ラ・ヴィアン・ローズ

第16話【初恋】

 ←第15話【懲罰】 →第17話【暗躍】


        ―1990年―
 
 翌朝の食卓で、成子は注意深く朱煌の様子を観察していた。
 言われてみれば黒荻に対して朱煌の行動は、少女を感じさせるのがわずかながら読み取れる。
 少し甘えてみたり、かと思えば苛立ったようにつっけんどんになったり、それはまさしく恋心に揺れる乙女のそれ。
 朱煌がやたらと黒荻に突っかかるのは、そのせいだったのかと頭を抱える。
「善の抜けさく。自分からライバル招き入れて、どうするのよ」
 ふと隣の虎丸と目が合う。
 彼はそっと黒荻を顎で示した。 
 黒荻は会話こそすれ、あくまで朱煌の言動を軽く受け流すことに徹しているように見えた。
 以前から朱煌が過去をチラつかせて罪悪感なぶりにかかると、こうして聞き流してはいたが、今朝は一事が万事その調子でよそよそしさすら感じる。
 朱煌もそれがおもしろくないらしく、いつもに増して絡む絡む。
 見かねた成子の咳払いでビクリと口をつぐんだが、子犬のように黒荻を見ていた。
 それに気付いているくせに、知らん顔の黒荻。
 朱煌はつまらなさそうに舌打ちすると、黙々と朝食を平らげて席を立ち、キッチンへと姿を消した。
 成子が目配せすると虎丸が頷いて席を外し、朱煌を追ってキッチンに向かう。
「黒荻くん、ずいぶん朱煌に冷たいのね」
 成子が口を開くと、黒荻は困ったようにキッチンに目をやった。
「朱煌なら、虎丸が外に連れ出すわ。…ほら」
 裏口から人が出て行く気配。
 黒荻は安堵したようだが、まだ遠慮がちにうつむいていた。
 しかし、意を決したのか、拳を握り顔を上げる。
「こんなことを僕の口から言うのはおこがましいし、自意識過剰と思われるかもしれませんが…」
「朱煌があなたに恋してる。それに気付いてしまった…かしら?」
 目を見張った黒荻は、やがてゆっくり頷いた。
「あなた、勘がいいわね。その通りよ。私も虎丸に言われて、やっと気付いたのだけど」
「……すいません」
「謝る事じゃないわ。第一、私に謝ってどうするの」
 あ…、と苦笑した黒荻。
「率直に聞くけど、あなたはどう思ってるの」
「家庭教師は辞退して、もう朱煌に会わずにおくつもりです」
「違うわ。朱煌をどう思っているかと聞いてるの」
 明らかに戸惑った黒荻に、成子は髪をかき上げた。
「それが返事ね。参ったわ、両思いとは」
「いえ、僕は…!」
 二の句が次げずに成子から目を背けた黒荻は、落ち着きを取り戻すようにお茶に口をつけた。
「…僕はこの十年、朱煌を片時も忘れたことはありません。そして自分の犯した罪を償いたい一心で、こちらにも押しかけました」
「……」
「僕を思い出したあの子から、どんな罵倒と軽蔑が待っているか、正直怖かった。なのにあの子はまるでそんな素振りを見せない。それが、僕の中であの子を特別な存在にさせた」
「難しく言えばいいってもんじゃないのよ。つまり惚れたってことでしょう」
 開けっ広げなツッコミに頭を掻いた黒荻は、「ええ、まあ…」と呟いた。
「罵倒も軽蔑もなくって言うけど、結構チクチクやられてたじゃないの」
「あれはあの子独特のコミュニケーション方というか、悪ふざけに過ぎないと思いませんか」
 成子は肩をすくめることで同意を示した。
 朱煌にとって黒荻の心を動かすのにもっとも効果的で手軽な手段だったから、やたらと過去をチラつかせて罪悪感を煽ろうとする。
 それを証拠に相手にしないと拗ねるわムクれるわ。
 昨日の一件だって、もとを辿ればそこに行き着くのだ。
「わからないのはそこなのよ。つまり、先に恋に落ちたのは朱煌ってことじゃない」
 散々自分に屈辱を与えた相手を、そんな風に思えるものだろうか。
 黒荻はさも言いにくそうに、組んだ両手の指をしきりに動かした。
「それは……僕があの子の初恋の相手だったからだと思います」
 声もなく目を丸くした成子を正視できないようで、黒荻は椅子をずらして窓の方を見た。
「相手は子供ですから、すぐわかりました。当時五つの朱煌が僕に好意を抱いていて、それがおそらく初めての経験であろうと……」
「な…、なんてこと! あなたはそれを知った上で、あの子を虐待し、あまつさえ陵辱までしたというの?!」
 久しぶりの成子の侮蔑に、黒荻は苦々しげに頷いた。
「呆れた! どこまで最低な人なの。好意を持った相手に、そんな徹底した裏切り行為を受けた朱煌の心の傷は、計り知れなくてよ!」
 成子は彼に対して感じ始めていた親しみがすっかりと薄れ、大仰にかぶりを振った。
「不愉快だわ。席を外してちょうだい」
「…はい。こちらもすぐに出ます。色々とお世話になりました」
 丁寧に一礼し、怪我の足を引きずりつつダイニングを後にする黒荻の気配が消えると、成子は立ち上がって窓辺に持たれた。
「あら…、寒いはずね」
 雪が降っていた。




 少し後悔する。
 つい興奮して黒荻を責め立てたものの、冷静になってみれば、皿を割ってしまって泣いて謝る子供に、さらなる叱責を加えた気分。
 もちろん黒荻のしたことは許されることではないが、彼は己を恥じて、罪から目を逸らすまいと生きている。
 朱煌を連れ戻さずに置き去りにして、あそこにいた方があの子の幸せの為などと自分に言い訳して過ごしていた成子より、余程誠実ではないだろうか。
 中庭を白く染め上げていく雪をぼんやり眺めていると、濡れた上着を脱ぎながら虎丸が戻ってきた。
 成子が黒荻を追い出したと聞き、朱煌が飛び出して行ってしまったのだ。
 それを虎丸が追ったのだが、どうやらまかれたらしい。
「あー、寒。よく降るよ。積もるかもね」
 ヒーターの前で凍えた手を擦り合わせながら、虎丸は成子に目をやった。
「朱煌ちゃんは多分、刃さんのアパートだと思う」
「…ん」
 予想はしていた。
 だが、無理に連れ戻そうとは思わない。
 そんなことをしたら、朱煌はますます…。
「刃さんも成ちゃんも、やり方がまずいよ。あれじゃ善と刃さんの間で微妙な均衡保ってる朱煌ちゃんの心が、刃さんに傾いちゃう」
 今考えていたことを見透かされたようで、成子は長い髪を指に絡めた。
「反省してるわ。でも私は別に、あの子の心を善に繋ぎとめておきたいから、黒荻くんを行かせたけではなくてよ」
 高城と黒荻のどちらを求めるか、朱煌が決めることだ。
 それはわかっている。
 ただ、今ひとつ割り切れないのは、成子にとって高城が特別な人だったから…。
 彼が辛い思いをするのは、できれば、見たくない。
「あー、善のこと考えてる」
 あからさまにムッとした虎丸に、つい苦笑。
「愛していてよ、虎丸?」
「ずるいよ、それ」
 口づけを交わした二人は、窓辺で寄り添い互いの手を握った。
「どうする? 明日は出発だけど、朱煌が気になるなら旅行は取り止める?」
「またマスコミに離婚の危機かと騒がれるわよ」
「いいさ。話題が命の芸能界だもの」
「行くわ。今は私がいない方がいいと思う」
「ん。…まあ、明日の飛行機が飛べばの話だけど」
 しんしんと降りしきる雪に、二人は顔を見合わせて笑い、再び唇を重ねた。


  

「はい。ええ、お願いします。じゃあ…」
 ああ、良いお年をと言うのを忘れたな…と思いつつ受話器を置いた黒荻は、コタツに潜り込んで寝転がった。
 しかし、足の傷が暖められると疼くので、仕方なしに這い出てのそのそと立ち上がり、カーテンを開けてみる。
「うわ。あっと言う間に積もったな」
 東京には珍しい積雪に、ふと思い出す。
 そういえば昔もこんな雪の日があって、気が向いて朱煌に大きな雪だるまを作ってやったら、嬉しそうにしていたっけ。
 小枝やら小石をふたりで拾って雪だるまの顔を作り、最後にバケツの帽子を乗せるのに、朱煌を抱き上げた。
すると、ビクリと体を硬直させたのが手袋越しにも伝わって、押し寄せた罪悪感。
 そこで和やかな時間は終わる。
 朱煌を雪の中に叩きつけ、出来上がった雪だるまを蹴りつけて壊すと、あの子をアパートから締め出して雪の降る中に放っておいた。
 凍えながら、それでも涙ひとつ見せずに立ち尽くし、暖かな部屋を窓越しに見つめていた小さな朱煌。
 そう、ちょうどあんな風に……。
「――――朱煌?!」
 幻覚かと思った。
 しかし確かに朱煌が白い息を吐いて、黒荻のアパートを見上げているではないか。
 痛む足に顔をしかめながらも急いでアパートを飛び出した黒荻は、朱煌に駆け寄り玄関から持ってきたコートを彼女に羽織らせた。
「どうしたんだ、なんでここに…」
「成子さんと喧嘩して家出した」
 だからこんな薄着のままで…。
 唖然としたが原因はわかる。自分が姿を消したせいだ。
 成子は自分が追い出したと言ったに違いない。
「とにかく帰れ」
「やだね。成子さんなんか嫌いだ」
「朱煌。あんなにお前を大事にしてくれている彼女に向かって、なんてことを言うんだ」
「あんたを悪く言うから嫌いなんだ。あんたを悪く言っていいのは、あたしだけなのに!」
 なんというストレートな感情表現。
 子供染みた独占欲。
 昔の朱煌では考えられない言動に、すぐには言葉が出てこない。
「刃のとこにいる」
「……駄目だ」
「…ふぅん、締め出し。あの時みたいだね」
 またそういうことを…。
 ちょうどさっき思い出していたものだから、一層胸が痛む。
 朱煌もきっと、この雪で思い出したのだろう。
「若い娘を男の一人所帯には上げられないんだよ」
「まーた常識人ぶっちゃって」
「善さんに顔向けできんだろうが!」
 やっと口をつぐんだ朱煌にホッとして、どうしたものかと考える。
 アパートには入れられないし、かと言って一人フラフラさせておく訳にも…。
「……とにかく、ちょっと待ってろ。ああ、軒下に入ってなさい」
 黒荻は部屋に戻ると受話器を取った。
 成子が心配しているといけないので、連絡ついでに迎えを頼もうと思ったのだ。
 成子とは話しづらいので、できれば虎丸が出てくれるといいんだが…。
 期待ははずれ、応答は成子だった。
 緊張のあまり口をもごつかせていると、成子がアッサリ「黒荻くんね」と言った。
「え、あ、はい。実は…」
『わかっていてよ。一緒なのでしょう』
「あ…はい、いや、外で待たせてるんです」
『二人きりにならないように? 紳士ね』
 褒め言葉か皮肉か、判断しかねる。
「それでその…迎えに来てやってほしいのですが…」
『迎えに行っても帰りはしないわよ』
 かもしれないが、このままでも困る。
『……さっきはごめんなさい。言い過ぎたわ』
 思いがけない言葉に、ドキリとする。
「あなたは間違ったことなど言ってませんよ」
『いいから聞いて。出掛ける前に、あなたにこれだけは言っておきたかったの』
 深く息を吸った成子の気配。
『朱煌はもう、昔の愛に飢えた子供じゃないの。“愛される”ということを十分その身で知っているのよ。だからこそ、恋する余裕が生まれたのだと思う』
 朱煌の空白の過去を知る成子こその言葉だった。
『愛と恋は違うわ。でも、恋が愛に成長することはある。それはあなたと朱煌次第。私の言ってること、わかる?』
「はい…」
『あなたがどう対処しようと、これもあなたの自由よ。ただ…これは虎丸の受け売りだけれど、朱煌の伴侶が高城善積であらねばならない理由は、どこにもないの』
 思わず息をのむ。
 抑えていた想いが、激しく心の扉を叩いているのがわかった。
 成子は受話器を置いたらしい。 
 しばらくボンヤリと発信音に耳を傾けていた黒荻は、我に返り、頭を一振りした。
 何を考えている。
 恩義ある高城を裏切る気か。
 それに高城の元で十分幸せそうな朱煌の心を、掻き乱したくはない。
 ともあれ、いつまでも朱煌を待たせておく訳にもいかないので、もう一枚上着を持ってアパートを出ると、軒下にも先ほどのところにも、姿がない。
 慌てて辺りを探すと、数軒先の電気屋のショーウィンドウの前に佇んでいるのを発見し、安堵。
「朱煌! 待ってなさいと言った…」
「静かに」
 鋭く遮られて思わず言葉を切る。
 朱煌はショーウィンドウに並ぶテレビのニュースに釘付けになっていた。
 ――――ガザン共和国での抗議デモは、今日未明大規模な暴動に発展。警官隊と市民がいまだ激しく衝突しています。デモの発端は橘財団系列企業が現地就労者の大量解雇を発表したことによるもので……――――
 黒荻はなるほどと納得した。
 橘が絡んでいるから、こんなに…。
「物騒な世の中になったもんだな。アメリカもルマダへの戦争準備に余念がないし」
 高城が帰れないのもそこにあるのだ。
 年末年始の上、テロ対策の為に警察は万全の体制をとっているとニュースでも伝えられる。
「……砂漠の嵐……」
 そう小さく独りごちた朱煌は、ふと黒荻を見て目を丸くした。
「いつからいたの」
 黒荻も目を瞬く。そして苦笑。
 この集中力が勉強に向かないのは、何故なんだろう…。




「ご冗談を」
 デスクに肘をついた新藤が、それは優雅に微笑んだ。
「冗談なものですか」
 対する高城も負けじと悠然たる微笑を浮かべる。
 たった今提出した明日付けからの休暇届による攻防だった。
「明日はいよいよ新年。しかもアメリカのお陰でテロ対策で不眠不休の部署すらあるこの時期に、刑事チョウのあなたが休んだりしたら、若い者に示しがつかないとは思いませんか」
 そんなことはわかっている。が、引けない理由もあるのだ。
 先ほど黒荻から電話をもらった。
 彼は朱煌の情緒不安定を伝え、一刻も早く傍にいてやってほしいと真剣に訴えたのだ。
 黙したままの高城に、新藤はヤレヤレと頭を振った。
「ひとつ、うかがってもいいですか」
「なにか」
「あなたは……朱煌さんを愛してらっしゃるのですか」
 高城は宙を仰ぎ、やがてまっすぐに新藤を見ると、ただ一度、ゆっくり深く頷いたのである。
 朱煌と過ごしたこの三ヶ月。
 瞳子の元に通い、かつてのように憎しみを共有すべく努めたが、無駄だった。
 朱煌が自分と共にある。それがすべてになった。
 瞳子は裏切り者と罵るだろう。
 それでもかまわないと思うほど、朱煌が愛しい自分がいる……。
 新藤は苦笑めいて息をつくと、デスクの上の休暇届を処理済のケースに放り込んだのだった。




「いや。いやいやいや。いーやーだ!」
 周防邸を目前にして駄々をこねる朱煌に、黒荻は顔をしかめて見せた。
「いい加減にしなさい」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや!!」
 呆れた。まるで五歳児並の反抗手段。
 というか、五歳の朱煌が絶対やらなかった子供染みた真似だ。
 しゃがみこんで微動だにしない朱煌を見下ろして、ほとほと困り果てて頭を掻く。
 正直、お尻のひとつでもひっぱたいてやりたいが、そんなことができようはずもなく、力ずくにも無理がある。
 足の傷が開きそうだ…。
「朱煌…」
「いやッ」
 傘に積もった雪が重い。
 ため息をついた時、背後から雪を踏みしめる音。
「刃。そんなところで何を……朱煌?」
 その声に、朱煌は目を輝かせた。そして、立ち上がると同時に、声の主の胸に飛び込む。
「おかえりなさい、あなた!」
 黒荻はどうにも複雑な思いを抱えて、助け舟の到来に静かに頭を下げた。




 朱煌と黒荻、そして出迎えた成子の様子から、高城は何事かあったのを察してため息をつく。
「刃、冷えただろう。成子、コーヒーでも淹れてやってくれ」
「いえ、もう帰ります。それから……学校の方が修学旅行の準備で忙しくなるので、家庭教師の件はもう……」
 さも嬉しげに指を鳴らした朱煌の鼻をつまむと、高城は黒荻に握手を求めた。
「そうか、面倒ばかり頼んですまなかったな。また飯でも食いにきてくれ」
 高城の手を握り返した黒荻は、成子にそっと頭を下げた。
 成子には、彼がもうここへは…朱煌の前には現れないと決意したのがわかった。
 黒荻が周防邸を後にすると、高城は朱煌の手を引いて二階に上がった。
 成子にしばらく二人だけにしてくれと言った時点で、朱煌の顔色が冴えなくなっていく。
 二階の部屋のドアを開けようとした高城の手を思わず引っ張った朱煌。
 ここはまずい。
 割れたガラスは片付けたが、まだ窓がはまっていないし、黒荻の血痕も落とせていないのだ。
 無言で朱煌を睨んだ高城は、強引にドアを開け放って、しばし唖然とする。
 そして、そろそろと後退っていた朱煌の腕を素早く掴むと、部屋に入って手近な椅子に腰を下ろした。
「刃は平静を装っていたが、左足を庇ってた。俺に知られないようにしてるってことは、お前絡みだな。さて、この部屋の有様も含めて、説明してもらおうか」
「…帰って早々、怒ることないだろ…」
「だろ?」
「…でしょ」
「よろしい。さあ、白状してもらおうか」
 さて、どう言い訳したものか。
 今回の件はどこをどう掻い摘んでも、圧倒的に朱煌の分が悪い。
 言い出せずにうなだれていた朱煌は、やおら手をひっぱられて高城の膝の上で腹這いにされてしまった。
「やッ、やだ、やだよ! もう成子さんに叱られたのに~~~ッッ!」
 じたばたともがいてみたが、あっさりズボンごと下着をめくられてしまった。
「あの成子がねぇ。そりゃ余程のおいたを仕出かしたようだな」
 パアァァァンッッ…と鋭い音に、朱煌は悲鳴を上げて背中を仰け反らせた。
「さっさと自白しないと、新年持ち越しになりかねんな」
「いッ、や…痛ッ、やめ……痛いよぉ!!」
「ならさっさと言いなさい」
「ひッ、あンッ、も、やぁ…! 言いますッ、言うからストップ~~~!!」
 高城の平手が止まったのでホッとしたが、腰を押さえる手はそのままなので、ごくりと息をのんでから、なるべく穏便に聞こえるよう、事のあらましを説明する。
 まあ、やはりどうオブラートに包んでも、高城の眉間の皺が見る見る深くなっていくのは回避できるはずもなかったが。
 色香で黒荻をからかって、それを成子に叱られて頭にきたから、チーマーに黒荻を襲わせたが失敗し(この部分は隠しておきたかったが、成子から伝わるとさらに状況が悪化すると思われる為、仕方なく白状した)媚薬を手に入れ、それで黒荻に自分を襲わせて成子からの信頼を失墜させようと計画したが、またしても失敗し、それによって黒荻が怪我を負った……という告白が、「そうかそうか、そんなことが」で済むわけはない。
「だからね、あのね、もう成子さんに叱られたの。お尻叩かれた、痛かったの。ね、もう処理済扱いでいこうよ、ね?」
 ずっと黙ったままだった高城は、ジロリと朱煌を睨み据え、ほんのり色づいているお尻に手をあてがった。
「いくつだった」
「え」
「成子はいくつぶった」
「え、あの、三十……」
「なら、後七十だ」
「そんなッ……痛―――――い!!」
 大きく振り上げるでなく肘から落とす平手打ちだが、これが結構痛い!
「あぅッ、い…た…、ごめんなさい、ごめんなさい! もうしない、もうしませんッ、お願い、許してぇ~~~~!!」
「成子には謝ったか」
「あ、謝ったよぉ、痛い痛い痛い!!」
「じゃあ刃には」
「謝ったぁ、ごめんなさいって言ったあ! 痛いよ、痛い~~~~!!」
「まったく、お前というヤツは。ちょっと目を離すとこれだ。寂しいからって人を巻き込む悪さばかりして。俺はお前をお仕置きする為に休暇をとったんじゃないんだぞ」
「だったら、ぶたなきゃいいだろ~~~!!」
「それが反省してるヤツのセリフかッ。そら、二十! 後五十だ」
「いやあ~~~~ッッ!!」
 じたばたともがく元気もなくなって、ひたすら泣き喚く朱煌の耳に、遠くから鐘の音のようなものが届く。
 それが除夜の鐘というものであることを後から聞いたが、とりあえず、年越しのおしおきだけは免れたのであった。

 



  • 【第15話【懲罰】】へ
  • 【第17話【暗躍】】へ

~ Comment ~

管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。
  • 【第15話【懲罰】】へ
  • 【第17話【暗躍】】へ