FC2ブログ

オルガ

第二話 躾の成果

 ←第一話 首輪の少女 →第三話 無垢な反抗

――――まあ、期待はしていなかったが・・・。

 フォスターは眉間に寄った皺をほぐすように指先で撫でると、椅子に膝立ちするオルガに、精一杯静かな笑みをたたえた。

「オルガ、そんな風に食べてはいけないよ。私の真似をしてごらん」

 机の上の皿に突っ伏して、ピチャピチャと口で食べ物をすくっていたオルガは、口の周りをソースでベタベタにした顔を上げた。

「そんなに汚して・・・」

 フォスターがため息まじりにナフキンを手に立ち上がると、オルガはビクリとお尻を押さえる。

「ぶたないから。ほら、お口がベタベタだ」

 口の周りを丁寧に拭ってやりながら、「美味しいか?」と聞いてみる。

 満面の笑みで頷くオルガ。

 思わず胸が絞めつけられるくらい・・・愛くるしい。

 非情愚劣なヴォルフめ。

 よくまあ、こんな可憐な少女を、ペット扱いできたものだ。

「いいかい、オルガ。ナイフはこう。フォークはこう。これはオードブルだから、一番外側の・・・オルガ! それはフィンガーボール!」

 ビクンと跳ね上がるように顔を上げたせいで、舌で舐めようとしていたフィンガーボールの水がこぼれた。

 傍らに控えていた執事のモートンが手早く料理を下げさせ、新しいテーブルクロスに交換すると、食卓は何事もなかったように、また料理が並んだ。

 首をすくめ、上目遣いでフォスターを見上げていたオルガは、おずおずと椅子を下り、お尻を差し出す。

――――違う、そうじゃなくて・・・。

 ぶたれさえすれば許されるとか、そういう風に思って欲しいわけではないのだ。
 というか、こんなことで手を上げると思われているのもショックだ。

 諸悪の根源ヴォルフ卿のところで、鞭で調教されてきたオルガには、許しを乞う、一番手っ取り早い方法なのだろう。

 背中に鞭がヴォルフなら、お尻をぶつのがフォスターだと認識されているようで、甚だ情けない。

「いいから。ちゃんとお座りして。テーブルを向いて」

 ヴォルフのお仕込み通り、「こうしろ」と具体的な指示には従うオルガ。

 抽象的な指示が苦手らしいオルガがテーブルを向くと、フォスターは彼女の背中越しに小さな手を握り、操り人形よろしく、ナイフとフォークを操る。

「そうだ。こうして、料理をフォークにすくって・・・お口、あーんしてごらん?」

 言われるまま、あーんと口を開けたオルガの口に、フォークで料理を口に運んでやると、素直に入ってきた料理に、オルガは感動すら覚えたようだ。

「こうした方が、美味しいだろう?」

 そもそも、人間の舌は犬や猫のように上手くご飯を口に運べないようにできているのだから、舌ですくえば大半が逃げて当然。唾液だけ出て、ご飯の味も薄くなる一方だったろう。

 パクリと。まともに。そのままの味で口に運べたら、それはもちろん・・・。

「――――美味しい」

 こぼれるような、オルガの微笑み。
 ・・・こう、言っては何だが・・・。

フォスター家のコック長の料理は絶品と、自他共に認めるところであれ、正直、食べ慣れている。

 それを、ここまで嬉しそうに「美味しい」と、純粋無垢に表現されると・・・可愛さもさることながら、ヴォルフ家での生活が偲ばれて、不憫ですらあるではないか。

「・・・そうか、美味しいか。たくさんお食べ」

 ナイフ使いもフォーク使いも、口の開け方すら、パカンと大きすぎて、フォスターが見慣れた貴族のお姫様方には、まだまだ程遠いが、いいではないか。

 これほど、美味しそうに、料理を食べる姿が見られるのだから。



 オルガ再教育計画会議・・・というのは大仰にせよ、フォスターの部屋で、執事のモートンと話し合いが続く。

「再教育と申されましても、「どういう風に」という方向性は必要やに思われます。オルガ様が、最終的にどこで生活なさるかということで、施す教育も変わってまいりましょう」

 その通りだ。

 フォスター家の養子として、同じく貴族に嫁がせるなら、社交界に通用する立ち居振る舞い、行儀作法まで躾けなければならない。

 それとも、もともと平民の娘である彼女にそこまでさせずとも、平民の暮しに戻れるように教育していくか。

 そうなると、むしろ社交界でのマナーや振る舞いなど、邪魔にしかなるまい。

 普通に働いて、普通に生活できる職業訓練的教育こそが必要になってくる。

「フォスター家のご息女となさるなら、いくらでも教師はおります。逆に平民にお戻しになるのであれば、当家のメイド頭などに学ばせ、手に職をつける方向もあります」

「そうだな・・・」

 本来、本人の希望に沿いたいところだが、いかんせん、あの調子であるし・・・。

 この数日の生活で、オルガについて、わかったこと。

1、平素は常に裸であった。

2、歩行は常に四つん這いであった。

3、声帯は正常だが、言葉はほとんど知らない。

4、昼間は呼ばれない限り眠っている。

5、夜はヴォルフどころか、ヴォルフ家の客、使用人、すべての褥を引き受けていた模様。(一人では眠れないらしい)

6、言いつけには忠実だが、曖昧な表現、抽象的な言い回しは、理解していないことが多い。

「オルガは?」

 書類に向かっていたフォスターが、ふと顔を上げて、執事のモートンに聞いた。

「はい、先程、広間のソファでお休みでしたが・・・」

「お休みとは、寝ていたということだろう? どうかな、モートン。私はやはり、昼間は起こしておくべきのように思うが」

「そう、ですね・・・。そうすれば、夜中の徘徊は減少するやに思えますが」

 思い出して、汗を拭うモートンの仕草に、ため息。

 フォスター家に連れてきた初日の夜から数日、フォスターの寝所に潜りこんではお仕置きにお尻に言い聞かせ、その後、モートンの寝所に潜り込んではお仕置きにお尻に・・・という日が続いているのだ。

「レディが男性の部屋に入ってはいけない」というのは、オルガにとって、抽象的表現に過ぎないらしく、「今日はダメでも、明日ならいい」あるいは「明日だ」という風に解釈するらしい。

「思うに・・・痛いから「ごめんなさい」では、どうかと思うのだが・・・」

「そうですねぇ。そもそも、オルガ様は、裸慣れしていらっしゃり、お尻を晒されること自体、その・・・」

「恥ずかしいと思っていない」

「はあ・・・」

 困ったようなモートンの返答に、フォスターはゆるゆるとかぶりを振った。

長らく裸で生活してきたオルガには、衣服が体温調節の邪魔でしかないらしく、気付くと、丸裸で丸まって眠っている。

それはもう、所構わず。

廊下、エントランス、広間の部屋の隅。場所を言い出したら、キリがない。

見つける度に注意もするし、回数が重なれば、お尻に言い聞かせるが・・・。

「なぁ、モートン。服を脱ぐな、裸はダメだ、というのは、抽象的表現なのか?」

「はあ・・・、オルガ様の概念に、「衣服」というのがないのでは・・・そうなるやもしれません・・・」

「人間とは、服を来て生活するものだということを理解させねばならんのか」

「と、申しますか・・・まずはご自分が人間であるということを学んでいただくのが先決かと・・・」

「モートン、最終的方向性の話は、まだまだ先でいいようだな」

「そう、なりますね。根気よく言い聞かせていくしかないでしょう。裸でいることが、恥ずかしいとおわかりになるまで」

まずは人間になってもらう。

「・・・そこからか・・・」

 少々頭痛。

「そろそろ、お茶になさいませんか? オルガ様も起こしておかねばなりませんし」

 確かに、そろそろ休憩したい。

「いい天気だし、庭でお茶にしようか。オルガを探してきてくれ」





 庭園に出たフォスターは、どこからか、オルガの声がしているのに気付いた。

「んー! んー!」

 何やら、癇癪を起こしているような声だが。

 声はすれども、姿が・・・・・・。

 屋敷の周囲を囲むように立っている木々の一本から、不自然な落ち葉。

――――まさか・・・。

 その木の下に立って見上げると、オルガの声が近くなる。

 木の下には、濃紺のワンピースと下着が落ちていた。

 イヤに揺れている枝があると思ったら、オルガのこげ茶の編み上げブーツ。

 オルガはそのブーツを脱ぎたくても、上手く脱げずに癇癪を起こしているらしい。

「オルガ!」

 ピタッとブーツの揺れと声が止まった。

「そこにいるのはわかってるぞ。降りてきなさい!」

 枝の陰から、おずおずと顔を出し、ズルズルと幹を伝って降りてきたオルガを、フォスターは例によって小脇に抱えた。

「いやーん!」

「いやんじゃない! 何度も言ってるだろう。ところ構わず裸になっちゃダメ! 悪い子だ!」

 ピシャリ、ピシャリとお尻を叩くたび、編み上げブーツがピコピコ跳ねる。

「あーん! あーん! 痛いー!」

「この前お仕置きした時に、もうしませんと言っただろう。もうしませんって言ったら、しちゃいけないでしょ!」

「あーん! ごめんなさーい!」

 少々きつめの平手を十ばかり与え、小脇に抱えていたオルガを正面に抱きなおす。

「あーあー、擦り傷をこんなに作って・・・」

 裸に編み上げブーツという中途半端な出で立ちで木から降りてきたから、お腹に小さな傷が転々と。

オルガを抱いたまま部屋に戻ったフォスターは、メイド頭に持ってこさせた消毒液で、丁寧にオルガの擦り傷を拭った。

「痛い~」

「当たり前だ。まったく・・・とんだお転婆だな。木に登るなとは言わないが、あんなに暴れてたら危ないだろう」

「コレ、脱げない」

「あんな不安定な場所じゃ、余計脱げないだろ。なんで下でやらなかったんだ」

「ふぉすた」

「私?」

 コクンと頷いたオルガ。

 フォスターと木の上でブーツを脱ぐのと、どういう関係性が・・・。

「あ! お前、私に見つからないように、あそこで脱いでたのか」

 再び、コクンとオルガが頷く。

・ ・・これは、いい傾向なのか?

裸になるのは良くないこと、叱られることだという認識が出てきたからの行動であろうから、服は着ていなければならないと、理解し始めているのだろう。

叱られない為の方向性が間違っているが。

「・・・いいかい、オルガ」

下着をはかせ、ワンピースを着せてやりながら、フォスターはゆっくりと言い聞かせる。

「すぐに裸になっちゃいけない。服を脱いじゃいけない。でもね、いけないことを隠そうとするのは、もっと悪いことなんだよ」

「・・・お尻ぺんされる?」

「そうだね。でも、今日はしちゃいけないよと教えた日だから、お仕置きは無し。だけど、今度同じことをしたら、その時は、うーんといっぱいお尻ぺんするからね」

「オルガ、もう木の上でお洋服脱がない」

 眩暈。

「そうじゃなくて・・・。いけないことってわかってて、隠れてコソコソしたり、隠したりしちゃダメなの、わかった?」

「・・・はい」 

小首を傾げた、例によって、わかっているんだか、わかっていないんだかの返事。

「お洋服、嫌いかい?」

「好き。可愛い」

「じゃあ、どうして脱いじゃうのかな?」

「もぞもぞ」

着慣れていないが、最大の原因か。

「もぞもぞは、その内になくなるからね。頑張って、お洋服を着ていようか。できるかな?」

「前、首輪、もぞもぞなくなった。お洋服も?」

・ ・・首輪と一緒にしないで欲しいが・・・。

「そ、そうだね、お洋服もだね」

 どうにも返答に困ったフォスターだが、とりあえず、オルガの理解最優先で、否定はしないでおいた。





                           








  • 【第一話 首輪の少女】へ
  • 【第三話 無垢な反抗】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第一話 首輪の少女】へ
  • 【第三話 無垢な反抗】へ