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ラ・ヴィアン・ローズ

第28話【天罰】

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     -1991-

 傭兵広場に集まった観衆を掻き分けるようにして、太刀袋を手にした黒荻が歩を進めた。
 彼が中央に出ると、嘲笑が漂い野次が飛ぶ。
 騒然としていた観衆が、水を打ったように静まり返った。
 海が二つに分かつように真っ二つに人だかりが割れ、悠然と広場に姿を現した朱煌。
 彼女が広場中央まで歩み出ると、歓声が巻き起こる。
「我らが姫将軍! 我らが紅蓮朱雀!」
 圧倒的な支持のもと、朱煌がヒラリと『紅蓮』をかざした。
 それを合図のように、再び静まる観衆。
 威風堂々たる朱煌。
 それを誇らしげに見る観衆。
 黒荻はつい苦笑をもらした。
「刃。この私に剣で挑むなど、ずいぶんと笑わせてくれるじゃないか」
 黙ったままの黒荻に、朱煌は鼻を鳴らした。
「あ~あ、そういえば、お前は剣術の師範代様だっけなぁ。ご親切に、私にご指南いただけるわけか」
 観衆がせせら笑う。
 黒荻は沈黙を守った。
 朱煌が舌打ちして顔をしかめる。
「三度目の正直…というヤツか」
 ふと口元に笑みをなぞらえた黒荻。
 そういえばそうだな……と思ったのだ。
 一度目は五歳の朱煌にされるがままの私刑を受けた時。二度目は記憶のない朱煌が、道場で挑みかかってきた時。
 そして……これが三度目。
「…いや。仏の顔も三度まで…さ」
 朱煌の閃かせた憤怒が、観衆の怒気を煽る。
 ブーイングにあふれた広場が再度静まったのは、マジェスティーが姿を見せたからだった。
 周囲は静まれど、憤る朱煌はまるで悪鬼。
 マジェスティーが頷くと、彼と共にやってきたクロスが朱煌に手を差し出した。
「紅蓮をお預かりしますよ、姫さま。あちらに用意した木刀をお持ちなさい」
 舌打ちまじりにクロスに紅蓮を渡そうとした朱煌を、黒荻が遮った。
「かまわん。紅蓮で来い」
 唖然としたのはクロスやマジェスティー、そして観衆だった。
 彼らから哀れみすら感じて、黒荻もさすがに苦笑を禁じえない。
「俺は試合をしにきたんじゃない。勝負をしにきた」
「いい度胸だ。貴様の得物は」
 黒荻は太刀袋の組紐をくわえて解くと、深い蒼-あお-の柄の日本刀が姿を現した。
 スラリと鞘から抜かれた地肌に、朱煌も目を見開く。
「その縞、棟、乱刃の刃文は…紅蓮と同じ……!」
「わかるか。これは紅蓮を生んだ刀匠によって、紅蓮を護るべく鍛えられた兄弟剣」
 切っ先を朱煌に突きつけて、黒荻が鋭い眼光を閃かせた。
「刀銘・・・『蒼牙-そうが-』」
「蒼牙・・・だと?」
 初めて知った兄弟剣の存在に、しばし驚きを隠せなかった朱煌だったが、次第に嘲笑を漂わせた。
「そんな物が、お前の不遜極まる自信の正体か。・・・笑止!」
 鞘から紅蓮を抜いた朱煌。
 クロスにももはや止めることは叶わず、朱煌の先制攻撃で勝負の火蓋は切って落とされた。 
 得意の下段から襲いくる『紅蓮』を、『蒼牙』が受ける。
 火花散る両の刃―やいば―。
「得物のクラスが同じだからとて、その力量の差が埋まるとでも思ったか!」
「勝敗を決するは力量にあらず。お前が紅蓮を得物としてしか捉えられぬ時点で、俺には勝てんのだ」
「どこまで生意気だよ、貴様!」
 息つく暇なく攻めかける紅蓮の唸りを、蒼牙はまるで受け流すように弾いた。
 一見、防戦一方の黒荻。
 しかし、マジェスティーもクロスも目を見張った。
 攻めているのは確かに朱煌だが、徐々に徐々に、後退を余儀なくされているのが見て取れたのだ。
 観衆もいつしか、激しくも鮮やかな剣と剣の闘いに、声もなく吸い込まれていた。
「柔よく剛を制す…か」
 マジェスティーが呟く。
 力技に終始する紅蓮は、柳が風を受けるがごとき柔軟な蒼牙の刀早―かたなばや―に翻弄されている。
 朱煌は自らの体力をいたずらに消耗させる結果を招いているのだ。
 まるで蒼牙から湧き上がる水が、紅蓮の炎を消し去っているように見えてならない。
 朱煌自身もそれに気付いている様子だが、動揺をチラつかせている有様。
「刃、これが狙いか…!」
 マジェスティーが顔をしかめた。
 黒荻がギャラリーを欲したのは、朱煌の勝利を信じて疑わない傭兵たちを背水に敷き、その常勝不敗の将たる自尊心を足枷にする為。
 まさしくそれが、朱煌の判断力から冷静さを欠いた。
 一刻も早い決着を焦り、黒荻の懐深くに切り込んだのだ。
「姫…!」
 立会いとして中立であるはずのクロスが思わず声を上げた。
 ――――勝敗は決する。
 蒼牙の切っ先が、朱煌の喉元を捉えた。
 シンと静まり返った広場。
 もはや微動だにできない朱煌から、黒荻はゆっくりと剣を引いた。
「我流の悲しさだな。呆れるくらい、隙だらけだ。よくもそれで生き残れたものだと、感心するよ」
 鞘を拾い上げ、蒼牙をおさめた黒荻が言った。
 唇を噛んで震える朱煌を見下ろし、少し苛めすぎたかな…と肩をすくめる。
 刹那、朱煌は踵を返し、観衆を掻き分けて走り去った。
 その瞬間、観衆から割れんばかりの歓声が巻き起こる。
 唖然。
 味方…しかも自分たちの敬愛する総領姫を打ち負かした黒荻に、こんな純粋な賞賛の拍手が贈られるとは、夢にも思わなかったのだ。
「そう驚くこともないさ。連中は生粋の戦士だ。強い者には魅了され、褒めたたえずにはいられないんだ」
 そういうクロスも、目を輝かせて黒荻に握手を求めてきた。
「正直、度肝を抜かれたぜ。あんな見事な戦いを初めて見た」
「あの子の過信を逆手に取った分、有利でしたからね。それにこれが実戦か、あるいは他の勝負であれば、おそらく惨敗でした」
「己の力量を知る…か。ますますもって見事だよ」
 マジェスティーも黒荻の前に立った。
「してやられたな。我々が知らず知らずの内に、朱雀の足枷を演じさせられていたとはね。それに…」
 黒荻のはだけたシャツから覗く鍛え上げられた体を、マジェスティーは顎で示す。
「君は軍人同様の訓練を経験しているな。日本に徴兵制度はない。何者かね」
 買い被られては恥ずかしいと、黒荻はヒラヒラと手を振った。
「昔のことですよ。子供の頃、横須賀米軍基地が遊び場で、米兵の皆さんがおもしろがって僕を訓練に混ぜていたんです」
「なるほど。その時に学んだ訓練メニューを、今も?」
「まあ、欠かさないようには…」
「だろうな。でなければ、あんな射抜くような俊敏な動き、民間人にはありえない」
 マジェスティーはニヤリとして黒荻を眺めていたが、「あッ」…と、らしからぬ声を上げたクロスに、ギョッと振り返った。
「そうか! お前、『パン屋ママのセガレ』か!」
 懐かしい呼び方にくすぐったくなった黒荻は、鼻の頭を掻いて頷いた。




 診療所に飛び込んできた途端、大声で泣き喚き始めた朱煌を、ドクター・アイフェンは黙って眺めていた。
「泣いてんだから慰めやがれッ、気の利かねぇ野郎だな!」
 涙でクシャクシャになった顔ですごんでも。
「……慰めて差し上げるのはいいんですが、その前に反省会をいたしましょうか」
 にっこりとしたアイフェンに、朱煌はハッと後退った。
 アイフェンが朱煌に対してにっこりと微笑むのは珍しくないが、このにっこりがいつものにっこりと微妙に違うのを直感したのだ。
 朱煌の脳裏が過去のカレンダーをめくった。
 朱煌絶対擁護派のドクター・アイフェンだが、四年に一度のオリンピックのように、諌めにまわる時がある。
 あの甘いマジェスティーはもちろんだが、レーヌやクロスですら止めに入る、ためにためた分とでもいうような、それはそれはきつぅい……。
 まずい。
 前回から四年経過している。
 これでアイフェンが「姫さま」とも「煌姫」とも呼ばず「朱煌」と言ったら、決定的…。
「朱煌。ここに座れ」
 不敗神話崩壊の屈辱も吹っ飛ぶ、恐怖の時間の始まりだった……。




「うわああぁぁぁぁん!! 痛いいぃぃッッ、痛いぃぃぃッッ!!」
 泣き叫ぶだけで精一杯。
 頭の中が真っ白だった。
 組み上げられた膝で浮き上がる形となった剥き出しのお尻は、もう外気を感じられないくらいに熱を帯び、見なくても腫れ上がっているのがわかる。
「96、97、98、99……」
「ふえっ…あッ、ひいッ……ぅあ! 痛いぃぃぃ……」
「――――100!」
 言葉にならない悲鳴と共に、朱煌の頭が跳ね上がる。
 庇えないように背中に縫い付けられていた手を解かれて、朱煌は泣き泣き熱く火照ったお尻を擦った。
 擦っても、それがまた痛くて、止めどなく涙がこぼれる。
「さあ、復習だ。どうしてお仕置きされたか、言ってごらん」
「ふ…うぇ…、刃のこと…ナメてかかって…何にも、しなかった…から……」
 本当は口もききたくないくらい疲労困憊なのだが、ここで答えないとまたすぐお仕置き続行なのだ。
 その証拠に、膝から下ろされることなく、アイフェンの腕は朱煌の腰を捕らえたまま。
「私は忠告したな」
「は…い」
「黒荻 刃。かつて『パン屋ママのセガレ』と呼ばれた横須賀米軍基地のマスコット的存在。彼の養父母が営むベーカリーが横須賀基地にパンを卸しており、彼はその配達について基地に出入りしており、米兵達にかなり鍛えられていた」
「刃のヤツ、そんなこと一言だって……」
「自分の力を計る情報など、隠しておいて当然だろう。立派に戦略の内だ。お前が聞けば、私はいくらでも教えたがな」
 唇を噛み締めて戦慄く朱煌に、アイフェンはため息をついてかぶりを振った。
「お前と黒荻氏は、その力量において同等だ。だが、決定的な違いがある。わかるか」
 自分を顧みる。
 実戦に重きを置き、日々の訓練にはあまり熱心ではない。
 与えられたメニューをぼやきつつこなす程度。
 あくまでも我流を極めようとする姿勢。
「黒荻氏は全てにおいて基礎を重んじる。彼を鍛えた筆頭たる米軍の現最高司令官が、彼にそう説いたからだ」
「現最高司令官って、セガール・コートニー!? また嫌な野郎の子飼いだな」
 セガール氏は「朱雀と煌の同一人物説」を真っ向から否定し、「朱雀」はお気に入りだが「煌」とは反目という、朱煌の苦手ランキング上位入賞者である。
 ちなみに、1位アイフェン。2位レーヌ。3位クロスに、4位…………高城。
 堂々1位のアイフェンにジロリと見据えられて、朱煌は亀の子のように首をすくめた。
「これが真の戦地であれば、お前はここにいない。わかるな」
「実戦だったら、もっと慎重だった!」
「―――――もう百だな」
「え゛!? ちょッ、待っ………ぎゃーーーーーーッッッッ!!」
 自業自得でお仕置き再開……である。




「大丈夫かい」
 配給されるわずかな水を手渡して、唄子は瞳子の青ざめた顔を眺めた。
「すぐ飲み込むんじゃないよ。口に含んだらしばらくそのまま置くんだ。そうすると、渇きがかなり遠のくからね」
 瞳子の返事はない。けれど、実践しているのはわかった。
「……昔話をしようか」
「……」
「私が息子とお前の結婚を反対した理由だよ」
 瞳子は無意識のように、コクンと頷いた。
「お前の父親はね、私の実の兄なんだよ。お前は私の姪ってことさ」
 さすがに弾かれたように瞳子が顔を上げた。
「当時は公爵だった。それくらいは養母から聞いていただう?」
「はい…。いえ。侯爵とまでは…。爵位のある軍人と」
「そう…。ここまで聞けば、お前と息子が結婚できない理由はわかるね」
 弱々しく頷く瞳子。
「……まあ、これが建前。本音はね、あんたが嫌いだったんだよ」
「え…」
「大切な兄さまを奪った遊郭の女の娘だからね」
 戸惑うような瞳子の目には、少しずつ生きた光が戻っていた。
「兄はお前の母親にたぶらかされた。それだったら、まだ良かったのに。違ったんだよ。二人は心底愛し合ってた。米2表で親に遊郭に売られた田舎娘と、血筋確かな公爵家嫡子の悲恋物語さね。当時12の小娘だった私が、嫉妬に猛り狂う程のね」
「嫉妬……、私は、そのとばっちりという訳?」
「察しがいいね。近親婚だと伝えてやらず、お前が母親と同じに悲恋に苦しむ姿を堪能していたのさ」
「―――――!!」
 瞳子が立ち上がった。
 テロリストたちの銃口が一斉に彼女に向く。
 それに気付いて、瞳子は顔色を失った。が、銃声は轟くことなく、片言の英語で「座れ」と指示が飛ぶに止まった。
 ゆっくり元の位置に腰を下ろした瞳子に、唄子はさも残念そうに首を振る。
「打たれていれば清々したのに」
「あんたの為に死んでなんかやるもんですか!」
 声を低くして吐き捨てた瞳子。
 唄子はクスクスと笑った。
「その調子で頼むよ。死んだ魚みたいな目で隣に居られちゃ、気が滅入るからね」
「な……ッ」
「朱煌…」
「……え?」
「産んでくれて、ありがとうよ」
 食えない老婦人の真意が見えないまま、瞳子はフンと鼻を鳴らした。
「あんたの為に産んだ訳じゃないわ。私が産みたかったから……」
 瞳子はふと言葉を切って、自分のお腹に手を添えた。
 十数年前、大きかったお腹。
 忘れ去っていた思いが弾ける。
 体内に宿った命。
 産み落とされた命。
 共に暮らした命。 
「―――――朱煌……」
 瞳子の頬に、意図せず涙がこぼれていた。




 男性解放時、そっと列を抜けて署内に潜んでいた高城と新藤が動いた。
「慎重にやれよ」
「はいはい。でないとお借りする服にかかっちゃいますもんねぇ」
「その通り」
 ただでさえ体臭の移っていそうな着古した戦闘服を拝借せねばならないのに、この上、小便臭いなどご免だと、高城は深々うなずいた。
 小便器に向かうテロリストの一人が体を上下に軽く振った瞬間、物陰から飛び出した新藤は、口を押さえて首筋に容赦ない手刀を打ち込んだ。
 ズルズルと崩れ落ちたテロリストを個室に引きずりこんで、手早く戦闘服を頂戴する。
 高城はその間にトイレの戸口に潜んだ。
 テロリストが二人一組で動いているのは確認済みなので、相棒がこの戸の向こうにいるはずだ。
 遅い相棒を急かすべく、もう一人が戸を開けた。
 その首根っこを掴み、腹めがけて高城の膝蹴り。
 吐かれたらマズイかな…という思いで、つい勢いが弱まって、一発で昏倒しなかったテロリストが銃を構えようとする。
 その脳天に肘打ち。
 今度こそ、テロリストは床に転がった。
「これは返してもらうぜ。手錠はお巡りさんの。引いては日本国民の血税だからな」
 テロリスト達が腰にぶら下げた手錠は、人質になった警官たちから回収された物だ。
 それが今、刑事の手に戻り、本来の役割を果たすに至る。
 早い話がそれでテロリスト達をトイレの汚水管に拘束したのだ。
「さて」
 テロリストの戦闘服を身につけた二人は、突撃銃を肩に引っ掛け、彼らがしていたのと同じにタートルネックを鼻まで引き上げる。
「うう・・・やな感じ」
「具体的に言うなよ。俺だって我慢してるんだ」
「鼻が曲がる…」
「言うなってば」
 テロリストに成りすました二人は、会話同様に緊張感の欠片もない歩調で、人質のいるフロアまで歩き出した。




 コンピューターのモニターを見つめて顔をしかめていたマジェスティーは、ノックと共に姿を見せた黒荻に、少し困ったような面持ちでまずソファを勧めた。
「せっかく休んでいるとこを、呼び立ててすまないね」
「いえ。朱煌の帰国の件で、お話もありましたし」
 マジェスティーはますます苦笑して、とりあえずサイドボードのサイホンからコーヒーを注いで黒荻の前に置いた。
「実はな、一旦、君に単独で帰国してもらいたいんだ」
 黒荻の眉間にしわが寄ったのに、マジェスティーは大きくかぶりを振った。
「違う。朱煌は約束どおり、日本に行かせる。だが…、この事件が片付いてからだ」
 差し出された新聞を見て、黒荻は「あっ」と短く声を上げた。
 日本警察新宿署がテロリストに占拠されたニュース。しかも人質の中には橘 唄子の名前が大きく踊っている。
「さらに詳しい情報によると、人質の中には羽生瞳子なる人物もいる。しかも解放された筈の男性陣の中に、高城善積の名が見当たらない。おそらく、まだ署内に潜伏でもしているのだろう。――――コーヒーが冷めるぞ」
 ハッと我に返った黒荻は、コーヒーを一口。そして、片手で顔を撫でた。
「……こんな状況の日本に帰れば……」
「そういうことだ。今、日本に行けば、あの子は歯止めが利かなくなる」
「……わかりました。とにかく、私も仕事がありますので一旦単身帰国します。朱煌のことは、しばらくこちらにお預けしましょう」
 マジェスティーがいちいち朱煌に対しては「行く」という言葉を使っているのに、黒荻はお構いなしに「帰る」という言葉を用い、挙句「お預けしましょう」ときた。
 やけに美丈夫の優男のくせに、なかなか食えない男だ……と、マジェスティーは肩をすくめた。




 本陣に緘口令が敷かれる。
 新宿署占拠の報を、朱煌の耳に入れてはならない。
 まあ、当の朱煌はアイフェンにこっ酷くやられたお尻が痛くて、それどころではないのだが。
 下着をつけるのも痛いのではいていない。
かと言ってお尻だけ出しているのも屈辱的な格好なので、結局素っ裸で自室のベッドにうつ伏せで転がっていた。
 ノックが聞こえて「どうぞ」と答える。
 この格好で「どうぞ」と言うのはどうかと思うが。
「煌、話が……うわあ!!」
 マジェスティーは愛娘のあられもない姿に素っ頓狂な声を上げ、慌ててドアに顔を向けた。
「煌ああぁぁぁ! 年頃の娘がそんなはしたない姿でゴロゴロしているんじゃない!」
「ドアに向かって何喚いてんの?」
「いいから早く何か着なさい!」
「だってお尻痛い。見てよ、これ。これが人間の肌の色として正しいと思う?」
「煌!」
 朱煌は渋々ベッドから起き上がると、椅子に引っ掛けてあったバスローブを羽織った。
「はいはい、着ましたよ」
 大仰に胸を撫で下ろしたマジェスティーはようやく振り返り、これでも問題は残ると思いつつ、咳払い。
「え~、……何だったかな」
 娘のヌードがチラついて、本当に用件が吹っ飛んでいる。
「あ。そうそう。刃が今日の昼に帰国の途につく。お前は……来週には日本に出かけられるよう、用意しておきなさい」
 ムクれた勢いで己の状況をすっかり忘れ去り、ソファにドカリとかけた朱煌は、声もなく固まった。
「~~~~~ぃ」
「大丈夫か。アイフェンを怒らせるから……」
「あいつの琴線は判断しにくいんだよ!」
「まあ、確かにな。……隣にいいか」
 コクンと頷いた朱煌の横にそっと腰を下ろす。
「……パパ」
「うん?」
「行きたくない」
「ダメ。勝負に負けたら日本に行く。それが黒荻 刃と交わした約束だ。戦士として取り交わした約束を反古にすることは許さんぞ」
「戦ったのは朱雀だけど、約束したのは煌だもん」
「そんな誤魔化しに煌を使うな」
 うつむき加減の朱煌の目が潤んでいるのに、苦笑。
「パパはあたしがいなくなっても平気なの?」
 微笑んで、首を横に振って見せた。
「出て行けと言っている訳じゃない。とにかく一旦、日本に行くんだ。そしてちゃんと刃と…、高城とも話し合え」
 高城の名に、朱煌がビクリと体を強張らせたのがわかる。
「お前がどうしてもラ・ヴィアン・ローズに残りたいなら、それを彼らにわかってもらう努力をしなさい。いいね……」
 潤んだ瞳にとうとう涙がこぼれた時、マジェスティーはたまらず朱煌をかき抱いていた。
「パパ、お尻痛いよ」
「ムードが消し飛ぶセリフだな」
 苦笑いしつつ、そのまま朱煌の髪を何度も撫でる。
 もう深く屈まなくても、互いの目を合わせられる程に大きくなった朱煌。
 戦場でひとつの毛布に包まって眠った頃、まだ腕の中にすっぽりとおさまったのに。
 あの小さな体が敵兵の返り血に染まるたび、心が痛まなかった訳ではない。
 組織の拡大に伴い、別々の任地に赴くようになってから、出陣の挨拶に立つ朱煌を、何度引き止めたいと思ったことか。
 これが最期の別れかもしれないと、胸は張り裂けんばかりに悲鳴を上げていた。
 朱煌が日本で平和で平穏な生活を送れるなら、この腕を擦り抜けていくことも、救いと思わねばならないだろう……。




 紅蓮を月明かりにかざして、その血曇りに苦笑する。
 これで幾人殺しただろう。
 いや、紅蓮だけではない。
 愛機「ティット」でのドックファイトも、朱煌得意の戦闘。
 この前の湾岸だけでも、何機の敵機を墜としたか。
 将たる朱煌は指令も下す。
 朱煌の指揮で部下が敵を殺せば、それは朱煌がやったのと同じこと。
 敵だけではない。作戦中に死んでいった、多くの仲間たち。
 作戦中、彼らの戦死は朱煌にとって「犠牲」ではなく、「戦況における被害」でしかない。
 戦争は人を狂わせる。
 そうと知っていながら、戦い続けた。
 その戦争を糧に生きてきた。
 そんな自分が今さら平凡な幸福を望むなど、果たして許されてよいのか。
「…天罰が下るな」
 自嘲の念が襲う。
 朱煌は紅蓮を鞘におさめると、カウチに体を預けてテレビをつけた。
「あれ」
 娯楽番組は映るのに、ニュースが砂嵐。
 ふと眉をひそめる。
 日中はお尻が痛くてそれどころじゃなかったが、いつも部屋に届けられる新聞も来ていない。
 朱煌はコンピューターに手を伸ばしてネットを開いたが……。
「これもダメか…」
 これはもう、意図的以外の何ものでもあるまい。
 隠された何か。
 『天罰』の二文字が、朱煌の脳裏をよぎった……。




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