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ラ・ヴィアン・ローズ&朱雀の章 番外編

おいた1

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 朱煌は高城から鍵を渡されている。
 母の情夫が家にいて居心地悪い時には、その鍵の家にいなさいということだ。
 朱煌としては、その家だってあまり居心地良くはないので、街でフラフラと時間潰ししていた方がマシなのだが、それをやると、高城がうるさい。
 どこにいただの、何をやってただの、子供がひとりで繁華街をうろつくなだの、小言マシンガンよろしくお説教されるのだ。
「保護者ぶりやがって、人を子供扱いすんじゃねぇよ」
と、五歳の朱煌は不満いっぱいである。
 ところでその家というのは高城の恋人・女優の周防成子のマンションなのだが、成子が朱煌を嫌っているのは、その態度から明らかであった。
 人気女優で不在の時も多いが、やはり家主なのでいる時はいる。その上、高城がまだきてないとなったら、両者の攻防たるや凄まじいものになるのだった。
「朱煌、コーヒー」
を、いれてくれた訳でなく、この女優は人を使って当然というように、朱煌に申しつけたのだ。
「自分でいれろ。あたしは客だ」
「招かれざる客の立場をわきまえなさいな。サイホンにあるから、カップに汲むだけでしょう」
「だったらなおさら自分でやれよ」
「見てわからなくて? 私は忙しいのよ」
 忙しい? 冊子を読んでるだけだろうが。
 それでも一応淹れてやったコーヒーを、成子に運んでやる。
「ありがとう。ああ、冷凍庫のアイス、食べてもいいわよ」
 冊子に目を落としたまま成子は言った。
ありがとうと言われてしまうと、やはり毒づけず、それでもアイスなんかで誤魔化されるのは腹立たしいので、そのまま絨毯に座ってテレビをつける。
「ちょっと、ボリューム下げて」
 相変わらず冊子から目を離すことなく、成子が言った。
知らん顔していてやると、さすがに顔を上げた成子が、テーブルの上のリモコンを取り上げて一気にボリュームを下げてしまった。
「聞こえねぇッ」
「うるさいのよ」
「大してでかい音じゃないだろ」
「仕事中なのよ」
「本見てるだけじゃねぇか」
 朱煌はテレビ本体のスイッチを操作した。
先程よりうんと大きな音でCMが流れ出す。
「いい加減になさいよ!」
「やるか、こら。二度とブラウン管の向こうに、不愉快な面見ずに済むようしてやるぜ」
 一触即発。
にらみ合う二人の間に、ケーキの箱とおぼしき物が割り込んだ。
「こらこらこら」
 げんなりした様子の高城が、いつやってきたのか、ため息をついて二人に顔をしかめている。
 高城はテーブルにケーキの箱を置くと、まずソファに座る成子に相対した。
「お前ね、何そうムキになってるんだ。セリフ覚えてる最中だから静かにしてほしいって、ちゃんと説明してやらなきゃ駄目だろう。後、コーヒーくらい自分でいれる。朱煌はメイドじゃないんだぞ」
「……悪かったわよ。ごめんなさい」
 どうやら一通り見ていたらしい。
黙ってうつむいた成子に、朱煌はフンと鼻で笑ってやった。
「さて」
 振りかえった高城に抱き上げられ、成子の差し向かいのソファにかけた彼の膝に腹這いにされてしまった朱煌はギョッとする。
「なにすんのさ! 見てたならわかるだろッ、悪いのはあっちだぜ!」
「成子は音を下げてと言ったろう。お前はどうした?」
 言葉に詰まる。
一度無視して、音を下げられたら、更に上げ返した。
「けど…! なんであっちは注意だけで、あたしはおしおきなのさ!」
「成子は大人。言えばわかるの」
「汚ねぇッ」
 暴れてみたが抵抗空しくズボンの上からピシャリッと平手が振り下ろされた。
「痛い~~~ッ!」
「あのな。前々から言おうと思ってたんだが、約束したはずの言葉遣いがこれっぽっちも改まってないだろうが」
「女の子だろってか。そんなの差別じゃねぇか……痛いッ」
「お前の場合、性別以前の問題だ。そのチンピラみたいなしゃべり方を直せって言ってるの」
「ヒャッ…いっ、うぁ…ッ!」
 その様子に肩をすくめた成子は、さっき朱煌の淹れたコーヒー片手に部屋を出ていった。
「あンッ、痛ッ、はな、せ……ちくしょうッ」
 ふと手が止まってギクリ。
ばたつかせていた手で口を押さえてみたものの、やっぱり高城に睨まれてしまった。
「……どうも何でおしおきされてるのか、わかってないらしいな」
「わ、わかってる! 今のなし!」
「駄目。きつぅいおしおきに変更」
 そう言うと、スルリとパンツごと剥かれてしまい、軽く色づいたお尻が露わになった。
「いや―――ッ、痛いよ、痛い―――!!!」
 濡れ手拭いをはたくような音がリビングに響くごと、剥き出しの朱煌のお尻は真っ赤に染め上げられていく。
「言葉遣い、直すって約束したよな」
「ひッ、痛ッ…し、した」
「返事は、『はい』」
 ピシャンッと一際強く叩かれて、朱煌はビクンと背中を仰け反らせた。
「は、はいッ」
「その約束は?」
「ふッ…えぇ…、守って…ない、痛い~~~」
「これからは?」
「ま、守るッ、約束守るから……あ~~~んッッッ!」       
「じゃあ、約束破って?」
「ひっく…、ふぇ…ごめんなさい…」
「よろしい」
 パンッ!……と仕上げとばかりの強烈な一発に、朱煌は盛大な悲鳴を上げた。
 しゃくりあげる朱煌をそっと抱き上げた高城は、ズボンとパンツを戻してやると、くしゃくしゃと頭を撫でる。
その表情は柔らかくて、毒づきたくてもできない。
というか、毒づいたら元の木阿弥だということを、朱煌はいまいちわかっていない。
「ケーキ買ってきたから、食べような」
「うん……」
「こらこら」
「…はい」
 それはとても小さな声だったが、高城はやっぱりまた頭を撫でてくれた。
 その時、高城のベルトの辺りで、甲高い機械音。朱煌も聞きなれたポケベルの音だった。
「成子、電話借りるぞ。後、そのケーキ出してくれ」
 その声で戻ってきた成子がケーキの箱を持ってキッチンに歩いていく間に、高城は新宿署に電話を入れて、「やれやれ、ケーキはお預けか」と一人ごちた。
「呼び出しだ。ケーキ食べてなさい。成子、朱煌を頼むぞ」
 慌しく飛び出していく高城を、くすんと鼻をすすり上げて見送った朱煌の前に、ケーキと紅茶が置かれた。
「いつまでも泣いてないで、食べなさい」
「泣いてやしねぇよ!」
 今のおしおきから、三分経ったか経たないか……。
「ちくしょう、何だってあたしだけこんな目に…。喧嘩両成敗って言葉知らねぇのか、お節介刑事が」
 ひりひりするお尻を擦りつつ、ケーキに八つ当りする朱煌を眺めて、成子は紅茶を口に運んだ。
「贅沢言ってるわね。あんた、自分だけ叱られる理由がわかんないの」
「は。子供だからってンだろ」
 大仰にため息をついた成子の悟りすました様子に、カチンとくる。
「ンだよ」
「多分ね、私が子供でも、さっきみたいに諭して終わりよ」
「……なんで」
「基本的に冷たいのよ、アイツは。私にだけじゃなくて、今までの彼女にもね。相手がどんなにわがまま言おうがヒス起こそうが、黙って聞き入れるか、やんわりあしらうかだもの」
 いささかむくれ気味の朱煌は、ケーキを一口頬張った。
「それって、優しい…ってんじゃねぇの?」
「冷たいわよ。相手に無関心な証拠ですもの。だから、あんたは嫌い」
「さり気に喧嘩売ってんじゃねぇ」
「だって頭に来るわよ。なによ、あんたのこととなると熱くなっちゃって。私ですら……初めて見たのよ」
 大人の女のジェラシーの発露を理解できる程、朱煌も成熟してはいない。
かといって何を言われているのかわからないと口に出すのも癪なので、とりあえずケーキを制覇することに専念する。
「ムカつくのよね。あんたにだけ本気になる姿。だから……あんたは嫌い」
「二度目。今度言ったらマジで女優引退させるぜ」
 最後の一切れを口に放りこみ、紅茶を一息に飲み干すと、朱煌は立ち上がった。
玄関に向かおうとする姿に、成子は顔をしかめる。
「もう夜よ。どこ行く気」
「呼び出しなら、アイツ戻らないだろ。ちょいとバイトでもしてくるさ」
「あんた、その内ホントに命落とすわよ」
 フンと鼻で笑うと、朱煌はサッサと出ていってしまった。
 追いかけて、連れ戻して……それが正しい行動なのだろうが、成子は長い髪をかきあげただけだった。
 成子は朱煌が嫌いだ。
彼女は認めている。
 女優・周防成子は、この小さなライバルに敗北しているのだ……と。





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