ラ・ヴィアン・ローズ

第22話【天賦】

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      -1980年-

 標的が住宅街のアパートに入った。
 そしてすぐに、ひとりの女性を伴って出てくる。
 資料にある愛人だ。
 隠し子・朱煌の母で、瞳子とかいったか。
 彼らが向かった公園に、そっと車を横付けする。
 拍手が受信機から聞こえる。
 標的の嘲るような声が続いた。
『久しいな、善。君の守備範囲が広いのは知っていたが、まさか六つの子供までとは、いやはや、感服だよ。……朱煌、こっちに来なさい』
『……お久しぶりです、お父様』
 小さな子供の声。
 これが朱煌か。
 しかし、幼子とは思えないゆったりした口調だ。
 標的は朱煌に瞳子とアパートに戻っているよう命じると、「善」と呼ばれた人物にさらに続けた。
『残念だが、その求婚は認めない。あの子は橘の人間だからな。君にしては野暮なやり方だな。朱煌にちょっかいを出して瞳子の気持ちを揺さぶろうなど……。 本気で朱煌を?! とんだ心変わりもあったものだ』
 善という相手は押し黙っているようだし、どうも会話の内容が掴みにくい。
 善が朱煌に求婚したらしいが、朱煌とは六つの子供で……。
 クロスは車窓から、公園を覗いた。
 標的と向き合っている男が善なのだろう。
 薄暗いのでハッキリ見えないが、はて、どこかで会ったことがあるような…。
 しばらくして、口を開いた善に、クロスは眉をひそめた。
 盗聴器越しのこの声質は、マジェスティーと無線で交わす声に酷似していたのだ。
 マジェスティーが日本語を話したら、ちょうどこんな感じだろう。
 標的は善という男に捨て台詞を投げかけて、公園から出てきた。
 アパートのドアが開く音。
「あ…!」
 標的の背中を目で追っていたクロスは、出し抜けに声を上げたマジェスティーに目を丸くした。
「何事だ」
 唖然としたままのマジェスティー。
 訝しげにその視線を追ったクロスもまた驚愕する。
 重たい足取りで公園から出てきた善という男の顔が、外灯に照らし出されてハッキリしたのだ。
 マジェスティー……そのものではないか。
 善は一度アパートの方に足を向けようとしたが、ため息をひとつもらして、反対の方角へと歩き始めた。
 しばし言葉を失っていた二人は、受信機から聞こえた金切り声で我に返った。
『泥棒猫! あんたはどこまで私を嘲る気なの?!』
 母親の叱責。
いや、これはむしろ罵倒だ。
『やめないか、瞳子』
 標的の制止で、瞳子は沈黙した。
『朱煌、あの男には、今後一切近付いてはいけないよ。お父様はあの男が嫌いだ』
 口をつぐんでいる朱煌に、標的は声を厳しくした。
『返事をしなさい』
『…はい、お父様…』
『よろしい。今日はお前に大事な話がある。橘のおばあ様が、お前を引き取ってくださるそうだ。今日はお父様と一緒に帰るんだよ』
 その場の空気が凍りついたのが、音声越しでも手に取るようにわかった。
『あなた…。私は…?』
 震える瞳子の声。
『ああ、今日までよく朱煌を育ててくれた。礼金は後日、君の望む額を渡そう』
 クロスは思わず顔をしかめる。
 これが母親から子供を取り上げようとする者の言い草か。
『ちょっと待ってよ! 朱煌がいなくなっても、あなたは会いに来てくれるの!?』
『……必要ないだろう』
『いやよ! この子がいなきゃ来ないなら、この子は渡さないわ!』
 瞳子という母親は、何を言っているのだ?
 これではまるで、我が子を男と会う為の道具と言っているも同然ではないか。
 マジェスティーも身を乗り出すようにして、苦々しげに顔をしかめている。
『瞳子、それなら裁判で決めるだけのことだ。そうなったら金は手に入らないぞ。今なら人生を変えられるだけの金を受け取れる』
『ひどいわ、あなた…。あなたも、善も、刃だって…、どうしてこの子ばかりを選ぶのよ!』
 朱煌の声は聞こえない。
 わずか六つの少女は、この修羅場で一体どんな気持ちでいるのだろうと思うと、胸がつまった。
『母さん?!』
 朱煌の声。そして、標的のうめき声。
 クロスとマジェスティーは緊張した顔を見合わせて、頷いた。
今…体に刃物が食らいこむ、独特の鈍い音がした……。
『母さん! 抜いちゃ駄目だ!』
 朱煌の叫び。
 ドン…という重い音。
 おそらく、標的が倒れたのだ。
『お父様! お父さん?! …駄目だ、死んでる』
 冷静な朱煌の声に、いささか驚く。
『あ……、あんたの、あんたのせいよ!! こんな…! 殺すつもりなんてなかったわ!』
 反対に、半狂乱の瞳子。
『…わかってる、わかってるよ、母さん。大丈夫、あたしがちゃんとそう証言する…』
『あんたが…やったの』
『……え?』
『あんたが殺したことになさい。そうよ、あんたはまだ六つだから、罪にはならないの。だから、ね、あんたがやったと言うのよ』
 朱煌が声を失った。
 反吐が出る。
 なんて母親だ。
 我が子に罪を着せようなど、尋常ではない。
『早く、その包丁を拾いなさい! あんたはそれ位しか役に立たないんだから!!』
 クロスはハッとしてマジェスティーの腕を掴んだ。
 彼が車から飛び出そうとしていたのだ。
「放せ、クロス!」
「関わるな、撤収する」
「でも……!」
『落ち着いて』
 盗聴器の向こうの朱煌の声が、まるでマジェスティーに向けられたようで、彼はふと振り返った。
『現場を保存したら、物的証拠が残る。今から、火をつけるよ。母さんは、火が回る前に外に逃げてね』
 これが…六つの幼子の反応なのか?!  
 どうかしている。
 父親も、母親も、その娘も…、狂気に憑かれているとしか思えない。
 唖然としていると、マジェスティーが手を振り払って、アパートに走り出した。
「ジェス!! ええい、なんてこったよ、まったく!!」
 クロスはガリガリと頭を掻いて、己の甘い判断を呪った。
 あの時、標的を始末していれば、こんなことにはならなかったのだ……。




 クロスがマジェスティーに聞いたところによると、瞳子はうつ伏せに倒れる標的・橘にすがりつくようにして虚無に陥っていたらしい。
 反して小さな朱煌は、まずタンスを漁り、オイルライターの補充オイル缶を取り出すと、虚ろな瞳子を橘から引き剥がし、血塗れになりながら再度、脈を診たり鼓動の有無を確認したりと至極冷静だったという。
 続いて受話器を取り上げた朱煌は、消防署に火事の一報を入れた。
その後、ライターオイルを橘の背中にたっぷりと振りまくと、うつ伏せの彼の上着からジッポライターを抜き取り、火をつけ、それを……さほどの躊躇いもなく、オイルの染みた父親の背中に点した。
 小さな炎は徐々に勢いを増し、橘の体を包み込んでいった。
『―――――火事だ!! アパートから火が出たぞ!!』 
 ありったけの声で朱煌が叫んだのが、盗聴器越しに聞こえた。と、同時に、アパートから住人が飛び出してくる。
 おそらく、被害者を出さない為の行動だったようだ。
 炎が畳に移り、それは這うようにマジェスティーが覗く窓のカーテンを登り始めた。
『母さん、早く外へ』
『…あなた…あなた…、いや…私じゃない…私じゃない…』
『うん、うん。そうだよ、そう。母さんじゃない。お父さんを殺したのは、あたしだよ』
 言い聞かせるように、朱煌が繰り返した。
『あ……あんたが、殺した、の?』
『そう。あたしが殺した。だから、外に出ても平気。ね、危ないから、逃げて』
『あんた…が、殺した…』
 橘と共に炎にまかれた盗聴器は、奇怪な母子の会話を徐々に不明瞭にしていく。
 勇んで飛び出して行ったのだから、すぐに乗り込む気かと思っていたマジェスティーも、踏み止まっている。
 後で聞くと、朱煌のあまりの冷静さに、圧倒されて動けなかったらしい。
 しかし、これを「冷静」と評してよいものか。
 本当に冷静なのなら、とるべき正しい行動は母親に罪を認めさせて、自首させることではないか。
 そうは思えど、幼い少女があんな母親の為に下した判断に、クロスもマジェスティーも閉口するばかりだった。
『――――走れ!!』
 これが最後に盗聴器が拾った音声である。
 この指示は正しい。
 何故なら「逃げろ」では脳が周りの状況を確認してからでないと行動を起こせないが、「走れ」という具体的指示には咄嗟に行動に移ることが可能なのだ。
 やはり、瞳子はすぐさまアパートから駆け出してきた。
 そして、木造アパートを生き物のように飲み込んでいく炎を、しばし呆然と見返していた。
 先に連絡した消防車が次々到着し、野次馬を掻き分けて消火活動に移る。
『クロス…、朱煌も表に出た』
 亡羊としたマジェスティーからの通信。
 クロスはため息をついて車窓を開け、立ち昇る煙を見上げた。
「――――子供がアパートに戻ったぞ!!」
 野次馬のざわめき。
 クロスはハッとしてインカムを引き寄せた。
「ジェス! 朱煌がそっちに行った!」
『なんだって?! もう煙が黄煙に変化してるんだぞ!』
 それはすなわち、フラッシュオーバー目前のサイン。
 それに巻き込まれたら、もはや助かるまい。
「もういい! 撤収しろ、ジェス! ジェス?!」
 応答がない。
 直後、フラッシュオーバー。
 一気に吹き上がった炎。
 崩れ落ちるアパート。
 立ち昇る黒煙……。
 インカムをシートに叩きつけ、クロスがアパート裏に車を回すと、そこには全身煤けたジェスと、その腕に抱えられて気を失っている小さな朱煌がいた……。




 とりあえず宿泊先の安宿に戻ったクロスたちは、血塗れの幼子をベッドに寝かせようとした。
 その瞬間、パッと目覚めた朱煌は、まるで猫のようなしなやかな動作でマジェスティーの腕の中を飛び降りた。
「―――――?!」
 隙なく射る様に二人を見上げた朱煌だったが、マジェスティーの顔に唖然と目を瞬き、一度、大きく首を横に振った。
「……違う……」
 その呟きは、おそらくあのマジェスティーに瓜二つの男と…という意味だろう。
「貴様ら、在日じゃないな。観光客でもなさそうだ。ろくでもねぇ気配がプンプンしやがるぜ。何者だ?」
 クロスとマジェスティーは顔を見合わせて肩をすくめた。
 そしてマジェスティーがふと呟く。
「お前、英語できるのか」
 言われてみれば、小さな東洋人は流暢な英語でそう言ったのだ。
 ただし、恐ろしくはすっぱなスラングであったが、発音はネイティブだった。
「質問してるのはこっちだ」
 クロスは坊主頭をひと撫ですると、懐から小型レコーダーを取り出してスイッチを押した。
 見る見る朱煌の顔が強張る。
 それはあのアパート内での盗聴録音テープだった。
「―――――ぅああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
 突如の錯乱。
 朱煌はなりふり構わない様子で、クロスに飛び掛ってきた。
「おいッ、嬢ちゃん!」
「そいつをよこせ!」
 身軽に巨体のクロスの胸元へ飛び込んだ朱煌は、小さな体をいっぱいに伸ばして彼の持つレコーダーを奪おうとする。
「嬢ちゃん、落ち着け」
「うるせぇよ! この黒木偶野郎!!」
「…目上の人間に、なんて言い草だ」
 ため息ひとつ。
 ヒョイと猫の子のように襟首をつまみ上げ、ソファにかけるとその膝の上に朱煌をうつ伏せに押しつけた。そしてすっかり血で染まったズボンと下着をひん剥いてしまう。
「や……ッ、やめろ! 放せ~~~~~~!!」
 様子一変で慌ててもがき出した朱煌に、クロスはコレが効果ありだと頷いて、黒いグローブのような手のひらに息を吹きかける。
「これからどうなるか、わかるらしいな。安心したよ、ちゃんと子供らしい扱いもされてたようで」
 ―――――ピシャアァァァァァアンッッッ!!!
「痛ぁーーーーーーいッッッ!!」
 手を高く振り上げるまでもなく、肘から軽くスイングするだけで、お尻への戒めとしては十分だった。
 何しろ巨体の上に鍛えられているから、通常の大人が振り下ろす平手数発分の威力。
 しかも手が大きく、対して朱煌のお尻は小さいから、指の痕しかつかない。
 経験者マジェスティーは、あ~あ…と言いたげに天井を仰いでいた。
 立て続けに六発。
 すでに悲鳴を上げることすらできなくなって、すすり泣く朱煌の真っ赤なお尻をそっと撫でてやる。
「六歳だったな。だから六回で終わってやる。次は保障せんがな」
 小さな朱煌を抱き上げて、血塗れの服を脱がす。
「そら、シャワーを浴びてこい。まだ…綺麗になれる体なんだからな……」
 朱煌はマジェスティーに連れられて、浴室に消えた。
 シャワーの音。
 直後、朱煌の素っ頓狂な悲鳴が響き渡った。
「おっと。ちと加減をミスったかな」
 クロスは手のひらを眺めて肩をすくめた。
 腫れ上がったお尻に、シャワーがしみたらしい……。




「ふむ。これじゃ着てる意味ないな…」
 風呂上りの朱煌にマジェスティーのTシャツを着せてみたのだが、襟首から肩がはみ出してしまう。
「ジェス、食料買い出しがてら、子供服を見繕ってくるから子守りしてろ。それと…」
 マジェスティーの耳元で、声をひそめる。
「嬢ちゃんは普通じゃない。くれぐれも、油断するな」
 コクリと頷いて見せたマジェスティーと朱煌を残し、クロスは街へと出かけた。
 そして一時間程して戻ると、部屋の中から家捜しするような物音。      
 そっとドアを細く開けるとマジェスティーが伸されて床に倒れており、朱煌が彼らの荷物を漁っているところだった。
「油断するなと言ったのに」
 例の計画の旗印ともあろう男が、六つの子供にやられていてどうする。
 クロスは情けなく思いながら、勢いよくドアを開けた……次の瞬間、消音器独特の銃声。 
 ギョッとして身を屈めると、弾丸が頭上をかすめて廊下の壁にめり込む。
 朱煌は舌打ちしてクロスを振り返った。 
 よくよく見ると、椅子にマジェスティーの銃が仕掛けてあり、引き金に紐が通してある。
 その紐を辿ると、ドアを開けると引き金が引かれる仕組みになっていて、しばし唖然。
「嬢ちゃん…、これはお前の仕業か」
 壁の弾痕は明らかにクロスの額を捉えている。
 初歩的だが、正確に計算されたトラップ。
 不測の事態だったとはいえ、どうもとんでもない拾い物をしたようだった……。




 朱煌の泣き喚く声で目を覚ましたマジェスティーはフラフラと起き上がり後頭部を擦ると、手についた血に顔をしかめた。
「よう、お目覚めか」
 おしおきの手を止めた途端、逃げ出そうとした朱煌をとっ捕まえて、再びお尻をひっぱたく。
「痛―――――いッッッ!!」
「まったく油断も隙もない嬢ちゃんだな」
 状況を把握したマジェスティーがせせら笑う。
「いい気味だな、チビ」
「笑える立場か。俺はお前もひっぱたいてやりたい気分だぜ。こんなチビにしてやられやがって」
 バツ悪そうにマジェスティーはまた頭を擦った。
「だって…泣き出したんだ。心細そうに『お兄ちゃんと同じ顔だ』って甘えてきて。そしたらホルスターの銃を獲られて…」
 したたか後頭部を殴られて気絶させられたという訳だ。
「だから油断するなと言ったろう。ああ、そこの服取ってくれ」
 買ってきたばかりの子供服をマジェスティーが放ってよこすと、クロスは朱煌のダブダブのTシャツを脱がしてやり、着替えさせてやった。
「さてと、嬢ちゃん。今度こんなおいたをしたら、三日は腫れが引かないようにしてやるからな」
 朱煌が探していたのは録音テープだった。
 どうしても、あの証拠テープを抹消したいらしい。
 それはつまり、あくまで母親の罪を被るつもりなのだろう。
「……なあ、どうして無実の罪を背負おうなんてするんだ。母親に、あんな言われ方までされて…」
「てめぇに関係ない。黙ってろ」
 すかさずマジェスティーが朱煌のお尻をピシャリとやった。
 叩かれたばかりで腫れたお尻にはこたえたらしく、しゃがみ込んでしまった。
「口の利き方を知らんヤツだな。そもそも子供がそんな汚いスラングを使うな」
 しゃがみ込んだまま、恨めしげにマジェスティーを見上げる朱煌。
 また毒舌が飛び出すであろうと身構えたマジェスティーは、拍子抜けしたように肩をすくめた。
「……なあ、嬢ちゃん。あれは俺の額を捉えていたな」
「オッサンの背丈は、ドアをくぐる時にわかったからな」
「オッサンはよせ…。俺はクロスだ。そっちはマジェスティー。…どうして額を狙った」
「即死させなきゃ勝てっこないだろ」
 もっともだ。
 しかし、だからといってそんな簡単に人を殺そうとするなんて。
「お前な、人を殺すってのがどういうことか、わかってるのか」
 フ…と翳った笑みを口元になぞらえた朱煌。
 クロスもつい言葉を失う。そうとも、わかってないはずはない。
 今しがた、実の父親が殺されたのを目の当たりにしたばかりなのだ。
 しばしの重たい沈黙。それを破ったのは朱煌だった。
「クロスとかいったな。あんたたちこそ、この日本で銃の携帯はマズイよな」
 ニヤリとした挑発的な目。
 これは明らかに交換条件の提示であろう。
「甘いな。こちらはテープを送りつけるだけで済むんだぜ」
 チッと舌打ちした朱煌。
 これは本当に油断すると、寝首をかかれかねない…。




 その夜、クロスのベッドに忍び寄る小さな気配。
 その手のサバイバルナイフは、マジェスティーの荷物からくすねた物だろう。
 ナイフを振り上げ、ハッとしてベッドのシーツを剥ぐ。
 そこにはクロスの代わりに丸めた毛布が横たわっていた。
「ほう。刺す前に気づくとは大したものだな」
 クロスの声と共に、電気がつく。
 戸口にはマジェスティー。窓辺にはクロスがいた。
「その夜すぐに行動するとはね。仲間だったら賞賛ものだぜ」
 マジェスティーの意見にクロスも賛同だった。
 失敗しても次の行動に移る迅速さ。
 さっきの自作トラップ。
 マジェスティーを騙し遂せた小芝居に、暗闇でもベッドにクロスがいないと察した勘の良さ。
 どれも仲間であれば頼もしいまでの少女だ。
 じりじりと後退った朱煌は、サッとナイフを構えた。
 姿勢を正し、まるで剣でも構えているようだ。
「よしな。今ごめんなさいと言えば、おしおきは勘弁して……」
 言い終わらぬ内に、朱煌が踏み込んだ。
 ――――早い! 
 これはヤケクソの行動でなく、わずかでも勝算を見込んでの攻撃だった。
「クロス?! 何やってる、そんなチビ相手に…!」
 マジェスティーの驚愕はわかる。
 確かに捕らえてしまえば捻じ伏せるのは容易いのだ。が、いかんせん相手が小さ過ぎて、目測が掴めない。
 舞を舞うかのようにヒラリヒラリとかわされて、その合間合間にナイフが繰り出される。
 まるで剣舞。こんな太刀捌きを以前にも見たことがある。
 あれはクロスがまだ米海兵隊に入ったばかりの少年時代。
 太平洋戦争で日本人将校ひとりに、しかも日本刀のみで、一個小隊がほぼ全滅させられ、数名が捕縛された。
 彼の名は『朱雀院 旭』。
 クロスの命の恩人だ。
 朱煌の太刀筋は、まさしくかの朱雀院を彷彿とさせるものだった。
 天賦。
 これは天賦の才だ。
 朱煌の小さな体には、天が授けた戦士の血が流れている。
 残酷な才能が、脈打っているのだ。





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