ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀4

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             -朱煌 6歳- 


 隊員たちは起床してすぐ、朱煌の指示で地形の再調査に散った。
 彼らが持ち帰った調査結果と地図を照らし合わせ、朱煌とマジェスティーはルート修正を話し合う。
 朱煌の言った通り、敵拠点に近付く程、地熱が上昇していることが判明したのだ。
 にわかに慌ただしく活動を始めた密林の小動物たちの変化もまた、朱煌の言葉を証明する。
「火山噴火まで、おそらく数日。我々が山脈越えをしている間に遭遇する可能性が高い」
 まるで百戦錬磨の戦士か、戦いの鬼神が乗り移ったかのような口振りの朱煌を、隊員たちは食い入るように見つめていた。
「そうなれば、敵陣諸共我が隊も全滅も免れまい。ならば、敵陣のみに打撃を与えるよう、噴火を早める」
「噴火を早める? どうしようと言うんだ」
「拠点というからには、地対空ミサイルくらい備わってるんだろう。ならば捕虜奪還とミサイル奪取の任で部隊を分割し、捕虜救出を確認次第、アバル中腹にミサイルを撃ち込む。それが口火となって、すぐに噴火が始まるさ」
 確かにそうだが、一歩間違えばラ・ヴィアン・ローズも逃げ場を失い、火砕流の餌食ではないか。
「ここ。移送トラックを奪取して、このマージ河まで逃げ切るんだ。火砕流の速度とマージ河までの距離、地形を考慮したトラックの最大速度を計算した。可能だよ」
 マジェスティーは顎を撫でて、地図と調査結果を見比べた。
 朱煌の言う通りだ。
 山脈ルートが断たれた今、正確な噴火時間がわからないまま敵の追撃をかわしつつ密林を逃げ切れる可能性は極めて低い。
 それならば、噴火そのものを逆手に取れば、敵陣に直接打撃を与える手間を割くことなく、壊滅に追い込めるだろう。
 マジェスティーは直ちに部隊の再編をラ・ヴィアン・ローズ隊員に通達した。
 誰一人異を唱える者はいない。
 ラ・ヴィアン・ローズが戦士・朱雀に魅了されているのは、明らかであった。
「地対空ミサイル奪取部隊はクロス指揮。捕虜奪還部隊は私が指揮する。残留部隊は移送トラック三台確保にて待機。朱雀を任せる」
「え~ッ」
 緊張感を破る声を上げたのは、今の今までその空気を作り上げていた当の朱煌であった。
「あたしもクロスと行く」
「ダメ。交戦必至の部隊に、お前はまだ足手まといだ」
「行くもん。ミサイル撃つとこ見たい」
 これが先ほどまで戦いの神が宿っていた少女と同一人物かと思うと、眩暈がする。
 その変貌ぶりに、隊員たちからも苦笑めいた笑いが起こった。
「いいか、また勝手な行動とってみろ。作戦終了次第・・・」
「どうせおしおきされる身だも~ん」
 マジェスティーは言葉に詰まり、拳を握り締めた。
 大人しくしていて欲しいなら無断同行の件を不問に処せと、暗に要求しているのだと気付いたクロスたちも、ヤレヤレと肩をすくめている。
「・・・百叩きで済むところを、倍にするって手もあるなぁ」
「いや~ん、それじゃ怖くて、部隊を全滅に導いちゃうかもぉ」
 すっかり人質になってしまったラ・ヴィアン・ローズ。
 歯軋りせんばかりのマジェスティーは、クロスに肩を叩かれて、深くため息をついた。
「あーもう、わかった! おしおきは免除だ」
「やったね、約束だよ」
 小躍りする朱煌が可愛くて憎めない時点で、マジェスティーの負けなのである。



 唯一気がかりだった件も片付き、朱煌はご機嫌である。
 家に帰ったらレーヌに泣かれるだろうが、マジェスティーにお尻をぶたれるのに比べたら屁でもない。
 いよいよ敵陣に潜入したラ・ヴィアン・ローズは、手筈通りに三方に別れ、行動を開始した。
 朱煌が同行したのは移送トラックやジープが収納される格納庫。見張りが六人・・・。
 地対空ミサイルの方角で、銃声。
 始まった。
 その騒ぎに集まった見張りの輪に、ラ・ヴィアン・ローズが襲い掛かる。
 無論の反撃。
 それは朱煌にも公平に訪れる。
 護身用に持たされた銃とナイフ。
 朱煌は迷わずナイフを選び、襲いくる敵兵の腹を貫いた。
 肉と内臓を通った独特の手応えに、思わず身震い。
 だが、感傷に浸る間もなく、一人目の腹を引き裂きつつ背後に迫る二人目を振り返り、自動小銃を構えるその手に、鮮血に染まったナイフを振り上げる。
 動脈を捉えた。血飛沫。
 敵兵という立場で出会った、同じ赤い血の通った人間。
 腹を裂かれた敵兵は、こぼれ出る臓器を庇うようにして倒れた。
 生きようともがく体が痙攣している。
 腕を切りつけられた二人目の額から、突如、血が噴き出す。
 味方が後ろから、銃で撃ち抜いたのだとわかったのは、敵兵が倒れてからだった。
 返り血に染まった体。
 顔を拭うと、血液中の鉄分が発する、独特の鉄錆の匂い。
 その攻防がおさまった頃、マジェスティー指揮下の分隊が捕虜を誘導してやってきたのが、交戦の銃声でわかる。
「エンジンをかけろ! 残りの者は銃撃戦準備! かまえーーー!!」
 朱煌の声に弾かれるように、ラ・ヴィアン・ローズは交戦する分隊に銃を構えた。
 内一人からインカムを取り上げ、朱煌はマジェスティーを呼ぶ。
「交戦をやめて、一気に走り抜けて!」
『朱雀!? それではこちらにも犠牲が・・・!』
「多少の被害は止むを得ない!」
『・・・了解』
 この「了解」を、マジェスティーがどんな気持ちで答えたか、朱煌は知る由もない。
 朱煌は「犠牲」と言ったマジェスティーに対して、「被害」という言葉に置き換えて応答したのだ。
 それを聞いたマジェスティーは、この娘の指揮官に必要不可欠な冷徹さを思い知り、実に複雑な表情をインカム越しに湛えていたのだ。
 マジェスティーの号令で、ラ・ヴィアン・ローズは捕虜を中央に配置した陣形で、混戦の中央突破。
「―――撃てーーーー!!」
 マジェスティー以下の分隊が混戦を抜けた瞬間、朱煌が下した命令。
 弾雨にさらされた敵部隊がバタバタと倒れたその時、爆音と共に、アバル山脈の峰が吹き飛んだ。
「総員、トラックへ!」
 鈍い地鳴りが足元から沸き起こる。
「まだ出すな! デカイのがくる!」
 朱煌の言葉に呼応するように、突き上げるような大地震が始まった。
 パニックを起こす民族解放戦線とは裏腹に、予定の自然現象であるラ・ヴィアン・ローズには、絶好の脱出好機である。
「マジェスティー! 地震がおさまったらトラックを出して、クロス分隊との合流ポイントへ! すぐに次の地震が来るッ」
 次々鋭い指示を飛ばす鮮血に塗れた小さな朱煌を、救出された米軍の捕虜たちは目を疑うようにして見つめている。
「今だ! 脱出!」
 予定ポイントでクロス分隊と合流。
 一路、マージ河へ。
 朱煌の言った通り、再び襲い来る地震。
「来るぞ、噴火だ!」
 まるで朱煌の声を合図のように、アバル山が中腹より火を噴いた。
 ほぼ水平に噴出したマグマは、麓の民族解放戦線拠点に降り注ぐ。
 あそこにいた者は、皆生きながらにして燃え上がり、骨すら残りはしないだろう。
 トラックを捨て、歩いてマージ河を歩いて渡る。
 大河の水に堰き止められるように、火砕流は徐々にそのうねりを鎮めていった。
 朱煌たちは河を渡りきり、対岸の惨状を見渡した。
 囂々と燃え盛る木々。先刻まで朱煌たちを運んでいたトラックも、炎の海にのまれる。
 後数キロも歩けば米軍の制空権だ。
 朱煌は行軍を開始したマジェスティーたちについていきながら、今日だけで何人殺しただろうと、ぼんやり考えた。
 これで、少しは母も救われるだろうか・・・・・・。



「痛いーーーッ、痛い痛い痛い! いやぁーッ、痛いよぉ~~~!!」
 ドア越しに響き渡る朱煌の悲鳴。
 ピシャリピシャリと鋭い音がする度に、剛健なラ・ヴィアン・ローズの猛者たちは首をすくめた。
「痛い~~~! 痛い~~~! マジェスティー、助けて、マジェスティー!!」
 必死の声に堪りかねたマジェスティーがドアを開けようと踏み出すと、その前に立ちはだかったのは、クロスの細君デラであった。
「止め立てはならないよ。親に心配かけた子供が罰を受けるのは、当然のこった」
 泣きじゃくる朱煌の声に耳をふさぎたい気持ちになりながら、マジェスティーは苦笑してかぶりを振った。
「デラ、私は今回の件は不問に処すと、あの子と約束したんだ。ラ・ヴィアン・ローズ隊長として、戦士として、交わした約束を反古にすることは・・・」
「は。あんたらが交わした約束なんざ、レーヌ様には関係ないさ」
 不遜な態度の妻に、クロスが鼻息を荒くする。
「おいッ、戦士の約束を軽んじるその言い草はなんだ! 第一、隊長に対して失礼だぞ!」
「ハン。あたしの雇い主はレーヌ様だよ。大体ねぇ・・・」
 ジロリと睨まれて、傭兵たちは思わず尻込みした。
「あんたらはいつだってそうだ。戦士の誇りだの魂だのを振りかざして、あたしら待つ者の気持ちなんざ、これっぽっちも考えやしない」
「それは・・・! ・・・それを承知で一緒になったんだろう」
「あたしはね。けど、レーヌ様は我が子同然の姫さまを、戦争に持っていかれたんだよ。この数週間、あの方がどんな思いで姫さまの帰りを待っていらしたか、想像してごらん!」
 想像と言われても、どうせメソメソと泣き暮らしていたのだろうくらいにしか、考えつかない。
 いや、しかし・・・、先ほどラ・ヴィアン・ローズの帰還を出迎えたレーヌの様子は、予想を裏切るものではあった。
 総毛立たんばかりに怒りの形相。
 驚いて逃げ出そうとした朱煌を、素早く小脇に抱えてしまったのだ。
 花束より重いものは持たないと思われていたレーヌの力強さに、傭兵一同は唖然としてしまった。
 喚く朱煌を担いだまま、レーヌは自室に姿を消した。
 そして・・・今に至る。
「レーヌ様は姫さまがあんたらについていったと知って、最初は確かにお泣きになったさ。けど、泣いていても仕方ないと自分から仰って、あたしらの仕事を手伝ってくださりながら、夜はろくに眠らずに、姫さまの無事を祈ってらっしゃった」
 彼らは顔を見合わせて、デラのレーヌ贔屓に納得した。
 儚げでか弱い貴族出のお姫様が、母の強さを身につけた。
 女同士、それに共鳴しているのだろう。
「さあ、さっさとシャワーを浴びて、汗臭い服も着替えな。レーヌ様が帰還祝いに、心尽くしの食卓をご用意くださってるんだからね」
 母親が子供の悪戯を叱っているのなら、閉口するしかないマジェスティー達であった。



 膝の上からやっと解放されたものの、ヒリヒリするお尻にべそをかく。
「いいですか。今度からおいたをしたら、こうですからね。よぉく憶えておきなさい」
 怖い。
 泣いてばかりで鬱陶しいと思っていたレーヌが、懐かしくなる迫力。
 すっかりしょげ返っていると、レーヌが跪いて目線を合わせてくれた。
「心配させて・・・悪い子」
 抱きしめられて、朱煌はやっとレーヌが何故ラ・ヴィアン・ローズに残ったのかを思い至った。
 朱煌が恩人だから、その義務感でいるとばかり思っていたのだ。
 けれど、このぬくもりは違う。
 それに、義務感だけでこんなにきつくは叱ってくれまい。
 泣き虫レーヌを豹変させたのは、朱煌に向けられた愛情なのだと気付いた時、涙がこぼれた。
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
 レーヌの胸に顔を埋めて繰り返す。
 そっと頬に添えられたレーヌの手が熱い。
「レーヌ、手が腫れてるよ、痛い?」
「姫さまのお尻もでしょう?」
 クスクスと笑われて、照れくさい。
 顔を隠すように、再びレーヌの胸に頬を寄せる。
 やわらかな彼女の鼓動が心地好い。
 母の鼓動すら、こんな近くで聞き入ったことなどないのだ。
 母に愛されるというのは、こういうことなのだろうか・・・と、ぼんやり考えた。
 いつか・・・、いつか瞳子もこんな風に抱き寄せてくれる日がくるのだろうか。






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