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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

おいた5

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 高城善積という男が傍にいる。
それが五歳の朱煌にとって、当たり前の日常になっていた。
 刑事の彼は日々多忙を極めてはいるけれど、数多の女性のアプローチを振り切って、時間が許す限り朱煌と過ごしているのが、朱煌にも感じられる。
 時々…、同情なんてゴメンだと腹立たしく思うこともある、が、高城が帰る時、引き止めたい衝動に駆られる自分を持て余すのだ。
「早く寝るんだぞ」
「はいはい」
「返事は一回」
「…はぁい」
 間延びした返事に不満そうではあれ、高城はクシャクシャと朱煌の頭を撫でて、呼び出しを受けた事件へ。
 その背中をぼんやりと見送っていた朱煌は、複雑な胸中を振り払うように一度大きく頭を振った。
「お節介なボランティア精神に、期待するなよ。期待して、裏切られて、傷つくのは…お前だぞ、朱煌……」
 いつもの、呪文のような呟き。
 彼が自分に構うのは、片恋の女性の子供だから。
彼女の気を引きたい故の行動なのだ…。
「さぁて、うるさいのも消えたことだし、稼ぎにいくか」
 


「牙が抜けて切れがない」…黒牙会組長ハゲ狸談。
「猛禽類が小鳥になった」…荒神組幹部談。
「何か最近、子供みたいだな」…族の頭談。
「高城刑事との約束だしな、もう出入りはさせられん」…雨龍組若頭談。
「あンの…………お節介刑事があぁぁぁぁぁぁあ!!」……朱煌咆哮。
 朱煌は苛々するやらムカムカするやらで、顔見知りのチンピラ・チーマー連中やホステス・ホスト・客引きたちがつい道を空ける険しい面持ちで、ネオン煌めく繁華街を闊歩していた。
 今まで築き上げてきたものが、高城と出会ってわずか数ヶ月で音を立てて崩れてしまったではないか。
 五歳の朱煌が暴力団やら族やらに当然のように出入りできるようになるまで、それなりにあらゆる手を尽くしてきたというのに。
 悪党の金回りの良さは魅力的だ。
金さえあれば、母・瞳子に苦労させることも……。
「ええい、子供のあたしが大金稼ぐにゃ、悪事に手を染めるしかなかろうが。お節介刑事め、ちったぁ気ぃ回せよ。常識論ばっか唱えてんじゃねぇや。お仕置きが怖くて、ヤクザの情報屋ができるか~~~~~!!」
 もはや自分が何をがなっているかもわかっていない朱煌は、手近な街灯を力任せに蹴りつけて、もちろん痛くてその場にうずくまった。
「くうぅぅ、畜生ッ。これもあれもそれもどれも! 全部全部ぜ~~~んぶ、あいつのせいだーーーーーー!!」
 高城への思慕に気付くには、朱煌は結局まだまだ子供なのである。



「おいおいおい、何なんだ、今夜のこの忙しさは」
 刑事部屋にあふれ返る被害者たちを見渡して、高城はげんなりして独りごちた。
 スリ被害続出。
新宿大交番ではさばき切れない数で、被害者たちが本署になだれ込んできたのだ。
「仕事の鮮やかさはプロ並ですが、なんかこう、手当たり次第…ですねぇ」
 いつもは涼しいポーカーフェイスの新藤も、さすがに唖然としている。
 スリ被害の現場がほとんど変わらないのと、財布はそのままで中身の札だけが抜かれるという手口からして、同一犯の犯行と見ているのだが、一夜に数十人という被害など前代未聞である。
「ヤケクソ…ですな」
「まったく」
「まるきり、この新宿署に恨みでもあるような…」
 言ってみてからふと眉をひそめた高城を、新藤は苦笑して見返した。
「まさか。いくら何でも、ここまでは…」
「いえ。私は伊達にあいつの保護者を気取ってませんよ。あいつのことなら、よくわかってます」
 そう言うと、高城は被害者たちに片っ端から「繁華街に似つかわしくない幼い少年」の目撃の有無を尋ねて回った。
 しばらくして、ガリガリと頭を掻きながら新藤のもとに戻った高城が、深く深く一礼した。
「申し訳ありません。私の監督不行き届きです」
「おやまあ…」
 なんとも苦っぽく微笑んだ新藤は、ある種の感銘すら覚えて高城の肩を叩いた。
「了解しました。では、被害金額の回収と、きつぅいおしおきを一任しましょう?」
 それが実務上の全責任を新藤が負ってくれるという意味だと悟った高城は、規律正しい敬礼にて、了解の意を示した。



 稼いだ金を、母が帰る前にそっと生活費の中に潜り込ませる。
 それが朱煌のやり方だった。
 母は時々増える生活費を、情夫・黒荻の好意だと思っているようだ。
…それでいい。
それで母が喜んでくれるなら、稼ぎ甲斐もあるというものだ。
「しかし、スリ程度じゃロクな稼ぎになりゃしねぇぜ。やっぱりヤクザから搾り取るのが一番なんだがなぁ」
 ため息ひとつ。
その時、玄関の向こうに人の気配を感じて、背中が凍りつくような嫌な予感にかられた。
「朱煌」
 その声に予感的中の兆し。
高城の声。
しかも低い。
格段に低い。
「いるのはわかってるぞ。開けなさい」
「な、なんで怒ってるのさ」
「ほう。しらばっくれる気か」
「なんだよ、それ。あたしが何したっての」
「最後まで言わせる気か」
「は。忙しくなるのが何でもかんでもあたしのせいって訳」
「…朱煌、早く寝なさいと言ったのに、まだ起きてるお前に対して怒ってるとは思わないんだな。そういうのを、語るに落ちると言うんだぞ」
 …しまった。
高城は何も刑事事件のことだと言わなかったのに。
「開けなさい」
「……や!」
 開けたらお尻をイヤというほど叩かれる。
「……そうか。じゃあな」
 玄関の前から気配が遠のいていく。
 朱煌はハッとして思わずドアを開けた。
 高城は立ち去ってはいなかった。
アパートの門にもたれて、朱煌を見ている。
 開けたドアを閉めたい。
だが、閉めたらもう高城に見限られてしまう気がして、動けなかった。
 朱煌のもとに歩を進めた高城は、その小さな体を抱き上げて部屋に入った。
 一間の中央、胡坐をかいた膝にうつ伏せにされて下着ごとズボンも下ろされて、朱煌は顔を真っ赤にして唇を噛んだ。
「いいか。俺は本気で怒ってるからな。いつものように抵抗したら、百叩きじゃ終わらないぞ」
 つまりそれは百叩き宣告ではないか。
「ドア…ちゃんと開けたもん…!」
「当然だ。俺が開けろと言った」
 いつもより数段傲慢な言葉を吐く高城が、正直言えば怖かった。
色々悪戯してはおしおきされたが、これほど静かに怒っている彼は初めてな気がする。
「改めて聞くぞ。歌舞伎町の連続スリは、お前の仕業だな」
「……」
「返事」
 ピシャアァァァン!といきなりきつい平手に、朱煌は悲鳴を上げた。
「は…はい! あたしがやりました!」
「理由」
 パアァァァン!! 痛烈な二打目。小さなお尻に大きな手形が重なる。
「痛いぃッ! …お、お金、欲しかったんだ……痛い~~~~~!!」
 三度目のしたたかな平手に、朱煌は無意識に膝から逃げ出そうと前に這いずった。
しかし、腰をがっちりと押さえ込まれて、目から涙がこぼれ始める。
「だって ! だってだってだってえぇぇぇ! いやだあぁぁぁ! 今日のお兄ちゃん、怖いよおぉぉぉ!!」
「怒ってると言った。金は差し詰め生活費か。そんなもの、五歳のお前が気を回すことじゃない。そんなことより、犯罪に手を染めて落ちぶれる娘を持つ瞳子の身になってみろ」
 立て続けにお尻を襲う痛みから逃れようと背中が仰け反っていく。
しかし、容赦ない平手は置くように叩くので、いつもよりずっと痛い。
「ひっ、やっ…もう、痛いぃ…、あぅっ…、もうやだあぁぁぁ…」
 あまり痛いと案外大きな悲鳴は上げられないものだと悟る。
まだ十もぶたれていないのに、お尻が熱くて痺れて、腫れ上がっていくのがわかる。
これで百も叩かれたら、お尻が破れてしまうのではと不安にすらなる。
「悪い子だ、悪い子だ、悪い子だ」
「ふぇッ…、痛い…、やっ、も、イヤぁぁぁあ」
「イヤじゃない。言うことがあるだろう」
「ごめ…ごめん、なさい…、ごめんなさい~~~~~!!」
「もうしないか」
「しないいぃぃぃ! しないいぃぃぃ!!」
「金は被害者に返す」
「返すうぅぅぅ! 返すぅぅぅぅ!」
 真っ赤に腫れたお尻を擦りたい一心で、少しずつ平手の力が弱まっていっていることに、朱煌は気付かなかった。
 うつ伏せの体を抱き上げられて、胡坐の膝に座らされた。
ちょうど高城にもたれる形となり、お尻にかかる体重が痛い…。
「朱煌。俺が鬱陶しいか」
 抱きしめられてドキリとする。
 そうとも。鬱陶しい。
なのに……高城善積という男が傍にいることが、すでに朱煌の日常なのだ。
「お兄ちゃん…」
「ん」
「お兄ちゃん…」
「うん」
「あたしが羽生瞳子の娘じゃなくても、こうしてくれてたの……?」
 涙目のまま、高城を見上げる。
困ったような彼の顔が、苦笑とも微笑ともつかない笑みをたたえた。
「さぁな…。けど、今この瞬間にお前を放っておけないのは、間違いねぇえなぁ…」
「……これからは…?」
 しまったッ、笑われる! 
言ってしまってから、お尻以上に顔が熱く火照った。
「……俺じゃなきゃ駄目だろう、お前はさ」
 ――――期待して、裏切られて、傷つくのは、嫌。
けれど、裏切られないなら、傷つかなくて済むのなら、このままずっと、この温もりに身を委ねていたい……。


                             終


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