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ラ・ヴィアン・ローズ

第27話【本陣】

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       ―1991―


 クロスとの待ち合わせは横須賀米軍基地前。
 その為、成子邸を後にした黒荻は、実家のある横須賀に帰ってきていた。
 自室に籠もり、新藤から託された日本刀を丹念に手入れしていた手をふと止め、本棚に置いてあった写真立てを手に取る。
 そこには幼い頃の黒荻と養父母、そして、彼を可愛がってくれた人達が写っている。
 懐かしい日々。
 あの頃があればこそ、黒荻は朱煌に挑む決意をしたのだ。
 絶対の自信があるわけではない。
 もしかしたら、本当に殺されるかもしれない。
 もう二度と、養父母の待つこの家に帰れないかも……。
「刃、風呂が沸いたよ」
 やおら襖を開けた養母から、慌てて日本刀を隠す。
「ありがとう、今行くよ」
 写真立てを戻し、ふと気づく。
 昔、養母はいつも黒荻を「倅―せがれ―」と呼んでいたのに、いつから名前で呼ばれるようになったのか。
 ……そうだ、彼らの実子でないと知り、荒み、やがて彼らの息子でありたいと、実家に戻ってからではなかったか?
 養母はおそらく必死だったのだ。
 血に代わる絆を作ろうと、意識的に「倅」と呼び続けた。
 それが…黒荻が朱煌虐待を養父母に打ち明け、養母は初めて泣き、おとなしい養父に初めて殴られ、図らずも肩肘張らずに親子でいられるようになったのだ。
 だから養母が「倅」と呼ぶことも、激減したのだと思い至る。
「刃、明日は早いのかい」
「うん、朝飯食べたら、すぐ出るよ」
「そう。……刃、今日は母ちゃんと風呂入るかい」
 脱力。だが、養母が何かを察しているのだとわかる。
「そんな老体と入ったって、楽しくないよ」
「言ったねッ。この豊満なボディに向かって」
「太ってるだけだろ。少しダイエットしろよ、年なんだから、体に悪いぜ」
「最近までオムツしてた子が、生意気言うんじゃないよ」
 そりゃ戦前生まれの養母には、二十数年前など最近かも知れないが…。
「そうだ、母さん。これ、預かってて」
 話題を変えようと試みたが、それはますます養母の不安を煽る結果となってしまった。
 黒荻は自分名義の預金通帳やら保険証券など、自分の財産たりえるものを全て、養母に託したのだ。
 養母はとうとう泣き出して、手がつけられなくなった。
 そこへ養父が飛んできて、ため息をつく。
「悪い倅だな、また母ちゃんを泣かせて」
「ごめん、そんなつもりは……」
 バツが悪くて頭をかく。
「母さん、俺は絶対帰ってくるから、もう泣くなよ」
「そんなことで泣いてんじゃないよ! 母ちゃんはね、あんたの心根が情けなくて泣いてるんだ。こんなもん、いらないよッ」
 通帳を叩きつけられて、しばし唖然とする。
「父ちゃんも母ちゃんも、あんたを育てたいと思ったから引き取ったんだ。あんたに面倒みてもらいたいなんて、これっぽっちも考えちゃいないよ!」
 傍らで、養父も同意と微笑んでいる。
 胸が…熱い。
「父さん、母さん、俺…絶対帰る」
「当ったり前だろ。嫁さんもらうまでは、あんたは父ちゃんと母ちゃんの大事な倅なんだからね」
 彼らの息子であれたことを、黒荻は誇りに思う。




 横須賀基地門前に停まっていたジープから、黒い大きな手がニョッキリと伸びて振られる。
「お待たせしてすいません。これが焼けるのを待っていたもので」
 紙袋を手渡されたクロスは、鼻をひくつかせて中を覗いた。
 その間に、黒荻は彼の姿に目を瞬いている米兵の運転手に、そっと人差し指をヒラヒラ振って見せる。
「お、焼きたてパンか」
「どうぞ、召し上がってください」
「うれしいねぇ」
 クロスは運転手にもパンを渡すと、基地内に入るよう指示した。
「美味い。懐かしい味だなぁ」
 素朴な味に舌鼓を打っていたクロスは、隣に座った黒荻にため息をついた。
「てっきり来ないのかと喜んでいたんだがね」
「成子さんに連絡なさったそうですね」
「怒ってたろ」
「はい、叱られました」
「しかし、気は変わらず…か」
 黒荻は黙って微笑むと、手にしていた太刀袋を握り締めた。
 エプロンまで一気に走り抜けたジープは、薔薇の紋章を尾翼に掲げた音速ジェット機の前に止まった。
「搭乗したらすぐ離陸だ。引き返すなら今の内だぜ」
「ははは、僕はそんなに弱そうですか?」
「そりゃ鍛えてあるのは認めるが、うちの姫さまは強いぜ」
 しかし何と言われようと引き返す気はないと、黒荻の目が語っているのを悟ったクロスは、肩をすくめて機内へと促した。
「そうそう、お前さんにひとつ、謝っておかなきゃならん」
 クロスは少し恥ずかしそうに窓の外を見た。
「お前さんを襲った女性兵の内のひとり…、アークは俺の孫娘でな。あの時はすまなかった」
 ああ…と記憶を辿った黒荻。
「もしかして、あの一番大きなお嬢さん」
「うむ。体ばかりデカくはなったが、まだてんで子供でな。姫さまより二つも年長のくせに、歯止め役どころかあの調子だ」
「でも、お強い」
「あいつが一番、俺の血を濃く引いてるな。息子たちは学者だの技術者だの、俺とは似ても似つかん」
 すっかり『おじいちゃん』の顔になっているクロスに、ついクスクス笑っていると、彼は照れくさそうに咳払いした。
「とにかく、あいつらにはきついお仕置きをしてやったから、勘弁してやってくれ」
「朱煌が責任を取ると言ったそうですが」
「傭兵としてはな。だが身内としては無罪放免て訳にいかん。姫さまも将軍閣下にたっぷりお尻をひっぱたかれて、只今向こう一ヶ月間の謹慎中さね。お姫様稼業に身を入れるよう、閣下のお沙汰だ」
 ならば何の訓練もできなかったはず。
 黒荻には追い風だ。
「それなら勝てそうだ、…って顔だな。甘いぜ」
 黒荻は笑って見せただけだった。




「高城さん、お客様ですよ」
 刑事部屋に連れられてきた彼女を見て、高城は黙って唇を噛み締めた。
 彼女は少し憔悴した様子で、高城を見返している。
「……瞳子」
「……」
 黙ったままの瞳子の肩を、そっと包む。
 しばしの沈黙。
 やがて、瞳子は意を決したように顔を上げた。
 その時、すでに警察の人間ではなくなったはずの新藤が姿を現し、高城から瞳子を引き離した。
「新藤!?」
「困るんだよ、今さら。あの事件はもうカタがついたんだ。橘の名前に、これ以上泥を塗らないでおくれ」
 そう言ったのは、新藤の背後に立っていた老婦人だった。
 そう、朱煌の祖母。被害者の母。橘財団総裁、橘唄子。
「バアさん…、あんた……」
 高城が言いかけた時、にわかに銃声が轟いた。
 それに呼応するように、階下が悲鳴に満ちる。
 瞳子を新藤に預けたまま、高城は廊下に飛び出した。
「―――――!?」
 そこに見たのは、通常業務に精励していた新宿警察署にとって、信じがたい光景であった。




 ラ・ヴィアン・ローズ本陣。
 傭兵組織の拠点というくらいだから、さぞや物々しい要塞を想像していたのだが…。
「いい所ですね、自然が多くて」
 とは言え、やはり軍事施設の規模は強大だ。
 造船所や武器研究所まであるのには、さすがに驚いた。
 以前、成子が『軍事国家』と称していたのも頷ける。
 その施設の程近くに、傭兵村と呼ばれる村があった。
 そこにラ・ヴィアン・ローズ所属傭兵の家族や、武器工、兵器開発に携わる科学者たちが生活を営んでいるのだとクロスが言った。
 そんな説明がなければ、畑なども点在し、自然を尊重した一体感で、心洗われるような風景だ。
「ここは傭兵活動の立地条件としてもそうだが、マジェスティー将軍とレーヌ様が、姫さまの為に選んだ場所だからな。殺伐とした戦場から帰られた姫が、この大自然の中で伸び伸びとお育ちになるように」
 そして、伸び伸び育ち過ぎた・・・と。
「良い方々ですね」
「ああ。お二方とも、姫さまを心から慈しんでらっしゃる」
 安堵する。
 瞳子から冷たくあしらわれていた頃とは、雲泥の差。
 あの朱煌が、ああまで表情豊かで自分の心に正直な行動を起こせるよう育ててくれたマジェスティーとレーヌに、感謝の気持ちでいっぱいになる。
「……お前さん、ホント見かけによらず図太いなぁ」
 クロスが呆れたように言う。
 それは傭兵村に踏み入ってからの、不穏な空気を示していた。
 黒荻を眺めている傭兵たちが、身の程知らずの愚か者よと、嘲り冷笑しているのだ。
 もちろん知ってはいたが、苦にはならない。
 こういうムードが高まれば高まるほど、黒荻には有利なのだ。
 ただし、朱煌には少々かわいそうな事になるかもしれないが……。
 ふと見ると、朱煌が立っていた。
「よう。勇ましき挑戦者殿のご到着か」
 その傍らには、例の女傭兵三人を従えている。
 まるで一昔前のスケ番だな…と、黒荻はため息をつく。
「…昨夜、善さんと会ったよ」
 途端に朱煌の顔色か変わった。
「……何か、言ってた?」
「いいや、何も」
 キュッと拳を握り締めた朱煌は、少し泣きそうに見えた。
 クロスは感心して顎を撫でる。
 朱煌の弱点を知った上で動揺を謀りにかかるとは、なかなかどうして、冷たいようだが理に適っているではないか。
「卑怯者め。善積さんを利用してまで勝ちたいか」
「ああ、勝ちたいね。前哨戦は、俺の勝ちのようだな」
 瞳に熾烈な怒気を閃かせた朱煌。
 控えていた女傭兵たちも、闘気むき出しで黒荻を睨んだ。
「貴様! 黙っていれば我らの総領姫に無礼極まりないその態度。姫の手を汚すまでもない! 我らがこの場にて……!」
 クロスの咳払いが、彼女たちを阻んだ。
「姫さま、お父上に勝負の時まで彼に会わぬようとのお言いつけでしょう。それにアーク、シェリー、キム。年長者のお前たちが姫さまの歯止め役になるようにと、言って聞かせたはずだったが……足りなかったかな?」
 手のひらに息を吐きかけたクロスを見てギクリとした朱煌たちは、舌打ちまじりに立ち去った。 
 ここで捨てセリフでも残せば、まるきり悪役だなぁ…と思っていると、朱煌が振り向きざまに「首を洗って待ってろ!」と怒鳴った。
 頭が痛い……。



 

「勝負前に会うなと約束したろう。どうして守れないんだッ」
「痛い~~~ッ、いやぁ! いやぁ! 痛いよ、痛いーーーー!!!」
「勝負前に心理戦に持ち込まれたら、お前が不利と思えばこその言いつけであったのにッ」
「ぅあ~~~~んッッッ、もうやだあぁぁぁぁ!!」
「約束を破った挙句にアークたちまで巻き込んで、客人に喧嘩を売りに行くとは何事かッ」
「痛いよおぉぉぉぉぉぉお!!!」


 やっぱり頭痛。
 朱煌という子は、どこでも結局お仕置きされているのだなぁ…と、しみじみ思ったり。
 高城もよくこうして朱煌のお尻を叩いていたっけ。
 いや、隣室から聞こえてくる鋭い音と悲鳴だけなので、これがお尻を叩いているのか定かではないが……、ま  あ、きっとそうに違いないだろう。
 同じく待たされているクロスと言えば、さほど気にする様子もなく銃の手入れをしていたりする。
 ということは、これは本陣の日常なのだろうか。
 ため息。
「はは、待ちくたびれたかね?」
「え、あ、いえ…」
 こちらが待ちくたびれるお仕置きタイム……。
 いや、その前にお説教していたようなので、その分長いのだが。
 なかなか「ごめんなさい」と言わない強情さが長引かせているのは確かだった。
「後、2、3発で泣きが入って『ごめんなさい』だ。もちっと待っててくれや」
「…はあ」
 クロスの言葉はすぐ証明された。
 ドアの向こうから「ごめんなさい~~~~~ッッ!!」という泣き声が聞こえて、お尻を叩く音は止み、しばらくして隣室のドアが開き、とぼとぼと遠ざかっていく足音。
「さて、行くか」
 銃を脇のホルスターにねじ込んで、クロスが立ち上がった。
 促されるまま隣室に入ると、窓辺に立って外を眺めていたマジェスティーが振り返った。
 予備知識としては聞いていたが、ここまで生き写しとは……。
「黒荻 刃くん、だったね」
 鳥肌が立ちそうだ。
 この声も高城そのもの。
 骨格が同じだと声帯の作りが似て、声も同じになるのだろうか……。
「刃、閣下の御前だ」
 クロスにたしなめられて、我に返る。
「失礼しました。この度は民間人である私がラ・ヴィアン・ローズ本陣に立ち入ることをお許しくださった閣下のご温情、篤く御礼申し上げます」
 そして、不敵な笑み。
「ご息女を、いただきに参りました」
 誰もが自殺行為と考える中、当の本人の揺るぎない自信に、マジェスティーはフッと鼻で笑った。
「自分から帰らねば会ってやらん…などとほざく高城とやらも不遜だが、君もなかなかだな」
「これ位でないと、あのTom boy―じゃじゃ馬―の相手は務まりますまい」
 クロスが言うと、マジェスティーはそれもそうだと言わんばかりにため息をついた。
「立会人はクロス少将が務める。異存はあるかね」
「いえ。ギャラリーをつけていただければ、なお結構」
「は。怖いもの知らずよな。勝負の場は傭兵村広場。黙っていても集まるさ。…勝負方法は、ハンデをつける意味でも君に決定権がある。姫も承知だ」
 予想通りの展開に、思わずほくそ笑む。
「では……、剣にて」
 近代の戦場にはあり得ない日本刀という武器を、最大限に生かすことのできる『紅蓮朱雀』に対して、あまりに無謀かつ非礼な挑戦。
 マジェスティーもクロスも、言葉を失って黒荻をみつめた。




 つい先ほどまでの日常が一変。
 この場に集められてくる人々は、皆一様に顔色を失っていた。
「ですから、私が一人で参りますと申し上げましたのに」
 婦警たちなぞ、気の毒なほど身を寄せ合っている。
「男のクセに、過ぎたことをグダグダお言いでないよ」
 いくら警官とは言え、自分たちに銃口が向いているなど、恐怖以外の何ものでもあるまい。
「橘財団総裁ともあろう方が、ろくな警護もつけずに、のこのこ出歩くからですよ」
「うるさいねぇ。そもそもお前だって私を守る義務があるじゃないか。責任お取り」
「ご忠告を聞き入れていただけなかった私の心中を察してくださるなら、責任でもなんでも」
 …………この二名は、一般論除外。
「お前ら、ちょっと黙ってろ。緊迫感が失せる」
 額を押さえた高城が言った。
 新藤と唄子は顔を見合わせると肩をすくめ、とりあえずは黙ってくれた。
「…やれやれ…」
 あろうことか警察署がテログループに占拠されたというのに。
 新藤がこういう男だとは知っていたが、橘 唄子まで。
 この肝っ玉は、さすが朱煌の実の祖母…というところか。
 突撃銃と自動装填式拳銃、そして胸にいくつも手榴弾をぶら下げたテロリストたちは、ダルム派民族同盟を名乗る武装集団。
 かつて記憶を取り戻す前の朱煌を成子邸で襲ったテログループであった。
 人質は全員、一階のフロアに集められた。
 各課の刑事、制服組、婦警、たまたま新宿署に来ていた一般人。
 総勢、二百名を超えるだろう。
 人質を取り囲むテロリスト達。
 その向こうで、旧式のビデオカメラを抱えたテロリストが、その光景を映している。
 やがてリーダーらしき男にカメラが向けられると、自国語らしい言葉でリーダーが話し始めた。
「犯行声明…ってヤツか」
 高城が呟いた。
 まるで映画のワンシーンだな…と苦笑しつつ、虚ろな瞳子の肩を擦る。
 いくら広いフロアとは言え、これだけの人数を詰め込まれては蒸し風呂のようで、高城自身、意識が朦朧としていた。
 それでも、声明文の中に「タチバナ」と出てくるのは聞き取れる。
「あれま。目的はもしや私かね」
 懐から取り出した小さな扇でパタパタやりながら、橘 唄子がのんきに言った。
「そのようですねぇ。ダルム派民族同盟といえば、あのガザム共和国の武装派テログループですし」
 と、新藤。
「ガザム…ガザム…、ああ、昨年末に大量解雇実施をやった国かね」
 どこまでのんきなんだ、この二人は……。
 そうは思えど、あまりしゃべりたくない。
 この熱気の中、水がロクに与えられないので、喉が渇いてしょうがないのだ。
 しかも脱水症状の兆候も出てきた。
「じゃ、橘財団好感度アップ作戦」
 唄子がいきなり立ち上がったので、テロリスト達が慌てて銃口を集中させた。
 それをいち早く制したのは、リーダーである。
「ちょいと、用があるのは私だけなんだろう? だったら他の人質は解放しておやりよ。見たところ30人くらいのあんた達が、この人数を監視できるとは思えないしねぇ。……と、通訳しとくれ、新藤」
 はいはい…と立ち上がった新藤は、お得意の語学能力を披露した。
 顔を見合わせたテロリスト達は、主要メンバーらしい者を集めてヒソヒソと密談を始める。
 しばらくの討議の末、解放するのは男性のみと新藤の通訳で伝えられる。
 女性ばかりなら、今の三分の一。
 監視し易いということだ。
 泣き崩れる女性陣を前に、手放しに喜べる男性陣はさすがにほんの一握りだった……。







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