クロスに聞きなさい」と言うだけ。
「で、ここに来たのかい?」
 畑仕事の手を休めたクロスは、汗の吹き出す坊主頭をタオルで拭いながら、朱煌の隣に腰を下ろした。
「うん、クロスも行くんだろ?」
「ああ、私は毎年ね。この時期は3ヶ月間、サンディエゴ詰めだ」
「3ヶ月も? もしかして、あたしも?」
「当然だろ」
 ニヤリとしたクロスだが、ふと朱煌をまじまじと見て顎を撫でた。
「可愛いな、それ」
 クロスがワンピースのことを言っているのに気付いて、朱煌は軽く裾をつまんだ。
「レーヌが縫ってくれたんだ」
「レーヌの手作りか。どうりで、色といいデザインといい、姫によく似合ってる」
 朱煌は照れ臭そうに、すっかり長くなった髪を指に絡めた。
「そうしてると、どこに出しても恥ずかしくないお嬢様だな。サンディエゴ行きなんざ、可哀想になっちまう」
 奥歯に物が挟まったというか・・・サッサとサンディエゴの正体を教えてくれないのに、苛立ちを露わにした朱煌を見て、クロスは肩をすくめた。
「睨むなよ。可愛い洋服が台無しだぜ」
「だったら、こっちの質問に答えろよ! サンディエゴに何があるってんだッ」
「米海兵隊新兵訓練所」
 一瞬キョトンとした朱煌は、なんだか脱力してしまった。
「なんだよ、そんなことか。つまり、私に新兵に混じって訓練を受けろってことだろ。何を深刻ぶってるんだよ、パ・・・マジェスティーは」
 パパという言葉を避けたのは明白で、クロスは憮然として朱煌の鼻をつまんだ。
「こら、まだパパと仲直りしてないのか」
「仲直り?」
 クロスの手を弾き、朱煌は立ち上がってスカートについた土を払った。
「マジェスティー連隊長殿は、その訓練所行きをもって処罰となさるおつもりだ。なら、私がその新兵訓練をこなせば、それで決着がつくってこったろ」
 家に戻ろうと踏み出した足がフワリと宙に浮いて、朱煌はギョッとした。
 それがクロスに襟首を掴まれてのことと気付き抗議するも、朱煌の体は彼の片膝に腹這いに押さえつけられてしまったのだった。



「ぶった?」
 目を通していた書類から顔を上げたマジェスティーは、いささか渋い面持ちでクロスを見た。
「ああ、10ばかり」
「何もぶたなくても・・・。可哀想じゃないか。殊更何か仕出かしたのでもないのに」
 レーヌお手製のハーブティーを口に運ぶクロスのグローブのような手を眺め、マジェスティーは自分が子供の頃を思い出していた。
 悪さをしてデラにお尻をたっぷり叩かれるより、クロスに数発叩かれる方が、はるかに痛かったのは、記憶に鮮明に残るところである。
「何が可哀想なもんか。てめぇのおいたを棚に上げた上に親の気持ちも考えないで、ひねくれたあの態度。しかも、さっきレーヌに聞いたところにゃ、まだお前と口をきこうとしないって? そうと知ってりゃ、スカートなんかひん剥いて、生尻引っ叩いてやれば良かったと、後悔してるくらいだぜ」
 マジェスティーは苦笑いして頭を掻いた。
 朱煌が口をきかないことを、クロスに言わなくて良かった・・・。
「ジェス、姫のサンディエゴ行きを決定したことは評価する。だが、まさか、姫の言うように、罰のつもりじゃなかろうな」
「煌はそう言ってるのか?」
 クロスは肩をすくめた。
 それが応の返事であるから、マジェスティーはますます苦笑を深めて、ティーカップに口をつけた。
「もちろん、そんなつもりは毛頭ない。煌にもちゃんと言ったつもりだ。あの子が武器の扱いや訓練を軽視することで、失うようなことはしたくない。サンディエゴに行けば、あんたが如何にあの子の体力や能力を綿密に計算した訓練プログラムを立ててくれているのか、わかるだろうと思ってのことだ」
「あのひねくれ娘が、それに気付いてくれりゃいいけどな」
「大丈夫。あの子は賢い」
 クロスがハーブティーを飲み干したので、ティーポットを差し出すと、彼は遮りソファから腰を上げた。
「クロス、俺はあの子が口をきこうとしない拗ねた態度に、正直、安心しているよ。以前のあの子なら・・・」
「普通を貫くだろうな。どうでもいい相手として」
「わかってるなら、長い目で見てやってくれ」
「了解、了解。ただし、サンディエゴじゃ容赦せんからな」
「yes’ sir レンブラント軍曹殿」
 マジェスティーは肩をすくめながらも、部屋を出ていくクロスにおどけた敬礼を向けた。



 サンディエゴに向かう車の中で、朱煌はそこでの自分が、訓練所で企画中の小中学生を対象にした非行防止用プログラムのテストモニターという設定であることを教えられた。
 教官達も、責任者のセガール大佐とクロス以外、朱煌がラ・ヴィアン・ローズの紅蓮朱雀であることは知らされていないとのことだった。
「それでも、一切手加減はしないよう通達してあるからな」
「へいへい」
「ああ、それから、サンディエゴではクロスと呼ぶなよ。俺は米軍除隊前の身分てことで、この時期だけ教官として派遣されてるからな」
「それもセガール大佐しかしらない訳だ」
「そういうこと。俺のことは教官、もしくはクリストファー・レンブラント軍曹と呼ぶように」
「・・・・・・クリストファー・レンブラント?」
 除隊前、ということは、それがクロスの本名であることを示している。
 ただでさえ2m近い巨体に加え、鍛え上げられた肉体。
 プエブロ・インディアンの末裔だけあって、逞しい褐色の肌。
 そんな外見に到底似つかわしくない上品な名前に、朱煌が腹を抱えて笑ったのも無理からぬことであろう。
「フン、せいぜい今の内に笑っておけ。サンディエゴじゃ、笑う元気もなくなるだろうからな」
「ケッ。サンディエゴ、サンディエゴとうるせぇなぁ。そんなに大看板広げておいて、あたしがソツなくこなしたら、どうするつもりだ。今後一切、訓練は不要と保証書でも発行してくれるのか」
 ヒラヒラと手を振ってシートにもたれた朱煌は、クロスの視線に気付いて、慌ててお尻を隠すように窓際に寄った。
「すぐぶちゃしねぇよ。お前のパパが、可哀想だから、そうぶってやるなと言うからな」
「パ、マジェスティーが?」
 クロスは呆れて坊主頭を撫で上げた。
「強情だなぁ。マジェスティーも手の焼けるやんちゃ坊主だったが、もっと素直だったぜ」
「マジェスティーとあたしは赤の他人なんだ。似てなくて当たり前・・・ぅわ!」
 軽々と体を引かれて、アッサリと膝の上に腹這いに。
「嘘つきーーー! ぶたないって言ったじゃないか!」
「すぐって言ったろ。執行猶予は与えたぜ。今の発言はGuiltだ」
「だってホントのことだろ! あ! やだ・・・!」
 ズボンごとパンツをめくられて、朱煌は丸出しにされたお尻に顔を真っ赤にした。
「本音ならともかく、拗ねてるだけの悪態には不向きな発言だ。たっぷり反省させてやるから、覚悟しろ」
 直後、ビシッ!という音と共に強烈な痛みがお尻全体を覆い、朱煌は飛び上がらんばかりに悲鳴を上げた。
 飛び上がらなかったのは、クロスの右手がガッチリと腰を押さえていたからである。
 クロスの利き手は右で、つまり、左手で叩く彼は手加減をしている訳だが、朱煌の小さなお尻が真っ赤になるのに、さしたる時間はかからなかった。
「うわーーーん! 痛いよ! 痛いーーー!」
 必死で足をばたつかせてみても、平手を迎えるお尻は動いてくれない。
「二度とあんなこと言わないように、うんとお尻に言い聞かせるからな」
「痛い! 痛いぃ~! もう言わない! もう言わないからあ! 約束するぅ~!」
「お得意の口先約束なら、やめた方がいいぞ。今度言ったら、利き手でお尻が腫れ上がるまで引っ叩かれるんだからな」
 今でも十分痛くてたまらないのに、これ以上のお仕置きなどゾッとする。
 朱煌は何度も頷いて、本当の約束であることをアピールした。
 この約束は朱煌がカッとなる度に破られて、かなり成長するまで何度もお尻が腫れ上がるのだが・・・。
 やっとズボンを戻されて膝の上から解放されたはいいが、熱いお尻がヒリヒリして落ち着かない。
「そら、着いたぞ」
「いてて・・・、え? まだ市内じゃないか」
「新兵が訓練所に自家用車で乗り付けるなんて、許されるかよ。お前は他の新兵と一緒に、専用バスで来い。じゃあな、根を上げるなよ、訓練生」
 荷物と一緒に車外に放り出され、朱煌は走り去るクロスの車に、思い切りアカンベをしてお尻を擦った。



 ガタイの良い若者ばかりが目印になっている専用バスに乗り込んできた小さな朱煌に、新兵達は一斉に好奇の眼差しを向けた。
 まあ予想通り。
 なので、朱煌は気にすることもなく、座席にドカリと腰を下ろした・・・は、良かったが、叩かれたばかりのお尻に応え、思わず顔をしかめる。
「く~っ、いてぇな、畜生・・・」
「おい、お前・・・」
「サンディエゴ海兵隊新兵訓練所で、少年少女非行防止プログラムが企画されてる。私はそのテストモニター」
 声をかけてきた新兵が質問するであろう疑問に、先制して答えておく。
 ついでに、何人にも同じ質問をされては面倒なので、バスの中の全員に聞こえるように大きな声でだ。
 声をかけてきた青年は納得したようだが、あまりに幼い朱煌への好奇心が満たされるには至ってないようだ。
「俺はカーツ・バリス。お前は?」
 ・・・そういえば、偽名まで打ち合わせていなかった。
 ラ・ヴィアン・ローズの朱雀であるのが内緒なら名乗れないし、本名も困る。
かといって、煌というのはマジェスティーの娘としての名前なので、今それを名乗るのは非常に不愉快だ。
「・・・ロゼ」
「ロゼ? なんだ、女の子なのか」
 格好は確かにTシャツにジーンズと男の子っぽいが、髪はレーヌの望みで伸ばして、もうすっかり長くなっているのに、発するオーラのようなものが、女の子という連想をさせないのだろう。
「気を悪くしたかい? ごめんよ。だって、いくら少年少女対象企画でも、テスターに小さな女の子を採用するなんて思わなかったからさ」
「・・・別に気分を害しちゃいない」
「そうか、良かった。ところで・・・」
 人懐こいカーツという青年は、結局、訓練所につくまでずっと話しかけてきて、朱煌は少々ウンザリ気味。
 彼が将来、ラ・ヴィアン・ローズの傭兵として、朱煌の信頼する部下となることは、両名とも思いもよらないが。
 バスが停車したかと思うと、ドカドカと乗り込んできたのは一足先に到着していたクロスだった。
 海兵隊の軍服に階級章。大きなサングラスをかけた姿は、まさしく海兵隊の軍曹殿だ。
「私が教官のレンブラント軍曹である! 今後、貴様らが私に言って良い言葉は『yes’ sir!』のみ! 意見反論は一切認めん!」
 出し抜けにがなり声を張り上げたクロスにバスの中はざわついたが、クロスが最前列の新兵にいきなりビンタを喰らわせたので、すぐに水を打ったような静けさとなった。
「返事は!」
「い、yes' sir!!」
 朱煌を除く全員が、慌てて声を揃えた。
「さあ、サッサと降りて整列! Hurry up! Hurry up! Hurry up!」
 バシバシと音がするほど新兵達の頭を押して追い立てたクロスは、ズンズンとバスの後部に進み、いよいよ最後まで座席に座っていた朱煌の前に立った。
「・・・クロスとしてだが。俺は厳しい規律とハードな訓練に、幼いお前が修了式までもつとは思っていない。体を壊しちゃ元も子もないからな。ラ・ヴィアン・ローズの紅蓮朱雀なんてプライドは捨てて、辛くなったらいつでもリタイアするといい」
 囁くように言ったクロスに、ムッとくる。
 だが、ここで反論してしまえば、早くも規律に背いたことになり、規律に従い「yes' sir!」と言えば、まるでリタイア前提のもと、その節はお願いしますと言っているようではないか。
 ニヤニヤするクロスも、朱煌がこの難題にどう対処するのかを楽しんでいるようだった。
 朱煌はクロスの前に立つと、姿勢を正して敬礼。
 そして、黙ったまま、バスを駆け下りていった。
「ははは、無言の反論か。あそこまで模範的な敬礼をすれば、「yes' sir」と言わずとも、規律に反したことにはならんなぁ。うまく切り抜けやがった」
 朱煌の後ろ姿を見送って、クロスはクスクスと笑ってしまった。
 訓練生たちは追い立てられるように、建物の中に移動させられた。
 待ち構えていた教官達は、彼らの荷物を改めると、ほとんどの私物をゴミ箱へ捨てていく。
 それはともかく、朱煌は次の光景にさすがに目を疑ったが、あっという間に順番が回ってきてしまい、その洗礼を受けることに。
 しかし、唖然としている暇もなく、これから唯一体を休める場所になる宿舎に走らされた。
 そこは何の仕切りもない細長い部屋で、左右の壁際にズラリと粗末なベッドが並んでいた。
 各自が与えられたベッドに荷物を置くと、今度はすぐさまグラウンドに整列させられる。
 とにかく、すべての行動が目まぐるしい。
 訓練生達の前に、教官勢が威風堂々と並んだ。
 朱煌がふとクロスを見ると、サングラスの下で目を丸くしているようだ。
 それはそうだろう。朱煌は先程、皆と同じくバリカンで丸坊主にされてしまっていたのだから。
 訓練開始の恒例なので、当たり前すぎて、クロスもそのことをすっかり失念していたらしい。
 女の子を丸坊主にさせてしまったことに、いささか気が咎めている様子だった。
「我々が貴様らの指導を担当する! これより三カ月、海兵隊の厳しさを叩きこんでやるから、覚悟しておけ!」
「yes' sir!」
「声が小さい!!」
「yes' sir!!」
「よし! では今からウォーミングアップを行う!」
 教官が指示したセット数は、ウォーミングアップとは思えない数で、さしもの朱煌も眩暈を覚えたのだった。





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