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画家

第四話 画家の恋

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 一人で食事をするのは慣れっこだ。

 大体は、街の食堂で軽く済ませてしまう。

 酒場に出向いて、ワインとチーズだけで済ませてしまう日もしょっちゅうだ。

 以前は食うにも困って、画材のパンまで食べたい衝動に駆られた日々だったのだから、贅沢になったものだ。

 この金銭面の余裕が、娘さん方がお仕置きに泣いた結果というのが、少々心苦しい思いもある。

 赤ワインが好きだったが、飲めなくなった。

 あの赤を見ていると、彼女らの赤く腫れたお尻を思い出してしまい、飲む気が失せてしまうのだ。

「はーい、今日もシケた面してるわね~、アンタ、画家だっけ?」

 お店の女の子が、カウンターに寄りかかるようにして、私の顔を覗き込んだ。

 彼女はここ最近この店で働き始めた子で、恐らくは街に出てきて間もない田舎娘であろうことが、垢抜けない化粧で余計に強調されてしまっているが、本人はきっとそれに気付いていないだろう。

 若いのだし、どちらかと言えば素顔の方が田舎娘なりに可愛いと思うのだが、そんなことを言ったら横っ面を引っ叩かれかねないので、黙っている。

「またチーズだけ? さては、売れない貧乏画家ね」

 はは、真っ当な画家としては、その通り。

「仕方ない、これ、おまけしてあげる」

 女の子がよく色づいたトマトを差し出した。

「今朝もいだばっかりだから、美味しいよ」

 私は恐らく困ったような顔でトマトを見ていたのだろう。女の子が顔をしかめた。

「まさか、トマトが嫌いとか言うんじゃないでしょうね。貧乏のくせに、好き嫌いしてどうすんのよ」

「あ、いや。ありがとう。いただくよ」

 嫌いな訳ではない。むしろ、好きな方だったが、トマトを食べなくなった理由も、赤ワインに同じだった。

 久々のトマトは、口の中で爽やかに弾けた。

「どう? 美味しいでしょ」

「うん、とても」

 満足げに笑う女の子。

 しかし、快活に良くしゃべる娘さんだ。

 他の客と交わる様子をつい目で追っていたが、人懐こいお転婆娘といったところか。

 カウンターを飛び越えたり、物を投げてよこしたり、お行儀がいいとは言えないが、まあ、お屋敷にお仕えしている訳ではないのだから、元気でよろしい。

 私はどうも、こういう元気な娘が好きらしい。

「何見てるのよ」

 私の視線に気付いたか、女の子がニヤリとして言った。

「口説こうったってダメよ。私には、恋人がいるんだから」

 え、いや、そんなつもりはなかったのだが。

 まあ・・・一緒に食事でもできたらな、という思いが頭の隅にはあったので、あながち、外れた発言ではないか。

 それに、恋人がいると聞いて、少なからずガッカリしている自分にも気付く。

 ああ、そうか。最近、食堂よりもこの酒場に通うことが多くなったのは、この娘に会いたかったからかということに、今さら気付いた。

 気付く前に失恋とは、なんとも私らしくて苦笑が漏れる。

「恋人とは、この酒場で出会ったのかい?」

「違うわよー。ここに働き始める前。うちの・・・、えっと、うちの近くで出会ったの。とっても素敵な人なのよ。夢も大きくてね、聞いてると、楽しくてあっと言う間に時間が経っちゃう」

「へえ」

 自分で恋人の話題を振っておいて何だが、聞いていると、楽しくないな。

「画家さんの夢は?」

「そりゃあ、画家として成功することだよ。個展を開けるくらいにね。私の絵を、たくさんの人が見に来る・・・なんてね」

「へえ」

 彼女は彼女で、私の夢は聞いていても楽しくないようだなと、その返事に苦笑。

「どんな絵を描くの?」

 ・・・言えない。

 なんだか、居たたまれなくなってきて、私は支払いを済ますと、足早に酒場を後にした。





 家に帰って空けたワインのボトルが3本。

 チーズと、彼女がくれたトマトを食べただけのところにそれだから、さすがにこたえた。

 いつの間にか迎えていた朝の日差しで目覚めてみると、なんだか体が重くてだるい。

 そんな所に、電話がけたたましく鳴ったものだから、頭まで痛くなってきた。

「もしもし・・・」

『こんにちは。なんだか、調子が悪そうなお声ね』

 あ、この声は、伯爵夫人・・・。

「すいません、少々飲み過ぎてしまいまして・・・」

『あらあら、珍しいこと。その分じゃ、絵をお願いしても、今日は無理そうね』

「はあ、申し訳ありませんが・・・」

『いいえ。こちらも、まだ絵を描いていただく程かどうか、迷っていたところですから。あなたが偶然そんな調子ということは、まだ様子を見なさいという、天のお導きでしょう。では、どうぞお大事に』

「はい、では・・・」

 このまま、依頼がなく済みますようにと心の中で呟きながら、受話器を置く。

 私に絵の依頼があるということは、即ち、お仕置きに泣く子がいるということなのだから。

 昨日、「どんな絵を」とあの娘に聞かれて、堂々と答えられなかった自分が、たまらなく情けなくなかった。

 以前のボロアパートから、広いアパート経て、この一軒家に移り住めたのも、画材のストックを常備していられるようになったゆとりも、全部、堂々と答えられない絵で手に入れた金だ。

 最初の頃は、自ら描こうとした訳でなく、貴族からの依頼だからとお仕置き画を生業にしていることを隠さなかったが、それを聞いた相手の反応が、共通してひんやりと冷たいものであることに気付き始めた頃から、私は絵の話をしなくなった。

 私がお仕置き画家であることを知る人の中には、私を残酷なことが好きな性質だと思い、「サドの使い」などと陰で言われていることも知っている。

 私はため息をついて、ソファの上で、けだるい体と惨めな気持ちを持てあましていた。

 それでも昼過ぎくらいになってくると、アルコールも抜けて体も楽になってきた。

 落ち込んでいても仕方ない。

 人に言えない絵を描く画家でいるのが嫌なら、人に見せられる絵を描けばいいではないかと思い立ち、私はスケッチブック片手に、散歩に出ることにした。

 中央通りの公園に来てみると、いい天気に誘われて、あちらこちらに各々の時間を過ごす人々がいた。

 私は階段に座り込み、目についた人をスケッチした。

 お仕置き画のせいで落ち込んだが、お仕置き画のお陰で、私のスケッチは昔より数段早く正確になっていた。

 何枚目かを描き終えて、次のモチーフを探して視線を泳がせると、デート中らしいカップルに目が止まる。

 女性の方の仕草に惹かれるものがあった。

 大きな身振り手振りで話し、遠目の後ろ姿にも関わらず、笑っているのがわかるくらいだった。

 今度は彼らを描こうと決めて、木炭を走らせている内に、私はその女性が、酒場の娘なのに気付いた。

 思わず手が止まる。

 そうとは知らずに惹かれてスケッチを始めるくらい、彼女を気に入っていた自分に驚く。と同時に、彼女が笑いかける男性に、無性に胸がざわついた。

 苦笑。これが、嫉妬というものか。

 だが、おかしいな。

 私はその男を、どこかで見たことがあるような気がした。

 そう密に接したというのでなく、自分の活動範囲で何度か見かけたような・・・。

 はて、どこでだっただろう。

 しかし・・・酒場の娘とは思えない、仕立ての良い服を着ているな。

 とてもシンプルで飾り気はまるでないが、質がいいのが見てとれる。あんな上等な生地の服、田舎出の酒場の娘に手が届く金額ではあるまいに、彼の為におしゃれしているのだろうか。

 そんなことを考えていると、彼らがこちらに歩いてきた。

 休む場所に、私の座っていた階段が選ばれたようだ。

 私はつい俯き加減になって、別に悪いことをしているわけでもないのに、ドキドキとしてしまった。

 彼らは上段の方にいる私の、少し斜め下辺りに腰を落ち着けた。

 参ったな。立ち去るタイミングを逃してしまった。

 これでは、彼らの話が丸聞こえだ。

 彼女ご自慢の彼の夢とやらも聞こえてくる。どうも、音楽家志望らしい。

 演奏旅行がどうの、オーケストラがどうのと話しているのが聞こえるが・・・。

 こう言っては何だが、私の画家としての成功の夢と、大差なくはないか?

 それに元々この街は、そういう芸術的成功を胸に抱いてやってきた若者で溢れている。

 まあ・・・私はすでに若手と言える年でもなくなってきたが。

 同じような夢を抱くなら、お仕置き画家になる前の私と変わらないであろう年齢の彼の方が、可能性が大きいだろうな・・・。

 頭を振る。いや、私はあきらめない。いつか、みんなが見て圧倒されるような絵を描いてみせる。

「ね、代金はなんとかなりそうかい?」

 男が言った。

「ええ、大丈夫よ。ほら、これ。まだ仕事を始めたばかりで少ないけど、とっておいて。来月はお給金も丸々一カ月分もらえるから」

 彼女が封筒を彼に手渡した。あの話の流れからすると、中身は酒場の給料だろう。

「お屋敷の宝石を売った方が、早くないかい?」

「あれは私じゃ自由にできないわ」

 ふと不服そうな表情を浮かべた男性に、彼女が慌てる。

「大丈夫! もしあのヴァイオリンが売れてしまいそうになったら、その時は持ってくるから!」

「ああ、ありがとう。僕は、君が酒場で遅くまで働いて、体を壊さないか心配でさ」

「優しいのね。平気よ、私、あなたの為に働けて、楽しいくらいだもの!」

「愛してるよ」

「ええ、私も・・・」

 寄り添う二人を見ているのは憚られ・・・というか、見ていられず、私はそっとその場を離れた。

 愛し合う恋人同士・・・か。しかし、何だろう。何かが引っ掛かる。

 男がしていたのは、金の無心ではないのか?

 ヴァイオリンがどうとか言っていたっけ。

 音楽家志望ならば、それは夢の為に必要なのは理解できるが・・・、自分の夢の為に必要なものならば、自分でなんとかするものではないのか。

 私だったら、いや、恐らく世の男性は私同様、好きな女に自分が金に困っているところなど見せたくないはずだ。

 ちっぽけなプライドだとわかっていても、好きな女の前なら精一杯背伸びがしたい。若ければ、尚更だ。

 私が彼女に横恋慕しているから、こんな風に感じるのだろうか。

 なんだか、彼に良い印象が抱けなかった。





 翌日、再び伯爵夫人から電話をいただいた。

 絵の依頼ではなく、相談があるから、お茶でもというお誘いだった。

 私はお尻を叩かれる姿を絵にされるという厳しいお仕置きを受けさせるか否かなど、判断のしようがないということは前もってお伝えし、話を聞くくらいならということで、伯爵夫人のお屋敷にお邪魔することにした。

 呼び鈴で出てきたメイドが、私を見て顔を強張らせる。叱られる心当たりがある者は、必ずこんな顔で私を見るのだ。

「こんにちは。今日は、絵を描きに来たのではありませんから」

 そう言うと、メイドはホッと安堵したように胸に手を当て、それから、無愛想な仕草で「どうぞ」と言った。まあ・・・慣れっこだ。

 私は勝手知ったる伯爵家の廊下を進み、応接間に入った。 おや? ドアの建てつけが、少々甘くなっているな・・・。

 しばらくすると、伯爵夫人がやってきて、お手製の焼き菓子を振舞ってくれた。

 しばし、取りとめのない談笑の後、伯爵夫人が私をお茶に誘った主目的を話し始めた。

「ご存じの通り、私は早くに夫に先立たれ、子供もおりません。ですから最近、姪を養女に迎えたのです」

「そうでしたか」

「田舎育ちで行儀作法がなっていないので、今、躾け直してはいるのですが、何分、本人にやる気がないというか、都会の物珍しさばかりに興味がいってしまって・・・」

「お嬢様はおいくつですか?」

「15歳ですわ」

 まあ、都会暮らしに浮ついても、致し方ない年齢であろう。

「今日もお勉強を放って遊びに出ていますわ。最近、それが特に頻繁で、家にいると思ったら、あくびばかり」

 この厳しい伯爵夫人のことだから、もちろん叱ってもいるし、お仕置きもしているのだろうが、効果なし。それで、私に絵を依頼しようかどうか、迷っているのだろう。

「遊びたい盛りですからね」

「ええ。私も伯爵家のしきたりに雁字搦めにしようとは思っていません。時代が違いますし、それに・・・」

「それに?」

 珍しく、伯爵夫人が悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「私とて、15歳でここに嫁いだばかりの頃は、しきたりが億劫で遊びに夢中で、よく叱られましたわ。お尻を叩かれるなんて、しょっちゅう」

「おやおや」

「内緒ですわよ」

 鈴を転がすように笑う伯爵夫人は、なんだかとても可愛らしく見えた。

「ですからね、あの子の気持ちもわかるのです。都会は見るもの聞くものすべて新鮮で、楽しさは両親から引き離された寂しさを、紛らわせてくれるということを」

 恋した人と結ばれるなど物語でしかなく、両親が決めた結婚相手に嫁ぐしかない貴族の姫君というのも、考えてみれば気の毒だ。

「ですが、あの子を都会に連れてきた私には、責任があります。あの子が色んな経験をして、泣いたり辛い思いをしたりするのは生きていく上で仕方ないこととはいえ・・・」

 私は思わず微笑んだ。

「その娘さんを、愛しく思っておいでなのですね」

「はい。とても明るくて元気で、良い子です。お転婆が過ぎるところはありますが、あの子のお陰で、ここはとても明るくなりましたわ」

 相談に乗るようなおこがましいことは私に出来かねるが、伯爵夫人の力にはなりたいと思う。

「私の・・・お仕置き画家のことを、お話になりましたか?」

「いえ、それはまだ・・・」

「お話なさい。少しばかりの脅しは、躾けに必要なように、私は思います。絵を描かずとも、それで少しは改まるのであれば、私も報われます」

「・・・あなたは、本当に無欲ですね」

「無欲ではありませんよ。普通の画家としては今だ芽が出ないからと、お仕置き画家の報酬で裕福になっているのですから」

 昨日の落ち込みが思い出されて、私は苦笑した。

「無欲ですよ。あなたを真似て、お仕置き画家を売り込んでくる画家が多いのを、ご存じ?」

 私は目を丸くした。

「そうなのですか?」

「ええ。彼らはせっせと絵を描くようにと、お仕置き画を勧めます。あなたのように、極力絵を描かないで済む方法を探したりはしませんわ」

 私は黙って頭を掻いた。

 参ったな。私の方が、伯爵夫人に気持ちを軽くしていただいてしまった。

 気分が軽くなったついでに、美味しいお菓子のお礼と称して、建てつけが気になったドアを修繕して差し上げた。

 最近、下男が急に辞めてしまって、男手の必要な手入れが行き届かず、困っていたという伯爵夫人は、とても喜んでくださった。

 それで思い出した。

 そうだ、見かけたことがあると思ったあの彼は、この伯爵家の下男だった。







「ねえ、アンタ、画家でしょ。お仕置き画家って知ってる?」

 懲りもせず酒場に寄った私に、彼女は開口一番そう言った。

 驚いて目をしばたくと、私は返す言葉に困って、ワインを仰いだ。

「あ、ああ・・・聞いたことあるね」

「そいつが絵を描くせいで、同じお仕置きを何度も受けなきゃならないっていうのよ。きっと、お仕置きされる姿を見て喜んでるんだわ」

 こういう言われ方には慣れているが、彼女に言われると、少なからずショックだ。

「私、知ってるわ。そういうヤツを、サディストとか変態とか言うのよね。そんなヤツ、サド侯爵のように、牢に入れられてしまえばいいんだわ」

 男性よりも、女性の方から辛辣な発言が飛び出すのはままあるが、彼女の過剰反応は、どちらかと言えば、絵を描かれた娘さん達に近い。

 待てよ? このタイミングでお仕置き画家の話題。最近街に出てきたらしいの田舎娘。収入に見合わない上等な服。彼は伯爵家の元下男・・・。

「もしかして・・・君、15歳なのかい?」

 娘は目を丸くして、辺りをうかがうようにして私の唇に人差し指を当てた。

「わかっちゃった? 黙っててよ! ここで雇ってもらえなくなっちゃう」

 この不必要に派手めの化粧は、年齢を誤魔化す為のものでもあったのか。

 参ったな。私は17も年下の娘に恋心を抱いてしまったのか。

 いや! 今考えるべきは、そんなことではなく!

 この娘こそが、伯爵夫人の養女だったということだ。

 毎晩のように、酒場に働きに出ていることを、伯爵夫人が知っているとは思えない。

日中のあくびはこれが原因だ。

 私は思わず彼女の手首を引っ張って、カウンターから引きずり出した。

「や! 何よ! 痛いじゃない!」

「帰りなさい、今すぐだ。マスター! 今後一切、この子を店で使うな。これで、文句はないね」

 私は持ち合わせのありったけを、唖然としていた酒場の親父に押しつけた。

 それだけでも、ここの数日分の売り上げはあるだろうから、親父は顔を上気させて何度も頷き、娘はますます目を丸くした。

「あんた、貧乏画家じゃなかったの!?」

「私のことはいい。さあ、帰るよ」

 私は抵抗する娘を肩に担ぎ上げ、足早に店を出た。

 伯爵家は歩いてさほどかからない。

 お屋敷を抜け出して働くのに、都合のいい店を選んだからだろう。

 娘を連れた私を出迎えた伯爵夫人も、私が自分の家を知っていたことに驚く娘も、唖然としていた。

「夜道の散歩はお嬢様には危険ですからね、お連れしました」

 私は酒場の件は伏せてそう言った。酒場で働いていたのを知れば、伯爵夫人はお悲しみになるだろうし、娘は即、お仕置き画ということになりかねないからだ。

「まあ・・・! こんな時間に屋敷を抜け出すなんて、なんて悪い子! 二度とそんな気が起こらないよう、うんとお尻に言い聞かせますからね、覚悟して、部屋で待っていなさい!」

 伯爵夫人に叱られて、娘はシュンと階段を登って行った。

 その後ろ姿を見送ってから、伯爵夫人は丁寧に私に礼を言った。そして、やはりお仕置き画の話になったが、私は首を横に振った。

 だが数日後、結局私はスケッチブックを手に、彼女の前に現われることになってしまった。

 店で働けなくなり、お小遣いも底を尽きた彼女は、とうとう、伯爵家のお金や宝石を持ち出してしまったのだ。

 彼女をそそのかしたあの男の元に、伯爵家の使いが踏み込んだ時には、すでにもぬけの空だったという。

 聞いた所によると、彼の部屋に音楽家志望を思わせるものは何一つなく、代わりに、女性と暮らしていた痕跡は随所に見受けられたそうだ。

 恐らく、彼は伯爵家に養女に来た田舎娘を利用して、宝石や金を手に入れる方法を思いついたのだろう。

「叔母様、ごめんなさい! ごめんなさい! もうしません、許してーーー!」

 その現実は娘があまりに不憫で、お仕置き画が完成するまで自宅謹慎を言い渡されている彼女には知らされていない。

「あーーーん! あーーーん! 痛いよー! ごめんなさーーーい!」

 いつ終わるとも知れないお尻の痛みに、伯爵夫人の膝の上で身悶えしながら泣きじゃくる娘。

 小振りだが厚手の革を重ねて作られたパドルがお尻を弾く度、娘のお尻がビクンと跳ねあがる。

 人前でお尻を丸出しにされた恥ずかしさと、あの赤さから想像できる叩かれ続けるお尻の痛みに、ソファに顔を埋めて、ひたすら頭を振っている。

 度々、背中を仰け反らせて顔が上に向き、またソファに泣き顔を埋めるまでの間に私に向けられる視線は、憎悪に溢れていた。

 私が彼女の店の出入りをマスターに禁じさせず、あのまま働けていたなら、こんなことにはならなかった・・・と言いたげに。

「ひ! ひ! ぅあーーーん!」

 絵が仕上がるまでの数回、娘はその都度お尻を真っ赤に腫らし、そして、私の来訪に、あからさまな憎しみを向けるようになった。

 今日も、下絵と同じ姿勢で伯爵夫人の膝に腹這いに乗せられ、白いお尻が剥き出しにされる。

 私はカンバス越しにそれを見て、赤くなっていくお尻を写し取っていく。

 ひぃひぃとすすり泣く彼女の声は、家に帰っても耳について離れない。

 そして、私に向けられる軽蔑の眼差しも、忘れられない。

 完成した絵を伯爵家に納めて以来、私は伯爵夫人のお茶の誘いもお断りするようになった。

 伝え聞いたところによると、この厳しいお仕置きが済んで、彼女は彼と連絡を取ろうと必死だったらしいが、ついに応答はなく、それは私のせいと思われているらしい。

 恋路を邪魔する、憎きお仕置き画家。

 ・・・誰が・・・誰が好きな女のお仕置きに泣く姿や腫れ上がるお尻など、見たいものか・・・!

 鬱々とした日々の中、私は女と楽しそうに歩いている、あの男を見た。

 体が勝手に動いた。

 男を殴り飛ばした私は、警官にその倍ほど殴られて、留置所に拘留された。

 ふと思い出す娘の言葉。

「そんなヤツ、サド侯爵のように、牢に入れられてしまえばいいんだわ」

 そうなった方が、いいかもしれない。

 このまま監獄に送られて、もう二度とお仕置き画など描かずに・・・。

 








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