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盟友【オルガ番外編】

盟友【股肱の臣1】

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 それは主のクラウンが、ワイラー公爵の名を屋敷で頻繁に口にするようになった頃であったか。
 主から殊更依頼がなくとも、興味を抱いているようであれば調査に着手するのが執事の・・・というか、スフォールドの流儀である。
 それはクラウンに対するスフォールドの信頼のようの表われのようなもの。
 この主が心を動かした事柄であれば何かしら民の未来に寄与すると、彼は半ば本気で考えているのだ。
 宮廷内では主に付き従えない家令や執事、あるいは従僕の身分では、残念ながら直接言葉を交わしてワイラー公爵閣下の為人を調べることは叶わない。
 で、あるならば、自分がやるべきはワイラー公爵の身辺調査。
 貴族の腹心である執事の質を洗っていけば、大抵のことは把握できるのだ。
「・・・恐れ入るね、執事が5人とは。権勢の主張も兼ねているのだろうが・・・」
 しかしながら執事の自分が言うのも何だが、仕える主の爵位で差はあるにせよ、その年俸は労働階級の中でもブルジョアジー・クラスの中流商家の年商に匹敵する。
 そんな執事の冠を名乗る使用人を雇うのは、大抵の貴族邸で二人が限界である。
 羽振りの良い公爵家か侯爵家ならば、現当主の執事以外に世継ぎにも幼い頃から執事に昇格させたお付を傍に置かせる。それで計二名。
 さて、これがフォスター伯爵家であれば。
 世継ぎが誕生しようとも、その御子が新当主として立ってようやく、守役仕えの近侍か従僕を執事に昇格させるのがやっとであろう。
 ハッキリ言って領地はともかくフォスター伯爵家そのものの台所事情は、先代当主時代からずっと苦しい。
それは先代・当代が揃いも揃って、領民の為に私財を投げ打ってしまう性質(たち)であるからで、スフォールドの自慢であるのだけれど。
 さて。前述の通りの年俸を頂けるのであるから執事職は常に満員御礼で空き無しかと言えば、そういうこともなし。
 何しろ、豪商主と違って休日は無く、主人一家が寝静まるまでが仕事の長時間勤務。その華やかな見栄えと裏腹に肉体重労働。
 技術料プラス、その過酷さ故に高給であるのだが、数年で貯まった給金に満足して退職の申し出をする執事が後を絶たない負のスパイラスも生み出しているから、執事職が飽和状態に陥ることは未だかつてなかった。
 反面、重労働ながら、年俸も名誉も最高ランクの執事を目指す者は少なくない。
 結果、貴族の数に対する執事の最低数は保たれ続けているのである。
 その執事を、五人も抱える。
 幾数家もの貴族が他家への見栄の為だけに執事を三人抱え、破産した事実も幾らか。
「権力のみならず、恐ろしい財力だなぁ、おい」
 しかも公爵家の執事となれば、伯爵家の執事と年俸の差額は雲泥。
 年俸のみならず、待遇も天と地。
 この宮廷での使用人控えの間にも主の爵位は等しく反映されており、末席の伯爵・男爵・子爵家は大部屋。次席の侯爵家は個室。最高位の公爵家に至っては執務机も完備のスイートルームである。公爵家・侯爵家の家人には、更に専用サロンも設けられている。
 出仕中の主を待つ為の家人たちは、その待遇別の控えの間で雑談する者あり、読書するものあり、昼寝する者あり、持ち込んだ書類仕事に勤しむ者ありと、その時間の過ごし方は様々。
「ああ、本当にすごいよね、ワイラー公爵家は」
「ただでさえ破格の年俸が約束される公爵家の執事を五人! いやはや、出納帳を預かる身の上として、ゾッとすると言うか、羨ましいと言うか・・・」
 大部屋控えに集う各家の家人にさらりとこの話題を振ると、後は事細かに質問せずとも彼らは我先にと語り部を買って出た。
「出納帳が潤っているからこその五人体制であろう? 羨ましいで正解だよ」
「そうだねぇ。五人もいれば、単純計算で労働も五分の一かぁ」
「それで公爵家執事だもの。年俸はさぞかし・・・。ああ、羨ましいねぇ」
「そう言えば、その五人の執事殿のお名前は何と言いましたかねぇ?」
 ワイラー公爵家執事事情の話題を振るだけ振って黙っていたスフォールドが、会話の合間にさらりと質問を放り込む。
「ああ、私が存じ上げているのは、コンラッド氏とスミス氏」
「私はギャレッド氏」
「私はウィルソン氏とスミス氏」
「私はホーキンス氏とギャレッド氏」
 ふむ。
 被った名を省けば五人揃った。
 スフォールドは更にワイラー公爵家の執事談義に花を咲かせる輪から、そっと離れて廊下に出る。
「コンラッド、スミス、ウィルソン、ギャレッド、ホーキンスか。・・・ありきたりな名ばかりとは言え、嫌な名前が混ざっているなぁ・・」
 つい頭を掻いてしまって乱れたセットを手早く櫛で整え直し、背後の大部屋のドアを振り返る。
 フォスター伯爵家に仕え始めて・・・、と言うか、かつて解雇となった伯爵家・侯爵家・公爵家。
 どの家の近侍として宮廷に主を送り使用人控えの間にいても、顔を合わせることがなかった男。
 スフォールドが知る限り、ああいう性格であるからして高給を貯めて、とうに執事職を辞して商売なり始めているのかもしれないと思っている。と言うか、そうであって欲しいと期待している。
 ・・・ハッキリ言って。
 苦手なのだ、あの男。
「う~~~ん・・・」 
 控えの間を出て憩いの場をフォスター家の車に求めて廊下を歩いていたスフォールドは、突如、背後から首に回された腕に息を詰まらせた。
「やあ、スフォールド」
 スフォールドは音楽など疎いが、主が貴族たるもの学ぶべきとされた教材で見たことがある五線譜の音符。
 そこにいた黒玉に棒っきれと羽が生えたアレ。
 その声には、明らかにそれがくっついていた。
「やあ♪ ス・フォ~ルド♪♪♪」
 ざっとこんな感じだ。
「さあ、おいで。ほら、おいで。可愛いお前を我が控えの間に招待してあげよう」
「ギャっ・・・」
 ここは宮廷で声高など御法度。なので。そのルールに則って、どうにかこうにか言葉を飲み込む。
 ここは宮廷で声高など御法度。なれど。
 周囲に視線を走らせると人影なし。ならば。
 己の首に巻きつく腕の脇の下に思い切り爪を喰い込ませた。
「・・・っ!」
 怯んだ相手の手首を掴み、くの字に折った腰をはね上げて、背負い投げ。
 そうして投げ飛ばした相手はヒラリと宙で体制を整えてスフォールドの前に降り立つと、ディレクターズスーツの襟元を整えて、胸ポケットから抜いた櫛で少々乱れた髪をといた。
「さ、行こうか。ついておいで」
 一応ポーカーフェイスを貫いて、スフォールドは先程上げそうになった声を心の中で盛大に叫ぶ。
 ぎゃあああああ!
「~~~ホーキンス・・・」
 ニッコリと優雅な笑みを湛える彼を、スフォールドはよぉく知っている。と言うか、覚えている。
 そして、彼が踵を返した方向が公爵家家人の控えの間であることを考えると、恐らくはワイラー公爵家の五人の執事の中にあった名前と同一人物。
「ほら、おいでってば」
 ヒラヒラと手招かれて、スフォールドは額を押さえて吐息混じりに一歩を踏み出した。



 格別珍しい姓でもないので、他の公爵家の家人にだってホーキンスという男はいるかもしれないという期待を胸に、スフォールドは彼の背に着いて行ったのだが。
 通された控えの間の中に視線を走らせて、それが淡い期待であったことを悟る。
 過去にたった半年であったが、公爵家の近侍として宮廷の控えの間を使ったことがある。
 けれど、その時の記憶より遥かに豪奢で、ともするとフォスター伯爵家当主の自室より立派な造りであるこのスイートルームは、このホーキンスがこの国で最も権勢を誇るワイラー公爵家の執事の一人である証と言えた。
 ・・・よりにもよって・・・。
 この男が他の公爵家執事であれば関わりを持つ必要性を感じないが、ワイラー公爵の腹心となれば話は別だ。
 何しろ、本来は同種である貴族と深い関わりを求めない主が、迷惑そうにしながらも心を動かす相手であるワイラー公爵。
 主自身がどういう彼との間にどういう展望を描いているのか今は定かでないが、スフォールドは細い糸でも関係性を縫い止めておきたいところである。
 あの主が楽しげに語る、ワイラーという青年公爵。
 いつの日か、必ず主は彼を必要とすると、そう思える。から。腹心の自分が。繋いで。おかねばと。
 いくら何でも、やんごとなき方と直接あいまみえて云々という訳にもいかないので、公爵閣下の腹心たる執事と接点を持ってと画策していたから、あれこれ調べていたのだが。
 ~~~コイツかよ・・・。
「これこれ。高位の執事で、更に年長者で、おまけに元上司に、『コイツかよ』とかね、思わないよ」
 スフォールドの肩がビクンと跳ね上がった。
「あれあれ。図星を突かれるとか、まだまだだねぇ」
 殊更に悠然とソファに身を委ねてニヤニヤとこちらを見上げるホーキンス。
 ふん。相変わらず・・・ムカつく奴。
 と、今チラと考えたこともどうせ見抜かれているのだろうと、スフォールドは開き直って殊更優雅に一礼した。
「・・・これはこれは。何ぶんと若輩者でございますれば。どうかご容赦を」
「ふふん。否定しないところが可愛いねぇ」
 もう二十六歳の立派な大人だというのに、彼には未だに十二歳の下男見習いか、あるいは従僕見習いに昇格して他家に紹介状を書いてもらった十五歳の少年に見えているらしい。
「久方ぶりにございます、ホーキンス。伯爵家の執事であられたあなたが、いつワイラー公爵閣下の執事に転職なさったので?」
「お前の紹介状を書いて他家に送り出した時には、私の転職は決まっていてね。前ワイラー公爵の執事に腕っぷしを買われて、坊っちゃま・・・つまり現ワイラー公爵閣下専属の執事兼侍衛(じえい)として雇い入れられた」
 なるほど。世継ぎ専属なら、スフォールドが公爵家近侍時代に宮廷で顔を合わせなかったわけだ。
「左様でございましたか」
「それだけ?」
 伯爵家から公爵家へ執事の冠を頂いたままの転職など、稀に見る大出世。
「おめでとうございます」
 頬杖でジッとスフォールドを見上げたホーキンスが、ヒラリとサイドボードを指し示した。
「お茶を淹れておくれ」
 招かれたのはこちらだが、同じ執事ならば主人の爵位が物を言う。
「これは、気が利きませぬことで」
 サラサラと、普段通りに流れるような所作でお茶の支度を始めたスフォールドであるが、実のところは緊張していた。
 この男がお茶を淹れる姿は幾度か見た。
 だが、この男の見ている前でお茶を淹れるのは初めて。その上、そのお茶を彼が飲むのかと思うと、動悸が胸の内側を叩くのだ。
 背中に感じる視線で震えそうになった指先に気付いて、そっと深呼吸で息を整える。
 カップに注いだお茶を銀盆に乗せて差し出した時、スフォールドはただの流儀として頭(こうべ)を垂れたのだが、思うのは先人への感謝。
 ここで顔を伏せることのできる流儀を、よくぞ確立してくれた。
「ふむ。春摘みならではの、香りと水色(すいしょく)。始まりを感じる味わいだね」
 いえ。できれば終わりにしたいのは山々という気持ちで淹れたのですが。
「な、スフォールド。私の主は人付き合いの上手い方なのだが、それは人に心を開くという意味ではない方でね」 
 どこかで聞いた、というか、見知った話だなと思った。
「その主が、フォスター伯爵のことをひどく楽しげに話すのだよ。珍しいなと思いつつ、少し嬉しくなる」
 それも、身近な出来事。
 だが、この男の口からこんな真摯な言葉を聞くとは思っていなかった。
 何しろこの男は完全なる職業執事で、公私の切り替えたるや、幼心には大変な衝撃であったのだ。
「お前が知っている通りに・・・。おっと、知っていたのかな。聞いたことはなかったけれど」
「・・・知って。いえ。存じ上げておりました。ホーキンス、あなたは奉公先の・・・いいえ、貴族の方々を、小馬鹿にしておられた」
 ややあって、ホーキンスの哄笑が控えの間に響いた。
「あはは。やはり勘の良い子だねぇ」
「それ程でも」
「謙遜せずとも良いさ。当時の部下の中で、それに気付いていたのはお前だけだ」
 それはその通りで。
 このホーキンスという男は完璧だった。
 完璧に主に忠誠を尽くす執事をやってのけていた。
「それなのに、お前だけが上辺だけの私に気付いていたからこそ・・・」
 飲み終えたお茶のカップをティーテーブルに置いて、ホーキンスはヒラヒラとスフォールドを手招いた。
 一歩進み出る。いや、進み出たつもりだったのに、実際は一歩後退していた。
「だからこそ、お前を他家に送り出す前に、懇懇と言い聞かせたのだよ? 抑えろ、と。分を弁えろ、と。敵を作るような愚行をするでない、と」
 もう一歩、下がる。
「俺は程良いところで奴らの元を辞して、商売でも始めればいいと思って執事職でいた。けれど、お前はそうではなかっただろう? 己が故郷の窮状を国王陛下に届けたいと、その覚悟で上級使用人を目指していたのであろうが! 返事!」
「は、はい!」
 思わず一歩前へ。
「何が出来過ぎ近侍か! 解雇され続けるお前の悪評を聞く度に、どれだけ心配したと思っている!」
「~~~」
「・・・そのお前が、ようやく一つところに腰を落ち着けて八年も経ったと知って、どれだけ安堵したと思っている・・・」
 そろそろと顔を上げると、目頭を摘んで天井を仰ぐホーキンスの姿があった。



「スフォールド? どうしたの? 腰痛?」
 いつものスマートな立ち居振る舞いに影の差す、車のドアを開ける仕草。
「いえ。ただ些か、腰の辺りが痛みまして」
「それを腰痛と言うのじゃないの? 帰ったら後は従僕に任せて、部屋で安静にしていなよ」
「恐れ入ります。ではお言葉に甘えて、そうさせて頂きます」
 まあ、確かに腰痛に見えるであろう足運びで生んだ誤解。
 主従の間に嘘は厳禁というお約束事項があるが、スフォールドは決して嘘を言っていないと小さく頷いて、ハンドルから離した片手でお尻をさする。
「ねえ、大丈夫?」
「はい。御典医から湿布薬なり処方していただきますので、それで明日には問題なく」
「そう? なら良いのだけれど。無理しないでね」
「・・・恐れ入ります」
 嘘はついていない。
 けれど、心が痛む。
 というか、お尻が痛い。
 ジンジンと。ヒリヒリと。
 走らせる車の振動をお尻が敏感に感じ取る度に思う。
 ホーキンス。やっぱりアイツ、嫌い・・・。
 そう歯ぎしりした瞬間、タイヤが轍(わだち)で跳ねて悲鳴を上げそうになったスフォールドであった。




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~ Comment ~

お久しぶりです

久しぶりに見に来たら更新されていて嬉しかったです(笑)
いやー、スフォールドにも父親以外で叶わない「師」がいたのですね!
ホーキンスはそのつもりはなくスフォールドが「盗人」であるからこそ、と思っているのかもしれないですが彼なしで今のスコールドはないのだろうな、と思えるお話でした♪
モートンとスコールドの師弟のお話や、モートンとファビオの師弟のお話も彼らの関係性が大好きなのですが、この二人の絡みもこの先どうなるのか楽しみです♪

しかし、本編こそ完結しましたがこの番外編シリーズたちで本編で繋がれた人の輪が過去へ未来へ、他家や執事たちへと更に糸を編むように縦へ横へと広がっていて読んでいてとても嬉しいです(*^^)v彼らの物語がこの先もどう紡がれていくのか楽しみにしようと思います♪

サラさま。

更新する気があるんだか無いんだかわからないような気まぐれなサイトに
足を運んでくださってありがとうございますm(__)m

盟友の時に伏線を張り忘れて、
このエピソードはお蔵入りにするところだったのですが(^^;)
強引にスフォールドの天敵?登場です。

クラウンとワイラーが距離を置いた5年は、彼らが密なやり取りをしていた模様。
スフォールド受難の歳月でしょうか(笑)

コメントありがとうございました♪
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