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ラ・ヴィアン・ローズ

第10話【記憶】

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      ―1990年―

 意識を失った朱煌は、新藤が呼んだ救急車で歌舞伎町近くの総合病院に搬送された。
 一日経っても意識が戻らず、翌日精密検査となったのだが、出勤前に病室に立ち寄った高城は白いベッドで昏々と眠る朱煌を、改めて見つめていた。
 看護婦がメイクを落としてくれた素顔の朱煌は、やはり昔の面影を強く残していて、ホッとする。
 背が伸びた。
 むしろ、高いほうではないだろうか。
 十年前は平均身長にも達しないチビすけだったのに。
 昔は男の子そのもののショートだったが、肩まで伸びたみどりの黒髪。
 こうして黙って眠っていると、そう、和製スリーピング・ビューティーといったところか。
 ただ、美人には違いないが、どこか少年のように見える点は、昔と同じ。
「……大きくなりやがって……」
 寝顔をそっと撫でた刹那、何の前触れもなく、朱煌がパチリと目を開けた。
 あんまり突然であっけにとられる高城を尻目に、むくりと起き上がった朱煌は、寝ぼけたような様子で辺りを見回している。
 そして、その視線はついに高城にぶつかったのだが、きょとんとするばかりであった。
 心配、したのだ。
 十年も行方をくらまし、やっと会えたと思ったら、人の顔見るなり気絶して、挙句にそのまま丸一日も意識が戻らず…………それなのに!
「お前な! 目覚めて何の言葉もないたぁ、どういう了見だ?!」
 やおら怒鳴られてビクリとした朱煌を抱え、自分はベッドに腰を下ろしてその膝に彼女をうつ伏せに押さえ込む。
「HWAT?! 」
「なぁにが『HWAT』だ! 散々心配かけた上にすっとぼけやがってッ。そういう態度がどういう結果を招くか、今たっぷり思い出させてやるッ」
 検査着の裾をめくり下着をひん剥くと、お尻にしたたか平手を振り下ろす。
 パアアァァァン!
 小気味良い音が病室に反響して、朱煌が悲鳴を上げて背中を仰け反らせた。
「NO――――――ッッッ!!! STOP! Pleaseッ、Ouch!! NO――――――!!!」
「うるさいッ、なに訳のわからんことを抜かすか!」
 子供の時ではないのだから、高城の平手にもいささかの容赦もなく、あっという間に朱煌の形のよいお尻は真っ赤に晴れ上がっていった。
「NO……ッッ、あ、Ouchッ、わあぁ――――んッッ」
「そら! 言うこと言えなきゃ、いつまでたっても終わらんぞッ」
「あ…? う…? 」
「ごめんなさい、だろ」
 一際強く振り下ろした平手に、朱煌は大きな悲鳴を上げた。
「GO・ME・N・NA・SA・I……?」
「なんで疑問系なんだッ。お前、何も反省しとらんのか!」
 再び高々上がった手に必死に頭を振った朱煌は、何かを必死に考える様子を見せて、やがて潤んだ瞳を高城に向けた。
「ご・め・ん・なさい……、ごめんなさい――――ッ!」
 あんまり必死なのと、いまだかつてないほどに赤く腫れた朱煌のお尻に、さすがに高城も可哀相になって、朱煌を抱き上げ膝に座らせ下着を戻してやった。
 座ると痛いのか、朱煌はくすんと鼻をすすり上げてお尻を擦っていたが、高城にまだ睨まれているのに気づいて、「sorry……」とビクビクしていった。
「日本語使え、日本語。ここは日本だ」
「NIHON?  ……Japanese? 」
 また考え込んでいる。
 そういえば、怒りのあまり気にも止めなかったが、なんだか様子がおかしくはないか?
「Who……、あ、の、……あなた……誰?」
 膝に座らせていれば、見下ろす必要もないほど大きくなった朱煌は、遠慮がちにそう言ったのだった。




「朱煌さんのお尻ひっぱたいて、記憶喪失にさせちゃったんですって?」
 出勤して顔を合わせた新藤の第一声に、思わず脱力。
「尻ぶたれて記憶なくすなんて話、聞いたことないでしょうが。医師も覚醒時点で記憶を失ってたようだといってますよ」
 部下から書類を受け取りながら、高城が呆れ顔で答えた。
「覚醒時点というと……公園に現れたときにはまだ記憶はあった、ということですか」
「でしょうな。だから、約束の公園に来たんでしょう」
 それもそうだと頷いて、新藤は高城を覗き込むようにニヤリとした。
「どうしておしおきしたんです?」
「どうして? 決まってるでしょう。十年ですよ、十年。散々人に心配かけて、尻のひとつもひっぱたいてやらにゃ、治まりませんよ」
「へえ。心配、ねぇ。憎悪対象を心配できるなんて、いやはや、度量がおありでいらっしゃる」
 言葉に詰まった高城に、新藤はやおら表情を引き締めた。
「羽生瞳子側が、弁護士を変えてきました。今までの弁護士が彼女の精神鑑定を主張していたのが一変、全面対決の構えだそうですよ」
 精神鑑定を拒否していたのは瞳子自身だった。
 自分は正常である。
 その上の無実を訴え続けていたのだ。
「今度の弁護士は日本で一・ニを争う凄腕です。その分依頼料も破格なのですが…さて、拘置所暮らしの彼女がどうやって、ねぇ」
 高城は黙ったまま、年下上司の端正な顔を見つめていた。




 奇跡の逆転無罪。
 新藤の言葉の数日後、このニュースが巷を席巻した。
 新藤から借りた車を走らせながら、高城は深いため息をつく。
 あまりに劇的な出来事が一時に起こって少々混乱していること。
 瞳子が無罪を勝ち取ったことで必然的に朱煌が真犯人だと裁判所が判断したのだということ。
 そして、新藤以下の当時の捜査陣が誤認逮捕の責任問題でマスコミから叩かれている……ということもあり、手放しに喜ぶ気分にはなれずにいたのだ。
 それに……朱煌の生還を瞳子に告げるか否か、答えを見出せぬまま、今日釈放になる瞳子を迎えに拘置所に向かったのであるが……。
「ご存知なかったんですか。羽生瞳子なら、今朝釈放になったのですよ」
 すっかり顔見知りとなった拘置所の職員から聞かされて、教えられた都内のホテルにUターンでは、気も滅入る。
 しかも教えられたホテルが一流の有名どころとくれば、困惑の極みだ。
 フロントで瞳子を呼び出してもらうと、彼女はあっけらかんとした様子でやってきて、ひらひらと手を振った。
「よくここがわかったわね」
「拘置所の職員に聞いたんだ」
「なんて顔してるのよ」
「なんで迎えを待たなかった」
「あら、怒ってるの」
「当たり前だろ。それになんだよ、このホテル。こんな贅沢できる身分じゃないのに、何やけくそになってんだ」
「平気。私は今、億万長者なのよ」
 言われてみれば、拘置所出とは思えない高級なブランド服に身をかためる瞳子。
「昨日、所長が教えてくれたの。私には、足長おじさんがいるって」
「足長おじさん?」
「そ。スイス銀行の私名義のカードを、送ってよこした人がいるのよ。日本円にして毎月約五百万円振り込まれてた」
「月……五百万?!」
「預金はほぼ十年前から始まってるわ」
 年間六千万。それが十年なら……六億!
「だから心配ないのよ。死刑判決を覆してくれた有能な弁護士も、その人が雇ってくれたらしいわ」
「待てよ。そんな得体の知れない金……」
 クックと喉を鳴らした瞳子の冷笑に、高城はゾッとした。
「このお金はね、実の娘に陥れられた無実の母親を哀れんでくれた方の、善意なのよ」
 ああ、まただ。
 朱煌を語るとき、瞳子には狂気が宿る。
 まるで娘を憎むことで心の均衡を保っているようで、こんな時は決して諭してはならないと、高城は固く心に誓っていた。
「誰も私を信じない。そんな地獄にやっと見えた、唯一の光」
「……」
「ね、善ちゃん。あなたですら、信じていると言いながら、心の隅で私を疑っているもの」
 見透かされた本心に、高城は唇をかんだ。
「いいのよ、そんな顔しなくて。善ちゃんは刑事だもの、仕方ないわよね。………私が許さないのは、朱煌だけ。もうどうせどこかで野たれ死んでるでしょうけどね」
 ついぎくりとする。
 ダメだ。
 朱煌が生きて戻ったなど、話せる状況ではない。
 こうなると、朱煌の記憶がないのはむしろ幸いかもしれない。
 何も知らなければ、傷つくこともないのだから……。




 さすが金持ちの坊っちゃんの愛車は、装備も充実している。
 ポケベル全盛期の時代に、車内電話とは。
 しかしだ。運転しているのが持ち主の新藤でない限り、先程から延々なり続けている電話など、騒音でしかない。
 その内に切れるかと放っておいたが、かれこれ五分は鳴りっぱなしでいい加減イライラしてきた。
 仕方なく受話器を取り上げ耳に当てると、
「何やってんです! さっさと出てくださいよ!!」
 いきなり怒鳴られて面食らったが、電話の主は当の新藤ではないか。
「朱煌さんが姿を消しました!」
 一瞬頭が真っ白になり、危うく追突しそうになったので、路肩に寄せる。
「……記憶が戻ったのか」
「わかりません。今日の午後、精神科の権威である博士に来ていただく予定で、それを朱煌さんに伝えてすぐ、姿が見えなくなったんです」
 心がざわめく。
 また……また朱煌を失うのか?
「探す……」
「探すって、どこを……」
「探すんだ!!」
 高城にだってわかりはしないが、今度こそできる限りのことをしなければ、気が治まらなかったのだ。




 病院付近で地道な聞き込みを続けていると、朱煌らしき女性が男三人連れにナンパされて、車に乗ったことがわかった。
 車の特徴を聞いてピンとくる。
 いつもこの辺りで獲物を物色しているチーマーで、婦女暴行の常習犯。
 高城たちもマークしている連中だ。
「そんなのにノコノコついて行きやがって! 見つけたら、うんと尻ひっぱたいてやる!!」
 心配なのを通り越し、沸々と腹が立ってきた。
 何かといえば心配ばかりかけて、そういうところはまるで変わってないではないか。
 というか、記憶を失ってまでこうとは、これが朱煌の本質なのか。
「こりゃ先が思いやられるぜ……」
 ため息交じりに呟いたとき、肩を叩かれて振り返ると、そこにいたのは黒荻刃という、高城の親しい友人であった。
 彼・黒荻刃は、かつての瞳子の情夫であり、朱煌を虐待した、あの男だ。
 五歳の朱煌に半殺しにされた彼を見舞う内に、すっかり懐かれてしまったのだが、付き合ってみれば心根の腐った男ではなく、今は驚くことに高校で保健医などをしている。
「何難しい顔してるんです」
「いや、朱煌のヤツが……」
 言いかけて口をつぐむ。
 果たして話してしまってもよいものか。
「あきら…? まさか、あの朱煌ですか?! あの子、生きてたんですか?! 戻ってるんですか?! ねぇ、善さんッ!!」
 そうだ。彼もこの十年、後悔の中に生きてきた。
 自分がもっとちゃんとした父親になっていれば、あんなことにはならなかったのだと、自らを責め続けていたではないか。
「……ああ、つい数日前にな。ただし、記憶を失ってる。その朱煌が病院から脱走した上、チーマー共の車に連れ去られた」
「そ、そいつら、大丈夫なんですか」
 高城はつい頭を掻いた。
 さすが朱煌にボロ雑巾にされた経験者だけあって、心配のポイントが的を射ている。
「そういうことだ。あいつが何かしでかさない内に、連れ戻す。一緒に来てくれるか」
「どこにいるかわかってるんですか」
「連中の溜まり場はわかってる。十中八九そのクラブだろう」
 ふたりは互いに頷くと、歌舞伎町へと走り出した。




 悲鳴とともに何人かの男女がこけつまろびつ店から出てくると、先を争うように街中へ逃げていった。
 店内の騒然とした様子が、絶叫と物が激しく壊れる音で手に取るようにわかる。
 高城と黒荻は顔を見合わせた。
 どうやら、手遅れだったらしい……。
 ドアを開け放つと、きっと朱煌が大暴れしているものと思っていたのに、中で殴り合っているのは、彼女を連れ去ったチーマー達だった。
「仲間割れですかね。けど、なんか妙だな」
 黒荻の声に我に返って、薄暗い店内を見渡すと………いた、朱煌だ。
 朱煌はカウンターでブランデーをなめながら、チーマー達の喧嘩を愉快げに眺めているではないか。
 高城の眉間にピクリと皺が入ったのを、黒荻が「あーあ」と言いたげに片手で顔を覆う。
「なあ……もう勘弁してくれ…」
 額から血を流したチーマーの一人が、息も絶え絶えに哀願した。
「なんだ、もう終わりか」
 鼻で笑った朱煌は冷たく言い放つと、長い黒髪を優雅にかき上げた。
「だって、死んじまうよぉ……」
 額の傷を押さえた男が喚くと、朱煌はブランデーを やおら男目掛けて投げつけた。
 グラスは男の顔面に命中し、酒びたしとなった男は悲鳴を上げた。
「消毒終了。もう死なないからね。はい、バトル続行。楽しませてくれよ」
 哀れ、男はとうとうすすり泣きを始めた。
「やれやれ。つまんない野郎共だぜ」
 肩をすくめる朱煌は、まるで性質の悪いチンピラかヤクザ。
 高城は頭痛をおぼえて片手で顔を拭うと、大きく咳払いをした。
 瞬時に朱煌の様子が一変する。
 飛び上がらんばかりにビクリとすると直立不動。
 男たちはあっけに取られていた。
「刃ッ、そいつらを病院に連れてってやれ!」
「あッ、善さん!」
 黒荻の制止を振り切るようにツカツカと朱煌に歩み寄った高城は、あっという間に彼女の腰を抱え、ピシャリピシャリとお尻をひっぱたいた。
「い、痛い痛い痛い――――ッッッ!」
 じたばたもがく朱煌の悲鳴も唖然とするチーマー達にもお構いなしに、高城はこれでもかと平手を振るう。
「おい、刃ッ、さっさとそいつら連れてけ!!」
 やれやれ…という調子で、黒荻は男たちを引っ張って店から姿を消した。
 それを確認し、カウンター席に座りなおした高城は、改めて朱煌を膝に腹ばいにさせると、スーツのスカートを捲り上げて下着を引っぺがした。
 丸出しにされたお尻に朱煌はさらにあがくが、高城は腰に置いた手に力を込めて、高々と再び手を振り上げた。
 店の造りも相俟って、おそろしく反響するおしおきの音と朱煌の泣き声。
 見る見る赤く染まるお尻が数分前までは白かったなど、信じられないくらいだ。
「この馬鹿ッ。ナンパなんぞについていきやがって!!」
「はっ、うあっ、い…痛いよぉ、痛いいぃ―――!!」
「記憶がないからって、危険かどうかの判断くらいつくだろうが!」
「ひいっ、い…あっ、あ――――んッッッ、痛いよおぉ!!!」
「心配ばかりかけやがって……。今日は徹底的に懲らしめてやるから、覚悟しろ!」
「いやあぁぁぁぁんッ、痛いよ、痛いいぃぃぃッ、ふえっ、うあっ、うわ~~~~ん!!!」
 泣きじゃくる朱煌が可哀想にはなってきているが、心配した分だけ怒りが比例している上に、あんなチンピラまがいの態度を見せ付けられ、心を鬼にして平手を振るい続ける高城であった。
「ごめ……ごめんなさいッ、もうしませんっ、もうしないからぁ!!」
「まだ二十! 後七十だ!」
「ひっ……そんなぁ~~~~」
 哀れな声を出す朱煌に、少し平手の勢いだけを加減してやる。
 それでも朱煌の腫れ上がったお尻にはこたえるらしく、ひっくひっくとしゃくり上げて呻くので、結局、二十を残すところで、高城は手を止めた。
 膝から下ろしてやって下着を戻してやった高城は、ぐすぐすとしゃくり上げてお尻を摩っている朱煌を腕組みで睨んだ。
「で。なんで病院抜け出したりした。ことと次第によっちゃ、保留の二十発も執行するぞ」
 いやいやと首を振って、朱煌は上目遣いに高城を見た。
「あの…あのね、あなたに会いたくて……。でも、どこにいるのかわかんないし、騒ぎを起こせば、来てくれると、思って……」
 眩暈。
 記憶はなくともそういうことは潜在的に覚えているらしい。
 審判的には有罪・残り二十の強制執行ものなのだが、心情的には、動機の可愛さに苦笑してしまう。
「その後どうなるか、そっちは考えなかったらしいな。なら、よぉく覚えとけ。悪さしたら、お尻ぺんぺんされるんだ」
「お尻ぺんぺんなんて可愛いもんじゃないじゃん…」
「何か言ったか」
 慌てて首を横に振る朱煌。
「大体、俺に会いたかったら病院でおとなしく待ってるか、新藤に聞けばよかったろ」
「だって…あの新藤って人、なんか怖い……」
 まだ柔和な部分しか見せていない新藤を怖がるとは、昔こっ酷くやられたことが心理に焼きついていると見える。
「それに……新藤さんが、今日来る偉いお医者さんが全部思い出させてくれますよ…って言うんだもん」
 高城はつい首を捻った。
 今の話の流れからすると、朱煌は記憶を呼び覚まされるのを恐れて、高城を求め病院を抜け出したということか。
「思い出したくないのか? 記憶がないなんて、心細いだろうに」
「………あなたがいるから、平気」
――――――心臓が、跳ねる。
 なんという甘い殺し文句。
 しかも何の計算もうかがえない、まっすぐな言葉。
「……俺のこと、覚えてないんだろ?」
 朱煌の手が、高城の頬に触れた。
 ああ、柄にもなく赤面してしまいそうだ。
 昔にはありえなかったしっとりとした朱煌の仕草から、目が離せない。
 これが先程までチンピラよろしく振舞っていたのと、同一人物なのか。
「不思議。あなたのこと、何も知らないのに……あなたがいてくれるだけで、安心できる」
 胸が痛い。
 まるで棘が刺さったようだ。これは、罪悪感。
 幼い朱煌の言い分を聞くことなく、一方的に人殺しと決めつけて責め立てて、朱煌の表情が失われていった様が、まざまざと蘇る。
 高城はハッと唇を噛んで、朱煌の手を振り払った。
 何を 考えている。
 これではまるで、瞳子が犯人だと疑っているようではないか。
「どうして思い出したくないのか、聞いてるんだ」
 急に冷たい態度を見せた高城に少々困惑したような朱煌は、寂しげに微笑んだ。
「記憶が戻れば、私はあなたといられない。何も憶えてないのに、それだけはわかるんだ」
 その言葉をどう解釈すべきか。
 空白の十年の記憶か。
 それとも…それともやはり、あの事件の真犯人は朱煌ということか。
 どちらにせよ、朱煌は高城と再び離れ離れになることを恐れている。
 しかも、幼い時よりずっと素直に言葉を紡ぐから、高城の心はひどく揺らめいていた。




「いやいやいや――――ッ、助けて、あなた~~~~ッッ!」
 病室に響き渡る悲鳴と、濡れ手拭いをはたくような音。
 高城はピシャンと音がする度に、我が事のように首をすくめた。
「なあ、もうちゃんとおしおきしたんだから、その位で……な?」
 ぴたりと手を止めた新藤にギロリと睨まれて、息をのむ。
「それはあんたの分。これは僕が心配した分ですよ」
 再び膝の上の朱煌のお尻に、新藤の平手が炸裂する。
 クラブで高城にぶたれて間もない朱煌には、パジャマのズボン越しでも骨身にしみる痛みであった。
「ごめんなさいッ、ごめんなさいッ、もうしません! ごめんなさ~~~~いッッ!!!」
 せっかく高城が免除してくれた二十発の平手を、結局、新藤によって執行されてしまった朱煌は、しばらく座ることもままならなくなったのだった。 
                         




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