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ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀6

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     <朱煌6歳>

「・・・で、姫さんの頼みを、レーヌは渋々ながら聞き入れたんだろ?」
 マジェスティーの執務室の窓から、庭を眺めていたクロスが言った。
 その庭の木陰に、朱煌がうずくまるようにしていたのだ。
 時折、生意気にため息なぞをつき、何やら物思いにふけっている様子。
「晴れてラ・ヴィアン・ローズ入りを果たしたってのに、元気がないじゃないか」
 マジェスティーは目を通していた書類を置くと、クロスと並んで窓の外を見た。
「ラ・ヴィアン・ローズ入りを認める代わりに、レーヌが条件を出してきてな」
「条件?」
 マジェスティーは肩をすくめた。
「家に居る間は、レーヌの言いつけを守ること・・・だそうだ」
「そりゃぁ・・・」
 クロスも朱煌がしょげているのに納得と頷いた。
「あの姫さんにゃ、ハードルの高い条件だなぁ」
 苦笑をもらしたマジェスティーは、頭をかく。
「それと、だ。私たちにも提示された条件」
「我々もかい」
「煌の乱暴な言葉遣いを直すのに、範を示せ・・・とさ」
「ハハ、荒くれ集団に、ナイトになれといわれるか。・・・ま、姫の言葉は確かにちと聞くに耐えんし、仰せの通りにいたしますかな」
 クロスはヒラヒラと手を振ると、小さな朱煌を見つめた。
 朱煌のそばに、レーヌがやってきた。
 レーヌが芝生に腰を下ろすと、朱煌が膝枕で横になる。
 朱煌の髪を撫でるレーヌ。
 朱煌は何とも心地良さそうに、目をつむっている。
 毛色の違う親子。
 そう、母と子にしか見えない。
 朱煌も、作戦中とはまるで別人だ。
 あの光景を、守ってやりたいものだ。
 そのためには、朱煌の天賦の才のみならず、基本という基本を、叩きこまねばなるまい。
 まず、体力。子供という点だけでなく、女の子。
 すなわち女性。
 女性の体力が男性に劣るのは、生態系として仕方ない。
 それを補い、平均的男性を凌ぐところまで持っていかねば、朱煌に未来はない。
 そういう世界だ。
 そのずば抜けた瞬発力はそのままに。
 そこへ作戦中の持久力も加え、さらには、戦闘中の緊張感を潜り抜ける精神力を養い・・・。
「課題は山積みだな」
 そんなことを呟いたクロスは、机に寄りかかっていたマジェスティーに目を丸くした。
 土気色・・・いや、黒ずんですらある顔色。
 肌には膨張した血管が浮き上がり、息をするのも辛い様子だった。
「また例の発作か」
 肩を貸し、ソファにマジェスティーを運ぶと、吹き出す汗を拭ってやる。
「今、アイフェンを呼ぶから・・・」
 そう立ち上がろうとしたクロスは、袖をつかまれて、大の大人のすがるような目に苦笑してしまった。
 多分、度々こうして発作に襲われていたのを、今まで黙っていたのだろう。
 マジェスティーは幼い頃から、アイフェンの薬の投与を恐れて逃げ回っていたが、いまだにそれは変わらないらしい。
「苦しいんだろ? アイフェンの薬なら、発作は遠のくじゃないか」
 今にも泣きそうなマジェスティーに、同情を禁じえない。
 昔、暴れる幼いマジェスティーを押さえつけるのを手伝わされて、二度と御免だと思ったくらいだ。
 あれは・・・発作の方がマシと考えても、致し方ないだろう。
「・・・ラ・ヴィアン・ローズ隊長マジェスティー・C・アースルーラー。任務中にその発作が起きたら、指揮系統の混乱を招く。そうなったら、我々部下はどうなる?」
 クロスは心を鬼にして、マジェスティーをたしなめた。
「それだけじゃない。お前はもう、姫の父親なんだ」
 しばし唇を噛みしめていたマジェスティーだったが、やがて、渋々ながらも頷いたのだった。
 クロスはアイフェンを執務室に呼ぶと、訓練を理由に朱煌を家から遠ざけた。
 薬投与の際の、マジェスティーの悲痛な叫びを、朱煌に聞かれないように。
 それが、マジェスティーにしてやれる、クロスの精一杯だった。



 クロスがアイフェンとマジェスティー兄弟を拾ったのは、自宅に帰る途中の州のはずれだった。
 街からも遠く、荒涼とした土地の続く道で、顔の上半分が焼け爛れた男が、小さな男の子を抱いて歩いていた。
 持っていたのは、ジュラルミンケースのようなカバンを一個だけ。
――――誘拐か?
 最初はそう思った。
 だから拾ったのだが。
 顔の焼け爛れた男は、抱いている少年を「弟」だと言った。
 確かに・・・二人とも東洋人だ。
「チャイニーズ? それとも、日系かい?」
「・・・チャイニーズです」
「そうか、俺はクリストファー・レンブラントだ。名前は?」
「・・・アイ=フェン」
「アイフェンか」
 もしかしたら、姓と名前だったのかもしれないが、チャイニーズの名の区切りなぞ、クロスにはわからない。
 第一、そんなに長い付き合いになるとも思えない。
 ただ呼称があれば、それで良かった。
 家に彼らを招き入れる。
 妻と5人の息子たちが、彼の久々の帰還を喜んだ。
 思わぬゲストに驚かれるかと思ったが、家の方でも、思わぬゲストが待ち構えていたので、おあいこだった。
「D・D! お前な、俺と一緒に出て、俺より先に俺の家に来るか、普通!」
「招いてくれと言ったって、お前は招いてくれんからな」
「当たり前だろうが! 戦地から久々の我が家なのに、なんだって・・・」
「それはなんだ?」
 D・D。数年後、傭兵ギルドの総裁におさまり、クロスらと雌雄を決する男。
 当時は、まだクロスと同期の一軍人だった。
「土産だ」
「生ものか。片方は傷んでるみたいだぜ」
「お前はそっちで酒でも飲んでろ! デラ! すまないが、こいつの手当てを頼むぞ」
 妻に顔の焼け爛れた青年を任せ、自分は小さな少年をベッドに運んだ。
 狭い家だ。
 ゲストルームがあるはずもなく、仕方なく、長男のベッドを拝借する。
「お父さん! 僕はどこで寝るのさ!」
「そうさな、お父さんたちの寝室で寝る許可をやろう」
「え! ホントに!?」
 子供と一緒に寝るなんて、あまり自分でも感心はしないが・・・この際仕方ない。
「お父さん、僕はどこで寝るのさ」
 ブランデーグラスを振り振り、D・Dが言った。
「お前はホテルに帰れ」
「傷つくなぁ」
「お前に家の子らを餌食にされたかないんでね」
 バイのロリータ趣味。
 別に人様の性癖をとやかく言う気はないが、自分の家族が巻き込まれるとなったら話は別だ。
「残念! 俺はネイティブアメリカンには興味がなくてね」
「それは朗報!」
 いつもの口論というよりじゃれ合いに、妻のデラは呆れ顔だ。
 そう、この頃は、まだお互いに命を奪い合う戦いをする間柄になるとは、思いもしてなかった・・・。
「アンタ! 手当てと言うけど、この子、別に怪我はしちゃいないよ」
 救急箱を片付けながら、デラが青年を顎で示した。
 え? おかしい。
 拾った時は、生々しく顔の上半分が焼け爛れていたのに・・・。
 見れば確かに、両目は潰れたようになっているが、それはケロイドでしかない。 
 あの時にあるのは車のヘッドライトの明かりだけだったから、暗がりで、見間違えたのだろうか。
「残念だなぁ。顔が焼けてなきゃ、かなりの美丈夫と見たぜ。年の頃は17・・・18か? 食べ頃だ」
 ケロイドの青年の顎をつかんで値踏みしていたD・Dは、ふと長男の部屋のベッドに寝ている少年にも目を向けた。
「こっちは調教し甲斐のある年頃だが、平々凡々な顔立ちだなぁ。6つ・・・くらいかな?」
 いい加減、蹴飛ばしてやろうとした時だ。
 パチリと少年が目を開いた。
 そして、前髪をなで上げていたD・Dの手を払いのける。
「無礼者。誰の許しを得て、余に触れたか」
 ――――沈黙。
 ベッドに立った少年は、少年とは思えない凛とした眼光で、D・Dを見下し、更にはクロスたちを見渡した。
「おいおい、少年。随分だな、一体、何様だっていうんだい?」
「余をYour Majestyと呼ばぬ不遜なものがいるとは、驚いたな。余を知らぬ者がいたとは。我が姿に見覚えもないのか。余は地球の統治者! A ruler of the earthぞ!」
 ――――再び沈黙。
 D・Dが口を開きかけた時、ケロイドの青年が、少年との間に割って入った。
「申し訳ない。この子は・・・弟は、どうも誇大妄想癖があるのでね。アースルーラーは彼の姓で、マジェスティーなどという尊大な名前を父がつけたもので、自分を地球の統治者と思い込むようになってしまって」
「そりゃまた雄大な夢を」
「気付け薬を調合するので、しばらく、失礼しますよ」
 ドアが閉じた。
 クロスとD・Dは顔を見合わせる。
 しばらくして、地球の統治者さまの、盛大な泣き声が聞こえてきた。
「子供の気付け薬にゃ、あれが一番だろうねぇ」
 デラが肩をすくめて言った。
 なるほど。
 ドアの向こうから、パンパンと連続する音は、まさしく子供へ薬だなと、クロスは丸坊主の頭をかいた。





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