ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀5

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        <朱煌6歳>


 マジェスティーの執務室に集まったラ・ヴィアン・ローズの面々は、しばし重たい沈黙にあった。
 ラ・ヴィアン・ローズの小さな戦士の噂は、瞬く間に米国に渡り、国防総省の耳にも届いているという。
「・・・ジェス隊長」
 誰かが言わねばならないのならと、とうとうクロスが口火を切った。
 あの幼い少女を、死と隣り合わせた世界に引きずり込むことは、躊躇いを覚えてならない。
 けれど、ここで自分たちが手中にせねば、彼女は諸外国に奪われるのは明白。
 実戦で真価を発揮する、未知数の戦士の天性。
 それを目の当たりにして、魅了されぬわけはないのだ。
 マジェスティーとて、朱煌の放つ紅蓮のオーラに、胸が熱く猛るのを、抑えられない。
「・・・今、ここで決を取りたい」
 マジェスティーは戦士たちを見渡して、ついに口を開いた。
「今後、朱煌・・・いや、朱雀をラ・ヴィアン・ローズ傭兵として、作戦に随行させることに、異存のある者は、挙手を」
 手は上がらない。 
「では、決定する。朱雀はこの時より、我らラ・ヴィアン・ローズの傭兵として、正式に雇い入れるものとする」
 そう言いながら、マジェスティーは窓辺に佇むアイフェンに目をやった。
 彼に必要書類を・・・と言おうとして、ドキリとする。
 ずっと彼に育てられてきたマジェスティーには、仮面に隠されたアイフェンの表情が読めてしまったのだ。
 涙はない。けれど、アイフェンが泣いている。
 慟哭を抑えるのに、必死なのがわかった。
 アイフェンはマジェスティーが朱煌を連れてきて以来、ずっと彼女を傭兵にするのを反対してきた。
 同義的に当然なのだが、彼の心理には、何か、もっと違う理由があるように、マジェスティーには思えてならなかった。
 別にもともと子供に優しいタイプの男ではないが、アイフェンの朱煌に対する徹底した冷たい態度は、逆に朱煌が気になって仕方ないようにも見える。
 アイフェンは何かに苦しんでいる。
 その思いを、一人で抱えている。
 弟である自分にも語ってくれないことを、少し寂しく感じるマジェスティーであった。



 朱煌をラ・ヴィアン・ローズの傭兵にしました。
 ああ、そうですか、わかりました。
 ・・・・・・・などと、レーヌが承知するはずもなく、マジェスティーとレーヌは、しばしば交戦状態に突入する日々が続いた。
 朱煌の事となると、口論が絶えなくなったのだ。
 いまや大切な両親とも言える二人の諍いは、朱煌にとって見ていられないくらい辛かった。
 その日も朝食の最中に、二人の言い争いが始まった。
 息がつまって、食事が喉を通らない。
 それでも、与えられた食べ物は残さないというポリシーの元、半ば口に押し込むように食事を続けていると、先に食事を済ませていたアイフェンに、肩を叩かれた。
「もういい。おいで」
 いつも、朱煌の存在そのものを無視しているかのような彼から、こんな言葉をかけられるとは思わなかった。
 皿とアイフェンと口論する義父母を見比べて、朱煌はとうとう食卓を放棄した。
 アイフェンについてダイニングを出ると、彼は朱煌を自室に誘った。
 初めて訪れたアイフェンの部屋は、ベッドとサイドテーブルがあるだけで、ひどく殺風景。
 まるで、いつでも姿を消せるように準備しているようにすら思えた。
「ずるいと思わないか」
 やおら口を開いたアイフェン。
 何が言いたいのが、ピンと来ない。
 キョトンとしていると、アイフェンは肩をすくめてベッドにかけた。
「お前自身も、ラ・ヴィアン・ローズ入りを望んでいるのだろう? それなのに、レーヌの説得をジェスに任せきり。ずるいな」
 ムッときたが、アイフェンのいい分が正しいのはわかっているので、言い返せない。
「お前がレーヌに話をつけるんだ」
 唇を噛む。
 そんなことをして、レーヌがどんな顔をするか・・・。
 レーヌが怖いわけじゃない。
 レーヌに嫌われるのが怖いのだ。
 自分を可愛がってくれるレーヌの意に染まぬことを言い出して、彼女に突き放されたら・・・。
 だから、マジェスティーが上手く事を運んでくれればと、ただ傍観するに甘んじていた。
「お前はレーヌが何故ああも頑なに拒んでいるのか、わからないのか?」
「わかってるよ。レーヌは私を自分の思い描くお嬢様に育てたいんだ。だから・・・」
「――――は?」
 仮面で顔の上半分は見えないが、アイフェンは明らかに虚を突かれたという表情を浮かべた。
「はは・・・、ああ、そうか。まだ6つの子供だもんな。そうか、つい、重ねてしまっていたが、そうか、はは、まだ子供だったんだな」
 何やら苦笑めいて独りごちているアイフェン。
 どうでもいいが・・・子供子供と・・・。
「バカにしてんのか!!」
「したくもなるだろう」
 さらりと言い返されて、朱煌はこめかみの奥で紐が切れる音を聞いた。
「お前なりに色々考えてると思って、背中を押すつもりで呼んだんだが、まさか、そんな見当はずれなことを思い悩んでいるとはね。参ったよ、ホントに」
「言わせて・・・おけばあああ!!!」
 素早さに定評のある踏み込み。
 小さい体を生かした朱煌得意の先制ケンカ技であるが、この攻撃法には難点がある。
 素人の意表をついて勝つことはできても、ラ・ヴィアン・ローズ戦士クラスの猛者相手では、利点であった小さい体は軽すぎて、アッサリ捕獲されてしまうのだ。
 ズボンのベルトで吊り上げられるという、屈辱的な格好ををさせられて、朱煌は顔を真っ赤にして手足をバタつかせた。
「下ろせ、バカ! 放せーーー!!」
「放すさ。必要な場所にな」
 パッと手を放されて、落下。
 腹ばいに落ちたのは、ベッドにかけたアイフェンの膝の上で、アイフェンの片手が、腰を押さえてしまった。
 こ、この体勢に、いい思い出はひとつもない・・・。
「放せーーー!!」
「ご想像どおり、これからたっぷりお尻を叩いてやる。これは本来、レーヌがすべきお仕置きなんだろうが、彼女はそういうことではお前を叱ったりしないからな、代役だ」
「レーヌの代役なら手弱女持ってこい! じゃなくて! なんでお仕置きされなきゃなんないんだってーの!」
「わかんない子だね。レーヌがお前を自分の思い描くお嬢様に育てたいから? いくらなんでも、彼女をバカにしてやしないか。ギルドからずっと一緒に過ごしてて、レーヌがそんな自分本位の女性だと思ってたのか」
 言い終わらないうちに、ズボンの上にきつい平手が3つ、立て続けに振り下ろされた。
「痛い痛い痛い!」
「どうして自分がお仕置きされるか、まだ理解できてなきゃ、本番前に腫れ上がるぞ」
 本番って。
「いやあああ!」
「理解は?」
「したーーー!」
 したっていうか、回避案はどこ?
「じゃ、本番」
 お尻の小さな朱煌だから、ベルトもはずさず、ズボンは容易く引き下ろされてしまった。
 そのズボンに巻き込まれるように、パンツも脱げてしまい、一発で裸のお尻が丸出しになり、朱煌は顔を真っ赤にして精一杯の抵抗を試みたが、いかんせん、アイフェンの手は、朱煌の背中をほとんどスッポリ覆っている。
 逃げられようはずもなし。
「あーあ。パンツの上から叩くだけのつもりだったんだがな。脱げたもんは仕方ないな」
「仕方なくないーーー!!」
「ひとーつ」
 ぱぁーーーん!!と鋭い音がして、朱煌は悲鳴より先に足を跳ね上げた。
「~~~~~~たぁいーーーー!!」
 それからはもう「痛い」と感嘆符つきの意味不明語しか出てこない。
 アイフェンが数を数えているようだが、そんなもの、聞いている余裕なし。
 叩かれた痛みの後に、叩かれ終わった後のジーンとした痛みもきつい。
 それが交互に襲ってくるのだが、そろそろお尻が麻痺してきたのか、叩かれた瞬間痛いだけになってきた。
 その痛みも、最初の頃ほどは大きくない。
 そう感じ始めた時、アイフェンの手が止まった。
「お尻が痺れてきたんだろ」
 べそべそと泣きながら、アイフェンを睨み上げる。
「麻痺してきたから、続行されても耐えられると踏んだな? さっきまで、ごめんなさーいと喚いてたくせに、その目つき」
 言った記憶はないが、おそらく条件反射のように言っていたかもしれない・・・。
 自分がなにか喚いていたのはわかっているんだが。
「別に、私に謝ってもらわなくていい。レーヌの気持ちを、もう少し汲んでやれ」
「だって・・・」
 もしかしたら。
 もしかしたら、レーヌは自分が危険なことをするのを、心配で反対してくれているのかも・・・と思わなくもないんだが、それを正しい判断と考えるには、朱煌には自信がなさ過ぎた。
 うつむいたまま、朱煌はアイフェンの膝を掴む手に力をこめた。
「わかってはいるようで、安心したよ。彼女を、愛する娘が意に染まぬことを言い出したからと、手の平を返したように見限る女性だと、お前は思うか?」
 否。
 思わない。
 レーヌはそういう人じゃない。
「お前はその生い立ちのせいか、どうも『母親』という存在に対して、臆病なところがあるな」
「・・・レーヌが、母親・・・?」
「彼女はその気だぞ。お前は違ったのか?」
 くすぐったいような、照れくさいような、それでいて、胸に沁みる言葉。
「あの二人は、お前のせいで争っているんじゃない。お前の為に、意見を戦わせているんだ」
 くしゃくしゃと、アイフェンが朱煌の髪を撫でた。
 思いがけない優しい仕草に、戸惑いを隠せず、背中をねじってアイフェンを見上げる。
「お前は・・・愛されてるな」
 ――――頷く。
 言ってみよう。自分で。
 自分のしたいことを、どうして、そうしたいのかも。 
 朱煌の決意を感じ取ったか、アイフェンの口元に柔らかな笑みがたゆたった。




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