ラ・ヴィアン・ローズ

第20話【均衡】

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       ―1991年―

 割り切れぬ思いに、高城は今日も考え込んでいた。
 朱煌を愛している。
 それは紛れもない事実。
 けれど、自分は刑事なのだ。
 人殺しを生業とする朱煌を妻に迎えるには、激しい葛藤を覚えてならない。
 もちろん、どんな罪も償えないとは思っていない。
 だがそれは、償う意思があるかどうかではないだろうか。
 朱煌は戦場に戻っていった。
 つまり、自ら流血の道を選んだのだ。
「わかったわよ、英国の戦勝祝賀会の日取り。朱煌は間違いなく、ここに招待されるわ」
 仕事から戻った成子が開口一番そう言って、仰々しい蝋封の施された純白の封筒をヒラヒラさせた。
「ついでに、私の招待状ももぎ取ってきてよ」
「大した人脈だな」
「当然。私は世界の周防成子ですもの」
 すっかり本調子の成子に、高城は呆れてお茶をすすった。
 成子はラ・ヴィアン・ローズのことは依頼ルートも知っているが、事情が事情だけに、アクセスを拒否されて本陣と連絡がつかず、さらにラ・ヴィアン・ローズ本陣の位置は各国の最高機密扱いなので、乗り込む訳にもいかない。
 それで朱煌が現れそうなところを、徹底的に洗い出していたのだ。
「善、パスポートはあるでしょうね」
「ああ、あるが?」
「なら来週一週間の休暇を取ってきて。祝賀会は王室内々のものだけれど、正装は用意してね。ああ、今からオーダーメイドで作らせましょう」
 パッパと段取りを整えていく成子に、高城は肩をすくめた。
「正装なんぞいらん。それに一週間も休みが取れるか」
「じゃあ最低三日」
「無理だ」
「じゃあどうするのよ!」
「どうもこうも。いつ俺が同行すると言ったよ」
「な……んですってぇ?」
 憤然と詰め寄ってきた成子の額を押し戻す。
「朱煌に伝えろ。俺は迎えに行かんから自分で帰って来いとな。でなけりゃ会ってやらん」
「し…信じられない。この状況下で、どうしたらそんな大上段に構えた物言いができるの」
 唖然とする成子を流し見ただけで、高城は何も言わなかった。
 高城は朱煌という娘を理解しているつもりだ。
 朱煌の背中には、大きな翼が生えている。
 無理矢理連れ戻して鳥籠に閉じ込めたところで、自分が納得しなければ鳥籠を破壊してでもまた逃げていくに決まっていると。
 



 あれこれとクローゼットからドレスを取り出して悩んでいた朱煌の養母レーヌは、ポンと嬉しそうに手を叩いた。
「新しいドレスを作りましょうか。早速パリからデザイナーを呼んで…」
 そんなレーヌに、辟易とする朱煌。
「もうドレスはいらないよ。戦勝祝賀会なんだから、軍服でいい」
「まあ、何をおっしゃいますの。レディが陛下の御前に立たれるのに、軍服などいけません。それに、女王陛下は朱雀中将でなく煌姫に会いたいと仰せですのよ」
 うんざりする。
 華やいだ席など大嫌いなのに、そこでまた花のように振舞わされるのだ。
 大体、この戦争で多くの命が失われ、難民も増大したというのに、何が祝賀会だ。
 王室内々で国を挙げてのお祭り騒ぎでないだけマシだが、上流階級の思考にはついていけない。
「…最近、女性らしくおなりだと喜んでおりましたのに、そういうところはお変わりありませんのね」
 普段厳しい教育ママだが、こういう拗ねたような仕草はやはりまだ若さを証明する。
 輝くほどに美しく血筋も確かで淑女の才幹あふれる女性なのだから、傭兵の外交やらさほど年の差のない養女のお守りなどにくすぶっていないで、ラ・ヴィアン・ローズの外に出て自分の人生を謳歌すればいいのに…とは思う。
 思うだけで、口にはしないが。
 以前口にしたら、嫌という程お尻を叩かれてしまったし。
「わかったよ、ドレスは着るから…でも、今あるのでいい」
 不満そうであれ、とりあえず承知したレーヌは、選んだドレスを英国に送る手配をしに姿を消した。
 やれやれと脱力した朱煌は、窓から空を見上げて思い切り伸びをした。
「いい天気だなぁ。…そういや、『ティット』の整備も済んでる頃だな」
 この空を飛べば、鬱々とした気分も少しは晴れるかもしれない。
 それに…この空は日本にも繋がっている。
 高城のいる、日本。
 彼は今、どうしているだろう。
「…あなた…」
 この澄んだ大気が、血塗れのこの身を洗い流してくれればいいのに。
 そうすれば、すぐにでも高城の胸に飛び込んでいけるのに。
 自嘲。
 頭を軽く一振りする。
「――――忘れるな。私は、人殺しだ……」




 会議室に顔を揃えた将官勢は、ラ・ヴィアン・ローズ結成から携わる古参猛者たちである。
 そんな彼らの頂点に立つのが、マジェスティー・C・アースルーラー将軍。
「これよりは、対テロ重視の訓練プログラムに切り替えていくということだな」
「そういう依頼が増えると思われますからな。朱雀閣下のご意見も拝聴したいのですが」
 クロスはそう朱煌が座るはずの席を流し見た。
 将官勢も一様にマジェスティーを見る。
 マジェスティーは苦笑して、かぶりを振った。
「レーヌ・ド・ローズが戦勝祝賀会の為に、ダンスのレッスンに専念させたいと言うのでな」
 将官たちは顔を見合わせて肩をすくめた。
 彼らを代表し、クロスが挙手。
「どうかと思いますぜ。レーヌ様は確かに姫さまのいい母君だが、少々ご自分の意見を押し付け過ぎるきらいがありますからな」
 改めて指摘されなくてもわかっているが、レーヌは昔から朱煌を戦地に送るのをよしとはしていないし、正しいのは彼女であるから、マジェスティーも頭が痛い。
「朱雀と煌で、あの方はひとりなんです。そのバランスを崩しては…、まあ、早い話がたまにはガス抜きしてやらにゃあ、何をしでかすかわからんということでさぁ」
 クロスの言葉はすぐに証明された。
 会議室の窓のすぐ傍らを音速の『ティット』がかすめ、窓がサッシごと吹き飛んだのだ。
 全員が瞬時にデスクを盾に回避したから怪我人こそ出なかったものの、室内は風圧でメチャクチャである。
 その惨状に、マジェスティーも将官一同も、深くため息をついたのであった。




 総重量40kgの行軍装備を背負っていては立っているだけでもキツイのに、さらに腕立て伏せにスクワットにと次々続く地獄の訓練メニューに、さしもの朱煌もヘトヘトになっていた。
「もう勘弁してよぉ」
 教官然と睨みをきかすクロスに哀願するも、アッサリ却下。
「力が有り余っとるようですからな、存分に発散なさい」
「わざとじゃないのにぃ」
「飛行中に考え事してました…なんて言い分が通るとお思いか」
 高城のことに思いを馳せている内に基地に突っ込みそうになり、何とか激突は免れたのだが……将官会議の真っ最中だったとは…。
「そもそも基地上空を無許可で、しかも音速で飛んだんだ。これくらいの罰則は当然でしょうが」
 気付いたら基地上空だったのだから、仕方ないではないか。
 朱煌絶対擁護派のアイフェンの背中に逃げ込んだが、朱煌捕獲に乗り出したのがマジェスティーでなくクロスだったのが不運だった。
「アイフェンめ、後で覚えてやがれ」
 汗だくでスクワットを繰り返しボソリと呟くと、お尻にピシャリと黒いグローブのようなクロスの平手が飛んだ。
「痛いぞッ」
「お門違いな恨み言を吐くからでしょう。アイフェンが庇ってくれたから、この程度の罰で済んでるってのに」
 本来、無許可の基地上空飛行はスパイ行為と見なされて、厳しい取調べと、最低でも一ヶ月の禁固刑は確実だったのだ。
「それくらい重々承知のくせに、ドクター・アイフェンに八つ当たりとは何事です」
 うるせえな…と口の中でこれ以上ないくらい小さく呟いたのに、クロスの眉がピクリとした。
「ほう」
「な、なに」
「それほどまでに罰則の追加をお望みか。いやぁ、愁傷愁傷」
 言うが早いか背負った装備を外されて小脇に抱えられてしまった朱煌は、本陣帰投の日の痛みを、それはそれは鮮明に思い出して青ざめた。
「ちょっ…や、ま、待て…~~~~~~痛―――――――ッッ!!」
 きっと、はっきりくっきり手形がついた。
 見なくてもわかるくらい強烈な平手が据えられた。
 おそらくクロスはとても加減しているだろう。
 だが、鍛え上げられた腕が振り切る平手の上に、その手のひらは大きくて、左右のお尻のほっぺたを分け打つことなく包んでしまうから、とにかく痛い!
「痛い痛い痛いーーーーッッッ!! 放せよ、放せったらッ、こンの馬鹿力~~~~!!」
 言葉で抗うのが精一杯。
 もがきたくても先ほどまでの地獄メニューで、手足が言うことをきかないのだ。
 というか、抗わなければお仕置きの手も緩もうというものなのに、お尻を叩かれる恥ずかしさが先にたって、冷静な判断力を生かせずに自爆するのが常である。
「…ったく、こういうとこはちっとも成長しねぇなぁ。まさか日本でも、約束の人にお尻叩かれてたんじゃないでしょうな」
 口ごもった朱煌の様子に、クロスは図星を突いたと確信してため息と共にまた平手を振り下ろした。
「い゛だ い゛~~~~~~!!」
「姫さんよ、これだけ色々な人間におしおき喰らって、まぁだ許してもらう手立てを学べないのかね」
 ―――というより、おしおきされないよう心掛ける…という点をこそ学ぶべきなんだがな……と、クロスは己が発言に苦笑した。
「わかってるよ! ごめんなさいって言えばいいんだろ、ごめんなさいって!」
「……だから」
 一瞬額を押さえた手が、朱煌のお尻に急降下する。
「痛いーーーッッッ! ごめんなさいって言ったのに~~~~!」
「微塵も反省の色を感じない。約束の人はそれで許してくれたってのかい」
 唇を噛んだ朱煌が、可哀想だとは思う。
 マジェスティーから、朱煌が高城への想いを断ち切れず心乱しているのを聞かされていたし、気分の浮き沈みが煌の時は容易に判別できるから、心配はしていたのだ。
「……どうして帰ってきたんです。好きなんでしょう、約束の人が。何も危険な戦場に帰ってこなくても、彼と平凡で幸せな人生を歩んだって、私らは怒ったりしやしませんよ」
 地面に下ろされた朱煌は、ジンジンと熱いお尻を擦りながら、黒い巨漢を見上げた。
 優しいクロス。
 自分を愛してくれる仲間たち。
 そして、父と母。手に入れた家族。
 ここも幸せ。
 幸せになってしまった。
 だから、本当はここにもいられないのに…。
 それでもここに帰るしかなかった。
 何故なら……。
「人を…殺すんだ。殺さなきゃいけない。殺して、殺して、この身を返り血で染め上げなきゃ……」
「姫さま…」
「あの人が苦しまずに済むように、私は人殺しであり続けなきゃいけないんだ」
「そうかね…? 私はそうは思わんよ」
 やはり何も答えない朱煌に、クロスは巨体に似合わない小さなため息をついた。
 出会ったばかりの小さな朱煌は、ただただ死ぬ為に生きているかのようだった。
 部下を持つようになり、自分以外の命を預かる立場になって、戦場で無茶をすることはなくなったが、どこか生き急ぐ様は変わらないように思う。
 朱煌を傭兵の道に引きずり込んだのはクロス達だ。
 幼い少女の稀有な天賦に惚れて、朱煌が危険を望むのを幸いに、戦場を連れ回した。
 時々、後悔する。
 レーヌが声高に言っていたように、普通の子供と同じに学校に行かせ、平々凡々な日々を送らせてやっていれば、『朱雀』と『煌』の二面性でバランスを取らなければならないような心には育たなかったろうに。
 約束の人・高城善積でなくてもいい。誰か、『朱雀』と『煌』を融合させてくれる片翼が現れればいいと、願うばかりである。




 思いがけない申し出に、成子は戸惑いを隠せなかった。傍らの高城も、さすがに驚いているようだ。
 黒荻刃は、そんな彼らを真剣な眼差しで見つめていた。
 彼は朱煌が現れるであろう英国の戦勝祝賀会に、自分も行くと言い出したのだ。
 彼が保健医として同行する修学旅行の場所と日程が合うのだという。
「………最近の修学旅行は海外かよ。俺たちの頃は中高両方、奈良・京都だったぜ」
「善、善。着目すべきはそこじゃないから」
 高城の呟きに成子はヒラヒラと手を振って、表情を引き締め再び黒荻を見た。
「本気、なのね」
「はい。善さんが行かないというのであれば、なお更」
「…それは善への宣戦布告ととらえていいのかしら?」
 キョトンとしている高城からしばし目を逸らして唇を噛み締めた黒荻は、やがて確かな決意をもって深く頷いた。
「二度と、会わないつもりでした。朱煌が善さんを愛しているのは、痛いほどよくわかりましたから…」
「心境の変化は、状況の一変?」
「はい。あいつが戦火に身をさらして生きているなど、僕には耐えられない。なのに善さんは動かない。だったら、僕が行動します」
 まだ状況を把握できていない高城にため息をついて、成子は黒荻に握手を求めた。
 それが同行許可の合図であると理解した黒荻は、握手を交わした後に立ち上がった。
「善さん、数々の恩義を仇で返すこと、お詫びします。でも、決めたからには負けませんから」
 黒荻は丁寧に頭を下げると、踵を返して周防邸を後にした。
「何なんだ。えらく張り切ってるな、あいつ」
「悠長に構えてるから、伏兵が痺れを切らしちゃったじゃないの」
「なんだよ、それ」
「鈍感。いっそ刑事辞めたら?」
「は?」
「黒荻くんは朱煌に惚れてるのよ!」
 やっと呆然とした高城は、ソファにもたれて手のひらで顔を一撫でしたのだった。
                                




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