ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀9

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 ラ・ヴィアン・ローズの紅蓮朱雀の名は、傭兵世界の中で揺るぎないものになっていた。
 幼い少女の、その群を抜いた戦闘能力。
 そして何より、人目を引く朱色の柄の日本刀が、朱煌の圧倒的存在感を際立たせた。
 彼女が関わった作戦の成功率を考えると、各国首脳陣の間で噂になるのは致し方ないことであろう。
 とはいえ、ラ・ヴィアン・ローズ連隊長のマジェスティーは、作戦の度に頭痛を覚える。
 ラ・ヴィアン・ローズの戦士は元より、依頼主側の兵士達まで、紅蓮朱雀の言いなりなのだ。
 彼らは朱雀を崇拝していた。
 それを知っている朱煌は、とにかくやりたい放題。
 なので、帰還後は、いつも叱りつける羽目になる。
 戦地で命をかける兵士が心の支えにしている朱雀像を壊すのは憚られ、その場で叱らないのがいけないのか、気ままな朱煌の戦いぶりは、一向に治る気配を見せない。
「ラ・ヴィアン・ローズも、ここに集まる結成メンバー以外、随分と隊員が増えた。そこで、各小隊再編成をと集まってもらった訳だが・・・、」
 会議室代わりのダイニングに集まったラ・ヴィアン・ローズの面々を見渡し、マジェスティーは思い切って口を開く。
「それを機に、朱雀に小隊を一つ任せたいと思っているのだが」
 7歳の幼子に小隊指揮権を依存しようというマジェスティーの言葉に、さすがに顔を見合わせた戦士達。
「・・・あなたが贔屓をしない人だとは、皆が知っている。だが、七つの子供に小隊を任せるからには、我々が納得いく説明をしてもらいましょうか」
 予測の返答とばかりに、マジェスティーはアイ=フェンに顎をしゃくった。
 アイ=フェンが書類を配る。
 それは、今までの作戦記録をまとめたデータであった。
「それを見れば、朱雀の暴走振りは一目瞭然だと思う」
 これを見る限り、とてもじゃないが小隊長の任など、荷が重いとしか思えない。
「では、データを読み進めて欲しい」
 書類をめくった戦士達は、一通りデータに目を通して顔を見合わせた。
「そういやぁ、確かに朱雀は戦地での作戦中無茶はするが、こういう任務では暴走したことがない」
 なるほどと頷いたクロスが言った。
 こういう任務・・・とは、警護側に回った時だった。
 殊人命を守る任を負った紅蓮朱雀は、まるきり別人のような責任ある行動をとるのだ。
「・・・つまり連隊長は、小隊の命を託すことにより、朱雀の暴走を食い止めようというお考えですかな」
 一斉に視線を浴びて、マジェスティーは頭を掻いた。
「一理あるとは思い出すが、そんな試験的なことに小隊の命を預けるのは、賛同致しかねますな」
 マジェスティーと仲のいいアニトー・ベゼテが、挙手と共に述べたもっともな意見に、戦士達は頷いた。
「その点は考慮する。小隊長は朱雀とするが、副官に、クロスを任命したい」
 事実上の降格。
 戦士達はいささかざわついて、クロスの顔色をうかがった。
「・・・紅蓮朱雀、ラ・ヴィアン・ローズの掌中の珠。マジェスティー連隊長の着眼点には感服します・・・が、その人事には、ちと条件があります」
「もちろん、無理を頼むのだから、君の意見を汲むのは当然だと思っている」
「では、来週の私のサンディエゴ行きに、朱雀を同行させてください」
「サンディエゴに!?」
 マジェスティーが目を丸くした。
 戦士達からもざわめきが起こる中、鍛え上げられた6フィート強の褐色の体駆を椅子から上げて、クロスは鼻を鳴らした。
「朱雀の実戦における功績は、実に輝かしい。しかし、日々の訓練に無関心なのは、マジェスティー連隊長も、よぉくご存じのはずですな」
「あ、ああ・・・」
 マジェスティーはバツが悪そうに鼻の頭を掻いた。
「実績があるからといって、まともに訓練も受けられない方に従う気はありません。第一、隊員たちに示しがつかない。ところが、この朱雀のお父上は、どうにも甘いお方のようで、朱雀は少々増長気味です」
 つまり、マジェスティーがナメられているから、訓練を平気でサボるのだと言われているのだ。
「荒治療が必要だと、前々から思っていたところです。父親の庇護が及ばない場所で、性根を叩き直してやろうってことですよ」
 じっとりと見つめられて、マジェスティーは弱ってしまった。
 サンディエゴはマジェスティー自身経験済みである。
 可愛い朱煌に、あの地獄の日々を味合わせるなど・・・。
 しかもクロスの調子では、恐らく子供だから、ラ・ヴィアン・ローズでの実戦経験者だからと、特別扱いするとは思えない。
 いつしか全員の視線が自分に注がれていることに気付いたマジェスティーは、思わず息を飲んだ。そして、形成の立て直しを図るべく、咳払い。
「クロスの意見はもっともだ。しかし、朱雀は七つの子供。サンディエゴの人々の足手まといにならないかな」
「そうならないよう鍛えてやろうということです」
「セガール大佐が何と仰るか・・・」
「私の頼みなら、快く引き受けてくださいますよ」
 どうあっても引く気のないクロスに、恨めしげな視線を送ったマジェスティーが、何とかこの事態を回避しようと口を開きかけた時、ただならぬ炸裂音が会議の席上に届いた。
 続いて、ドンッドンッという轟音。
 もちろん兵(つわもの)揃いの会議であるから、誰一人慌てることはないが、緊張は走る。
 かねてより、不可侵条約を交わしたギルドの頭がすげ変わり、商売敵のラ・ヴィアン・ローズをつけ狙っているという情報が入っている。
 その襲撃であれば、交戦も必須。
「アニトー・ベゼテ、直ちに状況確認へ。アイ=フェン、村人の安否を確認してくれ。クロスはレーヌと煌をここへ。残りの者は、敵襲に備えて、このまま待機」
 先程まで部下に押され気味だったとは思えない、マジェスティーの鋭い指示が飛んだ。
 クロスに連れてこられたレーヌが、何事かと尋ねる。
「我々もまだ未確認だ。・・・うん? 煌は?」
 今はレーヌを先生に、勉強の時間のはずだ。
「会議中でしたので、ご報告を遠慮しましたの」
 やれやれ・・・とマジェスティーは頭を掻いた。
 またサボって抜け出したのか。
 しばらくすると、アニトー・ベゼテが片手に拳銃をヒラヒラさせながら戻ってきた。
「車庫が爆発炎上してますが、付近に敵影なし。ひとまず戦闘の必要はないですね」
 窓越しに報告を聞いて、安堵。
「戦闘態勢解除。すまんが、車庫の鎮火と原因確認の検証に当たってくれ」
 戦士達はすっかり緊張を解いた様子で、ぞろぞろと車庫に向かい始めた。
 マジェスティーもそれに続こうとしたが、クロスに呼び止められて歩を止める。
「連隊長、いや、ジェスよ。結果が出る前に確認しておくがな、この前の件は、きちんと怠りなく処置したんだろうな」
「この前?」
 クロスが『連隊長』ではなく『ジェス』と呼び、敬語をやめたということは、プライベートの問題だ。
 思い当たるのは、先日、朱煌が武器庫からライフルを持ち出して射的遊びに興じていた一件。
「おいッ、アンタはこの爆破騒ぎを、煌の仕業だというのか!」
「処置したかと聞いている!」
 怒号に思わず首をすくめる。
「・・・ちゃんと言い聞かせたよ。煌だって、もうしないと約束した」
「言い聞かせた・・・ねぇ」
 奥歯に物が挟まった・・・とは、このことだ。
 クロスが頭から疑ってかかっているのがありありとわかって、どうにも不満であったが、当のマジェスティーにも、一抹の不安が過った。



 現場はひどい有様であった。
 車庫は跡形もなく燃え落ち、中に納まっていたマジェスティーの愛車は見る影もなく変形。
 家から少し離れているので住居部分に被害が及ばなかったのが、不幸中の幸いだろう。
「車庫が大破したのは車のガソリンに引火したせいですね。最初の炸裂音からして、さほど威力のある爆弾とは思えませんし」
 検証を行っていた部下の言葉に、クロスが憮然とした。
「爆弾? 何年傭兵やってる。あれは手榴弾の破裂音だろ」
 焼け跡になってしまった車庫を歩いていたクロスが、ふと屈んで何かを摘み上げた。
「それ見ろ。手榴弾の破片だ。しかもこいつは・・・」
 投げ渡されたその破片を見て、マジェスティーは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
 それは彼の武器庫に保管してある手榴弾と同タイプのものだったのだ。
「どうしたの、これ?」
 ふと足元を見ると、いつの間にやってきていたのか、朱煌が驚いた顔で立っている。
 その様子にホッとしそうになって・・・違和感。
 この娘とて、れっきとしたラ・ヴィアン・ローズの戦士だ。
 あの爆発音を聞けば、迅速に駆けつけて当然で、朱煌にはそれができる能力がある。
 クロスも同じ思いでいるのが、その眼光で見てとれた。
 そんな彼らの視線を感じたか、朱煌が一歩二歩と後じさる。
「煌」
 マジェスティーの声を合図のように、朱煌が脱兎のごとく駆け出した。
「待ちなさい!」
 マジェスティー渾身の一喝だったが、朱煌の逃げ足を阻むには至らず、彼女の逃走を止めたのは、レーヌの咳払いだった。
 ビクリと体を強張らせた朱煌は、アッサリと立ち止まり、拗ねたような上目遣いで振り返ったのである。
 なんてこった・・・と、マジェスティーは唇を噛んだ。
 「お前はナメられてるんだよ」というクロスの忠告を、思い知らされてしまったのだ。
「姫さま、お父様がお呼びでしょう。こちらへおいでなさい」
 母親然とレーヌが言うと、朱煌はおずおずとマジェスティーの前に立った。
 仔猫めいて小首を傾げて、悪戯っぽい笑みを口元になぞらえた朱煌を見て、やっと気付く。
 今までも、叱ろうとするとこの仕草。
 だから、ついつい苦笑を誘われて許してしまっていたが・・・、こうすればマジェスティーの叱責を回避できると、朱煌は計算尽くなのだ。
「・・・これは、お前の仕業か」
 精一杯静かに尋ねたが、朱煌はマジェスティーの顔色がいつもと異なることを察したようだった。
「あの・・・、わざとじゃないよ? クロスが武器構造の本を見せてくれて、本物の中身に興味が湧いて・・・」
「人のせいにするな! お前がやったのかと聞いているんだ!」
 戦士達までもが振り返る怒号が、意図せず出た。
「許可なく武器庫に入ってはならんと、言ったはずだ! 興味半分で武器を扱うなとも! パパとの約束は、口先だけのその場しのぎというわけか?!」
 見る見る顔を強張らせていく朱煌が、ひどく傷ついているのがわかったが、湧き上がるような怒気は止められなかった。
「お前にはパパが何を言っても無駄らしいな。自室で反省していなさい。パパがいいと言うまで、部屋から出てくるな!」
 じっと俯いていた朱煌は、とうとう顔を上げないまま、家の中に駆け込んでしまった。
 何とも後味の悪い気分で目頭を押さえていると、大柄な気配を正面に感じる。
「・・・わかってる。今のは、良くない・・・」
 気配の主・クロスが口を開く前に、マジェスティーが呻くように言った。
「あれは叱ったんじゃない。憤りをぶつけただけだ。だが・・・抑えられなかった」
 ポンと肩を叩かれて、顔を上げる。
 意外にも、柔らかな笑顔を湛えているクロス。
 もっと渋い顔をしていると思っていたのに。
「わかっているならいいさ。親だって人間だ。疲れた時にまとわりつかれりゃ、邪険にしちまうこともある。その点、お前はどれだけクタクタの時でも、嫌な顔ひとつしないで姫の相手をしてる。立派だと思うよ」
 パパ、パパ・・・と、戯れついてくる可愛い朱煌の顔が、脳裏に浮かんだ。
 しかし、それはすぐ、先刻の傷ついた表情に変化する。
「大丈夫だ。親のお前がわかってるなら、いくらでも話し合える」
「・・・ん」
 朱煌は賢い娘だ。
 怒りをぶつけられることと、叱られることの違いをよく理解している。
 朱煌の部屋を見上げ、マジェスティーは今すぐにでも話に行きたい気持ちを堪え、焼け跡に踏み行って、後始末する部下達に加わった。
 そんな彼を諌めることなく、行動を共にしたクロス。
 恐らく、愛娘に裏切られたという憤りがマジェスティーの中でまだおさまっておらず、今行けばまた同じことを繰り返してしまうという彼の思いを、汲んでのことであろう。



 静かな食卓であった。
 いつもは朱煌のお行儀を注意するレーヌも、当の朱煌がいないので、ただ黙々と食事を口に運んでいる。
 普段なら食事中にまで口うるさくするなと言っているマジェスティーだが、それがなければないで、寂しいような気分にまでなっていた。
 一足先に食事を終えたレーヌがキッチンに引っ込んで、しばらくして出てくると、その手にはミルクとサンドイッチを乗せたトレイを持っていた。
 マジェスティーが咳払いする。
「あら、お食事も抜きですか?」
 嫌味かと鼻白んだが、レーヌにそんなつもりがないのは、穏やかな笑みでわかった。
「いや・・・、私が持っていくから」
「はい、承知しました」
 ニッコリと微笑んで、レーヌは彼にトレイを手渡した。
「マジェスティー様、あまり深刻に考えないでくださいまし。お節介を承知で申し上げますけれど、私だって時々、手前勝手な都合で姫さまを怒っていましてよ。完璧な母親などではありませんわ」
「・・・そうかな。正直、君が羨ましく思うよ」
「あら、私こそ。私が叱りつけると、姫はいつもあなたのところへ逃げ込むのが、腹立たしいやら妬ましいやら・・・」
「それは・・・あの子が私が甘いのを知っているからだよ」
「そうですわね。必ず守ってくれると信じていらっしゃる」
 ナメられて利用された気分だったのだが、ものは考えようだな・・・と苦笑が漏れた。
「君は・・・本当に強くなったね」
「実の親子でも、母親に分がある問題ですもの」
 鈴を転がしたように笑うレーヌに、感謝の気持ちを込めて頬にキスすると、マジェスティーはダイニングを後にした。
 朱煌の部屋のドアをノックする。
 予想通り、返事はない。
「煌、パパだ、入るよ」
 ドアを開けると、朱煌は窓の桟に腰かけて夜空を眺めていた。
 振り向こうともしない娘にため息をついて、トレイをテーブルに置く。
「・・・さっきは、すまなかった」
「マジェスティーが謝ることじゃないさ。怒って当然だ。部下の前で恥をかかされたとあっちゃ、示しがつかないもんな」
 やっと振り返った朱煌は、ニヤリと冷めた笑みを口元になぞらえた。
 やれやれだ。
 心配した通り、早くも心を閉じかけている。
 お前は田舎の商店街か・・・と、ため息が漏れた。
 開店には錆びついたシャッターを開けるのに手間取るくせに、店仕舞いはやたら早いのだから。
 マジェスティーは手近にあった椅子を窓際に運び、その前に立った。
「ここに座りなさい」
「ここでいい」
「ここに、座りなさい」
 朱煌は小さく舌打ちして、渋々具合を思い切り漂わせながらも椅子に腰かけた。
 娘と視線を合わせるべく跪いたマジェスティーは、俯いている朱煌の頬に両手を添えた。
「さっきの言い方は謝る。だがな、その内容には、謝るべき点はないと思っている」
「・・・・・・・」
「お前はパパと約束したね。無断で武器庫に入らない、武器に触らないと。そうだろう?」
「・・・ああ」
「返事は『はい』だ」
 明らかにムクれた朱煌を見て、少しホッとした。
 まだ大丈夫だ。子供の部分を見せてくれている。
「・・・不可抗力とはいえ、車庫をぶっ壊しちまったのは、悪かったよ」
「煌、パパが反省して欲しいのは、車庫のことじゃない」
「へえ? 私はてっきり、愛車をパーにされてカッカしてるんだと思ってたよ」
 じっと見つめると、朱煌は唇を噛んで目を逸らした。
「私は傭兵連隊ラ・ヴィアン・ローズの長だ。死者のない戦闘などありえない以上、私は犠牲者の列にお前が加わっても、割り切るしかない」
 頭ではわかっていたことでも、面と向かって言い切られた衝撃が、朱煌を打ちのめしたのがうかがえた。
だが、マジェスティーは更に言葉を紡ぐ。
「今のお前は戦死も致し方なしと思わざるを得ない。素質だけで生き残れる程、傭兵の世界は甘くないからね。お前は訓練や武器を軽んじている。それは、実戦でそれだけ死に近付いているということだ」
「・・・真面目に訓練しなさい、か。それが今回の罰って訳だ」
「甘ったれるな」
 静かなマジェスティーの厳しい言葉に、朱煌はビクリとした。
「お前と同年の少年兵など、世界にはごまんといる。その大半は食糧どころか飲み水すら事欠き、泥水を啜って飢えと渇きを凌いで戦ってる。最前線の付け焼刃の訓練しか受けられず、それでも彼らは生き残る為に一心不乱で訓練に励む」
 これが朱煌の心にどこまで響くかわからなかったが、マジェスティーは一旦息をつき、もう一度口を開いた。
「私は、お前が思う通り、甘ちゃんの父親だ。お前が戦火で犠牲になることは仕方ないと、割り切れやしない。だから・・・お前には生き残れる為のすべてをさせたい」
 立ち上がったマジェスティーは、朱煌の頭を撫でたが、その手を払われて苦笑する。
「サンディエゴへ行け。これは父としての命令だ」




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