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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

おいた3

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「これ、あんたの仕業ね」
 この高級マンションの家主・周防成子は、帰った途端に低気圧オーラを発しながら、くつろいでいた朱煌の前に仁王立ちした。
 その手にしている週刊誌のことらしいが、朱煌にはなんのことやらさっぱりだ。
「ンだよ、ガンくれてんじゃねぇぞ」
「今度こんなことしたら、出入り禁止するわよ」
「だから何の話だ!」
 いわれのない叱責に甘んじているほど朱煌も寛容ではないので、問題の争点らしい週刊誌を彼女からひったくった。
 パラパラとページをめくると、ふと見慣れた部屋の写真が目に飛び込んできた。
あたりを見回す。
やはり、この部屋の写真ではないか。
「それでいくら儲けたのよ」
「はあ?!  なんであたしが儲かるんだ」
「まあ、しらばっくれちゃって。人のプライベート写真を売りつけるなんて、悪趣味の極みだわ」
「なんだぁ?! てめぇ、これをあたしが売った写真だってのか!」
 やっと成子の憤慨の意味を把握するも、今度は自分がその憤りを引き継ぐこととなる。
「大体、てめぇの部屋だの出掛けの写真だのが、なんで金になる。この自意識過剰女」
「失礼ねッ。金になって当然じゃない、私は天下の周防成子。人気ナンバー1女優なのよ」
 胸を張る成子を見上げて、そういえばそうだったと思った。
こんな身近に儲け話が転がっていたとは、朱煌痛恨のミス。
……ではなくて。
「あたしじゃねえ!」
「あんたしかいないでしょ。合鍵持ってて出入り自由なのは、残すところ善しかいないの」
 そりゃ高城ではありえないだろうが、だからといって、濡れ衣もいいところだ。
 しばし睨み合っていた二人は、やがてそっぽを向き合った。
「素直に謝れば許してやったのに」
「やってねえのに、頭なんか下げられるかッ」
「いいわ、善にいいつけてあげる。うんとお尻ペンペンされればよくってよ」
 言葉を失う。
確かにこの状況で一番怪しいのは朱煌なのは、自分でもわかる。
そもそも日頃の行いがものをいうこと間違いなしだ。
 しかし! 自分の悪事で叱られるのだって嫌なのに、やってもいないことで糾弾された挙句に、お尻を叩かれるなんて、朱煌の矜持が許さない。
 朱煌はつい脱兎のごとく成子のマンションを駆け出した。
 無論、真犯人を突き止めるためである。



 いきなり手詰まり。
 勇んで週刊誌の編集部に乗り込み、写真を売った犯人を聞き出そうと思ったのに、ただでさえ五歳の上に、平均身長グラフをはるかに下回るチビは、あっさり門前払いをくってしまったのだ。
 編集部の入っているビルを見上げ、朱煌はクルリと踵を返した。
 やってきたのは荒神組の支部。
 ズカズカと入ってきた朱煌に目を丸くしたチンピラに目配せすると、彼は急いで奥に走っていった。
 チンピラの後について出てきたのは、金バッチが光る強面の幹部だった。
「何事だ、キラ」
「ちょっと七つ道具貸してくれ。この前、ショバ荒らしたこそ泥シメて、商売道具取り上げたって言ってたろ」
「ああ、あれか。おい」
 金バッチは傍らの若いモノに顎をしゃくった。
すぐに朱煌の目の前に、七つ道具が収められた腰袋が差し出される。
「なんだ。情報屋から空き巣に鞍替えか?」
「ちょいとプライベートのゴタゴタでね」
「五歳児のプライベートねえ。子供のおもちゃにゃ味気ねぇが、そんなもんならくれてやるぞ」
「そういうと思ってた」
「こいつめッ。……そういや、雨龍と切れたらしいな」
「プライベートのゴタゴタだ」
 憮然として朱煌は繰り返した。
まさか組事務所で高城におしおきされて、恥ずかしくて顔が出せなくなったとは言えない。
「まあ、いいさ。こちらとしては願ったり、だ。この際、荒神の専属につかねぇか」
「これはありがたくいただくけど…」
 七つ道具を腰に巻きつけて(サイズがサイズだけに二重巻きだが)、朱煌はにやりと金バッチを見上げた。
「こそ泥の七つ道具で将来決められるほど、安価な人生送ってないもんでね」
 肩をすくめた金バッチを尻目に、朱煌は目的を果たすべく、一路編集部へと走った。



 編集部のビルの屋上に忍び込んだ朱煌は、ロープの端を給水タンクのバルブに固定して、もう一方を自分に巻き付けると、柵を乗り越えて壁伝いに編集部のある五階の窓に滑り降りた。
 腰の七つ道具からガラス切りを抜き、キリキリと窓を切った。
そしてガムテープを貼り、振り子の原理で体当たりする。
  飛散を防いだお陰でほぼ無音の室内浸入を果たし、防犯カメラと隣室の編集部オフィスを気にとめつつ、ファイルの詰まった棚を漁る。
「あった、こいつだ」 
 あの今週号使用の写真を、編集部外から買い付けた契約書。
懐中電灯で内容を確認した朱煌は、ドアにそっと耳を寄せ、人の気配を伺った。
まだ居残っている編集者が数名。
 どうもビル内を抜け出すのは無理のようだ。
 朱煌は再び窓辺に垂れ下がるロープを伝って屋上に戻ると、非常階段を駆け下りた。



  成子のマンションの室内を撮影し、週刊誌に売りつけたフリーカメラマンが逮捕された。
家宅不法侵入の容疑である。
 ただし。
その功績は朱煌でなく、ひとえに新宿警察署に帰するところ。
 成子に相談された高城が、捜査員を動かした結果であった。
 なにやらあっけないほどの顛末に、あの努力の虚しさを噛み締めながら、それでも成子の鼻をあかしてやりたい気分は萎えることなく、意気揚々と成子のマンションを赴いた朱煌は、思いがけない彼女の抱擁を受けてしまった。
「良かった! もう来てくれないかと思ったわ」
 強く抱きしめられて、毒を吐く間もないではないか。
「ごめん。ごめんね、朱煌。何の証拠があるわけでもないのに、頭からあんたを犯人と決め付けて。本当に、ごめんなさい……」
 女優とはいえ、これが演技なら彼女は真の天才だ。
 朱煌は山ほどあった言いたいことを口から吐き出すこともできず、ポリポリと首筋をかいた。
「 うん…まあ…わかれば、いい……」
「ありがとう」
 絶世の微笑。
「ちゃんと考えれば、あの時点であなたじゃないのはわかったはずなのに……・あなたがやったのなら、シラを切るなんてしないで、それのどこが悪いと悪びれず言うはずだものね」
「………それは、どう解釈するべき言葉だ」
「褒めてるのよ」
 鈴を転がすように笑う成子に、朱煌はやはり笑うしかなかった。
「朱煌」
 リビングから顔をのぞかせた高城が微笑んで、ひらひらと手招きしている。
 これは……朱煌が望むべき初のハッピーエンド…というものでは?!
「お兄ちゃん……!」
喜びのあまり高城に駆け寄った朱煌は、寸での所で高城の笑みがいささか引きつっているのに気づいた。
が、時すでに遅く、ガシリと掴まれた腕を引っ張られ、膝にうつ伏せといういい思い出などひとつもない体勢を余儀なくされてしまった。
「朱煌。なんとも手の込んだ潔白の証明を計ったもんだなぁ」
「な、なんのこと?」
「今朝、例の週刊誌の編集部から、空き巣が入ったという通報があってな。実害なしとして告訴は取り下げられたが……防犯カメラに小さな影がチラチラしてたよ」
「あれ、ウソ?! 」
 にっこりと微笑んだ高城に、朱煌はハメられたと直感したが、苦情申し立てをする間もなく、下着ごとズボンを剥かれてしまった。 
――――――バシィィィンッッッ!!
「痛あぁ~~~~い!」
「こンの大馬鹿モンが! 無実の証明に罪を犯しちゃ、本末転倒もいいところだろうが!」
「あーーーんッ、だって、だって、あのままじゃお兄ちゃんにおしおきされると思って……痛――――ッ!」
 容赦ない平手打ちに、朱煌は悲鳴をあげて背中を仰け反らせた。
「それが馬鹿だって言うんだ。潔白なら胸を張って俺の采配待ってりゃ、おしおきなんてされるわけないだろッ」
「だって、お兄ちゃんが信じてくれるとは限んないじゃ………」
 ピタリと止まった手に、朱煌はぎくりと口を押さえた。
「……ほほう。つまり、お前は俺が判断を誤ると、頭から決めてかかっていた訳か……」
「い、いや……、そう、いう、訳、では……痛あああいッ!」
 なんとも情けない声を上げた朱煌が潤んだ瞳を高城に向けると、振り上げられた彼の手をそっと握る成子の姿があった。
「善。私が悪かったのよ。頭ごなしにわめき散らして、この子を挑発してしまったんだもの。今日は私の顔を立てると思って、それ以上は………ね?」
 なんとも思いがけない援軍に、朱煌はさすがにキョトンとしたが、高城にジロリとねめつけられて、亀の子よろしく首をすくめた。
「……ごめんなさい……、もう、しません……」
「……よろしい……」
 苦っぽくだが微笑んだ高城の腕にかき抱かれて、朱煌は堪えきれなくなった大粒の涙をこぼした。
 周防成子。
いけ好かない女だが、その内、借りは返すとしよう……。



 朱煌が成子に小さなピアスをプレゼントしたのは、後日のこと。
先日助けてくれた礼だというと、成子は柔らかな微笑をもって受け取ってくれた。
「安物は安物だけど、そんなお金あったの?」
「一言多いぜ。……気にするな。それを受け取る権利が、あんたにゃ十分あるからさ」
 にやりとした朱煌に肩をすくめつつ、成子はその場でピアスをつけた。


 巷に女優・周防成子のプライベート生写真が大量に出回っていると本人の耳に届いたのは、さらに数日後であった。


「朱煌ーーーー!! これはあんたの仕業ね?!」

 



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