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盟友【オルガ番外編】

盟友【股肱の臣3】

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「ス・フォールド♪」
 ぎゃん!
 クラウンを宮廷の正面玄関で見送って、自分はいつも通りに末席爵位使用人控えの間に向かって裏口を潜ったところで大きな柱の陰に引きずり込まれると、無駄に陽気な声の主にポンとお尻を叩かれたのである。
 発声はどうにか飲み込めたが、心の中ではまだ悲鳴がこだましていた。
 恥も外聞もかなぐり捨ててお尻を両手でさするスフォールドを覗き込み、声の主、つまりホーキンスが顎を撫でた。
「何だね、大袈裟だな。肩を叩く程度だったろ」
「~~~だったら肩を叩いてください。あれからまだ三日しか経ってないのですよ」
 あれからとは勿論ホーキンスのお仕置きのことで、湿布を幾度も取り替えてどうにか腫れは引いたものの、階段を下りる時や椅子に掛ける時などはまだ気をつけないと痛むのだ。
 ホーキンスは鼻をヒクつかせた。
「あれあれ、本当だ。うっすらと湿布薬の匂い。これは失敬」
 いいや、違うな。うっかりじゃないな。わざとだ。わざとに違いない。
「さてさて。ここだと人目につくし、俺の控えに行こうか」
 スフォールドはウッと声を詰まらせて後退った。
「ほらほら、早くおいで。まあ別に、俺はワイラー公爵家執事とフォスター伯爵家執事が仲良く立ち話していたという噂が立とうが、困ることはないのだけれどね」
 スフォールドは弾かれたように視線を周囲に走らせた。
 そうだ。他家の家人たちにこの光景を見られて上るに違いない噂と言えば、双方の執事が懇意らしいという想像が膨らんだ末の、クラウンがワイラーの傘下に入ったというものでしか有り得ない。
 それは派閥の垣根を超えてヒラヒラと舞い飛んでいるクラウン(道化師)に、要らぬ足枷を掛けることになり、彼の執事として大きな失策ではないか。
 スフォールドは己を律するように両手でパンと頬を打ち、ホーキンスの前を通り過ぎ様に声をひそめた。
「後ほどお伺い致します。肩を並べて歩くのは憚られます故」



 控えの間での時間はどの爵位の家人たちにも貴重な休憩時間であるからして、殆どそこに入り浸り、廊下に出る者は稀である。
 その希な行為をしたところで、談笑に夢中な者も、読書に夢中な者も、持ち込んだ仕事に夢中な者も、気付きはしないのは大変助かるのだが、ここに集うのは家令に執事に近侍に従僕と、ウォッチが基本中の基本という面々ばかりであるのにそれはそれでどうかと思う。
 さて、この大部屋を目的地に向かう為にいとも簡単に抜け出せたというのに、そういう難癖めいた感想が頭を過るのは、実のところ「おや、スフォールド。どちらへ?」と声が掛かって、ホーキンスの待つ公爵家家人控えの間に『仕方なく』向かえなかったという状況にならないことが不満だったのである。
 要するに大部屋の家人たちは、預かり知らぬところで八つ当たりを受けているという訳だ。
 別にそういう事実がなくとも、「彼らの目があって出向けませんでした」と帰ってから手紙を小姓に届けさせるというのも考えたのであるが、事実無根である以上、後日ホーキンスがニッコリと微笑んで「嘘つきはお仕置きだぞ♪」とか言いかねない。
 いや、言う。絶対言う。必ず言う。
 他者に本心を気取らせないポーカーフェイスが売りの自分であるのに、彼には心の内を全て見透かされてしまうスフォールドはそれが悔しくて仕方ないのだ。
 あれだ。まだ右も左もわからない王都にやって来て、そこで多感な年頃である十二歳から十五歳という時期を過ごしたお屋敷の使用人最高責任者。
 あの頃に幾度も叱られた記憶がスフォールドの苦手意識に繋がって、覆い隠すつもりが表情から滲んでいるように思われる。
 などと。
 今更考えても仕方のないことで思考をグルグルと巡らせている間に、到着してしまった。
 ワイラー公爵家、家人控えの間のドアの前。
 ノックの姿勢のまま、スフォールドは呻く。
 胃が痛い。ついでに、お尻がムズムズするのだけれど、いつまでも突っ立っていても仕方がないので意を決してノックすると、「入りなさい」という声。
 ドアを開けて下位家の執事として一礼。
「うん、美しい。優美なお辞儀だね。感心、感心」
 ホーキンスは三日前と同じように、悠然とソファに身を委ねていた。
「・・・失礼致します。お茶をご用意しても?」
「ああ、気が利くね、お願いするよ。今日はお前の分も用意なさい」
 スフォールドの胸の中で祝福の鐘が鳴り響いた。
 お前の分も、ということは二人でお茶を飲む時間を設定されているということで、三日前のようにお仕置きされることはないのだと確定したのである。
「あれあれ。ホッとしちゃって」
 聞こえないフリをして砂の落ち切った砂時計を横目に、スフォールドはポットからティーコゼーを外してお茶をカップに注ぐと、トレイに乗せた二つのカップを彼の前に差し出した。
「お前も掛けなさい」
 手にしたカップから立ち上る湯気を前に鼻腔を遊ばせるようにして、ホーキンスがさも満足げに差し向かいのソファを指し示した。
「ふふ、腕を上げたねぇ。私でもこうはいかないな」
「・・・ご冗談を」
「本当のことだよ、盗人スフォールド」
 差し向かいにじっくりと見つめられて、スフォールドは気恥ずかしさで俯き加減にカップを口に運んだ。
「本当に、大きくなったね」
「・・・つい三日前にお会いしたでしょう」
「あの時は、どんなお仕置きをしてやろうかばかり考えていてね。お前の育った姿をあまり良く見ていなくて」
 スフォールドは口に含んだお茶でむせ込むところだった。
「子供の時みたいに泣いちゃうとか、やっぱり第二案はきつかったねぇ。第一案で行けば良かったかなとか思うわけだよ」
 ホーキンスがカップからチラと視線を上げて、どうにかむせることなくお茶を飲み込んだスフォールドを眺めた。
「三日前のお尻叩き、開始から休憩までの間で幾つ叩かれたか覚えている?」
「・・・さあ、記憶にございません」
 何なのだ、この不毛な会話は。
「はっはっは。覚えていないのではなくて、わからないのだろう? こんな大きな子が、我を忘れてビービー泣き喚いていてはねぇ」
 非生産的。いや、唯一生産されているのは、スフォールドの頬の肌の血行が活性化して起こる赤面くらいのものである。
「百叩き。それ以上も以下もなく、お尻百叩き」
 スフォールドはつい思った。
 たったの? あれがたったの百?
 休憩を言い渡されるまで、まるで悠久に感じた時間が、たった百叩き?  
「一発、一発、お前のお尻の痛覚が鈍るまではゆっくり。そこからは百までの残りを間断なく」
 ゴクリ。お茶でなく、息を飲んだ。唾を飲み込んだ。
 そう、お仕置きが始まった時は、あの続け様の平手を見舞われると思っていなかったから歯を食いしばって声を耐えたのであるが、痛くても我慢できそうだと感じた途端の絶え間ない平手の雨を経験した休憩後は、いつ何時、またあの豪雨が襲い来るのかとその恐怖感に苛まれ、ゆっくりと据えられる平手にも緊張して、逃げ出したい気持ちに侵食された。
 そうして恐れていた続け様の平手が降り注ぎ始めると、これがいつまで続くのか見えない終わりに涙がこぼれて喚いてもがいた。
 百で終わるとわかっていたら、あそこまでみっともなく泣き喚かなかったのに。 
「ま、そのお尻百叩きと休憩をね、じっくり約三時間掛けて繰り返したわけだが」
 ・・・いや、やはり泣いたかな・・・。
「休憩時間だって、後半になるにつれ長くなっていったよ。すっかり腫れ上がってしまったお尻の痛覚を取り戻させるのって、結構掛かるよね。いやもう、後半は確認するとポンポンで真っ赤なお尻が痛々しいやら、可哀想やらで、胸が痛かった」
 いやいや。ならばそこで終わってくれれば良いのでは?
「ならばそこで終わってくれれば良かったのにと思っているだろう? いやいやいや。そうはいかない。せめて一度目の解雇で改心してくれればと願っていたものを・・・はい、残り何度?」
 いきなりヒラリ振られた手に回答を求められて、スフォールドはおずおずと二本の指を立てた。
「正解。一度くらいなら大目に見ても良かったのだけどねぇ。更に二度の解雇。ああ、この子、反省してないなぁ、とか思ったわけだよ」
 ここは沈黙が金であると、スフォールドはお茶のおかわりをホーキンスのカップに注いだ。
「だけど、あのお仕置きで仕上がったお尻はさすがに可哀想だった。叩いてもいない側面やお尻の割れ目より上の腰辺りまで、赤みが滲んで腫れ上がっていたものねぇ」
 そうとも。姿見に映ったあの情けない姿は、およそ成人男性の臀部とは思えない程の丸みを帯びて真っ赤だった。
「ふう。やはり、第一案にすべきだったかなぁ」
 それは何ですかと聞けとでも?
「さて、その第一案というのはね」
 聞かなくても話し出すわけか・・・と、スフォールドは諦めの境地でムズムズするお尻をさすった。
「二年と半年分、会う事にお尻百叩き」
 聞いているだけで想像してしまってお尻が痛痒さを思い出し、ティーテーブルに腹這いになる瞬間の屈辱が鮮明に蘇って、耳朶に頬にと熱が押し寄せてくるではないか。
「執行場所はその都度決定。道具の有無は態度次第。いい子でお尻を出せるなら、平手でピシャリピシャリとね。ただし、お尻は必ず丸出しにひん剥いて」
 ソーサーを左手に。カップを右手に。優雅にお茶を口に運んで言葉を紡ぐホーキンスの言葉が、叩かれてもいないお尻をヒリヒリとさせる。
「ああ、さすがに二年と半年間ではないよ。それじゃあ、叩き続けられたお尻のように気持ちも麻痺して反省できないだろうから。程良いところで一年分を十二日として二年分が二十四日。足すことの半年が六日で?」
 またヒラリと手の平を向けられて、指だけで示せない数にむくれつつ口を開く。
「・・・三十日・・・」
「正解♪ 三日前のお仕置きより数は多くなるけれど、こちらの方が半時もすれば赤みも痛みも引くだろうし、お前の為だったかなぁ」
 滑らかな舌が止まらない様子のホーキンスがカラカラと笑い声を上げた時、スフォールドは遂に堪りかねて、手にしていたカップを彼の顔面目掛けて投げつけた。
「ふざけんな!! アンタ、俺を弄んで楽しんでいただけだな!?」
 まだお茶を半分以上残したカップであったが、ホーキンスはヒラリとかざした手で受け止めたそれの中味を一滴もこぼすことなく、ティーテーブルに置いた。
「主従揃ってスパンキング趣味とか、恐れ入るね! やっぱり俺は反省する必要などなかった訳だ!」
 優雅に、優美に、風雅に。そして、射抜くような鋭利な眼光のホーキンスが、ソファの肘掛に頬杖をついた。
「ふむ。念の為に煽ったつもりだったのだけれど。そう、旦那様の嗜好に気付いているの」
 あ。
「身辺を調べられたところで、そこに辿り付きはしない。だとすれば、それは調べられたのでなく、見抜かれた結果。旦那様のお側に近付くどころかご尊顔拝し奉ることすらできないお前に、それは不可能。となれば・・・」
 あ・・・。
「諸侯に軽んじられるフォスター伯爵、クラウン(道化師)と称されるお前の主人は、大層なご慧眼を備えておいでだね」
 ~~~やられた。この男、辱めをわざと煽って煽って、鎌をかけたのだ。
「ふふん。な~るほど。我が主がお気に召した上、お前が離れがたく思う主がどういうお方なのかと、気になっていたのだけれど」
 ぬかった。油断した。迂闊だった。
 精一杯おどけてふざけて、諸侯からもその従者からも頓馬だ間抜けだ阿呆だと、笑われることでフォスター伯爵家を守ってきた主の足を、こんなことで引っ張ってしまった。
「お、願い、です。お願いです! ホーキンス、どうか内密に! 後生です! 主が自ら踏み出す時まで、どうか、どうか、どうか・・・!!」
 スクと席を立ったホーキンスに縋るようにしがみついたスフォールドの髪に、彼の指が絡みついた。
「スフォールドや。本当に、良かった。恵まれた才能を持つ小生意気な『盗人』が、この先どうなっていくのか心配しかなかったのに・・・」
 髪に絡みついた指が這うようにスフォールドの頬を包み、屈んだホーキンスが笑みを浮かべて覗き込んでくる。
「見つけたのだねぇ、添うて共に有りたい主を」
 頷いた。幾度も、幾度も、幾度も、幾度も。だから壊さないでと、切なる願いを込めて。
「あれあれ。ものすごい動揺だねぇ。よぉく考えてごらん? ここまで諸侯に間抜けな道化師を印象づけたフォスター卿が、実は見識を備えた人物だと吹聴してみようか。私ならこう思う。何を以てしてそういう話になった?・・・とね」
 ハタと気付く。そうか。そうだ。これを現状においてまことしやかに語るなら、必然的に語らねばならないワイラー公爵のスパンキング嗜好。
 恐らくは、どちらも一笑に伏されて終わる。それは双方が己の秘中の秘を、長年に渡って隠し覆せた結果だ。
「いいかい、スフォールド。貴族など金蔓としか考えていなかったこの俺が見つけた、添うて共に有りたい主だ。その主が心を動かしたお方の築いてきたものを台無しになど、決してしない」
 心底の安堵はスフォールドの膝を床へと手折らせた。
 この声のトーンは信頼できる。十五歳の時、この声で紹介状を手渡されて、幾度も幾度も言い聞かせられたのだ。
 我を抑え、弁え、敵を作る愚行を犯すなと。
「ところで・・・ス・フォールド♪」
 この声のトーンは・・・戦慄。
「ツケは払った。精算を済ませた。すっかり身奇麗な筈のお前がどうして私を怖がるのか、怖くて仕方ないのか、わかる?」
 何を言われているのかわからなかったのは数秒で、スフォールドは全身を総毛立たせてその場を跳ね退き、お尻を両手で覆い隠した。
「あの時は痛いのと恥ずかしいのから逃れたいだけの『ごめんなさい』だけで、反省してないからだよね。それを俺に見抜かれやしないかと、ビクビクしているから怖いんだ」
 ニッコリ。この微笑みは彼を知る限りで嫌な予感しかしないというか、嫌な思い出しかないというか。
「やっぱり俺は反省する必要などなかった訳だ。て、どういうこと?」
「え。いや。その。売り言葉に買い言葉と言うか・・・」
「うんうん。『やっぱり』なんて一言がついていなければ、俺もそれで手打ちにしてあげたよ?」
 ジワジワと近付いてくる似非笑顔から、抜けた腰をどうにか背後についた両手で引きずるように後退っていたスフォールドの襟首が掴み上げられた。
「さてさて。今日はぁ・・・、お前が一番嫌いな膝の上にしようか」
 今日は? 今日はって? 今日はって何!?
「俺も忙しい身であるし、頻繁には会えないからね。二十九日目は、いつになるかなぁ?」
 


「モートン、その棚に並んだ手帳は走り書きばかりだが、フォスター家の催事とその支度の流れ、当主の年間スケジュールなど綴ってあるから、活用すると良いよ」
 フォスター家に雇い入れたばかりの初めての弟子に、スフォールドはこの十数年分を詰め込んだ書棚を指し示した。
「これはすごい。ありがとうございます。良い勉強になりましょう」
 さも嬉しそうに微笑んで頭を垂れる彼のこの穏やかな性質と謙虚な姿勢は、スフォールドにはなかったものだ。
 ホーキンスが言いたかったのは、嘘でもいいからこういう風に立ち回れということなのだろうと、今更ながら思う。
「あの、スフォールド。質問をよろしいでしょうか」
「うむ、何だね?」
「この、日付の上にひどく乱暴に書きなぐられたバツ印と、横に添えられた数字は何ですか?」
「うん? どれ?」
 モートンが指し示しているバツ印。数字は三十から始まって、その数を減らしていく。そういうページが時折現れて・・・。
「これは、気にしなくて良い」
 小首を傾げながらも師の言葉に素直に頷いて手帳をめくっていくモートンを眺めつつ、スフォールドはヒリヒリしてきたお尻をそっと撫でさすったのであった。



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~ Comment ~

うわぁ!
結局、第1案も採用されてしまったのですね。さすがホーキンス。恐ろしや。
スフォールドは素直に受けられたのでしょうか?^^;

ホーキンスの立ち回りはさすがですね。
家令として仕事をこなし、クラウンの前では兄貴分のあのスフォールドが、ホーキンスに振り回されて本音を引き出されて。
でも、添うて共に有りたい主に出会えた二人だからこそ通じるものもあって。

スフォールドには気の毒ですが、エピソードがもっと読みたくなる二人です(^_^*)

ゆっきーさま。

いつもありがとうございます(^^)

スフォールド、振り回されまくっていますね。
さて、第一案にスフォールドは。。。第四話です(笑)

ええ、もう。スフォールドが気の毒で気の毒で。。。
( ̄▽ ̄)ニヤリ
もう可哀想だからやめてあげてと良心が言っていますが
今のところフル無視しております。
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