ラ・ヴィアン・ローズ・朱雀の章

紅蓮朱雀1

 ←おいた5 →紅蓮朱雀2

                     ―朱煌6歳―


 窓から望む景色に、ため息。
 小川のせせらぎ。風に揺らぐ草木。
 こんな風景画のような景色を眺めていると、あの傭兵ギルドでの熾烈な戦いが嘘のようだ。
 総帥に半死半生の大怪我を負わされた朱煌は、マジェスティーの取り計らいで自然豊かな片田舎の療養所で、ゆったりとした治療の日々を送っていた。
 朱煌としては大都会の進んだ医療でチャッチャと治してもらって、早くマジェスティーたちの仕事についていきたいのだが……。
 すでに一ヶ月。
 そろそろ寝てばかりの生活には飽き飽きしていた。
 礼儀正しいノック。
 朱煌はまたため息をついた。
「姫さま、お薬のお時間です」
「ん。後で飲む。そこ置いといて」
「いけません。また飲んだフリで窓からお捨てになるおつもりでしょう」
 チェッと舌打ちして頭をかく。だって苦いんだもん、その薬。
 なんだか知らないけれど、元総帥夫人のレーヌが当然のように看護を受け持っているのだ。
 薬を捨てていたのがバレた時には、「姫さまにもしものことがあったら…」などとさめざめ泣かれてしまい、うんざりした。
 しとやかで気高い貴族出の手弱女姫。
 ギルドでの不遇な生活に泣き濡れている姿が母・瞳子と重なり、ついつい助けてしまったが、こうなつかれるとは思わなかった。
 とにかくまた泣かれては鬱陶しいので、言われるままに薬を飲む。
「はい、おりこうでした。そうそう、姫さま、絵本を持って参りましたのよ」
 差し出された絵本に鼻白む。
 そりゃ自分は六つの子供だが、こんな字よりも絵のほうが多い絵本を持ってこなくても……。
「…レーヌ、これ、英語じゃない」
「ええ。これはフランス語。ドイツ語もありましてよ」
 ニッコリ微笑むレーヌに、嫌な予感。
「退屈だと仰っていたでしょう? 今日から午前と午後の一時間ずつ、お勉強の時間をとることにしましたの」
 予感的中! レーヌの考えそうなことだ。
「ちょっと待ってよ! あたしが退屈だってのは、そういうことじゃなくて…」
「お散歩くらいならともかく、急激な運動はまだ早いと、先生も仰ってますわ。お勉強が済んだら、お散歩にはちゃんとお連れしますから」
 つまりビッチリ監視つきということではないか。
 朱煌はゲンナリしてベッドに潜り込んだ。
「やなこった。寝てた方がマシ。第一、英語が話せりゃ十分だよ」
「その英語が問題なのです。そんなスラング交じりのはしたない言葉遣いは、今後一切許しませんよ。日常会話は英国語に統一します」
「―――ンだよ、それ! なんであんたにそんな干渉受けなきゃな…ん…ねぇ…」
 見る見る潤むレーヌの瞳に、朱煌得意の威勢も尻すぼみ。
「私は、あなたをラ・ヴィアン・ローズ隊長の令嬢として、恥ずかしくない外交がおできになるプリンセスにお育てする為に、ここに残ったのです。お父上のマジェスティー様も、承知してくださいましたわ」
 お父上?
 ああ、そういえばギルド入りするのに、マジェスティーの娘という触れ込みだったのを思い出す。
「あのさ、あたしとマジェスティーは赤の他人なの。血も繋がってなきゃ、養子縁組した訳でもないんだ。だから……」
「存じ上げておりますわ。けれどマジェスティー様は、あなたを娘としてラ・ヴィアン・ローズに置くと仰いました」
 少し、ドキリとする。
 朱煌を療養所に移してすぐ、新生傭兵部隊を率いて戦地へ赴いたマジェスティーが、そんな風に言ってくれているなど、ちっとも知らなかった。
「ですから、私があなた様の教育を任されましたの」
「…レーヌ、ラ・ヴィアン・ローズは傭兵部隊だぜ」
「存じてますわ」
「ああ、そう。そりゃよかった。じゃ、プリンセス云々ってのが勘違いなのは、理解できるかな」
「いいえ、間違っておりません。ラ・ヴィアン・ローズは今に世界屈指の傭兵師団に成長しますわ。ギルドとは比べものにならないくらい」
 ゆったりと微笑んだレーヌのこの予言を、朱煌はこの時一笑にふしたのも、無理からぬことであろう。



「姫さま、お父様が……キャア!」
 びっくりしたのは朱煌の方だ。
 お陰で窓に引っ掛けようとしていた足がはずれ、床にしりもちをついてしまった。
「~~~~いってぇ」
「姫さま! 何をなさっておいでてすの!」
 うわ。すでに涙声。
「いや、その、なんだ。だから……マジェスティー」
 レーヌの傍らで苦笑しているマジェスティーに気づいて立ち上がる。
「ただいま」
「あ…、おかえり」
 あんまりさらりと言うから、つい答えてしまった。
 そういえば、高城も場所がどこでも朱煌のところにやってきた時には、「ただいま」と言ったっけ。だから、朱煌も「おかえり」と……。
「レーヌ、すまないが、しばらく朱煌とふたりきりにしてくれるかい」
 う…。こういう展開は、相手が誰であれ、多分、ろくなことはない。
 レーヌが優雅にこうべを垂れて姿を消すと、朱煌も窓から姿を消そうと…。
「こらこら。こっちへおいで」
 クスクス笑って言うマジェスティーに、朱煌は少し安堵して振り返った。
「ほら」
 あんまり自然に両手を広げるから、足が勝手にフラフラと……。
 マジェスティーは近づいてきた朱煌を一度強く抱きしめ、片膝を床に落として視線を合わせた。
「よく聞いて。これから、おしおきするよ」
「な…っ」
 なんで…と聞くのも愚問なので、朱煌はむくれてうつむいた。
「ちゃんと顔を見て。あのな、お前のやったことは、とても大勢の人に心配をかけたんだ。もちろん、私も心配した」
「別に心配してくれなんて頼んでねぇよ」
「心配というのは、頼まれてするものだと思っているのかい?」
「~~~」
 何ともバツ悪く首を横に振る。
 いかん、調子が狂う。
 問答無用の高城と違って、こうゆったりと諭されたのは、生まれて初めてだ。
「心配させた罰。それと、あんなに簡単に死のうとした罰もだ。いけないことだって、わかってるよな?」
 手を握られて、何とも苦い気持ちになる。 
 そうだ、あの時死んでいたら、この暖かさは二度と味わえなかったろう。
「どちらもとても悪いことだ。だから、たくさんお尻を叩こうと思ってる。いいね」
 いいわけない。
 いいわけないのだが、こう穏やかに出られると、悪態がつきにくくてしょうがない。
「おいで」
 椅子にかけ直したマジェスティーが膝を叩く。
 しばし上目遣いで彼を見ていた朱煌だったが、どうもこう、いつもの勢いがつかない。
 できることなら踵を返し、窓から飛び出して逃げてしまいたいのだが……。
 その意思に反して、朱煌の足はマジェスティーに向かっていた。
 そして、彼の膝の上にお腹を預ける。
 パジャマのズボンを下着ごと下ろされた。 
 本来なら、「やめろ~~~!!」と大騒ぎする場面であるが、こんな静かなおしおき突入は、朱煌も初めてで妙に恥ずかしい。
「~~~~~あッ」
 強くはない。が、決して弱くもない平手が、間断なく振り下ろされる。
 じわじわと染み込むような痛みが次第にお尻に広がって、その内、ひりひりと火照ってくるのがわかった。
「ぅう…、痛…痛い…痛いよぉ、ぅあ~~~~~~ん!」
 自分でも驚くほど簡単に泣き声が漏れた。
 一度泣いてしまうと、もう止められなくて、マジェスティーの膝の上でワンワン泣き喚く。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい~~~~!」
 お尻の痛みから逃れたくて出た言葉ではなかった。
 マジェスティーが本気で叱ってくれているのが、優しく厳しい手のひらで感じられて、思わず知らず口をついたのだ。
 たくさん叩くと言っただけあって、なかなか許してもらえなかった。
 けれどやっと許されて、真っ赤に腫れたお尻はとても痛かったのだけれど、ひどくスッキリして落ち着いた気分になっていたのである。
 それでも癪なので、マジェスティーにふくれ面をしてみせる。
 マジェスティーはやんわりと微笑んで、もう一度強く朱煌を抱きしめた。






  • 【おいた5】へ
  • 【紅蓮朱雀2】へ
  • Tag List 
  •  * |

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【おいた5】へ
  • 【紅蓮朱雀2】へ