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盟友【オルガ番外編】

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 ゆらゆらと、窓辺で。
 父の形見のロッキングチェアに揺られて夜空を眺めつつ、その日一日を振り返るのがクラウンの日課である。
 当主となり、フォスター伯爵家を守り続けて早6年。
 目立たず騒がず、敵を作らず、深入りする仲間も作らず。
 目立って騒いで、阿呆だ間抜けだと油断してもらえる道化を続けて。
 それなのに・・・。
「百面相にございますな」
 そう言ったのは銀盆に乗せたワイングラスを恭しく差し出している執事スフォールドであった。
「楽しそうと思えば、急に苦虫を噛み潰したような。かと思えば堪らないといった風な思い出し笑い。すると今度は眉間のしわもクッキリと険しいお顔。それがまたやおら安堵めいた穏やかなお顔をなさって」
 クラウンは頬を撫でて苦笑すると、ワイングラスを受け取って一口。
「・・・うふん。面白いものを見つけた気分なのだよね」
「ほう」
「今日のローランド公爵邸でのサロンに、ワイラー公爵が招かれていてね」
 珍しく自分から招待先での出来事を語る主に、スフォールドは興味深げに頷いた。
「代替わり継承の治世には一時に若輩の貴族で溢れる中、彼だけ、何と言うのかな、異彩を放っていると言うべきか」
 ロッキングチェアにゆったりと身を委ねている、世間的には若輩者の主がそう言いながら天井を仰いで目をつむった静かな仕草に、スフォールドはつい笑みを誘われていた。
 自分をこそ異彩であると、気付いていないのか・・・と。
「世継ぎが代替わり継承の年に届かなかったローランド卿は、現状一番強大な公爵家当主を掌握しておきたかったのだと思う。相手は若干二十歳の若造だもの」
 ワイングラスを運ぶ口元に、何とも辛辣な笑みがなぞった。
「餌を与えれば容易く御し得ると思ったのだろうねぇ。浅はかなことだ」
「おやまあ、随分とワイラー公爵閣下をお気に召されたご様子で」
「・・・うふん」
 肯定も否定もしないクラウンに、スフォールドは心の手帳にワイラー公爵の名を記す。
「ワイラー卿って、ちょっと奇妙な癖のある子みたいでね」
「ほう?」
「多分なのだけれど、スパンキングが好きみたい」
「・・・・・・はい?」
 滅多に見ることのできないスフォールドのポカンとした顔を見て、クラウンは愉快そうにロッキングチェアを揺らした。



 あー、もう、また始まった・・・。
 案の定の展開に、クラウンはうんざりと宙を仰いだ。
 パーティーと違ってレディ同伴のないサロンに色香過剰の女性給仕が練り歩くのは、何もローランド公爵邸に限ったことではない。
 ともすると寄付金の分配先を話し合う為の場である、貴族やブルジョア階級が集う紳士クラブの席にすら、こういう手合いの娘達が現れる始末だ。
「まあ、前回みたいに全裸じゃないだけマシかなぁ。いや、半裸以下なら全裸と一緒か」
 目のやり場に困っても、やはりつい視線がそちらに流れてしまう本能に吐息を漏らしつつ、クラウンは裸体に腰巻エプロン一枚で飲み物を配って歩き始めた娘たちの一人からワイングラスを受け取った。
 彼女らはその家の使用人ではなく、こういう場でこの余興的給仕の為に雇われた娼婦か場末の飲み屋の女給たちだ。
「ならば許される、とか思っているのかねぇ、この特権階級の御方々は・・・」
 などと内心で毒づいているだけで黙認している自分も、彼らと同じ穴の狢(むじな)であることは重々承知している。
 こんな稼ぎ方をしなければ生きていけない彼女らを救うには、自分はまだ力不足。
 いや、それもこの場の自分を正当化する言い訳だと、わかっている。
「ローランド卿、この屋敷のメイドらは何故、お仕着せを身につけておらぬのだね」
 クラウンが自戒めいて唇を噛んだ時、その若々しい声が凛と響いた。
 それを受けてシンと静まり返った広間の視線は、娘たちを眺めやるワイラーに集まる。
「社交の場で裸体を晒すなど無礼な。ローランド公爵家のメイド頭は、一体どのような教育を行っているのだ」
 呆れ果てた様子で頭(かぶり)を振るワイラーに、しばし言葉を失っていたホストたるローランドは、やがて若造に哀れみと慈悲めいた笑みを投げかけた。
「やあ、これはすまなかったね、ワイラー卿。やはり君にはまだ刺激が強すぎたか」
「質問の答えになっておらぬよ、ローランド卿。それとも何かね、ローランド領はメイドに腰巻エプロンのお仕着せしか与えられぬ程の窮状であられるのか」
「なっ・・・、いくらワイラー卿といえ、非礼が過ぎる・・・!」
「控えよ、ローランド卿」
 いきり立った初老公爵の前に、悠然と振られた手。
「そなたの前にあるはワイラー公爵なるぞ」
 まだあどけない面立ちと幼さの残る体躯。
 そこに滲む、圧倒的な風格。
 広間の人々が畏怖の念に取り込まれたのも無理からぬことだと、成り行きを見守っていたクラウンは思った。
 末恐ろしい。いや、既に十分、怖い子だ。
 だが、社交場で裸婦をはべらせ興とするこの狂った空間に不快さを感じてくれる、真っ当な感性の持ち主で助かった。
 彼がこれを是とするお貴族様のボンボン気質であったなら、この国は足取りも軽やかに終焉に向かっていくことになるだろう。
 クラウンはそっと胸をなで下ろしたが、二の句が継げずにこめかみに青筋を浮かべているローランドを見て頬を掻いた。
 やれ弱った。
 この状況、きっと誰も間に入りたがらない。
 いくら同格公爵とは言え、前王政より権勢を振るうワイラー公爵家と、既に過去の栄光しかないローランド公爵家。
 一見すればさらりと手の平を返してワイラーに賛同するのが得策に思えるが、ローランド公爵は遠くはなっても国王の親族には違いなく、後日に彼がワイラー公爵よりの侮辱を訴えでもすれば、現国王は一蹴できない。
 国王陛下はワイラー公爵家を敵に回すような愚策も取られぬだろうが、ローランドの気が収まる程度の処置を施さねばならなくなり、恐らくはこの場に立ち会った貴族は一通り事情聴取なり宮廷に呼び出しを食う羽目になるだろう。
 さて、どうしたものか。
 戴冠なされたばかりの国王陛下の御手を、このような下らないことで煩わせたくないのだが。
「言い過ぎちゃった、ごめんね~とか、言ってくんないかなぁ、あの坊や」
「言葉が過ぎた、すまぬ、ローランド卿」
 クラウンは願望のあまり幻聴でも聞こえたのかと、目をパチクリとさせた。
 それは幻聴などでなく、ローランドに向けて頭を垂れるワイラーの姿がそこにあった。
「若輩者故、ちと冷静さを欠いた。これは幼い私に女体を学ばせてくれようという、あなたの心配りであったのだろう?」
「え? は? は、はぁ。はい。如何にも」
「すまぬがローランド卿。私はこういう趣向をあまり好まぬ。今後は無用と心得てくれたまえ」
 そう言いながらワイラーは、手近にいた半裸の娘に脱いだ上着を羽織らせて広間を見渡した。
 それと視線がかち合った貴族たちが、弾かれたように彼を真似て上着を脱いで娘らの肩に掛ける。
「に、しても・・・いくら主の言いつけと言え、使用人の尊厳を守るのが使用人責任者の務めだよね」
 ワイラーがそう言って、そっと拳を口に当てた。
 その仕草を見て、クラウンはふと首を傾げる。
 何故だか、笑みを隠しているように思えたのだ。
「その家の使用人最高責任者は家令であるが、女性使用人に関してはメイド頭が頂きにあり、家令とて越権行為は許されぬと聞く。で、あれば・・・」
 淡々と言葉を紡いでいるが、やはりどこかこう、こみ上げる至福感を堪えているように見える。
「この娘らにこのような無体を強いた責を負うべきは、貴家のメイド頭であると思うが・・・、ローランド卿、如何か?」
 ん? ん? ぅん?
「そ、そうですな。強く反対されれば、私もそこまで無理を言わぬものを」
 はぁ?
「で、あろうねぇ。頭(かしら)の名を頂きながら部下を守れず、あまつさえ主を正しく導けぬなど、きついお仕置きを据えてやらねばね・・・」
 な。
 何を言い出すか、この子は。
 クラウンは唖然と目を瞬いた。
 いや、言っていること自体は間違っていない。
 品行方正な言い分は間違ってはいないけれど、事態の根本が間違っている。
「ほう、仕置きとおっしゃいますと?」
 そもそも半裸給仕の娘たちはローランド公爵邸の使用人に非ず。
 恐らくはメイド頭の預かり知らぬところで雇い入れられた者たちだ。
「ローランド卿、メイド頭をこれへ。お仕置きにお尻叩きでも据えてやると良い。皆の前で剥いた尻を、真っ赤に腫れるまで・・・」
 待て! メイド頭は完全な濡れ衣だ!
「あの~、ワイラー卿。彼女達はローランド邸のメイドではないと思います~。この内の何人か、他のお屋敷のサロンやクラブでも見掛けた気がぁ・・・」
 あ。
 ああ。
 しまった。
 ふわふわと両公爵の前に進み出て言ったクラウンの内心は、脂汗でギトギトのテカテカだ。
 つい。思わず。こんな注目される場で余計な発言を・・・。
「え? そうなの、かね? では彼女らは何なの? 何故ここにいるの?」
 世間知らずは本物らしく、ワイラーはキョトンとした顔を傾けてクラウンを見つめた。
 その仕草にサラサラと答えてやりたい衝動をグッと堪えて、クラウンは彼より更に首を傾げて緩んだ笑顔を浮かべる。
「はあ。聞いたところに寄りますれば、メイドではできないことをしてくれる街娘だとか。踊り子の真似事とか、貴族の使用人にできませんでしょぉ?」
「・・・ふむ」
「今回はぁ、ローランド卿がワイラー卿に女体の神秘をお教えしようとなさった結果、こういう趣向と相成ったのかとぉ・・・」
「・・・ならば、このような破廉恥な仕事を受け入れた彼女らに、羞恥心というものをお尻で学ばせねばね」
 違うって。
「いやその! 賃金が発生している上に我ら貴族の要求を、街娘の彼女らは断れませんよねぇ~!?」
 間延びさせた語尾が、ついきつくなってしまった。
 こんな役どころに出張るつもりなど毛頭なかったのに、何をやっているのだと緩みきった笑顔の下で心の舌打ち。
「・・・なるほど。それはそうだな」
 ワイラーが発したそれを、クラウンは聞き逃さなかった。
 彼も小さくだが、舌打ちしたのだ。
 ただ、クラウンの吐き捨てるようなそれと違って、ガッカリした子供のように。
「ちぇっ」・・・と。
 けれど、ほんの少しすると、再び彼の目が輝く。
「ローランド卿、彼女らは本来、給仕として雇ったのだよね」



「ほう。給仕の仕事をやり遂げて報酬を受けよと。二十歳の若者にしては、ご立派なお言葉にございますな」
 黙って耳を傾けていたスフォールドが、感心したように頷いた。
「そりゃ、お前があの無闇にキラッキラした目を見てないから、そう思うのさ。僕は危険な玩具を前にした子供を見ている気分で、ヒヤヒヤしたよ」
「おや、こちらもまたご立派なお言葉で」
 ニヤリとしたスフォールドに顔をしかめて見せる。
「・・・で、この先の顛末が、ワイラーのスパンキング嗜好を裏付けした」
 いくら公爵家の立派なお仕着せを着せてもらおうが、所詮は使用人教育を受けたことのないズブの素人である。
 幼い頃から働きに出されている街娘らであるから、一様に給仕経験はあるようで大きな粗相はないけれど、行儀作法を云々すれば指摘し放題だった。
「まあ見事なものだった。お仕置きにこじつけていく屁理屈はお前といい勝負・・・じょうらんれふ、ごめんなひゃい」
 つねられた頬っぺたをせっせとさすって、クラウンはふと得心いったように頷いた。
「・・・お仕置き・・・、そうか、お仕置きか。な~んかボタンを掛け違えている気がしていたのだけど、あの子、スパンキングが好きと言うか、スパンキングのお仕置きが好きなんだ」
「また難解なことをおっしゃいますね。それは確かに別物にございますが、お尻を叩くのが好きという時点で、お仕置きは成立致しませんよ」
「うん、そうなのだけどね。ただスパンキングがしたいなら、あの子は命じるだけでいい。好きな時に好きなだけ、叩くお尻に困ることはない立場だよ。それを、回りくどく理由付けばかりして」
 そのせいか、お仕置きを言い渡された娘たちは誰ひとり、自分が若き公爵の嗜好の餌食にされていると気付かぬままだった。
 それはサロンに集った貴族たちも同様で、彼らの目にはワイラーは行儀作法に厳格な青年として映っただろう。
「・・・ふむ。これが弱味になるか、まだわからないけど。しばし遠巻きに観察させてもらうかな」
「お近付きにならないので?」
「ダメダメ、あの子、目立つのだもの。親しくなるのは御免だよ」
 クラウンはヒラヒラと手を振って、ワインを飲み干した。



「あなたはストレート・ステッキが好きなの?」
 車を降りてスフォールドから手渡されたステッキを、クラウンは危うく取り落としそうになった。
 宮廷のロータリーで彼にそう声を掛けたのは、距離を取ろうと決めたばかりのワイラー公爵であったからだ。
「これはワイラー卿、お早い出仕にございますね」
「うん、あまり良い天気なので、庭園を散策してから議会に出向こうかと思ってね。あなたも一緒にどう?」
 どう?と問われて「いえ、遠慮します」と言えない身分差である。
 要するに、一緒に来たまえと言われているのだ。
「お誘い頂き光栄にございます、是非に」
 心にもない言の葉を垂れ流し、仕方なくワイラーの後ろを歩き始めたクラウンを彼が振り返った。
「せっかく一緒に散策するのだ、隣を歩きたまえよ。ねぇ、そのステッキを見せておくれ。あ、私のステッキを持っていてね」
「は、喜んで・・・」
「いいなぁ、これ。グリップのデザイン、カッコイイ」
「・・・恐れ入ります」
「先日も思ったのだけれど、あなたってお洒落だよね。身に付けている小物もだけれど、少し着崩していたりして、カッコイイなぁ」
「はあ、お褒めいただき恐縮にございます・・・」
「あ。今日のシャツの袖口、片方だけ同色の刺繍があるのだね。よく見なきゃわからないところがカッコイイなぁ」
 適当に。程々に。会話が深くならないように。
 いや。
 この会話はきちんと受け答えしても、深くなりようがないのでは?
 先程から公爵閣下は、幼い子供のように「カッコイイ、カッコイイ」を繰り返して、目を輝かせているだけだ。
 こんな浅い会話は、道化の時すらしたことがない気がする。
 クラウンのステッキをしげしげと眺めつつ嬉しそうな歩調のワイラーを見つめる内に、苦笑が漏れた。
「・・・ワイラー卿、よろしければ、そのステッキの職人をご紹介致しましょうか」
「えっ、それは嬉しい!」
「それと、少々ご無礼をお許しください」
 クラウンは伸ばした手でワイラーのポケットチーフを抜くと、手早く折り直して胸ポケットに戻した。
「これならば、議会席上でも非礼に当たらず、けれど華やかにございますよ」
「わぁ、カッコイイ。ありがとう、クラウン!」
 無邪気な笑顔はまさしく二十歳の若造。
 弱った。
 可愛いと思ってしまった瞬間に、距離の取り方を思い出せなくなってしまったクラウンであった。
 

 つづく


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