ラ・ヴィアン・ローズ

第31話【激走】

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    ―1991―


「ラ・ヴィアン・ローズ総領姫、朱雀。そろそろ時間だ」
 冷たいまでのアイフェンの声。
 朱煌は固唾を飲んで、ふらりと立ち上がった。
 足が震えて上手く立てない。
 そんな彼女の両脇を、ラ・ヴィアン・ローズの戦士二人が支えた。
 彼らの表情は沈痛だ。
 つい先日まで共に戦い、慕い、敬い、愛してくれた仲間。
 朱煌は深く息をつき、そして、ゆっくりと吐き出した。
 ようやく自らの足で体を支えることに成功した朱煌に、アイフェンはやわらかく微笑んだ。
 刑場になるのは、横須賀基地の滑走路。
 そこに米兵とラ・ヴィアン・ローズ傭兵たちが集められての、公開処刑の形が取られる。
 これは、ラ・ヴィアン・ローズが如何に契約を重んじるかを誇示する為。
 そして、ラ・ヴィアン・ローズ内に契約違反の罪の重さを知らしめる為。
 つまりは、見せしめとしての処刑なのだ。
 朱煌にも、それは十分にわかっていた。
 後ろ手に縛られ、ジープで刑場へと揺られる。
 人だかりが見えてきた。
 ジープが止まり、アイフェンがエスコートするように朱煌を降ろすと、処刑台へと誘った。
 重苦しい空気。
 泣いている者もいる。
 見ていられないとばかりに、顔を背ける者も。
 処刑台に立つと、そんな彼らが一望できた。
「後10分です。父君、母君にご遺言は」
 しばし考えを巡らせた朱煌だったが、自嘲の笑みが漏れた。
 参ったな。陳腐なセリフしか思い浮かばないではないか。
「・・・親不幸の娘を許してくださいと。それから・・・、愛していますと、伝えて」
 こうべを垂れたアイフェンが立ち去ろうとするのを、呼び止める。
「目隠しくらい、してくれないか」
「できません。あなたが替え玉でないことを、証明せねばなりませんから」
「ちぇっ、厳しいなぁ・・・」
 自分を捉える何丁もの銃口を見ずに済めば、少しは恐怖も和らぐだろうに。
 狙撃隊が朱煌の前に並んだ。
 皆、ラ・ヴィアン・ローズの戦士たち。
 朱煌の大好きな仲間たち。
 朱煌の傍らで、アイフェンが腕時計に目を落としていた。
 



 黒荻が基地の外に飛び出した瞬間、一斉にカメラが向けられ、思わず顔の前に手をかざした。
 そんなこともおかまいなしに、リポーターが彼にマイクを突きつける。
「米軍の方ですね! 逮捕されたあの『少年』の銃殺は、まだ執行されていませんか!?」
 聞き覚えのあるその声に、黒荻はアッとリポーターを見た。
 変装してすっかりリポーターに成り済ましてはいるが、この男、虎丸ではないか。
 唖然としていると、虎丸がニヤリとして片目をつむった。
 彼もこの将校が黒荻だと、無論気付いているのだ。
 門の前・・・いや、基地周辺には『処刑反対』の大段幕やらプラカードを掲げる人々で埋め尽くされている。
 首を廻らせると、守衛室の陰に佇むサングラスで顔を隠した高城の姿。
 高城は黒荻にヒラヒラと手を振ると、「やれ」・・・と言わんばかりに顎をしゃくった。
 黒荻はそっと頷くと、慣れない芝居を前に緊張しつつ、一つ咳払いした。
「少年はたった今、刑場に引き立てられました」
 マイクを通す黒荻の声に、人々の悲鳴と怒号。
「お聞きになりましたか、皆さん! 昨日のテロにて罪なくして囚われの身となった市民を、善意の人道で救ってくれた英雄が、今まさに、銃殺という残酷な死を科せられようとしているのです!!」
 虎丸の朗々たる演説は、人々の感情を煽り高ぶらせていく。
 国際派俳優の真骨頂。
「それは何故か!? 少年が傭兵組織に属する傭兵だからです。金銭を取らずに人道を成した彼は、そのことによって非人道的な最期を迎えようとしているのです。こんなことが許されてよいのでしょうか!?」
 虎丸の言葉に呼応し、人々が一斉に基地に向かって罵声を上げた。
「米軍将校の方、これは米国の意思なのですか!?」
「いいえ、誤解なきよう。我が合衆国は彼の処刑に反対しています。しかし、彼の属する組織には、聞き入れられなかったのです」
 黒荻の持ち帰った新たな情報に、高城の目が鋭く光った。
 それを見逃さなかった虎丸が、高城にすかさずマイクを向ける。
「そこの方! どう思われますか!?」
 フン・・・と鼻を鳴らした高城が、わざわざカメラの前に歩み出る。
「世界のリーダーを称する大国が、たかだか傭兵組織の決定も覆せないとはねぇ」
 出た。
 傲慢・不遜の申し子、高城節。
 この中継を見ているであろうセガールの憤りが、目に浮かぶようだ・・・と、黒荻は苦笑した。
「仕事を渡してやってる立場とは思えんね。それとも・・・傭兵の力添えがないと、諸国と渡り合っていけないのかな」
 とどめとばかりの不敵な笑み。
 あーあ・・・と黒荻は片手で顔を覆った。
 愛国心が強く、自尊心も人一倍の米国全土を敵に回す大胆発言。
 見れば米国の報道局も来ているというのに、この男、よくやる。
 その時だ。
 門が開き、デモを解散させようとする米兵が、ドッと躍り出てきた。
「善さん!」
 この機を逃す手はない。
 高城も黒荻の言わんとするところを察して頷いた。
 二人は騒然とする門前を掻い潜り、基地内へと駆け込んだのだった。




「刑場は!?」
「滑走路! 走っては無理です。こっち!」
 黒荻はパン屋のライトバンに高城を促して飛び乗ると、勢いよくエンジンを吹かした。
 カーチェイスさながらに基地内を激走するライトバンに、行き交う米兵たちは目を丸くしている。
「おい! 人を撥ねるなよ!」
「昔とった杵柄! 任せてください!」
 そういえば、昔はこいつもろくでもない男だったなぁ・・・などと思いつつ、高城は肩をすくめた。
「善さん、昨日は失礼なことを言って、すいませんでした」
「気にするな。何の説明もしなかったのは俺だ。まだ案がまとまってなかったモンでな」
「やっぱり、あなたの発案でしたか」
「お前はラ・ヴィアン・ローズへ交渉するだろうと思ったからな。同じ方向から攻めても仕方あるまい。ひとつ、外から揺さぶれないか・・・ってな」
「巷はあのニュースで持ちきりでしたものね」
「朱煌は顔を隠していたし、『少年』と報道されていたから、好都合だったしな」
 虎丸をリポーター役に抜擢し、彼ら夫妻が持つ人脈をフル稼働させた高城の策に、感服。
「でも・・・」
 言いよどむ。
 高城も苦笑した。
 警官の彼がデモを決行したなどと知れたら・・・。
「ま・・・、覚悟の上さ。言い逃れするつもりはない」
「でも!・・・朱煌の為にあなたが刑事を辞めることになったと知れば、あの子は・・・」
「苦しめばいい」
 弾かれたように高城を見たが、慌てて前方に視線を戻す。
「善さん」
「苦しめばいいのさ。あいつは、ここで命を救われる資格なんかないくらい、たくさんの人間を殺した。そのあいつが生き残るのなら、一つや二つの苦しみを抱え込むのが、当然だろう」
 タイヤの悲鳴。
 高城はそっと目をつむった。
「・・・それでも、生きてて欲しいんだ。俺の、傍で・・・」
 黒荻は、何とも言えない苦々しげな笑みを浮かべた。
 しばしの沈黙。
 口を開いたのは、黒荻だった。
「米国は動くでしょうか」
「動かざるを得んさ。国が人を動かすんじゃない。人が国を動かすんだからな」
 黒荻が頷いた。
 前方に人だかりが見える。
 それこそ、朱煌の処刑場たる目印であった。




 腕時計から顔を上げたアイフェンが、片手を掲げた。
 狙撃隊が銃を構える。
 その手が振り下ろされる時が、朱煌の最期の瞬間である。
 思わず目をつむろうとすると、それを見ていたアイフェンが首を横に振った。
 総領姫らしくあれ。
 マジェスティーからの伝言を思い出す。
 銃口を見据える。
 怖い。
 涙がこぼれそうだ。
 助けてくれと、叫びたい。
 死にたくないと、足掻きたい。
 その全てを飲み込むように、朱煌は奥歯を噛み締めた。
「危ない!」
 誰かが声を上げた。
 タイヤの悲鳴を響かせながら、滑り込むように狙撃隊と朱煌の間に、ライトバンが割り込んで止まった。
 そのライトバンから飛び出した高城と黒荻に、アイフェンはかぶりを振った。
「高城さん、黒荻さん、無駄なことはやめたまえ」
 ため息交じりに静かな諌め。
「無駄かどうかどうかは、もう少し待ってみないとな」
 高城が笑った。
「時間を稼がせてもらいますよ」
 黒荻が肩をすくめる。
 朱煌は呆然と、彼らの後姿を見ていた。
「誰か、あの二人を取り押さえろ」
 アイフェンの命令に、顔を見合わせる米兵。
 ラ・ヴィアン・ローズの傭兵陣も同じく。
 誰一人、踏み出さない。
 誰もが同じ思いを抱えているからだ。
 この中の誰一人として、『紅蓮朱雀』の処刑など、望んでいない。
 アイフェンは再びため息をついて、自らが二人に歩み寄ろうとした、その時。
 一台の軍用バイクが、ライトバン同様に突っ込んできた。
「申し上げます! ラ・ヴィアン・ローズ本陣より、入電!!」




「――――馬鹿モン!!」
 黒荻はセガール長官の怒号に、思わず首をすくめた。
「いいか。黒荻ベーカリーの通行許可を持つお前だけなら、まだ大目にも見よう。だが部外者の日本人を基地内深くに誘導するなど、言語道断だ!」
 知り合って以来、セガールの叱責をかうのはこれで三度目。
 1度目は10歳の頃。
 2度目はちょうど10年前。つまり、養父母の愛を疑って荒れていた時期。
 そして、3度目。
 なんか10年に1度の恒例行事と化してるなぁ・・・と、黒荻はつい考えた。
「こらッ、聞いてるのか!」
「は、はい! 聞いてます。申し訳ありませんでした」
「謝罪して済めば、世の中にルールなんぞいらん」
 日本にあって日本でない米軍基地内で騒動を起こした以上、事は国際問題。
 黒荻が固唾をのむのをチラリと流し見て、セガールはおもむろに口を開いた。
「今後一切、黒荻ベーカリーの出入りを差し止める。もちろん、取引も中止だ」
「そんな・・・! これは父も母も関係ないことでしょう?! 責任なら僕が・・・」
「ほう。なら、こうしようか。お前が私の養子になる。そうすれば、パン屋の出入り差し止めは勘弁してやろう?」
 唇を噛んで震える黒荻を、セガールはニヤニヤとして眺めていたが、やがて声を上げて笑った。
「冗談だよ。そんなことをしたら、私は息子を得る代わりに、親友を二人も失う羽目になる」
「・・・でしょうね。父も母も、決してあなたを許さないでしょう」
「お、言うねえ。彼らの愛を疑って、グレまくってた坊主が」
「言いますよ。僕は彼らに愛されてます」
セガールは肩をすくめると、デスクの差し向かいにいる黒荻の傍らに立った。
「今回のお前たちの行動は、我々の利害と一致し、尚且つ、望むべく結果を生んだ。よって、基地侵入は不問に処すと、大統領閣下からのお言葉だ」
 ニヤリとするセガールを見て、一気に力が抜けた。
「ただし、二度とこんな無茶はするんじゃないぞ」
「はい。それはもちろん・・・」
 平素、こんなことを平然とやってのけられる朱煌の神経の図太さに、黒荻は改めて感心し、あきれ果てていたところだ。
「しかし・・・、良かったのか。総領姫帰還の同行を断って。全ては彼女の為にやったことだろう?」
 黒荻は苦っぽく微笑んで見せただけだった。
 高城は朱煌と共にラ・ヴィアン・ローズ本陣に行く。
 アイフェンから、黒荻も・・・という誘いはもらったが・・・・・・。
 あの瞬間、わかってしまったからだ。
 本陣から『処刑中止。処分保留』の報せ。そして、アイフェンが朱煌を縛から解き放った、あの瞬間。
 朱煌は迷うことなく、「あなた」と叫んだ。
 高城の胸に飛び込んだ。
 そんな姿を見せられて、ノコノコ本陣へ同行する気など、さすがに起こらなかった。  
 今は、朱煌が逝かずに済んだことだけで、満足しようと思う。
 もちろん、今は・・・で、あるが。




「まったく・・・。ラ・ヴィアン・ローズはすっかり悪者にされてしまったぞ」
 日本から配信されたテレビ中継の録画映像を、コーヒー片手に眺めていたマジェスティーは、傍らのクロスに眉をひそめて見せた。
 モニターでは、自分と同じ顔が、それはそれは慇懃無礼にコメントをのたまっている。
 これが愛する娘の心を占める男かと思うと、無性に頭にくるのだ。
「見事にしてやられましたな。この男、遠まわしにこちらが折れざるを得ない方法を、米国に伝えている。確かに我々傭兵は雇い主がなきゃ、その存在価値がないわけですし」
 この中継に自尊心をズタズタにされた米大統領は、各国に即座に号令をかけた。
 ――――ラ・ヴィアン・ローズが総領姫朱雀の減刑要求をのまない場合は、今後一切彼らとの契約を行うべからず。
 最初に減刑を要求してきた全ての国がそれに同意しては、ラ・ヴィアン・ローズ程の巨大な組織は維持できなくなる。
 そうなれば本陣で抱えている傭兵、科学者、技術者、その他の人々やその家族たちの生活が守れない。
 つまり、ラ・ヴィアン・ローズは要求をのむほかなくなったのだ。
「・・・しかし、これからもこの手で無理難題を振ってこられはしますまいか」
「それはないだろうな。これほどに各国が足並みそろうことなど、この先はありえんさ」
 将軍然と見解を述べるマジェスティーに、クロスは子供に向けるようなやわらかな笑みを湛えた。 
「ま、よかったじゃねえか、ジェス」 
 久しく昔のように語りかけられて、照れ臭そうにマジェスティーは咳払いした。
「姫はもう横須賀を出たのか」
「はい、閣下。明後日には本陣到着のご予定です」
 今度はやけに恭しく報告してみせるクロス。
 からかわれているのがわかって少々ムクれたが、心は軽い。
 朱煌が帰ってくる。
 もう二度と会えないと覚悟した可愛い娘が、愛する少女が帰ってくる。
 ただし・・・・・・、付録つきなのが面白くないマジェスティーであった。



 
 引き上げていくデモ集会の人々。
 それを眺めて佇んでいた虎丸は、背後からぎゅっと抱きしめられて、静かに微笑んだ。
「いかがでしたか? 俳優・虎丸の一世一代の大芝居は」
「70点」
 背中に聞こえた辛口の評価に、肩をすくめる。
「大女優さまは手厳しい」
「だって、おいしいところを善に持っていかれるんだもの」
「しゃあないさ。今回の主役はあいつだしな」
「じゃあ、100点」
「うん?」
「名脇役に、100点満点」
 背中が少しずつ濡れていくのがわかった。
「ねえねえ、成ちゃん。メイク、崩れまくり?」
「・・・ん。まあね」
「見たいんだけどなぁ。成ちゃんの顔」
「いやよ。ボロボロなんだもの」
 虎丸は胸に組まれている成子の手を、あやすように軽く叩いた。
「・・・よかったね」
「・・・ん」
「嬉しいね」
「・・・ん」
「成ちゃん」
「・・・ん」
「愛してるよ」
「・・・ん」
 虎丸は彼女の手を解き、振り返ってマスカラが滲んで目の下が真っ黒な成子の顔を覗きこんだ。
「好き」
「ばか、見ないでよ」
「だって可愛いんだもん」
「ばか」
 キス。 
 まだ周辺で警戒態勢をとる米軍兵士たちから、口笛や歓声が上がった。




「そうですか。・・・はい。はい。・・・成功、おめでとうございます」
 携帯電話を切った新藤は、子供のように目を輝かせている唄子に目をやり、思わず苦笑した。
 これは報告するまでもなさそうだ。
「しばらく、静観いたしましょう。彼に任せて・・・」
 途端に、ムクれた唄子。
 こういう仕草は、やはり朱煌に似ている。
 いや、朱煌が似ているのか。    
 血は争えんな・・・と思いつつ、唄子の背後にかかっている肖像画を眺めやる。
 朱雀院 旭。朱煌の祖父。
 この血を受け継いだが為に続いた、朱煌の激動の人生。
「・・・ふむ。逃した魚は、大きかったかな?」
 打算の呟き。 
 そして苦笑。
 次いで・・・口元にしたたかな笑み。
「いや、まだまだ逆転のチャンスはいくらでもあるか・・・」
 
 



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