ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀8

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 返り血に塗れた朱煌の姿にため息をついて、マジェスティーは腕を組んだ。
 本国からの補給部隊を護衛し前線基地まで到達するまでに、ラ・ヴィアン・ローズは幾度かの地上戦を展開し、爆撃を仕掛けてきた敵機を撃墜するに至った。
 一旦戦闘が始まってしまえば、朱煌に構っている暇などないのが実情である。
 気付けばいつも、弾雨をものともせずに敵兵に突っ込んでいく朱煌の姿。
 前線基地に到着して早々、マジェスティーのしかめ面に向きあわされて、朱煌はすっかり不貞腐れているようだった。
「何怒ってるのさ。依頼通りに、補給部隊を無事に基地まで護衛したんだ。文句あるか」
「朱雀、言葉に気をつけろ。任務中は上官と部下であることを、忘れるな」
 たしなめられて、ますますふくれ面になった朱煌の横っ面を引っ叩いてやろうと振り上げた手を、一呼吸おいておさめたマジェスティーは、上官然と朱煌を見据えた。
「いいか。必要以上に敵を深追いするな。我々の任務はあくまで、補給部隊の護衛だ。以上。すぐ装備の点検にかかれ」
「・・・yes’ sir」
 恭しく敬礼をして見せ、ドアを蹴飛ばすようにして出て行った朱煌を見送り、ため息。
 マジェスティーの傍らでコーヒーを飲んでいたクロスが、ヤレヤレと肩をすくめる。
「荒れてますな。この前は随分冷静だったのに。まるで殺してくれと言わんばかりだ」
「・・・恐らく、誕生日が近いせいではないかな」
 ああ・・・と頷いたクロスが、感慨深げに顎を撫でた。
「あれからもう、一年経つんですなぁ。なんだか色々あったもんで、すっかり失念してましたよ」
 母親が父親を殺した日。
 その罪を朱煌に擦りつけようとする母。
 あの殺人事件から、もうすぐ一年。
 けれど、たった一年だ。
 朱煌にとっては生々しいまでに鮮やかな記憶であろう。
「この時期に、事情を知らないレーヌのところに置いていくのは心配で任務に加えたが・・・失敗だった」
「ご自分の判断ミスだから、さっきはぶつのをやめたんですかな」
 マジェスティーはクロスが淹れたコーヒーを受け取って、両手に包んだカップを見つめた。
「クロス、今のあいつはブレーキの壊れた暴走車だ。気をつけてやってくれ」
「・・・どう、気をつけろと?」
 カップから視線を上げたマジェスティーの顔は、ラ・ヴィアン・ローズ連隊の長以外の、何ものでもない。
「朱雀が己の無茶で死ぬのは、仕方ないことだ。だが、朱雀の暴走によって、部隊全体の統率が乱れ、引いては作戦そのものの混乱を招くことは、あってはならない・・・」
黙って敬礼したクロスは知っていた。
 「気をつけてやってくれ」と、カップを見つめて言った時のマジェスティーの顔は、朱煌の身を心配する父親のものだったことを・・・。



 補給部隊を最前線へ。
 敵軍が生命線たる補給部隊を、むざむざ最前線部隊に合流させてくれる訳はなく、さらなる激しい戦闘が待ち受けていた。
「本隊は補給物資を死守! ベゼテ小隊、ダン小隊は敵両翼へ砲撃を開始せよ! クロス小隊は前進! 敵主力部隊を包囲殲滅せよ! マクス小隊はクロス小隊の援護を!」
 マジェスティーの指揮の元、各小隊が攻撃を開始する。
 クロス小隊の朱煌は紅蓮を鞘から抜くと、敵兵に向けて突撃すべく身構えた。
「朱雀、陣形を乱すな! 隊長命令に従え!」
 それに逸早く気付いたクロスが怒号を上げたが、ニヤリとした朱煌は聞こえないというジェスチャーを見せたかと思うと、アッという間に敵部隊の只中に突入してしまった。
「あいつめッ」
 歯軋りしたクロスだが、朱煌ひとりの援護の為に部隊を割く訳にもいかず、マジェスティーの指揮通り、敵主力部隊を包囲していく。
 朱煌が敵部隊を撹乱してくれるお陰で、包囲網は迅速な完成を見る。
 クロスは苦笑した。
 褒めるべきか、叱るべきか・・・。
 小隊の面々は、明らかに朱煌の勇猛果敢な戦いぶりに魅了されているのだ。
 朱煌が紅蓮を振るう度、彼女の小さな体を染め上げていく、敵兵の血。
 クロスが朱煌に戦い方を指導しないのは、彼女が戦いの中でこそ研ぎ澄まされた戦闘センスを発揮するからに他ならない。
 基礎体力と基礎トレーニングさえ積ませれば、後は実戦から学び取っていくタイプであるのを、クロスは悟っていた。
 だが、命令に従うという基本中の基本を、帰ったらみっちり仕込まねばならないようだ。
 ラ・ヴィアン・ローズの任務は、三日も早く終了するに至った。
 今作戦における最大の功労者は誰か・・・と問われれば、皆が口を揃えて言うだろう。
 炎の剣豪、朱雀。
 朱煌の強引な突出は、皮肉にもラ・ヴィアン・ローズの戦果に寄与していた。
 その目立つ朱色の柄が、敵兵の銃口を引きつける。
 つまり、ラ・ヴィアン・ローズの各小隊進撃を容易に運ぶ、囮の役割を果たしたのだ。
 戦闘が激しければ激しい程、朱煌の闘気は冴えわたり、味方の士気を高揚させる。
 その様、まさしく紅蓮の炎。
 この作戦中、それを目の当たりにした米軍兵士たちにより、朱煌は『紅蓮朱雀』の異名で呼ばれることになった。



 朱煌の生還を心から喜んでくれたレーヌ。だが、朱煌の心中は複雑であった。
 結局、生き残ってしまった。
 本当は、死んでしまいたかったのに。
 正直、自分があれほど強いとは思っていなかった。
 敵の銃弾を受けてもいいと思っていても、無意識に弾道を読んでかわす度、苦笑がもれた。
 それでも、レーヌの笑顔を見ると帰れて良かったと思うし、彼女の手料理が美味しい。
「姫さま、お父様は今夜にもお戻りだそうですよ」
 次の仕事の打ち合わせで任地から直接他国へ出発したマジェスティーの帰宅の知らせを、朗報のように告げてくれるレーヌを見て、朱煌は頭を掻いた。
 あまり、会いたくない。
 作戦中はあくまでも上官の姿勢を貫いて朱煌に接していたマジェスティーが、父親に戻った時、自分の処遇がどうなるか考えると、もうお尻がヒリヒリしてきた。
「よし、家出しよう」
「何か仰いました?」
「何にも~」
 ヒラヒラと手を振った朱煌が姿をくらませたのは、夕方近くになってからのことだった。
 この村にいる限り、家出に味方してくれる人間がいないのは承知しているので、とりあえず隣町までヒッチハイク。
 親切に乗せてくれた運転手に誘拐されそうになったので、お礼に半殺しにしておく。
 さて、ここからどうしよう。
 金はある、が、こんな子供を一人で泊まらせてくれるホテルもないだろうし、あまりフラフラしていて警察に見咎められるのも得策ではない。
 などと思案していたら、何度もチンピラに絡まれて、また返り討ちにしなければならないし、どうにも忙しい。
「しかし・・・、お腹空いたなぁ」
「ママンの今日の夕食はシチューだぞ」
「いいなぁ、ママン・レーヌのシチュー食べたい・・・、え!?」
 驚いて立っていた男を見上げると、苦っぽく笑うマジェスティーだった。
「なんで・・・!」
「なんでも何も、お前、ずっと手掛かり残して来てるぞ」
 困惑する朱煌に、マジェスティーは更に苦笑を深めた。
「あのね、大の大人を半殺しだの病院送りだのにできるおチビなんて、お前くらいなの」
 得心いったが、その手掛かりを探し歩くのは、さぞ大変であったろう。
「さすがに疲れたな。そこの喫茶店入ろうか」
 そっと手を繋がれて、朱煌は観念してコクンと頷いた。
 喫茶店のテーブルに差し向いに座り、顔を上げられないままだった朱煌は、運ばれてきたホットミルクに、マジェスティーが砂糖を入れてくれたので、スプーンで掻きまわす。
「これ、読んだろ」
「え?」
 やおらの質問とテーブルに置かれた書類袋に、朱煌はキョトンとする。
「何、これ」
「知っていたんだろう? 私がお前の母親のことを、ずっと追跡調査させていたのを」
「・・・そうだったの」
「とぼけないの」
「知らなかったもん」
「この調査報告書に挟んであった糸が、床に落ちてた」
 そんなはずない。
 黙って見たのがバレないように、細心の注意を払って報告書に目を通したが、糸なんてあっただろうか。
 そんな記憶を辿っての沈黙こそ、読んだという証拠になっていたことに気付いたのは、マジェスティーの吐息を聞いてだった。
「ずるい!」
「何がずるい。悪い子だ」
「だって・・・見せてくれないから・・・」
「まあ、見せてと言われても、私も迷っただろうがな・・・」
 報告書には母・瞳子の第一回公判の記録があり、裁判長から退廷を言い渡される程に、口汚く朱煌を罵る彼女の様子が、克明に記されていた。
――――私を陥れた悪魔! あんな子、死んでしまえばいい!
「ずっと考えていたんだ。誕生日が近付いて心乱れているにしても、お前の荒れ方は尋常じゃなかった。だから、これを見たんじゃないかと思ってな。飲みなさい、冷めるぞ」
 俯いていた朱煌は、言われるままホットミルクを口に運んだ。
「死ぬつもりだったな」
「・・・だって、母さんは、私が生きていることなんて、望んでない」
 それでも、生きてもう一度でも母に会いたいという思いが足枷になり、自ら命を絶つ気にもなれず、戦地でその運命を試してみた。
 なのに、どんな無茶をしても、結局生きながらえて・・・。
「・・・煌、パパの顔を見なさい」
 初めて自分をパパと称したマジェスティーに、少しドキリとする。
「いいか、死というものは、本人が望む望まないに関わらず、平等に訪れるものだ。それは、自分が決めていいものではない」
「私達は人の死を決めているのに? は、とんだ綺麗ごともあったもんだね」
 マジェスティーは苦笑いめいて自分のコーヒーに目を落とすと、小さく頷いた。
「そうだな・・・。人殺しが命の尊さと説くなど、おこがましいな・・・」
 それきり黙りこんでしまったマジェスティーをみつめて、朱煌は猛烈な後悔に襲われた。
 彼を傷つけてしまったのが、手に取るようにわかる。
 マジェスティーは表情豊かだ。あまり喜怒哀楽を表に出さない高城 善積とは違う。
 顔がそっくり同じでも、表情の作り方一つで随分違うものだな・・・と、ぼんやり思う。
 朱煌を叱る時もそうだ。
 問答無用の高城。まずじっくり言い聞かせるマジェスティー。
「・・・パ、パ」
 ふと顔を上げたマジェスティーの微笑。
 こっちが照れ臭くなるくらい、嬉しそうに・・・。
 参った。降参だ。
 こんな顔をされたら、自分がどれだけ愛されているのか、思い知らされてしまう。
 そんな彼をどれだけ心配させて、それだけ苦しめたかも・・・。
「・・・パパ」
「うん?」
「パパ」
「うん」
「・・・・・・ごめんなさい、パパ・ジェスティー」
 破顔一笑のマジェスティーは、立ち上がって、朱煌を抱きしめた。
 こうして、朱煌がマジェスティーに叱られることはなかったが、家出なぞしなければ、このまま一件落着だったのに。
「姫さま~~~、こんな心配をかけた悪い子がどうなるか、わかってらっしゃいますね?」
 


「パパのお願い、聞いてくれるか?」
 誕生日を翌日に控えた朱煌に、マジェスティーが言った。
「お前の、誕生日パーティーがしたい」
 朱煌は困ったような顔で、左手の薬指にはまった指輪を撫でた。
 それは、あの殺人事件の直前に、高城にもらったサファイアのリング。
 朱煌の誕生日は即ち、母が父を殺した日。
 そして、高城と決別した日。
 そんな日を祝いたいとは、正直、思わない。
「お前の気持ちはわかってるつもりだ。けどな、あの日、出会ったんだ。パパとお前が」
「あ・・・」
 そうだ。あの日にマジェスティーとクロスと出会った。
 そして今、やんちゃな子供でいられる自分がある。
 彼らと出会って得られた、幸福・・・。
「ラ・ヴィアン・ローズ全員・・・、もちろんレーヌもデラも、皆でお前の誕生日を祝ってやりたい。明日の七つの誕生日も、八つも、九つも・・・、ずっと、ずっとな・・・」
 ずっと、ずっと。
 それは、朱煌に死ぬなということ。
 生きていてくれという切望に違いなかった。
 そして翌日、ラ・ヴィアン・ローズの面々が集っての、ガーデンパーティー。
 彼らからの誕生日プレゼントが、お人形だのオモチャだのと、てんで子供扱いにムクれていた朱煌であったが、 こんな賑やかな誕生日は初めてで、それなりに楽しそうにしている。
 レーヌも今日ばかりはお行儀に目をつむってくれているので、パーティーはほぼ無礼講状態で大いに盛り上がっていた。
 クロスは戦士達とゲームに興じている朱煌を眺めながら、レーヌとデラが腕によりをかけた料理に舌鼓を打つ。
「誕生パーティーなんて酷じゃないかと思ったが、姫さんが案外楽しそうで良かったよ。それに引き換え・・・」
 傍らでワインを煽っているマジェスティーに目をやる。
「なんだよ、お前のその仏頂面は」
 先程から、ほとんど自棄酒のような飲みっぷりなのだ。
「・・・煌がいつもはめてる指輪さ、もうキツそうだろ」
 ああ・・・と頷いたクロス。
「普段、光り物に興味なしのあいつが、肌身離さずいるんだ。さぞかし大事なものだろうと思ってさ、ペンダントトップにしろって、チェーンをプレゼントしたんだ」
「さすがにモテる男は気の利いたことするねぇ」
「茶化すなよ。前々から気になってたんだが、あの指輪さ・・・」
「こっちにはまってるな。左手の、薬指」
「うん。いい機会だと思って聞いたんだ。そしたら、なんて抜かしたと思う」
「婚約指輪」
 ニヤリとしたクロスに、マジェスティーは目をむいた。
「知ってたのか!」
「ああ、まだギルド時代に聞いた。そんなに気にすることもなかろう。他愛ないままごとじゃないか。16歳の誕生日に約束の場所で会えたら結婚、なんてさ」
「・・・相手は!?」
 憮然とするマジェスティーの様子がおかしくて、クロスは笑いを噛み殺す。
「あいつさ、なんだっけ? ほれ、俺達が姫さんを拾った時にいた、あの男」
「高城 善積とかいう男か」
「それそれ」
「あんな男・・・!」
「怒るなよ。なあ、ところで、その高城 善積って名前なんだが、どうも聞いたことがあるような気がするんだが・・・」
 そういえば・・・と、マジェスティーも記憶の糸を手繰り寄せる。
 昔。
 遥か昔。
 幾度もその名を耳にしたような・・・。
「ジェス、お前が言いだしっぺの誕生会だろう。姫の相手をせんか」
 いつの間にやってきたのか、ワイン片手のアイ=フェンが言った。
 そうだ、あんな男のこと、どうでもいい。
 無実の朱煌を犯人と決め付けて、傷つけ、炎の中に走らせた男など。
 ・・・それなのに、朱煌はあの男にもらった指輪を外さない。
「絶対、会わせないからな」
 朱煌の16歳の誕生日まで、後、9年である。


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