ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

おいた4

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「くそっ、まだヒリヒリする」
 朱煌は風呂上りの小さなお尻を鏡に映し、まだほんのりと赤みの残る箇所をそっと擦った。
「あンのお節介刑事めッ。何かといやぁ人のお尻をバシバシひっぱたきやがって。子供らしくショボい小遣い銭で働いただけだってのに」
 そう、朱煌からすれば非常にチンケなアルバイトだった。
 駅から一人夜道を帰るOLを出没する痴漢・変態から守り、その報酬として微々たる金を頂いただけのこと。
 まずは痴漢撃退を立証し後払いでもらっていた金だったが、噂は広まり、前払いで依頼が来るまでになったところだったのに。
 その噂がまずかった。
高城の耳に入った時点で、『小さなボディーガード』=朱煌の容疑。
 駅で客待ちしていたところを押さえられ、パトカーの中でいやと言うほど丸出しにされたお尻を叩かれた。
「あたしは悪くないだろう。股間見せて喜んでる露出狂のタマの一つや二つ、潰してやんのが世の為だ。そもそも警察がああいうのを野放しにしておくから、代わって天誅くわえてやっただけじゃねぇか。礼を言われこそすれ、お尻叩かれるのはおかしかないか?!」
 高城の膝で散々「ごめんなさい」と泣いたとは思えない強気発言。
 「懲りる」とか「反省」という文字は、朱煌の辞書から永久追放である。
「おい。素っ裸で何を語ってる。後がつかえてるんだ、どけ」
 母の情夫・黒荻刃の声で我に返る。
フンとそっぽを向いて狭い脱衣場を出ると、黒荻がボソッと「猿」…と呟いた。
 それは明らかに赤いお尻を指した言葉で、朱煌はお尻より顔を紅潮させて拳を振るわせた。
――――高城善積、許すまじ……!!



「また取り逃がしたんですか…?!」
 叱責…というより、むしろ呆れたような新藤の声に、高城は恐縮しきりで頭を下げている。
 それを刑事部屋の片隅で眺めていた朱煌は、笑いをこらえるのが大変だった。
 折角、裁判所に請求した逮捕状をふいにした故の謝罪。
空き巣やら傷害事件の容疑者やら、踏み込んだ時にはもぬけの空…ということを、高城担当事件だけが頻発させていたのである。
 駆け出しの高城が容疑者の根城―ヤサ―を張り込んで逮捕状を持ってくる捜査員を待つのだが、いざ踏み込むと、容疑者は煙のように消えている。
「一体、どうなさったんです? 何の為の張り込みですか」
 懇々と説く新藤に、高城はひたすら謝るしかないようで、その姿には胸がすく。
 笑いを噛み殺しつつ、朱煌は素知らぬふりで高城の相棒部長刑事に、さりげに次の担当事件を聞き出した。
 こちらは詐欺事件。
それも逮捕間近ということだ。
 ああ、おかしい。
いい気味だ。
 無報酬なのが残念だが、高城が平謝りする姿を見られれば、仕返しとしては十分なのだから。
 高城が駆け出し故に、容疑者の最終張り込みを任されているのは重々承知。
 からくりは単純明快。
 こうして前もって逮捕状のとれた容疑者をリサーチし、高城が張り込む隙に、犯人にそれを伝え、逮捕踏み込み前に逃がしてやるのだ。
 朱煌には高城の居所が手に取るようにわかるから、彼がいない逃走経路を選択するなど、容易かった。
 何故、お節介刑事の居所がわかるかって? それは極秘事項ってヤツさ。
 朱煌はニヤニヤと新藤に説教される高城の背中を眺めた。



「すまんな、朱煌。始末書を仕上げちまわねぇと、帰るに帰れなくて…」
 ひどく申し訳なさそうに言う高城に、心が痛まなかった訳ではない。が、胸がすく思いが若干上回る。
「いいよ、成子さん家に行ってればいい?」
「ああ、気をつけてな。一緒に帰ってやれなくて、ごめんな」
 グリグリと頭を撫でられて、朱煌は心の中で舌を出す。
 このあたしを捕まえて、どこまで上から物を言うかな、この刑事。
 刑事部屋を後にする朱煌の背中を見送った高城は、ため息をついてデスクの始末書に向かった。
 これで三枚目。
しかも、わずか一週間の間にだ。我ながら、情けないほどドジがすぎるというもの。
 それでもやってしまった事実には変わりないので、仕方なく始末書にペンを走らせる。
 そのデスクに、コーヒーが差し出された。私服に着替えた新藤である。
「ホント、一体どうしたんです、あなたらしくもない」
 隣の椅子を引き寄せて腰掛けた新藤に肩をすくめ、高城はボールペンで頭を掻いた。
「まったくだぜ。犯人―ホシ―はいつも、張り込んでる俺の死角を選んで逃走してる。犯人に気取られるようなドジは踏んでないつもりだがなぁ」
「とにかく、もう限界ですよ。今度始末書なら、良くて減俸、悪くて謹慎。心してください。そうそう、保管課なんか一発謹慎。仕方ないとはいえ、気の毒でしたよ」
 ああ…と高城は頷いた。
 新宿署の押収物を保管する部署で、つい一週間前に紛失事件が発生した。
 高性能の小型発信機とその受信機。
新宿署をひっくり返すように探したのだが、結局見つからず仕舞いで、担当職員は即座に謹慎と相成った。
 ふと二人が顔を見合わせた。
それから、まさか…と声を合わせて笑い、次第にその笑いが乾いていく。
「……一週間前の押収物紛失の時、朱煌さん、ここにいらしてましたよね……」
「俺が張り込んでる容疑者だけが、死角をついて逃げおおせる……」
「まるで、あなたがどこにいるかを知っているかのように」
「だが、逮捕状をとった容疑者の話はしていないぞ」
「それは僕も……」
 二人が腕を組んで考え込んでいると、その傍らを高城の相棒部長刑事が通り過ぎた。
それで二人は同時に「あっ」と声を上げる。
――――そうだ。朱煌がろくでもない頭脳の持ち主だというのは、高城と新藤しか知らないのだった。



 高城の相棒部長刑事に聞いた次の容疑者のヤサの前、朱煌はニンマリとほくそえんだ。
 発信機の受信機を確認したが、高城はまだ署に缶詰のようだ。
 よしよし。
また容疑者を逃がしといてやるからな。せいぜい、恥をかくといい。
 歩を進めようとした足が、フワリと地面から離れてギョッとする。
「成子のマンションに行ってると、言わなかったか?」
 その声で自分が誰に抱き上げられたのかを知り、ギクリ。
 そんな馬鹿な。
高城を示す発信機の信号は、確かに新宿署で止まっているのに…!
「あ、あれ?! お兄ちゃん、腕時計は?!」
 自分を抱きかかえる高城の手首に、いつもの腕時計がない。
「腕時計ねぇ…。そんなにアレが気になるか?」
「え、あ、いや、別に……あッ」
 いきなりズボンのお尻のポケットに手を突っ込まれて抜き取られた物を突きつけられて、朱煌は片手で顔を覆った。
「コレは何かな、お嬢さん?」
「…さあね」
「じゃあ教えてやろう。これは発信機の受信装置。どうしてこんなの持ってるのかな?」
「拾った」
「どこで?」
「……そんなこといちいち覚えてやしねぇよ」
「一週間も前のことだしな」
「そうさ、そんな昔のことを覚えて…られ…る…か」
 語るに落ちる。
「ま、話はじっくりたっぷり、そこで聞かせてもらおうか?」
 そう笑顔で高城が指し示したのは、新藤がニコニコと運転席で手を振っている、覆面パトカーだった……。



 後部座席の高城の膝の上、うつ伏せに押さえられた朱煌はズボンごと下着を剥かれて盛大に暴れた。
「やめろよ、やめろ――――!! なんでいっつもいっつも、子供みたいにお尻叩かれなきゃならないんだぁ!!」
 高城は運転席の新藤とヤレヤレと目線を交わす。
「それはお前が五歳の子供だから。加えて言うなら、おいたをしなけりゃこんな目には合わないの」
 立て続けに丸い双丘に平手を振り下ろされて、朱煌は新藤が耳を塞ぐ悲鳴を上げた。
「さて、どうしてこんなおいたをした。また金儲けか」
「~~~~~ッ」
 歯を食いしばって、黙秘を貫く。
その間にも、平手は朱煌のお尻を見る見る赤く染めていった。
「さっさと言わないと、あっと言う間に百になるぞ」
「痛い痛い痛い痛い痛い――――――ッッッ!!!」
 平手のペースがいつもより早いので、本当にすぐ百に到達しそうだ。
「俺の腕時計に保管課からちょろまかした発信機をつけた。それで俺の居場所を確認し、容疑者に逃走ルートを指示。ネタは上がってるぞ」
「ひっ、痛ッ…やっ、も、痛いよぉ~~~~~!!」
「なんでこんな真似した。言わないと、もっと痛くするぞ」
「いやいやいや―――!! 言うッ、言うから叩かないでよぉ」
「駄ぁ目。全部包み隠さずしゃべるまで、今日はこのまま」
 ピシャアァァァァン!!!…と一際きつい平手に朱煌は情けない悲鳴を上げて仰け反った。
「さあ、言いなさい」
「痛いッ。そ、その…ヒィッ…お兄ちゃんに…うあッ…し……痛いぃッ…し、仕返ししてやろうと……痛―――――――いッッッ!!!」
「やっぱりそうか。まったく、お前というヤツは。よし、よくわかった。もうお前の『ごめんなさい』は信用しない。今から百叩きの刑に処す。いつもみたいに『ごめんなさい』で数が減ることはないと思え」
 朱煌は真っ青になって首をねじ向け高城を見上げた。
今から…って、すでに四十近く叩かれたのに~~~~!
「高城さん、それじゃあ痛いですよ………手が」
 にっこりと微笑んだ新藤が差し出したのは、覆面パトカーの使用者名を記入するファイル。
年季の入った厚手の表紙に挟み込まれた記入用紙の厚みが加わる代物である。
「こ…このクソ新藤! 他人事だと思いやがって、余計なことすんじゃねぇ!!」
 じたばたともがいて抗議したが、ハッと口を押さえておそるおそる高城を見上げると…、彼は新藤から受け取ったファイルでぽんぽんと朱煌のお尻を軽く叩き、新藤張りの笑顔を見せた。
「い、い、いやあぁぁ~~~~~~!!」



 こうして朱煌は、黒荻にまたしても「猿」と呼ばれて、憤慨することになったのである。





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