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盟友【オルガ番外編】

盟友【股肱の臣4】

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 まくり上げられていたワイシャツを下ろして、ずり下げられていた下着とズボンを引き上げると背中に垂れ下がっていたサスペンダーを後ろ手に引っ張ってズボンの腰のボタンで留める。
 もう既にお仕置きされた事を、もう何年も昔の事を、蒸し返されてお尻を叩かれるなどあんまりではないかとスフォールドは思う。
 ホーキンスは反省していないからだと宣うが、そりゃあ彼の言う通り、お仕置きを終わって欲しくて泣き喚いた「ごめんなさい」も幾らかは含まれていたかもしれないが、いや、実際に結構な数を含んでいたが、だからと言って反省をしていないと言及されるのは納得しかねる。
 彼の言いつけを守らなかったことはきちんと反省したつもりであるし、それによって心配を掛けていたことも知った今は悪いことしたなという気持ちも確かに存在し、更にはあの心優しく恩義あるフォスター家の老執事を嫌味や皮肉の矢面に立たせてしまったことも、心から申し訳なく思っている。
 これを反省と言わずして何と言う。これ以上、どうしろと言う。
 ホーキンスという男には腹の中を見透かされてしまうのも事実。
 けれども、これは理不尽だ。不条理だ。不合理だ。
 早い話が。
「反抗期?」
 ホーキンスから顔を背けて鼻を鳴らしたスフォールドを、ソファから見上げた彼が苦笑して言った。
「誰が反抗期です。そうやって子供扱いなさらないで頂けますか。私は納得のいかないことを受諾できぬと申し上げておるのです」
「申し上げてはいないけれどね。プンてそっぽを向いて、態度で表しているだけで」
「今申し上げました」
 言葉が形あるものとして口から吐き出されたならば、幾本もの棘が生えていたのは間違いない。
「そもそも、あなたのなさりようは皿を割った子供に追い打ちを掛ける愚行と同義ではございませんか」
 どうだ参ったかとスフォールドは胸を張って、今この瞬間までに考えた例えを披露した。
「ふむ。そうだね、皿を割ってしまって後悔する子をお仕置きなど、いけないよね」
 けれど・・・と、ホーキンスは肩をすくめて続けた。
「手が滑ったものは仕方ないと割れた皿に見向きもしない子は、叱ってやらないと駄目だろう? それとも何? お前はそういう子に、『そうだね、仕方ないよね』と代わりに皿の始末をしてあげるのかい?」
「それは・・・致しませぬが」
「お前はどっち?」
 どっち? そう問われて返答に窮していると、ホーキンスが挙手をした。
「答え。お前は皿を割って叱られたから謝った子供だよ」
「誤答。私は皿を割って後悔しているにも関わらず、割った皿を元に戻せと無理難題を突きつけられておりまする」
 双方しばしの無言で時を刻み、ややあってホーキンスがヒラヒラと手を振った。
「そ。反省する気のない子にお仕置きしても無駄だね。下がって良し」



 会う度にお尻百叩きというお仕置きを課されて以来、この五ヶ月の間に四度目の呼び出し。
 一度目は襟首を掴み上げられて、ソファに掛けた彼の膝の上に腹這いに押さえ込まれ、幼い子供ではないから垂れ下がった両手も両足も床に届いて、それがますます恥ずかしくて悔しかった。
 ズボンの腰にホーキンスの指が掛かり、サスペンダーを止めているボタンを外しているのがわかる時間は顔に全身の血が集まったのかと思うほど、赤く蒸気した。
 その指がボタンの外れたズボンを下着ごと引っ掛けて引き下げ、折り重なって厚みのある布を感じる足の付け根と、少したくし上げられたワイシャツの裾の間で、無防備に晒されたお尻を嫌でも自覚した。
 ワイシャツの裾が落ちてはみ出したお尻を隠さないようになのか、ホーキンスの左手は腰に添えられている。
「さて、お尻、百叩きだよ」
 その後は・・・言わずもがな。
 何しろ前回のお仕置きからたった三日後であり、湿布薬の力を借りても治りきっていないお尻にピシャピシャとやられるのであるから、声を我慢しただけ立派であったと思う。
 ただ、声を我慢する反動のように、床についていたはずの両の手足がジタバタと踊った。
 もがくとも言う。
「はい、今日はおしまい」
 膝から下ろされたスフォールドが両膝立ちのまま、またしてもヒリヒリじんじんするお尻をせっせとさすっていると、ホーキンスが言った。
「完熟していない桃だな」
 未熟者。
 そう言われた気がして、むかっ腹が立ったのを覚えている。
 二度目は一度目から三週間程してからだった。
 執行場所として指し示されたのは控えの間のソファの二人掛けの方、その肘掛であった。そこに腹這いになれということで、座面に上半身を預けると、肘掛けの上に乗った下腹が浮き上がる状態となるので、つまりは天井を向いたお尻が高く盛り上がった姿勢を取らされて、そうして丸出しにひん剥かれたお尻は付き上がっている分、お尻叩きのお仕置きを叩かれる前から否応なく意識させられ、その姿勢のまま、ホーキンスの執務が済むまで待たされたのである。
 三度目はホーキンスが悠然と身を委ねるソファの前のティーテーブルをどかすように指示された。
 前にもさせられたお仕置き執行場所の支度である。
「はい、私の前に戻って、そこに立つ。回れ右。では、拝礼」
 拝礼の角度は九十度。
 例によって腰のサスペンダーのボタンが外されると、ズボンと下着が引き下ろされた。
 床に対して両足が垂直あるから、ズボンが足首まで落っこちそうなものだが、腹側の二点でボタン留めされたサスペンダーがそれを支えてせいぜい太もも裏側の上部で塞き止められており、下着もそこに引っ掛かって足の付け根に絡まった。
 このどちらも以前こってりと据えられたお仕置きから全回復を果たしたお尻であったので、せいぜい短な呻き声と顔をしかめる程度をピシャリピシャリと、百。
 この公爵家家人控えの間での初めてのお仕置きと圧倒的に違ったのは、数えろとは言われなかったが頭の中で数えてしまえるくらい、まくられたワイシャツとずり下げられたズボンと下着からはみ出したお尻を、小気味良い(叩かれているスフォールドとしては小気味悪い?)音を鳴らされている姿を、否応なく思い知らされるのだ。
 聞こえ良く言えば、俯瞰(ふかん)。
 聞こえなど度外視すれば、そんな姿を冷静に捉えたくないのに、見せつけられている状態であった。
 前回はわけがわからないくらい怖くて痛かった。
 では、会う度に百叩きと言われてからのお仕置きが痛くなかったのかというと決してそういうことではなくて、我慢できるが痛いのと我慢できないくらい恥ずかしいのが抱き合わせなのである。
 そうして四度目の今日の執行場所は、公爵家家人控えの間にしか設置されていない、豪奢な執務机。
 その天板に腹這いにさせられ、いつものようにお尻を丸出しに剥かれて、いつものように決してキツくない、だが弱くもない痛みにお尻が右往左往していた。
スナップの効いた手の平が・・・いや、手の平ではなくて、平の部分は当たっておらず、(親指以外の)四本の指がまるで鞭のようにしなってお尻を弾いていくのだ。
 当たった箇所は狭い筈なのに、すぐにジンッという痛みが波紋のようにお尻の表皮に広がって、結局、手の平と同じ大きさくらい痛かった。
「はい、十。後、九十」
「~~~」
 スフォールドは腰に添えられた手を弾き飛ばすようにして、執務机から体を起こした。
 冒頭は、この直後のことである。
 追い払うようにヒラヒラと振られた手と、スフォールドから外された視線と、短く発せられた嘆息。
 そんな彼にそっぽを向いて、スフォールドは控えの間の扉を開いてくぐると、次に後ろ手に閉じたそれに背中を添わせて俯いた。
「何だよ」
 何もあんなすげない態度をとらなくても良いではないか。
「何だよ」
 少し反抗しただけで見離すような態度をとるなら、最初から叱ったりするな。
 チラと背中を預ける扉を振り返ってみる。
 ホーキンスなら自分がまだここにいることに気付いていると思う。
「ほら、拗ねていないで戻っておいで」とか。
「悪い子は続きの九十で済むかなぁ?」とか。
 何かしら言うだろうと思って、こうして待っているのに。
 いつまで経っても何の声も掛からなかった。
 あのヒラヒラと振られた手は、本気であったのか。
 スン。と鼻をすすったスフォールドは目を瞬いてブルブルと頭を振り、扉に別れを告げるように踏み出した。
 大丈夫。大丈夫。大丈夫だ。
 ワイラー公爵家の執事は後四人もいるのだから、クラウンの為に水面下の関係性を持つのであれば、ホーキンスであらねばならない理由はない。
「フン。お前なんかこれきりだ」
 スフォールドは言った。
 扉の向こう側に聞こえるように。
 それでも微動だにしない気配に、スフォールドは振返り様に扉を蹴りつけ、もう一度鼻を鳴らして廊下を歩き始めた。
 もういい。知るか。知ったことか。
 いつも通りでいい。
 いつも通りに、顔を合わせた相手と適宜談笑。
 気まずい相手とでも、これまでそうしてやり過ごしてきた。
 気まずい相手が一人増えるだけのこと。
「・・・」
 気まずい相手。自分を解雇した執事。伯爵家、侯爵家、公爵家の各三人。
 まあ侯爵・公爵家の二人とは滅多に顔を合わせることもないが、伯爵家執事とは同じ大部屋で過ごすことが多いのでそうもいかない。
 顔を合わせれば、儀礼的な挨拶は交わす。それを交わしたら、それきり違う時間を過ごす。と、いうのを、かれこれ八年やってきた。
 大部屋控えに戻ったスフォールドは手近な椅子に腰掛けて、顔をしかめた。
 たった十のお尻叩きであったが、さすがにまだ堪えるのと同時に思い出してしまったのだ。
 ホーキンスがヒラヒラと振った手を。
 は? は? はぁ? 何が「反省する気のない子」だ。
 言いつけを守らずに解雇を繰り返して心配を掛けてしまったことは無論反省しているし、拾ってくれた御大が受けた恥辱は、自分が招いたことだと理解している!
「・・・あれ」
 御大の恥辱は、無論スフォールドのせいであるが、それはそれを受け入れた為のもの。
「・・・あの」
 スフォールドは解雇以来、初めてその執事に挨拶以外で話しかけた。
「編み物がお得意で? 何を編んでいらっしゃるのですか?」
「うん? ティーコゼーをね。旦那様のポットのティーコゼーは、昔から私が編んでいるのだよ」
「・・・左様でございましたか、存じ上げませんでした」
「はは。君のような天賦の才の持ち主には、たいそうくだらないこだわりだろうがね」
「いえ、そのような。あのお屋敷を出て以来、あのティーコゼーに巡り会えず、幾らか悔しい思いを致しました」
 黙々とかぎ針を動かしていた指がふと止まり、最初の解雇先の執事が苦笑した。
「・・・そう。盗人スフォールドにそんなことを言われる日が来るとはね」
 スフォールドも思う。自分が解雇先の上司にそんなことを言う日が来るとは、と。
 ただ、思ったのだ。
 ホーキンスは言った。我を抑え、分を弁え、敵を作るが如き愚行を犯すなと。
 そして、こうも言った。こんなに大きくなったのだから、想像できるだろう?と。
 重ねて言った。そんなお前を雇い入れた御大が浴びせられていた言葉を、と。
 ならば。
 そんな自分に紹介状を書いて他家に委ねた彼らは?
 紹介状というのは「この者、我が責任を以てして貴館に託す」という意味合いである。
「あの。今更と思われるでしょうが、申し訳ございませんでした・・・」
 眼前の執事は黙って毛糸を編み続けていたが、スフォールドが頭を垂れたままでいるのを横目に、首を横に振った。
「若気の至り・・・と言うだけなら、私にも経験があるのでね、笑って済ませられたのだけれど。君にはどうにも腹が立った。だから敢えて高位家へ送り、そこで鼻っ柱をへし折られればいいと思った」
 ただ・・・と、その執事は続けた。
「そこでも君は結局『盗人』で、紹介先の侯爵家からはたいそう嫌味を言われた」
「申し訳ございません」
「いや。羨望に踊らされたのは私であるし、私を歯牙にもかけなかった君から、そのような謝罪を受けるなど、信じていなかった」
 ・・・信じて? こういう場合、「思いも寄らなかった」と言わないだろうか。
 最初に解雇された伯爵家の執事は、かぎ針を動かし始めてスフォールドから視線を外した。
「高位家執事殿に、あれほど頭を下げられてしまってはね・・・」
「は?」
「きっと、私だけではないよ。私が紹介状を書いた侯爵家執事にも、その侯爵家執事が紹介状を書いた公爵家執事にも、ミスター・ホーキンスは頭を下げて回っているだろうね」
「・・・は?」
 ム。ムカ。ムカムカムカムカ。
 ははぁ、なるほど。自分が最初に犯した失態に謝罪して回り、その苛立ちを今更ながら「さも正当なお仕置き」という形で八つ当たりされていたわけだ。
 だから、ああも容易く「見放された」訳だ。
「はは。あの方は君に「謝りに行け」と命じる方ではないし、君は例えあの方にそう命じられたからとて従う柄ではないだろうし」
 彼は苦笑じみていたが、それでも笑って言った。
「信じてはいなかった。けれど、本当に君から謝ってくれた。ホーキンスが言った通りになった」
 悔しい。
「私はようやく言える。すまなかった。君を解雇した理由は、『盗人』の君を羨んだやっかみだ」
 悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい・・・!!!
「スフォールド?」
「申し訳ありませぬ、また後ほど!」
 無礼を承知の上で、彼の前から駆け出した。
 そうしてたどり着いたのは、公爵家家人控えの間の、扉の前。
 ノックの姿勢でしばし俯く。
「スフォールド、お入り」
 気配だけで呼び込まれた扉を開くと、ホーキンスが執務机の傍らに微笑みを浮かべて立っていた。
「本当に反省して、お仕置きの続きを受けにきたのかい、良い子だね」
 はっ。
「失礼致します。まだ謝罪先が残っておりますので」
「えぇ? いいよ、四回目の続きの後で」
「いいえ! 今すぐに!」
「いいってば」
「離してください! まだ侯爵家と公爵家への謝罪がぁ!」
「ここまでくれば数時間後でも一緒だよ」
 ホーキンスがニッコリと微笑んで、スフォールドの背中をトンと押した。
 その先には執務机。
 よろめくようにその天板に腹這いとなったスフォールドは、ヒュンっと風を切る音に息を呑んで首をねじ向けた。
「おめでとう、スフォールド。やっと、そこに辿り着いたねぇ。五ヶ月もかかると思わなかったから、本当にお尻百叩きを三十日分もしなきゃいけなくなるのかと、ヒヤヒヤしたよ」
 ヒュン。ヒュン。ヒュン。
 繰り返し空を切る、独特のこの音の主は、ケイン。
「会う毎のお尻叩きはこの続きでおしまいだよ、嬉しいだろう?」
「ホ、ホーキンス?」
「はぁい? ああ、これ? 勝手に中座しちゃうから、その罰として」
 ケインでピタピタと自分の肩を叩いたホーキンスは、あのまったく安心を感じられない笑顔をニッコリと浮かべて言った。
「安心おし。お利口にしていれば、丸出しにさせたお尻をケインでピシャンとかしないからね♪」
 ややあって、ホーキンスが呟いた。
「あ、扉を蹴った悪い子のお仕置きはどうしよう・・・」
 引きつらせた顔をねじ向けてホーキンスを見上げたが、目を合わせてくれない。
「嗚呼、こちらを向かないでおくれ。お前が可哀想で顔を見られないよ」
 悲鳴を上げたかった。が、恐怖のあまり、声が出なかった。




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