ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀7

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「朱雀! 何をする! 離せ! やめ・・・! おい!」
 ドア越しに、お尻を叩く音と交互して聞こえるマジェスティーという少年の声というか、悲鳴というか。
 クロスはその中に聞こえた「朱雀」という言葉に、ふとドアを振りかえった。
「朱雀ー! この私に向かって・・・! 父に向って何を・・・! 痛いー!」
「いい加減に目を覚まさんか! いつまで夢の話をしている!」
 アイ=フェンが声を荒げた。
「見ろ! 誰が俺の父だと? よーく見てみろ!」
「――――あ・・・っ」
 短なマジェスティーの声。
 それからしばらくの沈黙。
「妙な兄弟だな」
 ちゃっかりデラの手料理に預かっていたD・Dが、肩をすくめて言った。
 確かに、奇妙な兄弟だ。
 クロスは黙ったまま、ドアの向こうの会話が続くのを待った。
「なあ、クロスよ。あいつら、警察にでも任せたほうがいいいんじゃないか?」
「シッ」
 D・Dが再び肩をすくめると同時に、アイ=フェンが言葉を発した。
「わかったか。お前はただの子供だ。その6歳の子供の姿が、地球の統治者に見えるというのか?」
「・・・な、んだ、これは・・・。どうして、こんな・・・」
 呆然とするマジェスティーの声。
「どうしてもこうしてもない。これが、現実だ。お前は6歳の子供で、俺の・・・弟だ」
「何を言っている! 私は地球の統治者たるアース=ルーラー! 地球を統べる皇帝! お前は反乱軍の堕天朱雀! 私の・・・この高城 善積の息子だ!」
「夢だ!」
「・・・ゆ、め?」
「そうだ。お前は、いくつだ?」
「私は・・・67、歳・・・」
「その姿が?」
「・・・ゆ、め?」
 またも沈黙。
 直後、マジェスティーがドアから飛び出してきた。
 混乱の極みという顔。顔色は真っ青だった。
 それを追うように、アイ=フェンがクロスの元にやってきて、深く頭を下げた。
「お騒がせしました」
「いや・・・」
「さあ、マジェスティー、謝りなさい」 
 頭を下げるように押さえたアイ=フェンの手を、マジェスティーは振り払った。
「ほう。まだ薬が足りないと見えるな」
 ビクン!とお尻に両手を回したマジェスティーは、自分のその行動自体に顔を紅潮させて、アイ=フェンを睨みつけた。
 これはまた苦い薬を煎じられるなとクロスが苦笑いしていると、それを制したのは、妻のデラだった。
「はいはい、その辺にしてちょうだいな。せっかくのスープが冷めちまう」
 マジェスティーの小さな体をふわりと抱き上げて食卓の椅子に座らせると、彼の前に、湯気を湛えるスープ皿を置く。
「お食べ。お腹すいてるだろ?」
 生憎と、客人に肉を振舞えるほど裕福ではないレンブラント家の、自家製野菜たっぷりのコンソメスープ。
 さて、地球の統治者様は、この質素極まる食事にどんな難癖をつけるやらと思いつつ、マジェスティーの様子を眺めていると、意外や、スープの香りに目を輝かせているではないか。
「これは・・・有機野菜の香りではないか。すごいな、なんていい匂いなんだ・・・」
 それからは、無我夢中。
 それはそれは美味しそうに、スープを頬張る。
「美味い。とても美味い。放射能除去の遺伝子処理をしていない野菜など、何年振りだろう・・・。美味い・・・」
「はあ? まあ、喜んでくれてるなら、いいんだけどさ。もうちょっと、簡単に美味しがってくれないかね」
 そう言いながらも、丹精込めた自家製野菜のスープを褒められて、デラはご満悦のようだ。
 それはそうだろう。
 我が子でさえ、飽き飽きされている質素な野菜スープを、こんなに美味しそうに食べてくれるのだから。
「おかわりは?」
「ああ、頼む」
 ゴツン!と、マジェスティーの頭にげんこつを落としたアイ=フェンが、デラに苦笑した。
「すいません。お願いします」
「ああ、たんとお食べ。アイ=フェンだったね、アンタも食べなよ」
「ありがとうございます・・・」
 この兄弟は、本当に美味しそうに粗末な野菜スープを喜んでいた。
 それは空腹による感嘆ではなく、本当に、自然な野菜の味を堪能しているような・・・。
 そんな風に、クロスの目には映っていた。



「誰が休めと言った! さっさとその水を畑に撒け!」
 雷のようなクロスの怒号に、朱煌は肩で息をつきながらも、仕方なくヨロヨロと立ち上がった。
 たった今、2キロ先の川まで汲みに行かされたバケツの水を、投げ渡された柄杓で畑に撒いていく。
 広い畑にバケツ一杯の水など何の足しになるのかと、朱煌は不平タラタラである。
「そうさ、一杯程度じゃ話にならん。まだまだ汲みに行かないとな。だから、チャッチャと撒かねぇと、日が暮れるぜ」
「冗談だろ! この畑をこんなバケツひとつで潤すのに、何往復かかるか・・・」
「今一杯分撒いた面積から、計算してみな」
 朱煌は畑に向けて指をひらひらさせていたが、すぐにウンザリして、その場にしゃがみこんだ。
「いいこと教えてやろうか。今割り出した回数を、半分にできるぜ」
「・・・バケツを二つ持ってけって言うんだろ・・・」
「ご名答。さ、行った行った」
 悪口雑言の限りを尽くしながら、二つのバケツを抱えて川に走り出した朱煌を眺めて、クロスは傍らの木陰で銃の手入れを始めた。
 その手をふと止めて、マジェスティー邸の方角を眺める。
 もう薬の投与は終わっただろう。
 しかし、今頃は投与の苦痛で口もきけないくらいグッタリしているはずだ。
 あの光景を初めて見たのは、アイ=フェン兄弟がレンブラント家の居候として馴染んだ頃だった。
 終始、皇帝さま口調だったマジェスティーが、その都度アイ=フェンにお尻を引っ叩かれて、徐々にだが子供らしい態度の方が上回ってきた頃、それが本来のマジェスティーなのか、なんとまあ手の焼けるガキ大将っぷりを発揮し始めていた。
 クロスの5人もの息子たちは、すっかり彼の子分となってしまった始末。
 まあ、誇大妄想癖の地球の統治者様よりは扱い易かったが、クロスはレンブラント家の主として、何度村人に謝罪を言って回ったことか・・・。
 とにかく元気で快活で、とてもではないが、命に関わる病を患っているなど、あの頃は思いもよらなかった。
「ぅわーーーーん! 痛いーーー! 痛いーーー!」
「痛くしてるんだ。他に言うことがあるだろう?」
「ごめんなさい! もうしませんーーー!」
 何度聞いたか、このセリフ・・・。
 とは思えども、ため息交じりに膝の上からマジェスティーを下ろしてやる。
「反省したなら、泥団子の的にした洗濯物を全部洗い直しなさい。今すぐだ」
 マジェスティーは半ベソでお尻を擦りながらコクンと頷くと、洗濯場のある裏口にトボトボと歩いていった。
「すいません、弟がまた・・・」
 居候宅の家長のお仕置きを傍らで見ていたアイ=フェンが、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「なぁに、あの年の男の子はあれくらいがいいさ。やんちゃも悪さも成長過程だ」
「ですが・・・縁も所縁もない私達が世話になっている上に・・・」
「縁も所縁もないだ? 俺もデラも、お前たち兄弟をもう家族だと思ってるんだぜ。またそんなこと言いやがったら、お前の尻も引っ叩くからな」
「あ、いえ! ・・・ありがとうございます・・・」
 ケロイドで人相が半分わからないアイ=フェンだが、苦笑を湛えた顔を紅潮させたのがわかって、クロスは頷いた。
 実際、家を長期で留守にすることが多い軍人のクロスにとって、子供たちの世話に加えて畑仕事や家畜の世話に追われるデラを手伝ってくれるアイ=フェンの存在は有難かったし、親に似ず、大人しいクロスの子らを賑わせてくれるマジェスティーも可愛かった。
「――――ちょいと! ジェス! どうしたんだね! マジェスティー!」
 裏口から響いたデラの悲鳴に、クロスとアイ=フェンは顔を見合わせた。
 駆けつけてみると、衣服から覗く肌の血管がドス黒く浮き上がり、息をするのもやっとの様子のマジェスティーが、洗濯物の上に蹲っていた。
「ジェス・・・!」
 クロスが彼を抱え上げると、アイ=フェンが突然踵を返す。
「おい、アイ=フェン!」
「僕らの部屋に運んでください」
 そう言い残して自分たちの兄弟の部屋に姿を消したアイ=フェンを追う。
 部屋では、アイ=フェンが彼らの唯一の所有物であったジュラルミンケースを開き、中からアンプルと注射器のようなものを取り出しているところだった。
「弟の持病の発作です。薬を投与しますから、上着を脱がせてベッドにうつ伏せに寝かせてください」
 言われるままにマジェスティーをベッドに寝かせると、アイ=フェンはおもむろに注射器にアンプルの薬を移すと、注射針を付け替えた。
 新たに付け替えられた針が、10㎝もの長さなのにクロスは目を見張る。
「押さえてください」
「あ、ああ・・・。その針・・・」
「心臓に直接薬を注入するんです」
「え・・・!」
 直後、アイ=フェンは無造作に針をマジェスティーの小さな背中に刺し、その長い針は、見る見る深く食い込んでいく。
「――――ぎゃあぁあああ!!」
 耳を塞ぎたくなるようなマジェスティーの絶叫。
 アイ=フェンが針を抜いた時、心底ホッとしてしまった。
「まだです、もう一度。今度は右心房へ」
 手を離そうとすると、アイ=フェンが鋭くそれを制し、再びアンプルから薬を注射器に移すのを見て、クロスは息をのんだ。
「いやぁーッ、助けて! 助けてぇ!」
 もう一度味わう痛みへの恐怖に、泣き叫ぶマジェスティー。
 助けてやりたいのは山々だが・・・。
「仏心を出さないでください。血管が黒ずんで見えるのは、発作の末期症状です。放っておけば、マジェスティーは死にますよ」
 そう言われては手を離すわけにもいかず、針が背中に打ち込まれる瞬間、目を背けるしかなかった。
 そして、再度耳を劈く悲鳴が響き、マジェスティーの小さな体がクロスの手を跳ねのけようともがく。
「おい! その薬は本当に効くんだろうな!」
 ここまでして助からないのなら、放っておいてやりたいくらいだ。
「彼の病には、この薬しかないんです。本来は、動脈に注入すればいいだけですが・・・手元にある薬を少しでも長らえさせるには、心臓に直接投与するしかない。今度いつ、薬が手に入るか、わからないですからね・・・」
 16Gはあろう針が肉を貫き、心臓を突き刺す痛みなど、想像すらできずにゾッとする。
 マジェスティーはとうとう気を失ってしまった。それしか、彼に残された道はなかったのである。



 むかつく。
 人に労働を課しておいて、自分は涼しい木陰で居眠りしているクロスが、無性に腹立たしい。
 朱煌は辺りを見回し、手頃な木の枝を拾い上げてほくそ笑む。
 訓練と言っても、戦い方の一つも教えてくれるわけでなく、畑仕事や家畜の世話をさせられる日々には、もうウンザリだ。
 ここでクロスから一本取って、訓練法の見直しを要求してやる。
 気配を殺して忍び寄った朱煌は、木刀代わりの枝を上段に構えると、眠っているクロス目掛けて、勢いよく振り下ろした。
「水撒きは終わったか」
 枝を受け止めたクロスが、ニヤリとして言った。
 もう押すも引くもビクともしない枝を見限り、朱煌は彼がベルトにねじ込んでいる銃に手を伸ばすも、その手を 引っ張られ、そのままクロスの大きな膝の上に腹這いに崩れ込んでしまった。
 どこまでも嫌な思い出しかないこの体勢を、慌てて立て直そうとするが、これを無駄な足掻きという。
「姫さんよ。作戦中以外で簡単に銃に触るな、人に向けるなと、きつーく言い聞かせてあるはずだが・・・今、俺から銃を奪えたとする。で、どうするつもりだったんだい」
「決まってるだろうが! ・・・・・・・・・返す」
 膝の上で腹這いならではの返答に、クロスは声を上げて笑ってしまった。
「クロスが悪いんだー! 人に働かせておいて、高いびきなんかかきやがって!」
「お陰でズルができただろう」
 思わずギクリ。
 クロスが寝ているのをいいことに、水道のホースで水撒きをしてやったのだが、どうやらお見通しらしい。
「さて。こいつでお尻を引っ叩かれるのと、家でデラの手伝いするのと、どっちがいい?」
 鼻先で枝をヒラヒラ振られて、朱煌はチェッと舌打ちをした。



 やっと落ち着いてきた。
 薬の投与の後は、立ち直るまでに時間がかかるのだ。
 もういい大人なのだから、我慢しようと思うのだが・・・針が皮膚を貫き肉を通って心臓に打ち込まれる感覚は、思い出すだけで全身が強張り、どうしようもなく怖い。
 だから、ついつい軽い発作の時は言い出せず、いつも末期に近くなってからの投与となり、アイ=フェンに叱られるのだった。
 気晴らしに、朱煌を迎えに行くことにした。
 家を出てしばらく行くと、クロスの家が見えてくる。
 マジェスティーとアイ=フェンを拾って住まわせてくれていた、我が家と呼ぶようになった場所。
 クロスの息子達に混じり、我が子同様に育ててもらった。
「俺たち兄弟といい、朱煌といい、クロスって、根っからのお人好しなんだな」
 丘を下ると、畑仕事をしているクロスの姿。
 見回したが、朱煌がいない。
「よう、ジェス。もう大丈夫か」
「煌は?」
「おいたの罰として、デラの手伝いをさせてるよ」
 事の顛末を聞いて、マジェスティーは苦笑して頭を掻いた。
「甘いなぁ。俺の時は問答無用で引っ叩いたくせに」
「ジィさんは孫にゃ甘いもんさ」
「孫?」
「お前の娘なら、俺には孫だろうが」
「・・・ん」
 夕刻の風が心地よく頬を撫でていく。
 子供の頃、畑仕事を手伝った後、よくこうしてクロスとのんびり景色を眺めて過ごした。
 傍らにはアイ=フェンもいて、そんな時間が大好きだった。
 そんなことを思い返していたマジェスティーは、ふと表情を改めた。
「次の仕事に煌を連れていく。クロス、あの子のサポートを頼む」




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