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ラ・ヴィアン・ローズ

第25話【挑発】

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                    ―1991―

「今日の祝賀会は滞りなく済んだが、明日の第二夜に備えて、会場の警備はこのまま続行。酒は程々にしておけよ、英国兵士に睨まれるからな」
 そう言って肩をすくめつつ、ワインを一息に飲み干した朱煌に、部下たちから笑いが起こった。
 クロスも苦笑を隠せない。
 レーヌ・ド・ローズが女王陛下のお相手でこの場に来られないと知っているからといえ、この態度。
 ドレスなどとっくに脱ぎ捨て、戦闘服で大股開いてふんぞり返っているのだから。
 だが、これもヤケ酒に見えなくもない。
 朱煌の心中が打ち消せぬ葛藤が荒れ狂っているのが、クロスには見える。
 ラ・ヴィアン・ローズか、黒荻 刃か、高城善積か……可哀相な選択を迫っているのは重々承知だった。
 本来、こんな男女間の問題は口を挟むものではないし、本人がもっとじっくりゆっくり、時間をかけて解決していくものでなくてはならないだろう。
 けれど、朱煌には責務がある。
 朱煌が紅蓮朱雀として命を預かる傭兵たちを、その心の動揺で危険にさらすことなど、決してあってはならない。
「まったく…」
 クロスの思惑通りに運んでいれば、朱煌はまだ戦場を体験しておらず、紅蓮朱雀の異名が轟くこともなかった時期なのに。
 18歳まで訓練に訓練を重ね、それでやっと戦場に投入するつもりだったのだ。
 それが、朱煌のとんでもない行動力のお陰でご破算。
 朱煌がわずか六つで戦場に立つことになった経緯は、またいずれ。
 ともあれ、本来なら16歳らしい恋の悩みで済んでいただろうに。
 クロスがため息をもらした時、テントの入り口を跳ね上げるようにして成子が乗り込んできた。
 傭兵たちを掻き分け、掴みかからんばかりの勢いで、まっすぐ朱煌に詰め寄った成子。
「成子さん? どうかしたの、顔色悪いよ」
 キョトンとした朱煌を見て、成子は我を取り戻したように髪をかき上げた。
「そう…、あなたではないのね。ごめんなさい、疑って」
 その一言で朱煌も察する。
 黒荻に何かあったのだ。
「……教えて」
「……祝賀会の帰り、暴漢に襲われたの。彼女たちは黒荻くんだけを車から引きずり出して……彼は今、意識不明の重傷で国立病院の集中治療室よ」
「―――!!」
 フッと朱煌の足から力が抜けた。
 成子がなんとかそれを支えて、椅子に座らせる。
 青ざめた朱煌の様子に、部下たちは動揺を隠しきれずにざわめいた。
「マダム・アクトレス。暴漢を『彼女たち』と言ったね。女性だったのかい」
 クロスがたずねる。
「はい、三人の女性でしたわ。そう…ひとり、飛び抜けて体格のいい褐色の肌の女性が…」
 クロスは額を押さえて大仰にため息をつくと、テントの隅で小さくなっていた、小さくなっても大きい黒人女性の部下を一瞥した。
「アーク! ツルんだのはシェリーとキムか!」
 怒髪天を突く怒号に三人娘たちは震え上がったが、クロスを制したのはほかならぬ朱煌であった。
 土気色の顔で気丈に立ち上がった朱煌は、まず成子に丁寧に頭を下げた。
「どうか、部下を責めないでください。私が彼女たちを扇動したも同然。すべて私の責任です」
 そしてクロスに向けて片膝をついた朱煌は、そっと目をつむった。
「すべては私がとった、総領姫としてあるまじき行動が招いた結果。クロス少将、罰するなら、どうか私を」
 こう愁傷に出られては、クロスも怒気を鎮めざるを得ない。
 しばし沈黙を守っていると、朱煌はしょげ返っている悪友三人に視線を移した。
「三人とも、私の為にやってくれたのはわかっている。私がそうなるよう仕向けたようなものだからね。でも…勝手言ってすまない。あの人は……私にとって大切な人なんだ」
 認めたくなかった。
 高城を愛している……その一方で、黒荻にも心揺れていた自分。
 認めたくないから、荒れ狂って黒荻を拒絶した。
 それによってこんな事態を引き起こして、結局、自分の心の内と嫌が上でも向き合うことになるとは……間の抜けた話だ。




 幸い、黒荻は翌日には一般病棟に移った。
 程なく意識を回復した黒荻の目に最初に飛び込んだのは、泣き腫らした朱煌の顔であった。
「…来てくれたのか…」
「刃…、よかった、刃…刃…」
 点滴に繋がれた彼の手を握り、朱煌が繰り返す。
「ごめん。ごめんなさい、あたしのせいで…」
「でも、お前が命じたわけじゃないだろ」
「そう…思ってくれるの?」
「お前だったら、もっとほとぼりの冷めた頃に行動を起こす」
 言葉に詰まった朱煌を見て、黒荻はクスクスと笑った。
「でも、あたしが命じたのと同じだよ。あたしがわざと本部で騒いだから」
「いいよ、そのことはもう、クロス閣下にお仕置きされたんだろ?」
 少し拗ねたように、朱煌が上目遣いになった。
 そんな彼女が、たまらなく愛しい。
 しかも、この泣き腫らした目は、今、自分のものなのだ…。
「…俺の主義が結果的にお前を泣かせてしまったな…」
「主義?」
「女性には手を上げない。昔、お前に散々ひどいことをしてきたからな」
 朱煌が苦笑した。
 確かに黒荻を襲ったアークたちによると、彼はまったくの無抵抗だったらしい。
「無抵抗だったから、これで済んだんだよ。下手に抵抗してたら、それこそ生死の境をさまようハメになってた」
「それはどうかな」
 ピクッと朱煌の眉が反応した。
 しおらしかった表情が、見る見る変貌していく。
「聞き捨てならんな。女といえどラ・ヴィアン・ローズの戦士だ。馬鹿にしてくれるじゃないか」
 黒荻が鼻で笑う。
 彼にしては珍しく挑発めいた態度である。
「ひとつ聞く。お前と彼女たちの力量の差は?」
「何だと?」
「俺の見立てでは、三人の内で一番体格のいい褐色の女性とほぼ互角。違うか」
 確かにその通りではあるが、やけにムカつくこの態度。
 朱煌は黒荻の身を案じた時間を痛烈に後悔しながら、ユラリと立ち上がった。
「当たりか。…そうか、ふむ、なら…いけるかな」
「何をゴチャゴチャ言っているッ」
 ニヤリとして黒荻は、傷を庇いながらベッドから体を起こした。
「来週、ラ・ヴィアン・ローズ本陣に行く。その時、勝負といこうか」
「何ぃ?!」
「俺が勝ったら、大人しく日本に帰れ」
 憤りに震える朱煌。
 けれど黒荻は動じない。
 いい雰囲気はすっかり消し飛び、熾烈な火花が二人の間に弾けた。
「貴様、本当に殺されたいか」
「やってみるといい」
 乱暴に踵を返し、そのついでに点滴を蹴りつけて、朱煌は病室を飛び出していった。
 倒れた点滴の管が勢いよくはずれ、黒荻が少し顔をしかめた。




「朱雀以下朱雀小隊、ただいま英国より帰還しました」
 規律正しい敬礼で、将軍たるマジェスティーへの帰還報告。マジェスティーもそれを敬礼で受け、それから父親らしく苦笑した。
「クロスから聞いた。やらかしたらしいな」
 ツンとそっぽを向いた朱煌は、もう朱雀でなく煌姫の顔である。
「おや。報告と違うな。ずいぶん愁傷に反省しているとクロスは言っていたが」
「は。そもそもあいつが悪いんだよ。天罰だ」
 素人に力量を云々言われた挙句に勝負まで挑まれて、朱煌の矜持はいたく傷つけられていた。
「…煌」
「あ?!」
「きーら」
「うるさいなぁ! わかってるよ、自室謹慎でもしてるさ」
「勝手にお仕置きメニューを決めない。それを決めるのはパパだ」
「…お尻はいや」
「じゃ、お尻だな」
「やだって言ったのに!」
「いやじゃないことしたって、お仕置きにならないだろう」
 正論。
 だからと言って、素直に従う気はさらさらないが。
「パパ・ジェスティー…」
 少し猫なで声で、小首を傾げてみる。
 大体はこれで回避できるのだ。
「反省してると聞いたから、穏便に済まそうと思っていたよ」
 過去形発言。
 どうも今回は甘えてみてもダメらしい。
 それなら…と、朱煌は素早く身を翻した、が、その襟首をつかまれて、ズルズルとソファまで引っ立てられてしまった。
「いやいやいやいやいやいやいや~~~~~~~!!」
「逃げようとした分も追加するから、覚悟しなさい」
「悪いのは黒荻 刃の野郎だーーー!!」
「はい、反省の色なし。また追加」
 マジェスティーの膝にセットされたらもう回避不可能なのだから黙っていればいいのに、朱煌の往生際には学習能力皆無である。
 丸出しにされたお尻を手で庇おうとしたが、アッサリ背中に回されてしまう。
「ごめんなさい! もうしません! ほら、謝った! だから許して!」
 マジェスティーは深いため息と共に、勢いよく平手を振り下ろした。
 濡れ手ぬぐいをはたいたような音と朱煌の悲鳴。
 それが繰り返し繰り返し、執務室に響き渡る。
「痛いよぉ! 痛いよぉ!」
「痛くしてるんだ」
「ごめんなさい! ごめんなさい~~~!」」
「心にもないごめんなさいを聞かされたばかりだからな。今日は百叩くまで勘弁しないぞ」
「だったらもうちょっと手加減してよ!」
「お前ね、立場がわかってないのか?」
 さらにきつくなった平手に、朱煌は泣き喚いてジタバタともがいた。
 あまり足をバタつかせるから、あきれたマジェスティーが足を開き、片膝にセットし直すともう片方の足で朱煌の両足を押さえ込んでしまった。
「大人しくしてないから。この姿勢の方が痛いのに」
「~~~~~~~~!!!」
 またしても朱煌のお尻は腫れ上がり、比例して黒荻 刃への怒りが膨れ上がった。
 これを逆恨みという。
というか、結局懲りていない朱煌であった。




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