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オルガ

第三話 無垢な反抗

 ←第二話 躾の成果 →第四話 教育の行方

 ころころと、仔猫のようにリビングの絨毯に転がっているオルガ。

 ふかふかの毛足の部分と、刺繍の部分の段差を楽しんでいるらしい。

 そんなオルガを傍らに、フォスターは読書。

 実に平和な一時。

 オルガが刺繍の糸をカリカリと爪で引っ掻き出した。

 爪が引っかかる感触が面白いらしく、夢中になっている。

「あ、オルガ様・・・」

 とうとう一本の刺繍糸を千切ってしまい、それを引っ張り出し始めたオルガを止めようとしたモートンを、フォスターが静かに制す。

「いいよ、かまわん」

「しかし・・・」

「良いではないか。ほつれた絨毯も、子供のいる屋敷らしくて」

 実に平和な一時。

 やがて、それにも飽きたらしいオルガは、もぞもぞとスカートをいじったり、エプロンドレスの胸当てをいじったり。

 実に平和な・・・。

「あの・・・旦那様・・・」

「なんだね、モートン?」

「いや、その・・・」

 困ったようなモートンの視線を追うと、仰向けに床に寝転がりスカートの中に入れた手を揺らしながら、頬を紅潮させて息遣いが荒くなっていくオルガがいた。

「――――オルガ!」

 ビクンと跳ね起きたオルガが、立ち上がったフォスターを見上げる。

「それはダメ! しちゃいけません!」

「だって気持ちいい・・・」

「ダメ! 人前ですることじゃないの」

「今度はお尻ぺんされる?」

「そう、お尻ぺんだよ」

「・・・じゃあ、もっとしとけば良かった」

 ピクリとフォスターの眉が引きつった。

 一度目は注意にとどまるのがフォスターのやり方だと学習した発言。

 学習という点では喜ばしい進歩だが、その解釈に問題あり。

「そういうことを言う子は・・・」

 お尻をぶたれるか否か、フォスターの表情で察するようになってきたオルガ。

 これはマズイと思ったらしい。

 素早く身を翻し、リビングを飛び出した。

「あ! こら! 待ちなさい!」

 後を追って、リビングから走り出したフォスターの背を尻目に、モートンは苦笑交じりに首を振った。





「毎度~、野菜の配達に来ましたー!」

 市場の野菜売りの少年は、ひさしの破れた帽子を被りなおして、フォスター家の厨房をのぞきこんだ。

「ああ、ご苦労さん。倉庫に運んでおいておくれ」

 厨房の下働きの中年女性は、そう言いながら、代金を少年に渡す。

「毎度!」

 少年が配達してきた野菜の箱をもう一度持ち上げようとした時、背中にドシンと何かが当たり、危なく野菜をぶちまけそうになる。

振り返ると、可愛らしい黒髪の少女が、大きな目を更にまん丸にして、少年を見ている。

「あ・・・」

 お人形のような顔立ちに、思わず少年が見とれていると、男の声。

「待ちなさい! 逃げても無駄だぞ!」

 少女は飛び上がるようにして、また走り出す。

 少年は、その後姿から目が離せなかった。

 そこへ、さっきの声の主らしい、いかにも貴族という風体の男性が走り抜けていく。

「・・・貴族でも走れるんだな・・・」

 思わず呟くと、厨房の中年女性から「いつまで突っ立ってるんだい」と文句を言われ、少年は慌てて倉庫に向かった。

 すると、さっきの少女と貴族が、ちょうど倉庫のある裏庭にいた。

「逃げ出すなんて、悪い子だ。そういう子は、いつもより、うーんときついお仕置きだからな」

「やーーーん!」

「いいか、フォスター家にだって、お仕置きのお道具くらいあるんだからな。パドルと言ってな、堅~い樫の木で作ったお道具だ。痛いぞ~、すぐに座れないくらいお尻は腫れ上がるぞ。それで、うんとうんとひっ叩こうか」

 貴族が言葉を次ぐたびに、少女がどんどん泣きそうに表情を歪める。

――――あんなに怯えさせて・・・、なんてヤツだ、あの貴族。

「イヤだろう? じゃ、素直にこっちに来なさい」

 半べその少女が、おずおずながら貴族の前に進み出ると、貴族はその場に立て膝になり、そこへ少女を腹這いに押さえつけると、パッとスカートをまくり上げ、下着をひん剥いた。

「わ!」

 声を上げてしまって、少年は慌てて口をふさぐ。

 剥き出しにされた少女のお尻が丸見えになって、口から心臓が飛び出しそうだった。

 見ていられなくて、その場を走り出す。

 背中に聞こえる少女の泣き声と、ピシャン! ピシャン!と繰り返す、おそらくは、あの白い小さなお尻を叩く音。

 市場に戻っても、泣き出しそうな少女の顔が、目に焼きついて離れない少年であった。





「だって、もうずっとしてもらってないーーー!」

 叩かれて真っ赤になったお尻を擦りながら、自分の正当性を訴えて部屋に引き篭もってしまったオルガ。

 フォスターは、ほとほと困り果ててしまった。

 この屋敷に連れてきて、半年強。

 当然、あんな小さな少女にソレを求めるフォスターではないし、フォスター家にそんな輩は仕えていない。

 だからこそ、夜な夜な徘徊してはベッドに潜り込んでくるオルガを、きつく戒めてきたのだが、こうまでハッキリと、自発的な性の欲求を押し出されては、対処に困る。

「なんと申しましょうか・・・、それ自体を悪いことと教えるのもマズイですし、その・・・自慰に関しましても、男女問わず、あって当たり前の行為と言えなくもないですし・・・」

 モートンも歯切れが悪い。

「だが! 13歳の少女があからさまに求めていいものではあるまい!」

「今はダメと言うしかないでしょうなぁ」

という、モートンの助言をそのまま、ドア越しにオルガに伝えてみた。

「――――じゃあ、いつからならいいの!?」

 ヒステリックな、これまた返事に困る質問が叩き返される。

 ――――弱った・・・。

 他のことは赤ん坊を育てるようにしていけば理解していくようになったが、強制的にとはいえ目覚めてしまっている性の悦びを、どうやって抑えさせればいいのか。

 いつか将来的に必要なソレを、「悪いことだから」の一言で済ますわけにもいかない。

 そんな教育をして、逆に歪んだ女性に成長しても困る。

「――――あ! あぁ~ん! あっ、あっ、う、ぁあーーん!」

 聞こえよがしに漏れてくる、オルガの甲高い声。

「~~~オルガ!」

 ピタリと声は止んだが、ドアに何かがぶつかる音。

「ふぉすた、人前じゃダメって言った!」

 人前という抽象的表現の解釈ができるようになったか。成長したものだ・・・などと、喜べるか!

「私がここにいるだろう!」

「見えない、いい!」

「そういう問題じゃないでしょ! そういうのを、あてつけって言うのだぞ!」

「ふぉすたのバカーーー!!」

「こら! オルガ!」

「旦那様・・・」

 あきれたようなモートンの声で、我に返る。

 ついつい、張り合うように感情を高ぶらせてしまった・・・。

「お二人とも、冷静になってください」

「すまない・・・、部屋に戻るよ。一人にしてくれ・・・」

 額を押さえつつ、フォスターはヨロヨロとして見える足取りで、自室へと戻ったのだった。

その翌日より始まった、オルガの抗議行動。

 せっかく治ってきた脱ぎ癖を、どう考えても、わざとやっている。四つん這い歩行も然り。しかも、膝での四つん這いでなく、お尻を高々と上げた、足の裏での四つん這い。

「オルガーーー!!」

 お尻を引っ叩いてやろうと伸ばす手を、ヒラリとかわす。そして、逃げさってしまうのだ。

 食事も食糧倉庫に忍びこんで摂取しているらしく、食事の時間も現れない。

「ヴォルフ・・・、何が「何でも言うことを聞く」って? とことん反抗的じゃないか」

と、クレームめいた呟きまで漏れる始末のフォスターだった。





 あの日以来、少女のことが頭から離れない少年は、配達先にフォスター家の名を発見すると、勇んで配達係に立候補した、が、今日は厨房付近で彼女の姿は見受けられず、ガッカリだ。

「なんだい、元気がないね」

 いつも応対に出る中年女性が、少年に代金と、リンゴを一つ手渡す。

「お腹でも減ってるのかい? それ食べて、元気をお出し」

「ありがとう・・・。ねぇ、おばさん」

「なんだい?」

「この屋敷に、お嬢様なんていたっけ?」

「ああ、オルガ様のこと。最近、旦那様が買っていらしたそうだよ」

「――――買っ・・・」

「よそのお屋敷で、奴隷みたいに飼われてた娘だそうだよ。それを旦那様が・・・」

「もういい」

 不機嫌そうに野菜の箱を担ぎ、倉庫に歩き出した少年を、中年女性は肩をすくめて見送った。





「あーーーん! あーーーん! 痛いーーー!」

 オルガは、この屋敷に来て初めての厳しいお仕置きに、フォスターの膝の上から抜け出そうと、必死にもがいていた。

 だが、フォスターは彼女が暴れれば暴れるほど、腰を押さえる力を強めるので、結果、お尻をぶつ平手まで力が入る悪循環を招く。

「痛い~~~!!」

「痛くしてるんだ! 今日は、うーんとタップリぶつからね! それだけ悪い子だったと、反省しなさい!」

「わーーーん! やだーーー!」

 まくられたスカートを必死で下ろそうとするオルガの手を無情に跳ね除ける。

 事件は昨夜。

 発覚は今朝。

 オルガの養子縁組の手続きにきていたフォスター家の顧問弁護士が泊まっていた客間に、オルガが潜り込んだのだ。

 残念なことに顧問弁護士は、フォスター家の当主気質を反映する使用人と違って、理性に欠いた。

 結果、オルガは久しぶりに欲求を思う存分満たし、ご満悦で朝食に姿を見せたのだが、足元に擦りつくようなオルガの仕草と、顧問弁護士の態度を見れば、一目瞭然。

 顧問弁護士は即座に解雇を言い渡されてフォスター家を叩き出され、オルガはフォスターの膝の上で、お尻を真っ赤にされているのだ。

 わんわんと泣き叫ぶオルガと、いつもならとっくに可哀相になって許しているくらい真っ赤なお尻に、フォスターとて心は痛むが、欲求のまま誰彼無しに体を開くのを容認していては、どう考えてもオルガの為にならない。

 心を鬼にして、いつもの倍以上お尻を真っ赤に腫らした後、フォスターはオルガを裏庭の食料倉庫に閉じ込めた。

「お迎えにくるまで、しばらく、そこで反省していなさい!」

「わーーーん! ふぉすたのばかーーーー!!」

 ドンドンと倉庫のドアを叩くオルガを残して、フォスターは自室に籠った。

 きつく叱ってしまった自己嫌悪。

 躾だからとお尻をぶって、何が変わるというのか・・・。

 以前にも思ったが、鞭でオルガを言いなりにしてきたヴォルフと、どこに差があるのか。

 ソファに深く身を委ね、深いため息をついたフォスターは、苦い気分でヒリヒリとする手の平を眺めた。

 



 貴族によって、倉庫に放り込まれた少女。

 それを物陰から見ていた少年は、野菜の箱を放り出し、倉庫の扉を閉ざしているつっかえ棒を取り払った。

 倉庫の片隅で、べそをかいてお尻を擦ってうずくまっていた少女が、「ふぉすた?」と言った。

 だが、近付いてきたのが見知らぬ少年とわかると、小首を傾げる。

「だぁれ?」

「俺、ファビオ。この前、厨房の前でぶつかったろ?」

「?」

「・・・ちぇっ、覚えてないか。お前、名前、なんていうんだ?」

「オルガ」

「オルガか。可愛い名前だな」

「かわいい? ふぉすた、くれたの」

 嬉しそうなオルガがフォスタと舌ったらずに呼ぶ名前が、あの貴族のことだとわかると、ファビオという少年は、不機嫌に口をとがらせた。

「そのフォスタに、酷い目に合わされてんだろ! この前はお尻に折檻で、今日はこんなトコに閉じ込められて!」

「今日もお尻ぺん」

 いきなりスカートをまくってお尻を見せたオルガに、ファビオは泡を喰って背中を向けた。

「見せるなよ!」

「真っ赤っか。ひりひり」

「わかったから!」

 ようやくスカートを下ろしたオルガに胸を撫で下ろし、ファビオは改めてオルガを眺めた。

 ――――黒い髪の天使みたいだ・・・。

 そんな天使が、貴族のおもちゃにされていると思うと、どうしようもなく腹が立つ。

 一刻も早く、この子を助け出さなければ。

「一緒に来い。俺がお前を助けてやる」

「ファビオ、しても叱らない?」

「は? してもって・・・」

「気持ちいいこと」

 オルガの言うところの気持ちいいを理解するには、ファビオは子供過ぎた。

「あ、ああ! こんな貴族の牢獄なんかより、ずっと気持ちいいさ!」

「じゃあ、行くー」

 笑顔でファビオの手を握ったオルガ。

 自分から手を繋いでくるとは思わなかったので、オルガを連れて走り出したファビオは、ドキドキするのを抑えるのに懸命だった。


                             








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