ラ・ヴィアン・ローズ

第30話【代償】

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       -1991-

 その夜、成子邸に会した面々は、沈痛な面持ちで、今朝のテロのニュースを見つめていた。
 今日一日、幾度となく繰り返された映像。
 そして、最後には必ず、今回最大の功労者たる朱煌が、逮捕・連行される様が映し出される。
 成子は苛立たしげに立ち上がると、手近なクッションを床に叩きつけた。
「どうしてなの!? あの子はいつも通り戦って、そして作戦を成功させたのよ! それが、何故逮捕なの!?」
 高城にだってわかりはしない。
「成子、落ち着け」
「落ち着けですって!? アンタこそ、何を悠長に構えているのよ!」
「そう、見えるか・・・?」
 口を開きかけて、成子は結局一言も発せず、髪をかき上げただけだった。
 チャイムが鳴る。
 虎丸がインターフォンを取り上げて、一言二言交わし、オートロックを開いた。
 玄関から足音。
 勝手知ったる様子で、リビングに姿を見せたのは、黒荻。
 顔色がよくない。
 それが最悪の展開を予想させ、一同は息をのんだ。
「ラ・ヴィアン・ローズ本陣から、戻りました・・・」
 そんな黒荻に、成子が詰め寄る。
「聞いてるんでしょう、全部。どうして朱煌が逮捕されたの!?」
 黒荻はうつむき加減で唇を噛んでいたが、やがて、固唾を飲む彼らを見渡した。
「逮捕理由は規則違反。朱煌は、契約なき戦いという、ラ・ヴィアン・ローズ最大の禁忌を犯したのです」
「契約なき戦い・・・?」
「はい。契約によって雇われ戦う傭兵が、それを無くして戦えば、その利害に関わらず、正式に依頼を通すクライアントに対する裏切り行為とみなされる・・・と。その傭兵組織であるラ・ヴィアン・ローズの戦士には、決してあってはならないことなのです」
「そんなこと・・・朱煌は今までだって散々・・・」
 成子は信じられないという風にかぶりを振った。
「チンピラ相手の喧嘩くらい、血の気の多い戦士たちには日常茶飯事。けれど、今度は違います。相手はテロリスト」
「それなら、ここでの暴漢騒ぎの時だって・・・!」
「米軍が独自に動いていた作戦に、依頼なく参加し、無償で米国に戦力という商品を提供したんですよ!!」
 責めるような成子の論調に、黒荻は自制を失って声を荒げた。
 閉口する成子に代わり、手のひらで顔を拭った高城が、誰しも聞きたくても聞けなかった言葉を口にした。
「朱煌は・・・・・・どうなるんだ」
 重苦しい空気に、黒荻は襟を緩めた。
「契約なき戦いの規則違反における処罰は、ラ・ヴィアン・ローズ追放だそうです・・・」
 しばし安堵の時が流れたが、それも刹那。
「けれど・・・朱煌には総領姫としての立場があります。ラ・ヴィアン・ローズ上層部は全員一致にて、朱煌の銃殺処分を決定しました」
 凍りつく空気。
「明朝8時。横須賀米軍基地内にて、処刑が執行されるそうです・・・・・・」
 悲鳴にも似た嗚咽がリビングに響いた。成子だ。
 虎丸は、ただ黙って、泣き伏す成子の背を擦っている。
 そんな中、黒荻の目に、まだ希望を捨てていない光が生きているのに、高城は気付いた。
「刃・・・、何かやる気か」
「何もしないよりはいいかな・・・と。一緒に来てくれますね」
 しばし考え込んでいた高城は、ふとテレビに目を止めて、やがてゆっくりと首を横に振った。
「あんた・・・! まだ静観を決め込むつもりかよ!」
 さすがに激情を露にした黒荻は、掴みかからんばかりに高城を睨んだ。
 だが、高城は黙ったままだ。
「――――勝手にしやがれ!!」
 憤然と成子邸を後にした黒荻を、苦笑めいて見送った高城は、泣き濡れる成子を振り返った。
「泣いている暇はないぞ、成子。お前たち夫婦に、頼みがある」




 アイフェンが訪れた時、朱煌は狭く薄暗い重営倉の壁にもたれて、ぼんやりと天井を眺めていた。
「立ちたまえ、紅蓮朱雀。これより、ラ・ヴィアン・ローズ上層部決定による、処分を言い渡す」
 朱煌は腰を上げると、鉄格子越しにアイフェンに敬礼を向ける。
「ラ・ヴィアン・ローズ総領姫、紅蓮朱雀。その立場にあるまじき重大なる規則違反により、銃殺刑を申し渡す」
 ピクリ・・・と、朱煌の目が震えた。
「処刑執行は明朝8時。ラ・ヴィアン・ローズ総領姫として、恥ずかしくない堂々たる態度で刑に臨むようにとの、将軍閣下よりのご伝言です」
「将軍の伝言・・・だよね。パパ・ジェスティーからは?」
 ゆるやかにアイフェンのかぶりが振られ、それが父からの伝言がないことを示していると悟った朱煌の目に、涙があふれた。
「姫、どうかお察しください。言葉を紡げぬ程の、お父上のお嘆きの深さを・・・。本来、処刑に立ち合うはずのお立場たる将軍が、本陣を座して動かぬお気持ちを・・・」
 とめどなくこぼれる涙を拭いもせずに、朱煌は子供のように首を振った。
「アイフェン・・・、怖いよ、アイフェン・・・」
 吐露された本音に、アイフェンは悲しげに微笑んで、鉄格子を掴む朱煌の手をそっと触れた。
「お助けすることは、できないのです」
 ビクリと身をすくめた朱煌を見つめていたアイフェンは、静かに目をつむった。
 彼の胸中に去来する思い。
 アイフェンは、どこかホッとしていたのだ。
 これでいいのかもしれないと。
 魔の烙印の元、生きながら業火に巻かれる朱煌を見ずに済むのなら。
 そんな宿命を負わせるくらいなら、朱煌が愛した仲間たちの手で、瞬く間の死を迎えさせてやりたいとさえ、思っていた。
 そう。
 変えてみせると誓った運命は、軋みを上げて迫り来る。
 よもや、自分がその運命の歯車のひとつであったなど、知りたくはなかった。
 業火の宿命が変えられぬなら、いっそ、自ら、この愛しい人の命を・・・と、幾度となく考えていたのだから。
 生き急ぐ朱煌。
 アイフェンの、かけがえのない愛すべき人。
 無論、生きて欲しい。
 どんな形であれ、生き抜いて欲しい。
 けれど、それが叶わぬ願いであるならば、せめて、安らかなる眠りを。
 宿命を断ち切る術がそれしかないのなら、喜んで朱煌の返り血に塗れよう。
 それで、自分がこの世に存在するはずのないものとなろうとも、甘受する。
 この人と、同時に消え去れるのであれば・・・、それで、いい。
「アイフェン・・・?」
 心細げな朱煌に、いつも通り微笑みかける。
 そして、鉄格子の鍵を開けて戸をくぐり、朱煌の体を包み込む。
「今日は、私もここで夜を明かしましょう。だから、お眠りなさい。心静かに・・・」
 床に座ったアイフェンの腕の中で、震えていた朱煌は、やがて、静かな息遣いになり、それが寝息に移ったのを見計らい、営倉の片隅にあった毛布をかけてやる。
 袖がぎゅっと握られた。
 起きてしまったか?
 いや、寝ている。
 行かないでと、寝ていても訴えている、幼子そのまま。
 苦笑。
「・・・・・さん」
 髪を撫で、低く呟く。
「かあ・・さん・・・。無力な僕を、許してください。お母さん・・・!」
 抱きしめたい。
 いや、掻き抱かれたい。
 昔のように。
 こんな宿命を知らずにいた幼い頃のように。
 けれど、今この安らかな眠りを邪魔することは、きっと罪なのだ・・・。




「クロオギ・ベーカリーです。配達に参りました」
 慣れた様子で店の車から顔を覗かせた黒荻は、守衛に帽子を取って見せた。
「おう、セガレじゃないか。今日は手伝いか? 久しぶりだな」
 守衛も彼の久々の来訪に顔をほころばせる。
「ええ、今日は親父たちの都合がつかなくて、急遽」
「そうか。しかし、今日はまたえらく早いな」
 黒荻はニコリと笑って、紙袋を守衛に手渡した。
「どうぞ、おまけですよ」
 焼きたてのパンに気分を良くした守衛が、快く門を通してくれる。
「・・・第一関門突破」
 黒荻はいつもの場所に車を停めて、人目をかいくぐり、兵舎に忍び込むと、手ごろな軍服を拝借。
「あー、もう。これじゃ、朱煌と変わらないじゃないか。お袋たちも今頃気付いてるだろうし・・・」
 ブツブツ言いながら米軍尉官に成りすまし、基地内へと歩を進めた。
 ラ・ヴィアン・ローズ本陣で得た情報では、処刑の立会いに、米国国防総省長官が横須賀基地へとやってくるという。
 もう、そこにしか道はない。
 ラ・ヴィアン・ローズを説き伏せられないなら、米国側から銃殺の撤回を打診してもらうしか・・・。
 しかし、なんのアポもなく会える人ではない上に、いかんせん時間がない。
 それで、こんな朱煌ばりの潜入をするハメになってしまったというわけだ。
 もちろん、パン屋の配達なんて大嘘。
 その時間を待っていたら、処刑時刻になってしまう。
 だから、養母たちが配達に使うワゴン車を、黙って借りてきた。
 車庫に『ちょっと借りる』とメモを残してきたから、泥棒と勘違いして大騒ぎになることはないだろうが(こういうアフターケア精神が、朱煌と差のつくところである)、今頃は怒り狂っているであろうと思うと、肝が冷える。
「朱煌は、いつもこういうヒヤヒヤを感じないのかねぇ。こう心臓に悪いこと、俺なら二度はごめんだぞ」
 こういうろくでもない事を仕出かしては、お尻をぶたれて泣いている朱煌を思い出し、肩をすくめる。
 助けなければ。
 何としてでも。
 どんなに心配かけられたって、困らせられたって、かまわない、愛しい少女。
 生きていれば、叱りもできる。
 生きて。生きていればこそ。
 だから・・・。
 黒荻は、幼い頃の記憶を辿りつつ、士官用フロアに入り込んだ。そして、厳重な立番兵士の姿がある、ドアを発見。
 間違いない。
 長官はあそこだ。
 呼吸を整え、帽子を目深に被りなおし、黒荻は立番の兵士の前に歩み出た。
「貴様、ここは尉官が立ち入って良い場所ではないぞ」
 怪訝な兵士に、黒荻は姿勢を正して敬礼した。
「長官閣下に、本国より至急の伝達事項です。どうか、入室許可を」
「ならば、将官がお伝えする」
「いえ、極秘事項ですので、直接お伝えするようにと承っております」
「尉官ごときに、そんな重大伝達事項を任せるものか! 貴様ッ、何者か!」
 舌打ち。
 これが朱煌なら、上手く切り抜けるのだろうが・・・いや、やはり、乱闘に持ち込むか。
「騒がしいね。何事か」
 天の助け!!
 セガール長官が、自ら顔を出してくれた。
「おじさん!!」
「セガレ!?」
 ギョッとしたセガール長官は、青い目を瞬いた。




「・・・銃殺、か・・・」
 アイフェンは処刑準備の為に行ってしまった。
 再び一人きりの重営倉の中、ポツリと呟く。
 仕方のないことだとは、思っている。
 この行動の結果としてではなく、『紅蓮朱雀』という人間に、いつか必ず与えられるであろうものであろうから。
 戦争という狂気の舞台で、朱雀は自ら進んで・・・、いや、望んで・・が正しいか。
 この道を自分で選んで返り血に塗れて生きてきた。
 そんな自分が、安穏と余生を過ごすなど、そんな不条理があっていいはずはない。
 これは受けて当然の罰。
 けれど・・・・・怖い。
 死とは、愛しい人たちに会えないことなのだ。
 本当の・・・ひとりぼっち。
 アイフェンは言った。
「ラ・ヴィアン・ローズ総領姫、紅蓮朱雀の名に恥じぬ最期を」
 考える。
 いいんだろうか、それで。
 ラ・ヴィアン・ローズや米国の諸兵にとって、自分が英雄であることは自覚している。
 英雄らしく、堂々と、恐れることなく、死を受け入れる。
 それで、いいのか?
 死を崇高なもののような錯覚を起こす範を示すのが、朱煌の最期?
 今、自分はどう思っている?
 怖い。
 泣き叫びたい。
 助けてくれと、死にたくないと足掻きたい。
 それを覆い隠して銃弾に倒れることが、正しいのか。
 おそらく、それを見た諸兵は感嘆してくれるだろう。賞賛してれるだろう。
「まさに紅蓮朱雀」と。
 死して尚、朱煌は英雄のまま。
 ――――否。
 それではいけない。
 いいはずがない。
 英雄視されている自分が、最期に成すべきことは・・・・・・。




「なるほどね。そういうことか」
 黒荻から一通りの事情を聞いたセガールは、ゆっくりと長官席から体を起こした。
「お前らしからぬ行動と思ったが、切羽詰れば突飛な事もするんだなぁ、セガレよ」
 ニヤニヤと軍服姿を眺められて、気恥ずかしくなった黒荻は、つい制帽で顔を隠した・・・と、そんなことをやっている場合ではない。
「お願いです、セガール閣下。どうか、ラ・ヴィアン・ローズ将軍に、朱煌・・・いえ、朱雀の減刑嘆願を申し込んでください」
「残念だが・・・それは、我々もとっくにやった後なのだよ」
 黒荻の顔から血の気が失せた。
 最後の砦が、こうもアッサリと崩れ落ちるとは。
「国防総省はもとより、我らが大統領閣下も英国女王も政府も。主だった各国首脳陣は、紅蓮朱雀銃殺の通達を受けてすぐ、通常の追放処分で十分との意志を表明した。しかし・・・」
 セガールは苦笑めいてかぶりを振った。
「マジェスティー・C・アースルーラーという男の、契約を絶対視する姿勢こそが、我々の信頼を勝ち得てラ・ヴィアン・ローズを唯一無二の傭兵組織に拡大させたのだ。でなければ、ああまで強大な軍事組織は、各国にとって危険分子でしかないからね」
 確かに、ラ・ヴィアン・ローズ本陣を目の当たりにした時に感じた。
 ラ・ヴィアン・ローズがもしも叛旗を翻したなら、米国ですら立ち打ちできるかどうか。
 こんな危険な存在が、何故諸外国から絶対の信頼を得ているのだろうかと。
「ラ・ヴィアン・ローズの今のあの位置が、世界の軍事情勢の均衡を保っていると言っても、過言ではないんだ。だから、尚更だな。マジェスティー・C・アースルーラーが、姫の処刑を覆そうとしないのは」
「どういう意味です?」
「紅蓮朱雀が追放となれば、彼女を欲しがる国が続出するからさ。無論、我が国も例外ではない。紅蓮朱雀が手に入れば、その名声も手伝って、彼女の属する国は、軍事面で抜きん出ること疑いない」
 そうなれば、微妙なバランスで保たれている軍事バランスは崩壊する。
 ラ・ヴィアン・ローズ将軍は、朱煌の義父は、それを懸念して・・・。
「マジェスティー・C・アースルーラーというのは、そういう男だよ」
 黒荻はフラフラと手近な椅子に寄りかかった。
 なんて事だ。
 各国のトップが揃っての減刑要求にも応じなかったものを、一民間人の自分が、事態を好転させられる訳がないではないか。
 絶望が黒荻に牙を剥く。
 打ちひしがれた黒荻にセガールが慰めの声をかけようとした時である。
 将校が慌てふためき、長官室へ飛び込んできた。
「何事か!」
「申し上げます! 基地周辺に続々と日本人が集結! テレビ中継も始まり、抗議デモが開始されました!」
「デモだと!? 何の抗議だと言うのだ!」
「それが、30分後に控えたラ・ヴィアン・ローズ総領姫の、銃殺撤回を求めておるようです!」
 刹那、黒荻の脳裏に高城の姿が浮かんだ。
 もしかして・・・いや、間違いない!!
「あッ、セガレ!?」 
 突然身を翻した黒荻に驚くセガールの声を振り切って、彼は基地の外へ向って走り出した。





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