ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

おいた2

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歌舞伎町の人ごみに、小さな影ひとつ。
 小さなそれは、ビルの隙間を縫うように人ごみを抜けると、ひとつのビルの裏口をくぐり、リズミカルに階段を駆け登る。
「よう、若頭。なんかいい話ある?」
 小さな影・朱煌はその小さな手で「金」を示す形を作り、ひらひらと振って見せながら、勝手知ったる雨龍組組事務所に入っていった。
 傍若無人な来訪者に、雨龍組若頭は磨いていたゴルフクラブをデスクに置いて、朱煌が腰を下ろしたソファの差し向かいにかけた。
「そっちこそ、何か興味深い話題はないものかね?」
「そうさな。ジュク署で話題沸騰中の拳銃密輸……なんてどうよ」
「それはなかなか愉快だな。聴講料はいかほどで?」
 朱煌は若頭の覗き込むような視線にニヤリとした。
「この世界のお志ってものを、若頭にご教授願いたいね」
 しばし互いの出方を探る沈黙の後、クックと堪えきれずに笑いをもらしたのは若頭だった。彼の合図で、若い組員が金庫から封筒を取り出してきて、テーブルに置く。
「お前のネタはいつも新鮮で美味だからな、こちらも誠意は尽くしたぜ」
「毎度あり。まあ、うちのは産地直送のネタだからね」
 高城と知り合っての意外な稼ぎ口に、朱煌は満足げに封筒の中身を確認した。
「黒牙会が南米ルートで拳銃どっさり空輸したって。多分戦争の準備だね。ここんとこ、黒牙のハゲ狸は勢力拡大目論んでるし。雨龍と荒神組との三つ巴を打破しようって腹積もりだろう…ってのが、ジュク署のデカの見解さ。で、その拳銃の保管場所は……」
 封筒を覗いたまま、朱煌が言葉を切った。
そして、顔をしかめる若頭にニッと口端を吊り上げる。
「こっちはハゲ狸情報だけど、大まけにまけて……天ぷら定食たべたいなぁ」
 目を瞬いた若頭は、一旦額を押さえた手をひらひらと振った。
「今頼んでやるよ」
「やったッ。刺身も単品でつけてね」
 呆れ顔の若頭が組員に注文の電話をさせると、さすが暴力団組事務所。
十分待つか待たないかという早業で、高級料亭の出前持ちがすっ飛んできた。
 ご機嫌で定食を頬張る朱煌を眺めてお茶をすすっていた若頭は、やっぱり食べている姿は子供だなァ…と、妙に感心していた。
「そういや、キラ。お前最近、雰囲気変わったな」
「なんで」
「いや、なんでと言われても困るが、こう…険がとれてきたって感じだな。以前のお前は触れたら怪我しそうな剥き出しの刃って風だったが、今は、そうさな、わかり易く言やぁ……可愛げが出てきた」
 ポトリ…とナスの天ぷらが箸から滑り落ちた。
「…ンだと、こら」
「怒るこたないだろう。誉めてんだぜ。……いい男でもできたか」
「…それは五歳児への質問事項として適当なのか?」
「なんだ、一応自分の年齢、知ってるんだな」
 双方肩をすくめると、朱煌は刺身を頬張り、若頭はタバコをくわえた。
「そういや、最近ジュク署のデカとお前がツルんでるって、若いモンの噂だぜ」
「ま、多少貴重な情報源として好きにさせてやってるが、まとわりつかれて迷惑してるんだよ」
 高城が聞いたら何と言うやら。
とにかく朱煌はご飯をかき込みながら言い放った。
「お前の方が利用されてる……なんてこたぁなかろうな」
「心外な言われようだな」
「なら、ニ・三人若いモン回そうか」
 箸が止まる。
だがそれは、今度はどれを食べようか迷う様子だったので、若頭はニヤリとした。
「……ま、痛い目見れば大人しくなるかな、あのお節介刑事」」
 食後のお茶を一息に飲み干して、朱煌は封筒を手に立ち上がった。
「くれぐれもあたし絡みだと気取らせんなよ。……あたしがジュク署に出入りできなくなると、あんたらだって困るだろ」
 もっともらしい言い分だが、とってつけたような間が若頭の嘲笑をかった。
「お前でも怖いモンがあると見えるな」
「抜かせッ。じゃ、ご馳走さん」
 朱煌は手近なデスクからマジックを取り上げて、入ってきた裏口のドアいっぱいに拳銃の保管場所を書き記した。
「おいこらッ」
 からかわれた仕返しなのは明らかで、ポイとマジックを投げて出て行く朱煌の背中につい苦笑。
以前はこちらがからかったのを馬鹿馬鹿しくなるくらい、冷めた反応しか返ってこなかったのに。
 やはり、あの小さな情報屋は変わったと思う若頭であった。



 新宿署で高城と落ち合いがてら刑事たちの会話に聞き耳を立てていた朱煌。
しかし、刺すような視線を感じて首を巡らすと、主任席で新藤がにこやかに手を振っていた。
 いつもヘラヘラしたヤツだ……と思いつつ、帰宅準備が整った高城と刑事部屋を後にする。
 街中を歩く時、必ず高城は朱煌の手をしっかり握っていた。
子供扱いに腹が立つも、振り払う気にもならないので、ふたりが手をつないで歩くのは日課のようなものだった。
 けれど、その日は高城がやおら朱煌の手を離した。
見上げると、鋭い刑事眼がギラついて、周囲をうかがっている。
「朱煌、走れ。成子の家で待ってなさい」
 不穏な空気は朱煌も感じ取っていた。
それはやはり、若頭が放った雨龍の衆であった。
 若頭が心底自分を信用しているわけでないと悟る。
わざわざ目の前でシメさせて、朱煌の反応を見ようという心積もりなのだろう。
 ニ、三人と言っていたのにずいぶん気前の良い大放出で、総勢十人のチンピラが高城を取り囲むように集まってきた。
「朱煌、行け」
 彼らと睨み合いながら、もう一度そう促した高城。けれど朱煌は高城の手を掴んだ。
 これから起こることの重大さに、足がすくんで動けなくなってしまったのだ。
「朱煌」
「いやッ」
 朱煌は高城の前に立ちふさがると、チンピラ達にゆるゆるとかぶりを振った。
その様子に顔を見合わせた雨龍の衆は、興ざめしたようにゾロゾロと立ち去っていったのである。
 ホッ…と胸を撫で下ろした朱煌は、ついで「しまったッ」というように首をすくめ、そろそろと高城を振り返った。
 案の定、高城の眉間には、深い縦皺が数本刻まれていた。
「……今のは、雨竜組の連中だな」
「……へえ、そう」
 視界がいきなり高くなった。
高城の肩に担ぎ上げられてのことと気付き、朱煌はギョッと目を丸くした。
「なッ、なにす……離せ―――ッ!」
 無言のまま歩を進める高城の進行方向には、雨龍組の組事務所がある。
そうと知って、朱煌は一層手足をばたつかせて抵抗したが、とうとう高城は雨龍組に乗り込んでしまった。
 いきり立つ若い衆に睨みをきかせ、黙らせる。
やはり彼は刑事なのだ。
「よう、お客人。何か用かね」
 悠々と姿を現したのは、ことの成り行きを先程の者たちから報告された若頭であった。
「雨龍の。どうもうちのが世話になってるようだな」
 低音の凄みは、刑事のそれ。朱煌は初めて聞く仕事の声に、ゴクリと息を飲みこんだ。
「なぁに。そんなおチビがフラフラしてたら、保護したくもなるさ」
「ほう。道徳的な見解だ。だが、これは俺の管轄でね。今日までの監督不行き届きは詫びるが、今後一切、手を引いてもらいたい」
 すっかり小さくなっている朱煌をチラリと見やり、若頭は必死に笑いを堪えている様子で、拳を口に当てた。
「よかろう。こちらの出る幕無しのようだ。もう出入りはさせねぇよ」
「礼を言う。頼みごとついでに、そのソファ、借りられるか」
 さすがに意味を計りかねた若頭が無言でソファを指し示すと、高城はドカリとそれに腰を下ろし、肩から下ろした朱煌を膝にうつ伏せにねじ伏せた。
「あッ、あッ、やだ――――ッ」
 若頭が目を見張るのもお構いなしに、高城は暴れる朱煌のズボンをパンツごとひん剥くと、ピシャンッとしたたか平手を振り下ろした。
「痛――――いッッ!」
「当たり前だッ。今日のおしおきはうんと痛くするからな、覚悟しろ」
「やだやだやだ―――ッ、もうしない、もうしないから、許してよぉ―――ッ、痛いぃ!」
「思い直したのはわかったから、恩赦で百叩きにまけてやるさ」
「ひ、ふ、あぅッ……いつもと変わんないじゃないかぁ―――!」
「本来なら平手じゃすまねぇってこった!」
 パアンッ!……と一際小気味良い音がして、朱煌はそれは情けない悲鳴を上げた。
 それから、きっちり百を数えられ、朱煌のお尻は見事に赤く腫れ上がっていた。
 以来、朱煌は二度と雨龍組には近付かなかった。
あんな情けない姿を見られては、以前のように決められないからで、付け加えるなら、雨竜組には……という補足がいるのである。




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