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盟友【オルガ番外編】

盟友6

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 議会が閉会して国王が退席すると、各貴族議員たちが席を立つなり着席のままなりで雑談を始めて、ざわめき始めた会議場内。
 そんな中、上座のワイラー公爵がキョロキョロと末席を見渡している。
 その視線をヒラヒラと回避して、クラウンは足早に廊下へと抜け出した。
「はぁ、やれやれ・・・」
 議会後は諸侯の腸(はらわた)を覗き見る機会として、以前なら最後まで会議場内に居残ってふわふわと漂っていたのに。
「あの坊やのお陰で・・・」
「クラウン、待ってくれたまえ」
 人間の胸に小窓でもあれば、そこから間違いなく心蔵が飛び出してきたに違いない。
 その有りもしない胸の小窓を押さえて、クラウンは引きつった笑顔で声の主を振り返って恭しい最敬礼を向ける。
 そこにはワイラーが、少し息を弾ませて立っていた。
 自分に追いつこうとして、幼き頃くらいしか機能させなかった駆けるという行為に及んだのかと考えると、つい苦笑が滲む。
 が。
 困る。
 間抜けた道化として目立つ分にはやぶさかでないが、周囲から上位者のお気に入りに見えてしまうこの状況は、大変ありがた迷惑なのだ。
 これが一度や二度の公爵閣下の気まぐれなら良いのだが、ここ一ヶ月、ずっとこの調子であるから、そろそろ諸侯も二人の仲を気にし始めているのが手に取るようにわかった。
 道化師にとって、非常に望まぬ事態となっている今日この頃・・・。
「これはワイラー卿。お言葉を賜るなど、痛み入ります」
「うむ、苦しゅうない。あのね、あなたに相談があるのだよ。期限付きの迷い事があって」
「私ごときにお答えできることなどございましょうか」
「大学の修了認定試験をどうすべきか悩んでおる」
 クラウンはピンと来ない名称を思い出の引き出しの中で漁っていたが、やがて頭を掻いて高い天井を仰いだ。
 先王崩御の代替わり継承は、国の定めた成人年齢の十五歳以上の嫡子が当主の座を継ぐけれど、それはあくまで名目上。
 表向きは隠居となった彼らの父親が相談役として領地を治め、王都では貴族議会に席に着くことがほとんどである。
 だが大学生ともなれば、さすがにほとんどの新当主は独り立ちしており、通学と自領統治と議会出席の多忙を鑑みて、何学年であれ合格すれば大学課程修了を認定する試験制度が設けられているのだ。
「・・・ご学友にお尋ねになればよろしいのでは?」
「私の学年前後は貴族の嫡子が少なくてね。そもそも下位ばかりだから、閣下に倣いますとしか答えてくれぬ」
 少しつまらなさそうに口を尖らせる横顔は、二十歳の青年らしくて愛くるしい。
「まあ、同格公爵家の嫡子が学友とて、倣いますと言うであろうがな」
 可愛らしく不貞腐れていた口に、今度はニヤリと大人びた笑みがなぞる。
 若干二十歳の公爵様は、自分の立場をよく理解しておいでのようだ。
「ワイラー卿、私も下位にございますれば・・・」
「でも、あなたなら『倣う』とは言えないだろう? 既に経験者なのだもの」
「はぁ、まあ・・・」
 真っ当な学生生活を営んでいれば、十八の終わりに爵位を継いだ自分は大学課程修了認定試験の対象者であっただろう。
「えーとぉ・・・、私のことは置くとして、ご自身のことはご自身でお決めになられるがよろしいかと」
 会議場から廊下へと流れてきた貴族たちが増えてきた。
「でなければ後々、私がそう言ったのにとおっしゃられても、過ぎた時間を巻き戻す力は持ち合わせておりませんので」
 ワイラーを前にする自分に視線が集まりだして気が気でなく、つい本音が溢れてしまった。
 まあ、これで不興を買って離れてくれれば、それはそれで幸いというもの。
「・・・びっくりした。ホーキンスと同じことを言う」
「? ホーキンス殿?」
「はは、伯爵のあなたが敬称など用いずとも良い。ホーキンスは私の執事の名だ」
 ワイラーは不興どころかますます親しみ滲ませて破顔し、クラウンの頭痛に拍車を掛ける。
「ね、今度、我が家に招待するよ。あなたをホーキンスに紹介したい。彼はワイラー公爵家にいる五人の執事の内の一人なのだけれど、幼い頃から私専属のようなものでね。間もなく家令となる」
 招待という言葉に貴族たちが耳を欹てているのが伺えて、クラウンは目眩を覚えて眉間を摘んだ。
 この公爵様のお陰で、五年余り掛けて築き上げてきた付かず離れずの微妙な人間関係が、木っ端微塵にされそうだ・・・。
「あなたもそう言うのなら、自分がどうしたいのか、願書締め切りまでにもう一度じっくり考えてみるよ。でも、参考までに聞かせておくれ。あなたはどうしたの?」



「・・・お前、冷たい。そんな薄情な奴だとは思わなかった」
 私室に戻ったクラウンを軽装に着替えさせたスフォールドは、脱がせた上着にブラシを掛けながら肩をすくめた。
「そりゃ、深刻そうならお声を掛けますが、あのような聞こえよがしの溜息を連発されたら、聞く気も失せます」
 宮廷帰りの車中で、主が行儀悪く後部座席の窓に足を掛けて仰向けに寝転がるのは、何かしら事が上手く運ばず気が滅入っている証拠である。
 そういう時は放っておいても、独り言めいて事の次第を話し始めてスフォールドに状況を聞かせるので、それまでは黙っていることにしている。
 ところが、今日は二つ目の曲がり角を超えても沈黙のまま。
 スフォールドはバックミラーを覗いて、小さく「おや」と呟いた。
 仰向けだった姿勢が、いつの間にか後部座席のシートを向いて体を丸めた横向き寝となっていていたのだ。
 この姿勢はご機嫌斜めの証。
 この仕草が見られるのは、出仕前にスフォールドと喧嘩になった(叱られたとも言う)時である。
 いつもならこれを確認すると、「何です、いつまでも不貞腐れて」と諌め半分、宥め半分の声を掛けるのだが、喧嘩した(叱りつけた)心当たりがない。
 なので、やはり黙っておくことにした。
 すると、始まったのである。
 「・・・はあ~ぁ・・・」
 この溜息が。
 スフォールドが口を閉ざしたままとわかると、もう一度。
 やはり黙っていると、もう一度。
 屋敷までの道程で、二十一回。
 面白いので数えていたスフォールドである。
「いやいや! それでも聞こうよ! 主が明らかに落ち込んでいるよね!?」
「お気の毒様です。お茶の支度をしてまいりますので、また後ほど」
「~~~うぅ、意地悪しないで聞いてよぉ・・・」
 素直に出られると可愛いので、聞く気も起きるというもの。
「はい、お伺いしましょう。宮廷で何かございましたか」
 クラウンは私室中央のソファに俯せに体を投げ出すと、ポツポツと宮廷でのワイラーの相談事を話し始めた。
「はあ。旦那様は大学修了認定試験対象外ですものね、高等科修了直前で退学処分でございますから」
「・・・その話に耳を欹てていた僕の元学友たちが、我先にと割り込んできて、学生時代の素行をぶちまけられた・・・」
「はあ」
「はあ、以外に言うことないかな!?」
「事実にございましょう。この程の代替わり継承にて家督を継がれた貴族様は、旦那様の元ご学友とその前後が一番多い。フォスター伯爵悪童時代の逸話は事欠かぬでしょうねぇ」
「~~~そうだけど・・・」
「過分に脚色されていたのでございましょうか?」
「・・・いや、まんま」
「はあ」
 ソファに俯せた肢体がバタバタとする姿は、まるで十にも満たない幼子である。
「それで何を拗ねていらっしゃるのです。そもそも高等科退学処分は旦那様の社交の持ちネタではございませんか」
 退学処分を食らった伯爵。
 やはり間抜けで阿呆の道化師と認知されるのに最適のエピソードとして活用し、社交界をヒラヒラふわふわと渡って早五年。
 スフォールドとしては、この不貞腐れぶりに何を今更と思わざるを得ない。
「第一、渡りに船。これでワイラー卿が距離を置いてくだされば、動き易くおなりでございましょう?」
「・・・そうかもだけど。学校くらい、真面目に行っておけば良かった・・・」
「は?」
「~~~父上や爺やの言うこと、ちゃんと聞いておけば良かったぁあ」
 ・・・おやまあ。
 スフォールドは苦笑を深めて口を噤んだ。
「聞いてよ、スフォールド。ワイラーってばね、僕のことをカッコイイ、カッコイイって、くっついてくるのだよ。参っちゃう、諸侯の内偵が捗らないったら・・・」
 ここ最近、そんなことをボヤきながら、何やら楽しそうだとは思っていたのだが。
 スフォールドはソファに俯している主の顔の傍らに屈んで、そっとその髪に指を絡ませた。
 そんな後悔をさせるほど、公爵様をお気に召したということだろう。
 それが「カッコイイ」と褒めてくれるからという訳ではあるまい。
 親バカならぬ執事バカなことを言えば、クラウンという主はどこに出しても恥ずかしい道化を演じていても、どこに出しても恥ずかしくない見場の持ち主である。
 その上、能天気な道楽者を印象付けるのに、洒落粧した装いに粋な小物使いは欠かさないので、クラウンの身につけたスーツのデザインや小物が貴族の間で広まって流行することも多い。
 これがただの道楽演出なだけなら支出が嵩むので止めさせたいのだが、クラウンは名のない新進デザイナーばかりに服や小物をオーダーするので、彼らのチャンスに大きく寄与しているという事実がスフォールドを黙らせている次第。
 つまり、クラウンは外見を褒められることには慣れっこなのである。
 恐らくワイラーという青年公爵は、クラウンの本質を見透かして懐いている。
 それを感じ取っているから、クラウンは嬉しいのだろうし、彼に格好悪い自分を見られたくないと思うのだろう。
「いっそ『フィナンシェ』の材料になさってしまえばよろしゅうございましょう?」
「・・・無理。あんな高級バターは扱いきれない。あのバターの芳醇な香りは不要な害虫も引き寄せてしまうもの」
「兄貴分が払って差し上げればよろしい」
「焚きつけてもダメ。乗せられないからね」
 頑なな主の膨れ面に、スフォールドは肩をすくめた。
「残念。薄っぺらな人間関係の構築に勤しむあなたがお気に召した方と語らうお姿を、間近で拝見してみたかったのですが・・・。お相手がやんごとなき御方では、私はご尊顔を拝することも叶いませぬね」
 数年後には、そのやんごとなき御方のお尻を平然とひん剥いて引っ叩くようになるのだと、クラウンもスフォールドも今は思いも寄らぬこと。



「~~~ぅん! ん! んン! ぃ! た! ぃい・・・! もう嫌だぁ・・・アッ!」
 一際鋭い痛みに、ワイラーは仕置台に擦り付けていた顔を大きく跳ね上げた。
「嫌だじゃないでしょ。ごめんなさいは?」
「わ、わかった! ごめんなさい! 言った! もういいだろう!? ひっ・・・」
 ピタリと剥き出しのお尻にあてがわれたケインの気配に、ワイラーは体を縮こまらせる。
 その様子と赤く腫れてきたお尻の具合を見比べて、クラウンは引いたケインを肩に掛けて吐息。
「あのねぇ。僕は過去、幾度か君が招待客の前でメイドにお仕置きを課すのを見てきた。好きこそ物の上手なれと言うけれど、それに至る道程や口上は見る度に精度を上げていたよ」
 クラウン以外の誰も、ワイラーが楽しむためのものだと気付かない見事な一連の流れであった。
「その君ならわかるでしょ。今のごめんなさいでお仕置きは終わるの?」
「~~~」
「もう一つ聞くけれどね、何にどうしてごめんなさいなのか、わかっていないごめんなさいは、有効?」
「わ、わかっているもの! やり過ぎたからお仕置きなのだろう!? もう行き過ぎたお仕置きはしない! 約束するぅ・・・」
 その約束は前にもしたのだけれど・・・と、クラウンはケインの先で頭を掻いた。
 それを違えた件で、今回はこうして厳しめのお仕置きを敢行しているのであるが、涙を溜めた目で必死に言葉を紡ぐ姿と赤いお尻が可哀想になってきた。
「・・・スコールドだったら、このまま続行するのだろうなぁ。僕のお尻って気の毒」
 それはお前が約束を幾度も破るからだ、と、クラウンのお尻に人格があれば物申したに違いない。
「・・・じゃ、仕置台はもう許してあげるから、十だけ、ホーキンスにお膝でペンペンしてもらいなさい」
「~~~な・・・!」
 ワイラーが目を剥いたが、彼の執事ホーキンスは更にギョッと目を見開いてクラウンを見つめた。
「フォスター卿! あ、いえ、ローランド卿! 私めにはそのような大それたこと、致しかねまする!」
 ああ、スフォールドに聞かせてやりたい執事の言葉。
「ホーキンス、僕は彼が好きだし、彼の嗜好がお尻叩きの受刑者に対して正当に働いている間は、断罪する気もない」
 そう言いながら、クラウンは仕置台の拘束を解き始めた。
「けれど、いつも見張っている訳にはいかないし、君の知らせを受ける度に飛んできてお仕置きする訳にもいかないだろう?」
 仕置台から下ろされたワイラーは、ジンジンと火照るお尻をさする情けない姿であるが、主のオーラを全開に見せつけてホーキンスを睨み上げている。
「で、ですが・・・」
 執事を睨んでいるワイラーの頬をつついて、クラウンは子供にするように顔をしかめて見せた。
「ワイラー、めっ。ホーキンスの吐露を聞いたでしょう。彼は君の餌食になった娘さん達の肩を持って、このお仕置きに加担している訳じゃない。僕の知っている良い子のワイラーは、それくらいわかる子だよね?」
 そっぽを向いた顔を覗き込んでやると、ワイラーがさも悔しげに、けれど拗ねた子供のように、上目遣いを向けてくる。
「~~~あなたと仲良くなりたいなどと、思うのではなかった」
 ワイラーのボソボソとした呟きに、ふとクラウンの思い出の引き出しが開く。



 クラウンが派閥を飛び越えてあちこちの屋敷の招待に「是非に」と応じるのは、ひとえにそこでなされる様々な会話ややり取りを見聞きしたいからだ。
 阿呆で間抜けな道化師が隣で料理を貪りながらふわふわしていても、諸侯は気に止めることなく派閥内でだけで成す会話を垂れ流す。
 そういう内偵の足場固めを、まだ父存命の顔見せ時代からずっと培ってきたのだ。
「うふ~。ルーベンス侯爵家のキッシュは絶品ですねぇ」
「そうかね、そうかね、それは良かった。たんとお食べ。それでね、ロメンス卿・・・」
 これこの通り、秘密裏の会話の最中に話しかけても、こうしてあしらわれて話を続行してくれる。
 ずっとこうやって来られたのに。
「クラウン、ここにいたの」
 最近はクラウンを目ざとく見つけて声を掛けてくるワイラー公爵のお陰で、諸侯の会話は途絶えて内偵台無しだ。
 あああ、もう~~~邪魔! という内心をヘラヘラした笑顔で覆い隠して、程々にワイラーの相手をして、頃合を見計らって姿を消して、それがまた見つかって・・・の繰り返し。
 贈収賄に密輸入、諸外国との密約に脱税諸々、押さえておきたい会話は山とあるのに遅々として捗らない。
「えぇい、奥の手」
 クラウンはワイラーを撒くと、周囲の視線が自分にないことを確認し、サイドテーブルに掛かるクロスの下に滑り込んだ。
「はぁ、やれやれ・・・」
 一箇所に潜んで会話の盗み聞くのは効率が悪いのだが、まったく聞けないよりは幾らかマシというもの。
「あなたって、やっぱり面白いね」
 クラウンはパチクリと瞬いた目を、恐る恐る背後にねじ向けた。
「こんな所に初めて入ったよ。何をしているの?」
 クラウンと一緒になって体を丸めてしゃがんでいる、ワイラー公爵の姿がそこにある。
 う。
 嘘。
 この子、ついてきちゃった・・・。


つづく


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~ Comment ~

ご無沙汰しております。
ワイラーとクラウンのお話、とっても楽しいです。ふだんフワフワしているクラウンが、かっこいいお兄ちゃんになって。

二人(執事たちも入れたら四人でしょうか⁈)の歴史が紐解かれるのは、なんだかとってもワクワクします。
続きも楽しみにしております。

ゆっきーさま。

こちらこそご無沙汰しております。
クラウンとワイラーのコンビがお気に入りですので
書いていても楽しかったです。

ちょっと伏線の張り忘れ等あって筆が止まってしまいましたが(^^;)
コメントありがとうございましたm(__)m
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