ラ・ヴィアン・ローズ

第24話【決起】

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     -1980から1991へ-

 司令塔から、火柱が上がった。
 それを合図に、反乱軍は一斉に本部へと突入する。
 朱煌の救出部隊を編成する案も出されたが、圧倒的な数の不利を補う為にも、兵力の分散を却下したのはマジェスティーである。
 この奇襲に、総帥側の兵士はいとも容易く捕縛されていく。
 これはひとえに、朱煌が彼らの派閥リーダーを投獄に追い込んだ功績によるところが大きい。
 統率を欠く上に、自分たちのリーダーが投獄された不信感。
 そこへの奇襲であったから、彼らはかなり早い内から戦意喪失に陥っていたのだ。
 一方、反乱軍はマジェスティーの堅実な指揮の下、一糸乱れぬ攻撃。
 適切な指揮を振るい、かつ自らも猛者ぶりを発揮するから、いや増す反乱軍の士気。
 勝敗は決した。
 残るは、総帥の首。
 マジェスティーは即座に編成しなおした別動隊を率い、総帥の私邸に突入した。
 しかし、そこには息も絶え絶えに自らの血で染まった朱煌が、総帥の盾にされていたのである。
「―――朱煌!!」
 マジェスティーの叫びに、朱煌は弱々しく笑って血を吐いた。
「ごめん…、バレちゃった。足止めついでに自分で討ち取ってやろうかと思ったけど、やっぱ、頭張ってただけあって、強いね……」
 血を飲んでむせ返る朱煌の首には、彼女が使っていたであろう『紅蓮』があてがわれていた。
「総帥閣下。もはやここにあなたを守るものは存在しない。その子を放すんだ」
「だからこそ、この小憎らしい小娘の命を繋いでおいたのだろうが」
「貴様とて昔はその名を知られた戦士であろう。そのような幼子の命を盾に取るなど、恥を知れ!」
 総帥が嘲笑を浮かべる。
「それは貴様らも同じだろう。こんな小娘を敵陣に単身送り込んで、娼婦の真似事をさせるとはな」
 マジェスティーが苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。
「ば~か。これはあたしが勝手にやったんだ。こんな小娘の策にまんまとハメられるなんざ、あんたもそろそろ焼きが回ったってぇコトさ」
 朱煌がいつもと変わらぬ毒を吐く。
 マジェスティーもクロスもハッと朱煌の心中に気づいた。
 怒りに震えた総帥が、朱煌の腹をしたたか蹴りつける。
 激しく血を吐いて咳き込む朱煌。
 やはり、そうだ。
 朱煌は自らが攻撃の邪魔になっているから、わざと彼を挑発し、とどめを待っている。
 マジェスティーたちが、心置きなく戦えるように……。
 この一連の出来事で、朱煌のやり方はわかった。
 常に刹那的で排他的で、自虐的。
 まるで、死に救いを求めるかのような行動。
 そうとも。
 母親にあんなあしらい方をされ、わずか六つの幼子が傷ついてない訳がなかったのだ。
「――――朱煌ッ! お前が死んだら、誰が母親に送金を続ける。俺たちの稼ぎに期待したって、ビタ一文やらんぞ!!」
 マジェスティーの叱責に、朱煌は弱々しい苦笑を浮かべて舌打ちした。
「ケチ」
 その時だ。
 マジェスティーが総帥の背後に目を輝かせた。
 レーヌが壁の鏡の隠し扉から、飛び出してきたのだ。
 総帥も呆気に取られて振り返った。 
 朱煌の目が鋭く光る。
 力を振り絞り総帥に体当たりした朱煌は、紅蓮を取り戻し、そして……。




「ありゃぁ見事でしたな。私は生首がしゃべるのを初めて見ましたよ」
 大佐が目をつむった。
 きっと、あの瞬間を思い出しているのだろう。
 朱煌が振り上げた紅蓮は、総帥の首を確実に捉えた。
 頭を失った総帥の体は、まるで螺子が切れかけた人形のように、手足をバタつかせてその場に倒れた。が、床に転がった頭は、目を丸くして言ったのだ。
「馬鹿な…、こんな小娘に……」
 レーヌが卒倒したのも、無理もない光景だった。
 あまりにアッサリ首が落とされるとショックが少ない為、脳がすぐには死なず意識がある状態なのだと、何かで読んだことがあったが……、まさか、それを目の当たりにするとは考えもしなかった。
「しかし、あのレーヌ様がなりふり構わず飛び込んでくるなど、誰も思いませんでしたな」
 レーヌは仮にも総帥夫人であった女性だ。
 隠し通路の存在を熟知していた。
 それを反乱軍に知らせられないあたり、やはり戦う女でなく、あくまで姫君なのを証明した出来事でもあったが。
 まあ、そんなことで彼女を責められない。
レーヌはレーヌなりに、必死で朱煌を救おうとし、結果的にそれは成功したのであるし。
「そして…、マジェスティー将軍の采配に感服ですな」
 マジェスティーは結局、ギルド総帥の座には座らなかった。
 元総帥の腹心にギルドを託してしまったのである。
 ギルドは彼らに任せ、マジェスティーは新しい傭兵組織の発足を宣言。
 新ギルドと不可侵条約を結び、自分についてくるものだけを配下に置いたのだ。
 大怪我で療養中の朱煌も、マジェスティーに従う意思を示した。
 そして、新しい組織の暗号名を決めてくれと言われたマジェスティーは、朱煌に意見を求めたのだ。
 レーヌが見舞いに持ってきた大輪の薔薇の花を見つめて、朱煌は呟いた。
「……薔薇色の人生……」
 それはいいと、みんな笑った。
 ラ・ヴィアン・ローズは、こうして生まれたのである。




 この一連の出来事が、朱煌をラ・ヴィアン・ローズのプリンセスの座に祭り上げることとなり、皆が朱煌を敬い、そして愛した。
 だからこそ、朱煌が戦火を離れて幸せになるのなら…と、決起当時の古株たちは一様に父親のような気持ちで朱煌を見ているのだ。
 クロスは紅いワインを苦笑して眺めた。
 紅は朱煌の色だ。
 紅蓮の炎の色。
 あの熱い炎を包み込めるだけの力量と包容力が、あの王子のような男にあるのか。
 そして、約束の人・高城善積にも。
「話くらい聞け!」
「あー、うるさい、うるさい、うるさい!!」
 クロスと大佐は顔を見合わせた。
 本部に近づいてくる、この賑やかな声は……。
「我らが姫君のご帰還ですな」
 出迎えに立ち上がった大佐に続いて、クロスも腰を上げる。
 テント奥の仮眠室を出ると、ちょうど朱煌が乱暴に本部に飛び込んできたところだった。
 その後を追うように、例の王子様・黒荻 刃がテントをくぐる。
「話なんかねえ! サッサと帰れ!」
「ああ、帰るさ。お前も一緒ならな」
 頑として引かない黒荻に、朱煌は歯軋りした。
 本部待機の若い傭兵たちは、次第に不穏な空気を漂わせ始めている。
 朱煌はドカリと椅子に腰を下ろすと、ドレスなのもお構いなしにテーブルに足を投げ出した。
 途端に、黒荻がその足を払い落とす。
「そんな恰好、するんじゃない」
 明らかにふてくされた朱煌は、さらにわざと挑発めいてドレスの裾を捲り上げると、片足だけをテーブルの淵にかけたものだから、黒荻からは下着も丸見えのはず……。
 クロスはやれやれとため息をついた。
 レーヌが見たら、これはもう、お尻で反省するはめになること受けあいだ……。
「…いい加減にしないか。お前はどうしてすぐ、自分を軽んじるような真似を……」
「どうして? は。あんたが最初に体を弄ぶ方法を教えてくれたんだろう」
 黒荻の顔色が変わった。
 唇を噛み、拳を握り締めている。
「そのあんたが、あたしを好きだと? 愛してるだと? 笑わせるな!」
 刹那、若い連中に殺気が走った。
 クロスは額を押さえる。
 朱煌が若い連中を煽る為に黒荻を本部内に誘き寄せ、さらに彼らにわかる英語で、わざわざ口論していることに気づいたのだ。
 黒荻も朱煌の思惑を悟ったらしい。
 殺気に満ち満ちた本部内をゆっくりと見渡し、次いで朱煌を見た。
「ass in a lion’s skin……だな」
 こんな脅しには屈しないとばかりに、黒荻は言い切った。
 その姿勢に、クロスはいささか感銘を受ける。
「貴様、この私に向かって……」
「足を閉じろ」
「何?!」
「足を閉じろと言っている!」
 憤りのあまり顔色を失った朱煌は、スックと立ち上がり、ヒラリと手を上げた。
 それを合図に、若い者たちが戦闘態勢に入る。
「ラ・ヴィアン・ローズが総領姫を侮蔑せし者に、制裁を…!」
「そこまで」
 ゆっくりと、だが少し厳しい色のクロスの声に、朱煌はビクリと手を下ろした。
「今のあなたは煌姫だ、紅蓮朱雀じゃない。我が指揮下の小隊に命令を下す権限はありませんよ」
「総領姫を侮蔑されて、黙って見過ごす気かよッ」
「侮蔑…ね。みっともねぇ真似しやがって」
「クロス、貴様…!」
「ass in a lion’s skin(虎の威を借る狐)とは、よく言ったものだ。ちとお仕置きしてやるから、奥へ行って待ってなさい」
 不服満面。
 しかし渋々テントの奥へ消えた朱煌を、黒荻は物言いたげに見送った。
「なあ、王子様よ」
 クロスが自分に向けて言っているらしいと知って、黒荻は顔を赤らめた。
「やめてください。僕は黒荻 刃といいます」
「なら、刃。すまんが、ここは引いちゃくれまいか。後日、話し合う時間を提供する」
「…僕もいささか性急でした。反省しています」
「いやぁ、うちのTom boyにゃ、あれ位でないとな」
「どちらにせよ、今日は引き上げます。時間もないし、彼女のあの様子では、冷静に話はできないでしょう」
「賢明だ」
「あの…」
 チラリとテント奥を見た黒荻は、大男のクロスを不安そうに見上げた。
「どうか、あまり叱らないでやってください」
 クロスは黙って肩をすくめた。
 若い傭兵たちの冷たい視線を意に介す風もなく、黒荻はテントを後にする。
「ふむ。まずは及第点…かな」
 朱煌をよく理解している点といい、この荒くれ共の中にあっても動じない態度といい、婿候補として、まずまず好印象を受けたクロスであった。




 黒荻が祝賀会場に戻ると、成子がヒラヒラと手を振って出迎えた。
「あなた、大した人気よ。貴婦人方はすっかり虜。女王陛下が明日も是非来てくれと仰っていたわ」
 思わず苦笑。
「無理ですよ。生徒の手前、そうそう外出はできません」
「でしょうね。安心なさい、丁重にお断りしておいたから」
 成子は貴婦人たちの視線を察知して、人気のないバルコニーへ黒荻を促した。
「で、守備は?」
 首を横に振って見せると、成子は肩をすくめた。
「ま、一筋縄でいかないとは思っていたし」
 第一、 そう容易くコトが運んでは、高城の立場がない。
 黒荻はとりあえず事の顛末を話した。
 ため息をついた成子は、ヤレヤレという調子で髪をかき上げる。
「煌姫の時は、てんで冷静な判断ができないのだから。困ったものね、あの子にも」
「それで、クロスという傭兵が、後日、話し合う機会をくれると…」
 あら…と目を瞬いた成子。
「クロス閣下のお気に召したのね、あなた。その辺りが難関だし、よかったじゃない」
「はあ…。でも他の若い傭兵には、えらく睨まれましたよ」
「朱煌ちゃん、慕われてるから」
 ふと成子が眉をひそめた。
 何か危険な匂い。
 ラ・ヴィアン・ローズはお行儀のいい王宮兵士とは違う。
 血気盛んな荒くれ猛者たちだ。
 そんな彼らの前で、総領姫と痴話喧嘩めいた揉め事を演じた黒荻。
 それに、あの朱煌は時折とんでもない悪戯をしでかすお姫様だ。
 日本で黒荻をチーマーたちに襲わせた前科も、まだ記憶に新しい。
「黒荻くん、旅行中、くれぐれも油断しないようにね」
 黒荻も苦笑混じりに頷いた。
「朱煌の為にも十分用心しますが…、いくらなんでも、すぐに仕返しにはこないでしょう。それじゃ自分が犯人だと名乗っているも同じですし」
 朱煌の為に……。
 それは彼女に余計な罪を犯させないように、ということであろう。
「本当に優しいのね、あなた。そんなあなたが、どうして虐待なんて卑劣な真似をしたのかしら?」
 バルコニーに頬杖をつき覗き込むように問いかけた成子から、黒荻はつい目をそらした。
「ただの……八つ当たりでした」
「へえ、最低」
「はい。僕はあの頃ちょうど、自分が養子だったことを知って荒れていました。瞳子といると、居心地が良かった。それに甘んじて堕落の一途を辿る僕に、小さな朱煌が説教をするんです」
 母の負担になるな。
 母に愛されているなら、母に恥ずかしくない男になれ。
「あの子が瞳子に疎まれているのは知っていました。それなのに、一途に母を慕い、求め、愛されようとし、守ろうとする朱煌。なのに僕ときたら、今まで揺るぎない愛情を注いでくれた両親と、血が繋がっていなかったというだけで、拗ねて、グレて……。朱煌を見ると、どうしようもなく惨めになった」
 積年の思いを吐露するように、黒荻は続けた。
「自分が惨めでいたくなかった。だから、あの子を痛めつけた。それでもあの子は毅然とした態度を崩さない。頭にきて、なんとかあの子の泣き叫ぶ顔が見たくて……」
「陵辱した。聞いてて反吐が出るわね。子供染みてて自分本位。悪辣で低俗極まりない、見下げ果てた根性だわ」
「…はい。仰るとおりです」
「でもね…」
 スッと黒荻の頬に手を添えた成子は、女王然と彼を見据えた。
「だからと言って、あの子が道を外そうとしたり、命を軽んじたりするのを、黙って見てなきゃいけないッてのは、違うわよ」
「それは…もちろん」
「そう? あなた、時々妙にあの子に甘いから。どうせクロス閣下にも『叱らないでやってくれ』なんて言い残してきたのではなくて?」
 言葉につまる。
 すっかりお見通しだった。
「僕はただ…あんな頑強そうな大男がお仕置きなんて言うから、何をされるか心配になって…」
「傷つくな。そんな凶暴そうに見えるかね、私は」
 そう言ったのは、背後に立っていたクロスだった。
 6フィート強もの大男が何の気配もさせずに近寄ってきたなど、さすが傭兵だと思い知らされる。
 次の瞬間、黒荻は嘔吐を覚えて腹を押さえた。
 その後すぐに、鈍い痛みが全身に広がる。
「クロス閣下!」
 さしもの成子も青ざめた。
 クロスの拳がまともに黒荻の腹に入ったのだ。
 なんという重い拳。
 まるでボーリング玉を落とされたかのような衝撃だった。
「姫さまを虐待とはな。しかも、陵辱だと?」
 どうやらずっと聞いていたらしい。
 吐き気はなんとかこらえた、が、足がフラつく。
 バルコニーに寄りかかった黒荻に、クロスはニヤリとして食らわせた拳を開いて眺めた。
「立っていやがる、恐れ入ったよ。なかなか鍛えてあるな」
「…立てなくなるまで殴られてもかまいません。ただ、日を改めてください。今は修学旅行の引率をしなければなりませんから」
 真面目くさった黒荻の言葉で首を傾げたクロスに、成子は修学旅行の意味と彼が保健教諭であることを説明すると、さも愉快気に哄笑した。
「生真面目なヤツだな、ますますもって気に入った」
 バンバンと背中を叩かれ、黒荻は今にも吐きそうだ。
「しかしだ、生真面目さ故に、姫に償いたい一心を、愛とはき違えている訳ではあるまいな」
 成子も真剣な眼差しを向けている。 
 黒荻はゆっくりと、二人にかぶりを振って見せた。
「僕も、そうではないかと考えました。けれど、あの子から身を引こうと離れた時の虚無感は、あの子への……彼女への想いを再確認することになってしまった」
 目をつむる。
 そこにはいつも朱煌がいる。
「僕は……朱煌を愛しています」




 ゆっくり、のんびり、王宮内や庭園、さらには外回りなどをざっと一時間程巡回したクロスは、やっと警備本部のテントに戻った。
 部下に紅茶を淹れさせて、その香りを楽しみながら奥の仮眠室へ。
 そこにはドレス姿のまま、まっすぐに前に伸ばした両手にアーマーライトを握る朱煌が、小刻みに震えて立たされていた。
「クロス…」
 半べその呼びかけにも知らん顔で、椅子に腰掛けて紅茶を一口。
「クロス、なぁ、クロス…。もう許してよぉ」
「……だらしねぇな、もうギブアップですかい。たかだか4kg弱のアーマーライトじゃありませんか。俺たちの若い頃は、もっと重量がありましたぜ、なあ、大佐」
 朱煌がサボらないように見張りを言いつけられていた大佐は、苦笑して肩をすくめた。
「確かに。ですが、そろそろ勘弁してあげてください」
 すっかり同情している大佐に、クロスは頭をかいた。
「なら、約束なさい。もう総領姫の名を悪用しない」
「はい…」
「来週、本陣に招く客と、きちんと話し合う」
「客…?」
「黒荻 刃。さっきの王子様」
 朱煌は顔色を変えて、アーマーライトを下ろした。
「誰が下ろしていいと言った!!」
 雷のような怒号に、朱煌は慌てて姿勢を戻す。
「クロス、てめぇッ、何勝手な真似してやがる!」
「ちゃんとマジェスティー将軍の許可は得てます」
「それが勝手だってんだ! こんな私的な問題に、しゃしゃり出てくんなッ」
「その私的問題が、朱雀たる判断力を欠く結果を招いてる。それでは我々が困るんです」
「余計な……お世話だ!!」
 朱煌が投げつけたアーマーライトを、片手でヒョイと受け止めると、クロスはやれやれと肩をすくめた。
「やっぱり、お尻を叩かにゃわからんか」
「は。いつもいつも、簡単に叩かせてやるかよ」
 クロスが手を伸ばすと、朱煌はヒラリとそれをかわし、テーブルを彼に向けて蹴り飛ばした。
 巨体がそれを防ごうと身構えた瞬間に、朱煌が踏み込む。
 テーブルにさらに勢いをつけるべく、飛び蹴りを食らわせたのだ。
 突如勢いのついたテーブルに、さしものクロスもヨロめいた。
 その隙に身動きしにくいドレスの裾を破り捨てる。
「きゃあぁぁぁぁぁぁぁああ!!!」
 次の攻撃に向けて体勢を低く構えた朱煌は、けたたましい悲鳴に危うくけつまづきそうになった。
「な、な、な、な、何というはしたないお姿ですの、姫さま!!」
 悲鳴の主・レーヌの姿を確認した朱煌の顔は、それはそれは哀れを誘うものであった…と、後に大佐は語る。




「英国ですからねぇ」
「しかもレーヌ・ド・ローズの母国だしな」
「ケインって痛いんですかね」
「さあなぁ、ま、あの悲鳴を聞くに、痛いんだろう」
 クロスと大佐がのんきにチェスを楽しむパーテーションの向こうでは、乾いた鋭い音がする度に、朱煌が子供のような泣き声を上げている。
「うわ。三十越えましたよ」
「数えてたのか? 勝負に集中しろよ」
「閣下が弱過ぎるんですよ。ほら、チェック」
「あッ、ちょっと待て!」
「待ったなし。あ~あ、姫さま、本泣きに入りましたよ。そろそろ止めてあげたらどうです」
「…もう一局終わる頃には、あっちも済んでるさ」
「またやるんですか? まったく、下手の横好きなんだから…」
 あきれたように肩をすくめた大佐に、クロスはフンと鼻を鳴らした。
 クロスが大佐に二度目の敗北を期した頃、朱煌は泣きべそを枕に埋めて、簡易ベッドに横たわっていた。
 真っ赤に腫れたお尻に濡れタオルを乗せた、部下には見せられない恰好であった……。




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