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盟友【オルガ番外編】

盟友7

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「ワイラー卿、何故このような所に!」
 自分と同じようにテーブルクロスの内側にしゃがんでいるワイラーに思わず声を高くしてしまい、クラウンは慌てて口を手で塞いだ。
「あなたがここに潜るのが見えたから、面白そうなので着いてきた」
 抜かった。誰にも見られていない自信があったのに。
「~~~ワイラー卿、やんごとないご身分の方が、このようなことをなさってはなりません」
 ワイラーが悪戯な笑みを目尻に浮かべた。
「クラウン、平民からすればやんごとないご身分のフォスター伯爵は、どうしてここに?」
「う」
 君が内偵の邪魔ばかりするから、仕方なくだよ。などと言えるはずもなく。
「それはぁ・・・内密に願いますよぉ。諸侯のお話が難しいからつまんなくてぇ、もうお腹も膨れたし、ここでちょこ~っとサボってようかなぁ・・・と思って」
小休止ならば、控え室もバルコニーも中庭もあるのだから、自分でも苦しい言い訳だと思う。
「ふーん。まあ、わからなくもないな、控えの間では人が来れば結局話さなくてはならんし。その点、ここは人のざわめきと室内楽の調べが布越しに流れてきて、存外、居心地が良い」
 ワイラーはとうとう床にお尻をついて足を投げ出し、テーブルクロスの下の空間でくつろぎ始めてしまった。
「サボリに来たのであろう? あなたも楽にしたまえよ」
「はあ・・・、ではお言葉に甘えて・・・」
 仕方なく床に胡座をかいて壁側にもたれたクラウンは、投げ出した爪先をヒラヒラさせてご機嫌の様子であるワイラーを諦めの境地で見つめた。
「・・・ワイラー卿、何故に私のような阿呆に着いて回られるのですか」
「うん? あなたが皆に阿呆の間抜けだと評されているから」
「阿呆見物は楽しゅうございますか」
「逆。私にはあなたが阿呆にも間抜けにも見えぬから、興味が湧くのだよ」
「・・・お戯れを」
「根拠がある。爵位を譲り受けて議会入りするにあたり、残留組も代替わり組もすべて、資産や領地の運営状況を調べてみた」
 頭の中で素早くフォスター伯爵家の個人資産と自領の経済白書をめくる。
 大丈夫。うん、大丈夫だ、抜かりはない。
 ここでも目立たず騒がずの姿勢は貫いているのだから。
「あなたへの評価に比べて、ご立派な統治ではないか。先代の頃から財政は変わらずに安定している」
「お褒め頂き光栄です~。役人に着いてくださる男爵子爵方の尽力の賜物。私はのんびり領主の椅子に鎮座しておれば良いのですから、いや、楽チン」
 ヒラヒラと手を振ってみせたクラウンに、ワイラーがニンマリと流し目をくれる。
「先代の治世よりこの数年で、役人職の男爵も子爵も規定任期ごと異動しているのに? 調べてみたが、フォスター領に着任した歴代役人の力量に抜きん出たところはなかったよ」
「ははは。それでも私に比べれば、皆さんは優秀ですよ~。それに、先代が残していった統治の手引がございますし~」
「ほほう、先代が」
「はい~、先代が」
 この件(くだり)に嘘偽りはない。
 高齢だった父は、まだ若輩の息子を置いて逝く未来を見据えて、任期ごとに入れ替わる役人貴族たちが成すべき業務を事細かに記した手引書として残してくれている。
「うむ。確かに先代フォスター伯爵は、公明正大な統治をなさる良き領主であったと、我が父より聞き及んでいる」
 大好きな父を褒められて、思わず笑みがこぼれた。
「ただね、その先代の治世を、あなたの治世は明確に上回っているのだよ。何故、諸侯はここに気付かないのだろう」
「え・・・」
 ゆったりとした口調で続ける五つ年少の公爵様に、クラウンは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。
「貧富の差だよ。同等の経済力を有する領地は数あれど、領民世帯の所得にも消費にも極端な差がないのはフォスター領だけだ。これは国力に大いに寄与するではないか」
 舌打ち。
領地の財力さえ中央値にしておけば、気付く貴族勢など過去いなかったのに。
「・・・あのぉ、申し訳ございません。おっしゃっていることが難しくて~、もう少し、私にもわかるようにお願いします~」
「・・・うむ、相分かった。では・・・」
 咳払いの後に浮かべられた、無邪気な笑み。
「領民有りきの統治をなさるあなたを、私はカッコイイと思った。だから、こうして追い回している」
「~~~」
 不覚。耳まで上気して、つい俯いてしまったではないか。
 火照る耳たぶを揉みほぐしていると、ふとテーブルクロスの外がざわついていることに気付いた。
「ワイラー卿のお姿がない?」
「うむ、使用人らに探させているらしいが、ホストのルーベンス卿の蒼白ぶりは、なかなかの見世物だね」
 話題のワイラー公爵がおわすサイドテーブルのクロスの下で、クラウンこそ顔色を失った。
「あなた様の不在が騒ぎになっております。私が諸侯の気を引きますので、その間にここから・・・」
「クラウンの姿もないな。どうせまた、彼を追い掛け回しておられるのであろうよ」
 二人が潜んでいるサイドテーブルの傍らで立ち話を始めた招待客の言葉に、クラウンは眉をひそめた。
 こういう目立ち方をしたくないから、ワイラーを避け続けてきたのに。
「しかしまあ、ワイラー卿は何故、あのような間抜けをお側に置こうとするのかねぇ?」
「ああ、それならば私も不思議で、ワイラー卿に直接お伺いしたのだよ」
 クラウンはギクリと肩を震わせた。
 先程頂いた有り難い有難迷惑な分析を諸侯に垂れ流されては、今までの努力が水泡と・・・。
「此度の代替わり継承にて貴族議員入りしたのは、クラウン世代が一番多かろう?」
「うむ、彼自身は退学処分で大学まで行っておらぬが、あの年代付近が最も多いね」
「そこなのだとおっしゃっていた。此度の新国王陛下治世、貴族議員は代替わり継承に至らなかった古参も過半数近い。その派閥に飲み込まれる前に、若い貴族議員を傘下に新たな派閥を構成したいと」
「それとクラウンが、どう結びつくのかね?」
 質問を投げかける貴族に代わってクラウンはワイラーを見遣ると、そこには彼の視線を受け止めきれずに目を泳がせているワイラーがいた。
「阿呆で間抜けで人懐こいクラウンだから、元学友や先輩後輩勢とも垣根がない。クラウンを取り込んでおけば、彼らをワイラー卿派閥に取り込み、新勢力を構築するに最短の道であるとね」
「ほう、なるほど! 若干二十歳の若造と思うておったが、道化師ごときにすら利用価値を見出されるとは、これはなかなか」
 ・・・うん。・・・うん、なかなか。
 傍らのワイラーは苦虫を噛み潰したような顔で眼前のテーブルクロスを見据えていたが、やがて咳払いと共に大きく肩をすくめた。
「バレてしまったのなら致し方ない、クラウン、直接交渉を・・・」
「私がこちら側でひと騒ぎ起こしますから、あちら側から抜け出してくださいね~」
「~~~クラウン」
 話を聞く気がないことを、話を聞いていない態度で示し、クラウンはワイラーを振り返ることなくテーブルクロスの下から転がり出た。
「わあ!」
「え!? あ! クラウン!?」
 唖然と自分を見下ろす二人に、精一杯のぼんやり顔で目をこする。
「あ~、両卿~、おはようございます~」
「え? き、君、こんなところで居眠りしていたのかね!?」
 大あくびをして見せて、クラウンは衆目の中でチラと自分がいたサイドテーブルのクロスに視線を走らせた。
 静かに波打つテーブルクロス。
 その先に、何事もなかったようなワイラーの姿。
 はい。よく出来ました。
 呆れ果てる貴族たちに頭を掻いて笑って見せながら、クラウンはワイラーの横顔を流しみた。
 テーブルクロスの下で最後に自分の名を呼んだ時、その声の色は置き去りにされる幼子のように感じて、少し胸が痛んだのだが。
 既に諸侯に囲まれた彼からは、その時を伺い知ることはできなかった。
「・・・えへ、ちょこっと、がっかり・・・」
 それ以来、ワイラーがまとわりついてくることもなくなった。
 疎遠となるのは好ましくないので、今度はクラウンの方がワイラーの傍らをヒラヒラと舞う。
 他の派閥にするのと同じように、程良い距離感でフワフワと。
 年々、飛ぶ鳥を落とす勢いで勢力を拡大させていくワイラーの周囲を漂う彼は、よく諸侯に物笑いの種にされた。
「クラウン、飽きられてしまったようだね。上手くやれば、今頃はあの派閥の中枢にいられただろうに」
「ええ~、そうなのですか~? もったいないことしちゃったなぁ」
「まったく、阿呆だね、君は」
 ヘラヘラとして頭を掻きながら、その度に思い出す、テーブルクロスの下の会談。
「~~~クラウン」
 あの後ろ髪を引かれる声を発した公爵閣下は、一体どんな表情をしていたのだろう・・・と。



 早いもので、あれから五年。
「~~~あなたと仲良くなりたいなどと、思うのではなかった」
 すっかり不貞腐れたふくれ面のワイラーを眺め下ろす日が来るなど、あの頃は想像もしなかった。
 クラウンは床にしゃがんで彼の視線の高さを合わせ、つい嬉しそうに微笑んでいた。
「・・・僕と仲良くなりたいって、本当に思ってくれていたんだ」
「当たり前だ、間抜け! この私がくだらぬ有象無象に媚びるような真似をするものか!」
 彼の言う「この私」が、ずり下げられたズボンからはみ出したお尻をせっせとさすっている姿に、笑いが堪えきれなくなっていた。
「・・・ワイラー」
「もうしないってば!」
「・・・はいはい、もう許してあげるから。ほら、立って」
 子供を抱え上げるように彼の両脇に手を添えて立ち上がらせると、ホーキンスが手早くずり落ちているズボンと下着を履かせ直す。
「いいかい? 今度こそ、お約束だからね。破ったら、お膝の上でお尻ぺんぺんだよ」
「~~~」
 唇を噛み締めて顔を上気させたワイラーは、テーブルの上から呼び鈴を取り上げて、些か乱暴に振り回した。
 その荒々しい音に、ドアが慌てふためいたように開く。
 ここに執事がいるのだから、呼び鈴など必要ないのにとクラウンが首を傾げると、ドアを潜ったワイラーが顔だけ覗かせてイーッと歯を剥き出して見せた。
「クラウンのばーか! あなたなんて嫌いだ! ホーキンスも! ばーか、ばーか、ばーか!」
「こ、これ、旦那様!」
 フンと鼻を鳴らしてお尻を庇いつつ出て行ったワイラーの後ろ姿が、廊下に控えていた従僕が閉じたドアの向こうに消える。
 目をパチクリとさせていたクラウンは、とうとう堪りかねて吹き出してしまった。
「我が主が大変なご無礼を・・・。誠に申し訳ございません」
 恐縮しきりで頭(こうべ)を垂れるホーキンスにヒラヒラと手を振って、クラウンはソファに身を委ねた。
「かまわないよ。今は同格公爵だけれど、由緒あるワイラー公爵家と違って俄(にわか)であるし」
「そのような。主は申しておりました」
 そう言いながら、ホーキンスが五徳の上からポットを手に取り、茶葉を落としたティーポットに湯を注ぎ入れた。
「面々と受け継がれてきただけの自分の地位より、フォスター伯爵が自分の力で叙されたローランド公爵位の方が、遥かに価値があると」
「・・・うふん。相変わらず、褒めちぎってくれるねぇ」
「主は、爵位継承からずっと、あなた様をお慕いしておりましたよ」
 ティーポットの中で踊る茶葉がジワジワと広げていく香りに、鼻腔をくすぐられるクラウンはふと首を傾げて、蒸らし時間を待つホーキンスの立ち姿を見遣った。
「宮廷出仕やご招待先やクラブ、そこからお帰りになると決まって、あなた様のお話を楽しそうになさっておいででした。兄上ができたようでとても嬉しいとおっしゃって」
 ホーキンスがしなやかな手つきで、白磁に瑠璃の映えるカップにお茶を注ぐ。
「それが、ある日を境にパッタリと・・・」
 恐らくは、テーブルクロスの下の会談の日。
「しばらく鬱いでおられたので、ひどく心配したものです」
「・・・そう。ごめんね。僕も大人気なかったと反省している」
 差し出された銀盆からティーカップを受け取ったクラウンは、苦笑を滲ませてお茶を一口含んで、再び首を傾げる。
 美しい水色に、甘みの中に感じる爽やかな渋み。これは恐らく夏摘みの茶葉で、ここまで鮮明にそれを表現するお茶を、自分の屋敷以外で味わったことがない。
 そう、スフォールドの淹れるお茶と、同じ味、同じ香り、同じ水色。
「いえ、とんでもございません。今はあのように、私にしかお見せにならなかった利かん坊の姿を、あなた様に晒される。ですので、ああいうところは・・・」
「ふふ、大丈夫、叱ったりしないから。平素、風格と威厳が服を着て歩いているような彼のあんな一面が拝めるなんて、むしろ光栄だもの」
 親しみのある味わいのお茶をすすりながら、クラウンは思い出の引き出しをそっと閉じるように目をつむった。
 初めてワイラーを見た瞬間の、身震いを覚えた警鐘。
 彼を見誤るな。
 彼を敵に回すな。
 今思えば。あれはワイラーを警戒しろということではない。
 彼を、味方に。
 彼を、盟友に。
 クラウンの本能が、それを告げていたのではないか。
 それを臆病風に吹かれて、自分の力のなさを言い訳に距離を取った。
 今思えば。ワイラーであれば若干二十歳の若造であったとしても、腹を割って話せば諸侯に対して道化師のまま、密かに盟約を結べたと確信できる。
「本当に後悔しているのだよ。この五年、勿体無い時間を過ごしたものだとね。あの頃からワイラーと盟友になれれば、もっと陛下や民草の為になれたものを」
「・・・ローランド卿、何卒、我が主をよろしくお導きくださいませ」
 向けられた最敬礼そのものは使用人規範に準じたものであるが、胸にあてがわれた手の位置、爪先の開き方、礼から直る際の顎の角度。
「・・・案じずとも、ワイラーは生涯の盟友だよ」
「恐れ入りまする」
「時にホーキンス。君、スフォールドという男の師・・・なのではない?」
 ホーキンスが目尻のしわを更に深くして微笑んだ。
「いいえ。ロイ・スフォールドには、恐らく師などおりませぬ。何しろ彼は、盗人でございます故」
「え・・・」
 思いがけない言葉にクラウンが目を瞬くと、ホーキンスが苦笑して会釈した。
「失礼。我々の間では、『盗人』は最上級の褒め言葉でございまして」
 ホーキンスはクラウンのカップにおかわりのお茶を注いで、そっとテーブルにティーポットを置いた。
「ロイ・・・、いえ、スフォールドは、注視能力が大変高い。それは執事たる天賦の才にございます。自分が長年掛けて習得した技術や所作を、ふと気付けば若輩の未経験者である彼が完璧に真似る」
「ああ、だから、『盗人』・・・」
「左様。真似られるだけならまだしも、他家に使いに出せば、そこで見た更に上の技術をアッサリと会得して超えてくる。ですから、あの子はどのお屋敷の家令や執事にも疎まれた」
 そうして嫉妬を受けて解雇を言い渡されること、三家。
 クラウンと出会うことがなければ、『出来過ぎ近侍スフォールド』と悪評高い彼を雇い入れる屋敷はなかっただろう。
「・・・うふん。あのスフォールドを『あの子』と言う人を、彼の両親以外に初めて見た」
「ふふ。あの子はその能力の高さ故、無意識であれ主ですら選分する。そのスフォールドが初めて長の年月を共にしたあなた様であるから、私めは僭越ながら、あなた様に主を託そうと思えたのでございます」
 それって、君が傍観するほかなかったスパンキング嗜好も含めて?
 そんな少し意地悪な質問が浮かんだが、それを飲み込んで別の質問を言の葉に乗せる。
「ね。この五年で、スフォールドと会った?」
 クラウンは彼のことを深く知らない。
けれど、思っていた印象と違う人の悪い笑みに、妙な親近感を覚えた。
「は。この五年、密に。あなた様に内緒であったこと、ロイ・スフォールドをお叱りになりますな。あの子はずっと気にしておったのですぞ。何でも、主従の間で嘘は厳禁というお約束だとか」
「・・・叱ったりしないよ、心配は無用だ」
 既に十三年の付き合いだ。
 スフォールドが道化師の盟友たれると思ったからこその嘘を、付き続けてくれていたことくらい、わからぬクラウンではない。
「さて。せっかく最高級のバターが手に入ったことだしね。早く極上のフィナンシェを仕上げて民草に振舞わねばね」
 名付けるならば、そのフィナンシェの名は、『盟友』。



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