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フォスター家【オルガ番外編】

ワイラーのお仕置き【後編】

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「と、いう訳で。オルガには責任を贖わせた。これにて放免と致そう」
 あからさまに胸を撫で下ろしたヴォルフが、フォスターの視線に気付いて必死で首を横に振った。
 視線だけで会話が成立する程の仲になっているのを眺めるのは、貴族議員先達として嬉しいものだ。
 ただ、今の視線の会話はワイラーにもわかる。
「自分が仕置きを受けずに済んだことを喜んでいるのか!?」
「ち、違う! 通報されずに手打ちとなったことにホッとしただけだ!」
 ま、そんなところだろう。
「オルガは執事随伴の元、フォスター家の車で待たせてある。両卿、平伏を解いて起立」
「は!」
 立ち上がった二人は、即座に最敬礼の姿勢を取る。
「・・・ヴォルフ卿」
 ビクンと肩が跳ねたが、顔は上げないまま持ち堪えたヴォルフ。
「君はオルガを少々甘やかし過ぎだね。結果、こういう事態を引き起こす」
「~~~誠に、面目次第もございませぬ」
「君とオルガが今現在に至る経緯を知る者としては、自由にさせてやりたい君の気持ちもわからぬではない。けれどね、オルガの為にならぬことまで甘受してはいけないよ」
「はっ。直ちに大衆紙でなく、高級紙の記者に転職させ・・・」
「そうではなくて」
 吐息混じりにヒラヒラと手を振ったワイラー。
「私はね、ゴシップ売り大衆紙の存在意義も、まんざらではないと思っているよ」
「・・・はぁ」
 お辞儀からそっと顔を上げてキョトンとした視線を向けられ、ワイラーはふんぞり返っていたソファから体を起こした。
「私は若い頃から販売部数の高い大衆紙は愛読するようにしている。生活に窮する民草が金を出してでも読みたい貴族のゴシップや風刺は、それ即ち国政への不満ということであるからね」
 いつの間にか顔を上げて、フォスターも興味深げに聞き入っている姿に苦笑。
 偉そうに宣ってはいるが、これは受け売り。
 フォスターの父、クラウンに教わったことなのだ。
 受け売りであるのに胸を張って語るのも些か気恥ずかしいが、自分の血肉となった事柄は後進に伝えてやりたい。
「大衆紙は平民の代弁者だ。その代弁者が法を犯すような真似をしては本末転倒だね。以前、オルガが書いた社説を読んだ」
 これは先程のお仕置きの前に、オルガに聞かせたお説教より引用。
「文体はまだまだ稚拙であったが、着眼点には目を見張るものがあったよ。人様を悪しざまに言う記事しか書けぬなら叱る値打ちもないが、あの子の中に通った一本の筋のようなものが垣間見えた」
 じっと聞き入っている二人の視線が、妙にこそばゆい。
 殊フォスターに至っては、日頃ツンケンとしているのが標準装備であるのだから。
「・・・で、あるからね、ヴォルフ卿。一刻も早く真相に迫りたい若気の至りを制御してやるのが、年長者であり未来の夫たる君の役割ではないかな? 君がオルガに償いたいならば、尚の事」
「あ。えっと・・・」
「オルガが何をどうしたいのか、相談を持ちかけてくれるような関係性の構築に努めよという事だよ。おっと。その具体的対応を問う愚行はやめてくれたまえよ。人は千差万別。やりようを考えるのが、君の償いの宿題だ」
 ワイラーは粋に肩をすくめて見せると、応接室の戸口を指し示した。
「さあ、行きなさい。せっかくオルガが反省した気持ちを水泡と化すかどうかは、君次第」
「は、はい。御前、失礼致します」
 足早に戸口に近付いたヴォルフの気配を察知して、廊下に待機していた従僕がドアを開いた。
 一礼し、その背中について行こうとしたフォスター。
 ・・・さて。
 ここで、咳払い。
「フォスター卿? 君に退室を促した覚えはないな」
 盛大にギクリと振り返ったフォスターを眺め、ワイラーが口端に笑みを湛える。
 これこれ。
 許されたと胸を撫で下ろした者が、再び緊張の弦を張り直すのが追いつかない瞬間の、この情けない表情はワイラーの大好物である。



 サラサラと、美しい所作と手際でティーテーブルにアペリティフの支度をしていくワイラーの執事。
「まあ掛けたまえよ、フォスター卿」
 おずおずと下座のソファに腰を下ろしたフォスターであったが、どうにも居心地が悪そうだった。
「さあ、飲みたまえ。当家のアペリティフも、君のところと遜色ないぞ」
「頂戴致します・・・」
 執事に注がれたワインを口に運んだフォスターは、恐らく味わうこともできていない様子。
 ワイラーは肩をすくめた。
 うむ、やはり。
 フォスターはここに一人残された理由に、心当たりがある。そして、それを後ろ暗く思っていると推察できた。
 腹芸が不得手な公明正大な若き伯爵。
 いくら家人の仕出かした失点があるにせよ、普段の彼なら今頃、オルガに仕置きを施した自分に皮肉の一つも口にしているであろう。
 それが何も言わぬのが何よりの証。
「自分で言うのもおこがましいがね、私は未だかつて大衆紙の矛先となるようなことはなかったのだよ」
 おや、それはまた、上手く隠し果せてこられたものでございますね。と、ワイラーが知るフォスターならば言うだろう。
「それが何故、オルガが白羽の矢を立てたのだと思う?」
「・・・さあ?」
「オルガは私のスパンキング嗜好を素っ破抜きたかったそうだ」
 沈黙は金とばかりに押し黙るフォスターを眺めやりながら、ワイラーは卓上を指し示した。
「君、甘いものが好物だろう? 遠慮せずに食べなさい。ああ、赤や白よりスパーク・・・、いや、お茶の方が良いかね?」
 各所の立食形式パーティーでフォスターが好んで手に取る物ばかりを卓上に並べさせたのだ。
 手を伸ばさぬなら、それは心の内のほの暗い何かが、そうさせているということ。
「フォスター。オルガが言っていたよ。あのフォスターが舌打ち混じりの汚い言葉を使ったのに驚いて、ひどく印象に残ったのだと」
 フォスターは決して目を合わせようとせぬまま、ワイングラスを揺らした。
「スパンキング趣味の下衆野郎が」
「~~~」
 押し黙って俯くフォスターを眺めやりながら、ワイラーはワインを口に運んだ。
 あれは数週間程前だったか。
 オルガの初めての社説を読んで、感銘とまではいかないものの、感慨深さに襲われた。
 知識どころか一般常識や言葉すら覚束なかった少女が、思いを文章に起こして紙面に載るまでに。
 つい、一読者としてガーデンタイムズ宛に手紙をしたためた。
 それを受け取ったオルガは嬉しくてフォスターに見せに行ったそうだ。
 が、時期が悪かった。
 ちょうど、フォスターの議題草案を時期尚早と判断して突き返した頃であったのだ。
 彼はきっと、ワイラーに苛立っていた。
 そこへ、愛しい養い子が腹立たしい男からの手紙を喜び勇んで見せに来たものだから。
「チッ。スパンキング趣味の下衆野郎が」
 そう呟いたそうだ。そう、呟いてしまったのだろう。
 オルガ曰く、むくれた子供のように。
 オルガに聞こえない程度の小さな声で。
 だが、オルガは聞き逃さなかった。
 呟いた当人も、聞かれたかもしれないという不安を抱えて今日まで来た。
 そして、やはり聞かれていたという決定打を、ワイラーが放って聞かせたのだ。
「~~~真実ではございませぬか」
「うん、そうだよ。事実、私はスパンキング嗜好者」
「では! それを暴露されたからと糾弾されるいわれはございませぬ!」
 苦笑を漏らしたワイラーは、ティーテーブルにグラスを置いた。それに執事が注ぐワインを眺め、頬杖をつく。
「糾弾とは穏やかでないね。私は事の成り行きを説明しているだけだよ」
「では何ゆえ私一人をここに残された!? 秘め事を口外した咎とでもおっしゃって、私に・・・」
 威勢良く言葉を紡ぎ出していた口がモゴモゴと不明瞭になり、睨みつけてくる視線がじわじわと外れていくのを見て、ワイラーは苦笑した。
「まあ、人様の隠し事を、うっかりとは言え他言するのは良くないね」
 執事がフォスターのグラスをチラと確認し、そっと応接室を後にする。
「これが他者のことであれば、君の言わんとしていた通りにお仕置きだよ」
 ビクリと首をすくめた上目遣いを向けられて、ワイラーはつい目尻を緩めた。
「けれど、私自身の秘密を漏らされたからとお尻をぶつのは、お仕置きとは言わないよね」
 ソファの背もたれにピッタリと背中を張り付けた防御の姿勢と疑わしげな眼差しには、どうにも笑みを誘われる。
「私は君を庇うつもりで、ここに残したのだけれど」
「・・・・・・は?」
「いいかね? うちの執事の連絡で、君たちはオルガが我が家に忍び込んだと知ったわけだろう?」
「はぁ」
「その連絡を受けたのは、おそらくモートン。公爵家の執事から電話が入ったなら、使用人は必ず家令に取り次ぐものね」
 カナッペを摘んだワイラーがそれを飲み込むまで黙るものだから、フォスターはもどかしげであった。
 こういう反応をワインの肴に堪能しているのが知れたら、怒るのだろうなぁと考えるとまた愉快。
「当然、由々しき事態は君とヴォルフだけでなく、クラウンにも報告が行くよね。昔、オルガの宮廷侵入を秘密裏に処理しようとした君たちと違って、モートンは大人だもの」
 迂闊な過去をほじくり返されても怒るに怒れないフォスターの拗ねたような顔で、ますますワインが進む。
「結果、帰ったオルガはクラウンに不法侵入の理由を聞かれるだろう。そうなるとだ、私が先程君に言ったことが、クラウンとモートンの耳に入るね」
「・・・あ」
「ね、あのまま君を帰していたら、今頃はクラウンの膝の上だったろう?」
「~~~」
「ま、そういう訳だ。安心して好物を楽しめばいい。ゆっくりしていった分だけ、私が君にお説教したことにしておいてあげるから」
プイと目を逸したフォスターが、ひどく小さな声で「恐れ入ります・・・」と呟いた。
 プライベートで彼に礼を言われたのは初めてだ。少々くすぐったい気分である。
「当事者がそれで手打ちと伝えれば、クラウンはお仕置きまでせぬ男だよ。まあ、お小言くらいはあるだろうが、それくらいは我慢おし」
「・・・あの、できますなら、モートンにも、その、同様の旨、伝えて頂きたく・・・」
 弾けるように腹から笑い声が出た。
「わかった、わかった。君は本当にモートンに頭が上がらぬのだねぇ」
 ようやく安堵したようにアペリティフに手を伸ばし始めたフォスターを流し見ながらのワインは格別だった。
 ふと見ると、いつの間にか戻ってきていた執事がサイドテーブルでお茶の支度をしていた。
 フォスターがワインよりお茶の方を好むと察した彼が、気を利かせたのだろう。
 白磁のティーカップを前に置かれ、フォスターは先程とは打って変わってご機嫌でお茶を口に運び、お気に入りの料理に舌鼓。
 その姿に目を細めて眺めていたワイラーは、執事の耳打ちに顔をしかめる。
「そう、参ったな・・・」
 天井を仰いで頬を掻いたワイラーは、どうにも申し訳ない気分で咳払いした。
「フォスター、すまぬが、ちと事情が変わった」
「は?」
「モートンから電話があったそうでね。自分が迎えに行くまで私にお仕置きを受けるか、それとも今宵の終業後にお仕置きを受けるか、選ぶようにと伝えて欲しい・・・と」
 嗚呼。
 気の毒なほどに、蒼白。
「他人の秘め事を迂闊に漏らしたことだけでなく、他にも叱られる理由に心当たりがあるだろうからとね」
 この顔は大有りと見た。
「さて、どうするね?」
 すっかり悄気た上目遣いに苦笑。
「あ、あの・・・、ワイラー卿から・・・」
 はい、喜んで。
 いや、違った。
「私で良いの?」
「そうではなくて! ~~~あの、その、ワイラー卿からモートンに・・・」
「・・・なるほど。庇うと言ったのは私だしね、ま、良かろう」
 要するに、先程の段取りそのままに、お説教の部分をお仕置きに置き換えて欲しいということ。
 かつて、フォスターが自分に向けてこれほど嬉しそうに微笑んだことがあっただろうか。
 いや、皆無。
「・・・旦那様、よろしいので?」
 再び耳打ちした執事に、ワイラーが肩をすくめて囁き返した。
「かまわぬ。モートンにその旨、連絡しておくれ」
「私めは賛同致しかねるのですが」
「いいから。私は私のスパンキング趣味を唾棄すべき外道と知っている。それを正面切って責める割に、付かず離れずにいてくれるあの子が、何やら可愛くてね・・・」
 執事はそっと吐息をついたが、それ以上は何も言わなかった。



「やれやれ、あれはバレているね」
「ですから賛同致しかねると申し上げましたのに。あのモートンとやら、スフォールドの弟子にございましょう? 主の顔色を見抜けぬ訳がございませぬよ」
 走り去る車を眺めやりながら、執事が肩をすくめた。
「彼は随分とたっぷり時間を取って迎えに参りました。旦那様のお仕置きでございましたら、体裁が整う程度で済ませて差し上げられましたでしょうに」
「あー・・・、モートンからとなると、あの時間いっぱいかぁ・・・」
 ワイラーは宙を仰いでうなじを撫でた。
 フォスターがどれだけ抗おうと、程々に赤く染まるくらい叩いてやった方が、親切だったかもしれない。
 バレていることに気付いていないフォスターが、少々気の毒なワイラーだった。



「舌打ち。乱暴なお言葉。人様を悪し様におっしゃる負のご発言。同じことで幾度叱られれば気が済むのです。今日という今日は許しませんからね」
 その夜のフォスターの自室のソファーセットを、さて、二人は何周していただろうか。
「だから! 魔が差しただけだと言うのに!」
「早い話がまた短気に飲まれたということでございましょうが。それも幾度お叱り申し上げたか」
「あのね、当事者が許すと言っているのだから、大目に見たまえよ!」
 モートンが一歩踏み出すと、フォスターが二歩逃げる。
 フォスターが一歩踏み出すと、モートンが二歩追う。
 結果、ソファーセットを防壁のようにしてグルグルと追いつ追われつ。
「お黙りなさい。ワイラー卿を嘘の共犯者に仕立てるなどと、そのような情けない方にお育てした覚えはございませぬぞ」
 右に回るか左に回るか迷い、視線を走らせて一瞬出遅れたフォスターの腕を、モートンが素早く掴んでソファに掛けた。
「あ!」
 腕を引かれて崩れるようにモートンの膝の上に腹這いとなってしまったフォスターは、青ざめた顔を彼にねじ向けた。
 ・・・うん。見なければ良かった。
「あ、ちょっ、待っ・・・!」
 サスペンダーの留め具が外された気配と共に下着ごとズボンをずり下ろされて、丸出しにされたお尻の恥ずかしさに反射的に持ち上げた腰を、グイと手の平で押さえ込まれてしまった。
「同じことで繰り返し叱られて、あまつさえお仕置きから逃げ回るようなお子様には、たっぷりとお尻ぺんぺん致しましょうね」
 モートンが息を吹きかけた手の平が、静かに肩の上まで持ち上がる。
「~~~あーーー! ごめんーーー! ごめんって! 痛い痛い痛い! モートン、許して! ごめんなさいーーー!」
 明日は議会もなく、他に予定もない。
 無論、秘書業務も担う執事のモートンがそれを知らないわけがなく、それはもれなくこれからお尻に作用するのであった。





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~ Comment ~

お久しぶりです。
いろいろと新作を読ませていただき、ありがとうございます。とっても楽しみにさせてもらっています。

今回は、フォスターが何ともかわいくて。ワイラーもこんな風に想っているのかな、と思わず笑ってしまいました。フォスターが真っ直ぐに育ったからこそ、罪の意識もあり、でもお仕置きは怖くて^ ^そして、ワイラーにその様子を見て楽しまれているのがちょっと気の毒で^^;

相変わらず、お見通しのモートンには頭が上がらないようですね。就業後、というのにまた愛情を感じます。モートンの厳しいお父さんっぷりもたくさん見てみたいです。

ゆっきーさま

お久しぶりです。
読んでくださってありがとうございますv

フォスターとワイラーの絡みは書いていて楽しいですv
ほぼフォスターがお気の毒様な展開になりますが。。。

躾けられてきたことに反したやましさを隠す仕草や視線なんぞ、手に取るようにわかるモートンですから
オルガが仕出かさなくても、結局お仕置きされていたかと思われます。

楽しんで頂けたなら幸いです。
コメントありがとうございましたm(_ _)m

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