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フォスター家【オルガ番外編】

モートンの子

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ファビオが学校に通うようになって、一年が過ぎた十四歳のある日。
「はぁ・・・」
 この深い溜息をお聞きになればお分かりだろうが、彼は今もって尚、学校が好きではない。
 今はすっかり友達も増えて、彼らとくだらない話で盛り上がるのは楽しい。
 成績も取り立てて悪い方ではない。
 良くもないが。
「これ。朝っぱらから溜息などつくのではないよ」
「わ!」
 ノソノソと鞄に教科書を詰めていたファビオは、飛び上がらんばかりに振り返った。
 そこには同室のモートンが、戸口にもたれて立っていた。
 誰でもするような日常の何のことはない立ち姿であるのに、つい見惚れてしまう洗練されたしなやかさ。
 これが自分の師であると思うと誇らしい。と、同時に、ますます学校など行きたくなくなるのである。
「まったく、また朝に支度など。どうりで遅いと思ったよ」
 モートンは主人を宮廷へ送り出した後、いつもファビオが正門前を通って学校に出かける姿を待ち、手を振ってくれるのだ。
「まだ間に合いますもん。イテっ!」
 いつの間にか背後にまで歩を進めてきていたモートンに、ピシャリとやられたお尻をさする。
 この師は美しい所作と共に物音一つ立てない足捌きを装備しているから、こうして背後を取られることしばしば。
「間に合うとか滑り込むとかね、そのようなギリギリのスケジュールの立て方は・・・と、いかん、お説教で遅刻など、本末転倒だな」
 懐中時計に目を落としたモートンが、もう一度ファビオのお尻をピシャンと叩く。
「いってらっしゃい。お説教は帰ってからにしておくよ」
「う」
 ただでさえ憂鬱な登校前に、そんな予約を入れてくれなくても・・・。
「いってきます・・・」
「車や馬車に気を付けて」
 廊下まで見送りに出てきたモートンを振り返ると、やはり優しい笑顔で手を振ってくれていた。



「お、叱られん坊のお戻りだ」
 執務室に入ったファビオに、ヴォルフがデスクから顔を上げてニヤリとした。
「こ~ら、ヴォルフ。からかうのではない」
 高位の侯爵に窓辺の執務机を譲り、自分は壁際の下座の執務机で仕事に勤しんでいたフォスターが、子供にするように顔をしかめて見せる。
 この二人が宮廷から帰って程なく、ファビオも学校から戻った。
 ファビオもお仕着せに着替えて執務室に入り、補佐業務をモートンの指示の下で行っていたのだが、ある程度片付いた辺りでモートンが言ったのだ。
「私共はしばし退室致します。ファビオに話がございまして」
 その瞬間のファビオの浮かない表情で、フォスターもヴォルフも彼が何かしらこの有能執事に叱られるのだろうと予想できていた。
「ファビオや、今までモートンに?」
 フォスターが気の毒そうな苦笑を浮かべて尋ねると、ファビオが嘆息とも返事ともつかぬ返事を返した。
「で、お小言の弟子は?」
「お茶の支度をしに、厨房へ。小一時間も経ったので業務が溜まり始めているだろうからと、僕だけ先にここへ戻るよう言われました」
「では、そこに座って。のんびりでいいからこの資料を整理しておくれ。・・・あ」
 執務室の更に下座にある補佐用デスクを指し示したフォスターは、ふとファビオのお尻に目をやった。
「・・・座れる?」
「~~~叩かれてません。お説教されただけです」
「それはそれでご苦労様」
 モートンのお説教経験者は、同胞に心からの労いの言葉を掛ける。
 ファビオは大仰な息をついて、ともかくも資料の整理に取り掛かった。
 学校でこうして座って授業を受けるのは苦痛だが、仕事ならむしろ楽しい。
 ファビオが何故、学校をそこまで毛嫌いするのか。
 それは彼が早く一人前として認めてもらいたいからだ。
 学校とは子供が行く場所だと思う。
 そこへ通わされる自分は、半人前の子供。
 それが嫌で仕方ない。
 が。
 ファビオは資料に目を通しつつ、ほくそ笑んだ。
「ふん。後一年の辛抱さ」
 この国の成人年齢は十五歳。つまり、次の誕生日でファビオは国が認めた大人になれる。
 そうなれば、義務教育年齢から外れて就学継続の選択権は自分のもの。
 オルガのナイトとして嫌々ながら通い始めたが、今やオルガは言葉も同世代並に操る上にクラスの誰とも仲が良く、自分がいなくても大丈夫と胸を張って言える。
 ならば、モートンが何と言おうと、絶対に中等部で学校を卒業してやるのだ。
 そしてお屋敷の仕事に専念して、一日も早く一人前になる。
「・・・ふむ。十八歳の国が断然多いね」
「八割は十八だなぁ。フォスター、二十歳という国もあるぞ」
「ああ、先だって視察に行った国が二十歳だったよ。あくまで私個人の印象だが、二十歳を過ぎた青年や女性が、少々幼く感じた」
「なるほど。それに、二十歳というのは些か中途半端な年齢だな。大学三年だろう?」
「そうだねぇ。成人年齢と義務教育終了年齢を連結させたい趣旨からは外れてしまうね」
・・・・・・ん?
「ならば、自治区によって成人年齢が違う国もあるが、これも範とはならぬな」
「うむ、今議題は国全体の教育水準の向上であるから、領地ごと成人年齢が違っては、あまり意味を成さないね」
 ファビオが耳を欹てた。
 今、聞き捨てならない言葉が聞こえてきたような。
 それに、先程から整理している資料を読んでいて、何やら胃の腑に引っかかっていた。
 その資料の内容が、世界各国の成人年齢と義務教育年齢を集めたものだったのだ。
「うむ。私はやはり世界の八割を占める十八歳が妥当かと思うね。ちょうど、高等科卒業の年齢であるし」
「そうだなぁ。十八ともなれば、男女ともに体は成熟するしね。働き始めるにしろ、程よいように思えるね」
 やにわに椅子を弾き飛ばすように立ち上がったファビオに、フォスターとヴォルフが目を瞬いた。
「ど、どうしたの、ファビオ?」
「お二方・・・、先程から何のお話をなさっているのです?」
「え? 議会で法令の成人年齢条項を改訂することになってね。どの年齢が適正か、今話し合っている最中で・・・」
「はあ!?」
 ヴォルフはもちろん、フォスターまでビクリと首をすくめるくらい、ファビオの怒りが滲み出ていた。
「十八歳って、まだ四年もあるじゃないですか!」
「え? 四年? あ、ああ、お前の年齢のこと」
「冗談じゃありませんよ! 後一年でも長いと思うのに、四年って!」
 この目の前の二人がただの大人と言うならともかく、彼らは国を動かす貴族議員。
 つまりこれは世間話などでなく、実現し得る話題。
「嫌です! このまま! 十五歳で成人のまま!」
「いや、あのね。改訂は何年も前から法案に上がっていて、このほど可決となったのだよ。後はその年齢を幾つに制定するかを話し合っている段階で・・・」
「民の生活基盤に関わる重大事項を、何で勝手に進めちゃうんです!? 僕らの意見を集めるくらい、してくれたっていいんじゃないですか!?」
 顔を見合わせたフォスターとヴォルフは互いに何か物言いたげであったが、どちらも言葉にまで仕上げられずに顎を撫でたり腕を組んだり。
「ちょっと! お二方共、聞いてます!?」
「うん、聞いていたよ」
 その声に凍りついたのは、ファビオだけではない。
 その声の主のトーンが静かであれ、どれほど肝が冷える状況下であるのかは、育てられたフォスターは嫌というほど思い知らされている。
「あのね、モートン。これはその、私たちがファビオに意見を求めた結果で・・・」
 ファビオの背後に立ったモートンが咳払いを一つ。
 この短い咳払いに「ファビオが旦那様の知己であれ、部下の教育に口を挟まぬというお約束でございます。よもやお忘れか?」という、長い意味合いがあるのを感じ取ったフォスターは閉口するしかなくなっていた。



 襟首を掴んでファビオを自室まで引っ立ててきたモートンは、手を離して彼を振り返り、思わずしかめ面を破顔しそうになった。
 すっかり不貞腐れたその表情が小さな子供を彷彿とさせたからだ。
 膨らませた頬に、尖らせた口。そして、ほんの少しの涙目。
「・・・ファビオ、まずはお前の言い分を言ってごらん」
「・・・・・・」
 押し黙って俯いたファビオの顔を覗き込む為に、モートンが床に片膝をついた。
「ファビオ? 私を見ておくれ」
「・・・・・・ずるい」
「うん?」
「旦那様もセドリック様もモートンも! スフォールドも大旦那様も! みんな、みんな、ズルいーーー!」
 堰を切るとはこのことだなと苦笑しつつ、モートンはただ黙って喚くファビオの声に耳を傾けた。
「みんな十五歳で大人になったのに、なんで僕の時にそれが先延ばしになるのですか!? そんなのズルいよぉ・・・」
 ついにベソをかき始めたファビオの吐露を、モートンはやはり黙って聞き入る。
「モートンはぁ~、どく、独学でぇ~、勉強してきたって、ス、スフォールド、言ってたぁ! 僕はぁ! モートンみたいになりたいのだもの! 学校なんか行かなくても、自分で勉強するものぉ! モートンと同じにしたいぃ!」
 モートンは髪をセットが乱れるのを承知で髪を掻き上げ、天井を仰いだ。
 何故なら、何やらどうにもはにかんだ気分に襲われて、危うく潤んできた目から雫がこぼれてしまいそうになったからだ。
「・・・ヨイショっと」
 床に棒立ちで泣きじゃくっているファビオを抱き上げてベッドに腰を下ろしたモートンは、彼を向かい合わせに膝に座らせて抱き寄せた。
「~~~そうやって、子供扱いするぅ・・・」
「だって、私がお前くらいの頃は、こうして欲しいなぁと思っていたから」
 ボロボロと溢れるファビオの涙を、モートンが手の平で拭う。
「あのね、ファビオ。私がお前を学校へ通わせるのに固執するのは、旦那様が就学率の向上を目指しておられるからであるのは言わずもがなであるが・・・」
 しゃくり上げている背中を撫でさすりながら、モートンが苦笑の表情でファビオを覗き込んだ。
「それだけじゃなくて。私は私がしてみたかったことを、お前にさせている。それは、謝らなければね」
 子供扱いに不満はあれど、その心地良さに酔いしれていたファビオが首を傾げた。
「私はね、学校に通ってみたかった。今日の偉そうなお説教だって、想像の範疇でしか言葉を紡いでいない。学校に通うことで得られることを、私は知らないのだもの」
「モートン・・・」
「そんな薄っぺらなお説教が、お前に響く訳がないよね」
「そんなこと・・・! 決まった時間に滑り込んで間に合えば大丈夫とか、そんな感覚で旦那様方のスケジュールを組めば、議会や社交の場で旦那様方がお困りになるとか。予習や復習を軽んじれば、お付きの控えの間での会話に影響するとか。薄っぺらくなんか・・・」
「おや。ずっとムクれて下を向いているから、聞いていないかと思った」
「き、聞いていますよ。言ったでしょ! 僕はモートンみたいになりたいんだって。だから、モートンの言葉はどんなに耳が痛くても、ちゃんと聞いています」
「ふふ。そう幾度も私みたいになどと言われると、くすぐったいな」
「だって。モートンは僕の憧れなんです」
 ようやく涙を引っ込めてくれた弟子の真剣な眼差しが、モートンはどうにも照れ臭くなってきていた。
 自分も師のスフォールドに憧れて、こんな目をしていたに違いない。
 それを受けて平然としていたスフォールドは、きっとこんな内心だったのだろうと思うと、つい笑みがこぼれた。
「ね、ファビオ。大人になるということは、国が定めた年齢に達するということなのかな?」
「そ、それは・・・」
 言葉をもごつかせた弟子に、モートンは柔らかな笑みを浮かべた。
「ファビオや。どうか、私の代わりに学校というものを体験してきておくれ。そして、そこでのことをたくさん私に話して欲しい」
「~~~うぅ。その言い方、ズルい・・・」
「ふふ。大人なもので」
 両脇に添えられた手に持ち上げられた体がフワリと膝の上に腹這いに着地して、ファビオは顔色を変えた。
「え? え? えっと?」
「ん? 旦那様方に食ってかかるような初歩の初歩に反した態度が、有耶無耶になるとでも?」
 引き下げられたズボンと下着からはみ出したお尻の気恥ずかしさにもがき始めたファビオの腰に、モートンが手を置いた。
「先に言っておくがね、学校を卒業しようと法令がお前を大人と定めようと、私が認めない限り・・・」
 その先は。
「い! 痛い痛い痛い痛い~~~!!」
 逃げ惑うお尻が、注がれるような平手に言い聞かされたのであった。



 高校を卒業後に従僕見習い生活となり、今や当主の世継ぎ側仕えとなって数年が過ぎたファビオが 執務室でフォスターとヴォルフに差し出された可決法案に目を通して感嘆の吐息を漏らした。
「貴族議員の主軸を平民の投票で定めるなどと。このような大胆なご発想、感服しきりにございます」
 フォスターとヴォルフが顔を見合わせて目を瞬き、やがて声を揃えて笑った。
「私たちはお前が記憶にも止めない発言を軸にして、この数年奔走していたのか」
「え?」
「お前がここで言ったのだよ。民の生活基盤に関わる重大事項を勝手に決めて進めずに、意見を募って欲しい・・・と」
 それは因習に囚われ、そういうものだと信じて疑わなかった侯爵と伯爵には、落雷のような言葉であった。
 その時は言葉にも文字にもできなかったが、それでも落雷の眩さの先を手探りしていく内に、形になり始めたのだ。
 彼らの目指すところはこれに留まらない。
 いずれは貴族だけで構成された議員でなく、貴族も平民も等しく国民投票によって選出された議会を視野に入れての小手調べ。
 「わ、私がでございますか? それは何とも、恐れ知らずなことを申し上げまして・・・」
 恐縮しきりのファビオに目を細めたフォスターとヴォルフは、サイドテーブルでお茶の支度をしていたモートンを見遣った。
「モートンや。お前の弟子は大した器だよ。幾度もお尻を叩いて腫らした甲斐があったねぇ」
 振り返ったモートンは、いつもと変わらない笑みを静かに浮かべる。
「はい。私の自慢の息子たちにございます」
 彼にお尻を腫らされてきた三人が、各々照れ臭そうに苦笑を滲ませていた。



 

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