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短編集

仕置屋 ~読み違い~

 ←仕置屋 ~開業~ →ワイラーのお仕置き【後編】

「いやはや、今日の娘さんは強情でござんしたなぁ」
 汲んできた井戸水でタオルを少し緩めに絞った仕置屋ことクラウド・クォーツは、ベッドに俯せに横たわった助手ブリーズのお尻にそれを乗せた。
「う~。お尻が破裂するかと思ったわよ、まったく・・・」
 クラウドが状況を見ながら加減しているので破裂は大袈裟だが、そう言いたくなるのもわかるくらい、スカートと下着をまくってはみ出している裸のお尻はひとまわり大きく見えるくらい赤く腫れ上がっていた。
「で、今回の報酬はいくらだったの?」
「えーと」
 クラウドはポケットから巾着袋を抜き出して、傍らのサイドテーブルに中身をあけた。
「しめて四〇ニジエル」
「四〇ニぃ!?」
 仕置屋の報酬額は、依頼主が指定した仕置対象者が泣くまでに掛かった打擲回数分。
「そんなにぶったの!? そりゃ痛いはずよ!」
「いやいや、しめてと言ったでござんしょ。出張費用とあっし等ら二人の時間給も含まれてやすから、三九九発でござんす」
「あ、そうか・・・、て、大して変わんないじゃないの!」
 お尻に乗っかっていたタオルを顔に投げつけられて、クラウドは湿気った顔を片手で撫で下ろし、タオルを桶に突っ込んだ。
「そう言いなさんな。大して痛くねぇペチペチ分も含んでやすし、お国の一人最低賃金より打擲代一発分の方が高いんでござんすよ」
「当たり前よ! こっちは痛い上に、人前でお尻をま、丸、丸出しにされる、恥ずかしい思いもしてんだから!」
 クラウドだってそう思うから、打擲代を一番高値に設定したのだ。
 時間給と出張費用の割引は応じても、この打擲代だけは絶対に値引きしない。
 すっかり人肌に温まっていたタオルを再び水の冷たさに戻して絞り、もう一度ブリーズのお尻に広げる。
「うー、お尻がジンジンするぅ・・・。依頼は当分無理・・・」
「あ」
「え?」
「・・・相すいやせん。先程の依頼主が、次の依頼先を紹介してくれやして、先方は明日をご希望で・・・」
 ベッドから呆然と頭をもたげたブリーズと、無表情ながら頭を掻くという仕草で申し訳なさを表現するクラウドが、しばし見つめ合った。
「う、受けたの?」
「へぃ」
「こ」
「こ?」
「この唐変木―――!」
 起き上がり様に床に置いてあった桶を持ち上げたブリーズが勢い良くそれを投げつけてきたものだから、クラウドは目を丸くして身をよじったがそのまま丸椅子から転げ落ちていた。
 まあ、ずぶ濡れにされるのだけは回避できただけ上等、上等。
「あーーー、もう! 信じらんない! 痛けりゃいいってもんじゃないのよ、こっちは!」
「へぃ、すいやせん」
 水たまりのできた床をよけて起き上がったクラウドは、プリプリしながらベッドに戻って枕に顔を埋めるブリーズを覗き込む。
「その~、ちゃんと謝りたいんで。顔を見せちゃくれやせんか?」
「・・・・・・詫びたいなら、さっきの稼ぎでとびきり美味しいケーキを買ってきて」
「へぃ、かしこまりやした」
「それと!」
「へぃ」
 ムクれた顔をもそもそと枕から持ち上げて、ブリーズがクラウドの唇を指差した。
「その喋り方、やめてって言ってるでしょ。私のお尻を叩く人が、そんな気の抜けた話し方しないでって。もっと、堂々と、しゃんと、男らしく」
「へぃ。あ。・・・ああ、わかったから、ケーキが届くまで、お利口で待ってなさい」
 そっと頭を撫でてやると、ブリーズははにかんだ笑顔を枕に伏せた。
 この娘にまるで関わり合いのないことで、こんな可哀想なお尻にしてしまっているのだから、慣れぬ言葉遣いを頑張って操ろう。
 こういう場面ではこういう仕草をしろと、彼女の理想を叶えることなど造作もない。
 これでも一応貴族の血筋に生まれ、次男であるから平民の立場と言えど、嫡子同様の立ち居振る舞いは躾けられてきたのだから。



「・・・すごい人でござんすなぁ」
 同じ長屋のおかみさんに、ブリーズの喜びそうなケーキがどこに売っているかリサーチしてから来た。
「一番街のカフェのケーキが食べてみたいって、前に言ってたね。あそこはブルジョア階級のご令嬢が通い詰める人気らしいから。ま、うちら労働階級の平民にゃ縁のない場所だ」
 おかみさんはそう肩をすくめたが、ブリーズがお尻を腫らして稼いだ報酬なら心ゆくまでケーキを貪るくらい買って帰れるだろう。
 けれど、そんなに買って帰ったら、きっとまたどやされるに違いない。
 あの娘はただ、愚図って言ったわがままをほんの少し通して欲しかっただけなのだろうから。
「ま、二つも買えればよござんすね」
 クラウドは煌びやかなご令嬢たちの波が去るのを待つことにして、街灯にもたれ掛かった。
 雲を見ていれば、飽きることなく時間が過ぎ行く。
 ちょうど良い。この時間に反省しておこう。
 ブリーズは一瞬だったが、本気で怒っていた。
 連日のお尻叩きは辛いのか。
 生家では、一つの事柄で連日に渡ってお仕置きを受けるメイドを幾人も見てきたので、何となく大丈夫だと思っていた。
「うぅ・・・。ミセス、許してください。まだ昨日のお仕置きで、お尻が痛いのです・・・」
 ああ、そうだった。大丈夫なんかじゃなかった。
「その痛いお尻をお仕置きされるお約束で、昨夜は大旦那様に許して頂いたのでしょう」
 昨日の今日でメイド頭にお尻を出すように命じられたメイドは、叩かれる前から目に涙を溜めて鼻をすすり上げていたではないか。
「さあ、早くお仕置きを済ませてしまわないと、控えた業務に差し支えるでしょう」
「~~~嫌ぁ・・・」
 床にしゃがみこんで膝の裏にお仕着せのスカートを挟み込み、メイドは精一杯に抵抗して見せる。
「まあ。大旦那様に嘘をついて、お仕置きを終わりにして頂いたの?」
「ち、違いますぅ! 昨夜はぁ、お尻、まだこんなに痛いままなんて、思わなくてぇ・・・」
「・・・よろしい。では、大旦那様にこの旨ご報告申し上げて参ります」
「あ!」
 メイド頭のスカートの裾を掴んだメイドは、まるきり子供のようだった。
「ぅう~。やだぁ・・・。大旦那様のお仕置き、もうやだぁ・・・」
「なら、さっさとお尻を出しなさい」
 ベソベソと泣き濡れたまま、メイドは観念したように床に四つん這いになった。
「困った人ね。まあ、今日のところは昨夜たんとぶたれた後だから、目を瞑りましょう。けれど、明日からは自分で捲るのですよ」
 メイド頭が彼女のスカートを捲くり上げると、次いでドロワーズを引き下げた。
「あっ・・・。ぅえ~ん・・・」
 クラウドは少しびっくりした。
 あんなに嫌がっているから、お尻はきっと真っ赤っかなのだろうと思っていたら、少し濃い日焼けの肌の色くらい。 
「さ、大旦那様から仰せつかったお仕置きは?」
「~~~ひゃ、お尻、百叩き、です・・・」
「それを?」
「い、一週間、毎日、この時間・・・。~~~やだぁ・・・」
「ならば、昨夜の間にお仕置きを最後まで受ければ良かったでしょう。仕事も嫌なことを後回しにするその態度をお仕置きされたのだと、理解なさい、あなたという人は」
 ピシャン! ピシャン! ピシャン!
 その音と。
「痛いぃ! 痛いぃ! 痛いよぉ!」
 その涙声の度。
 幼いクラウドの首がビクリビクリとすくむ。
「メイド頭。よさぬか、幼い子供の前で」
 緊張に凝り固まった体がふわりと浮き上がったかと思うと、そこは温かで大きな胸の中だった。
「こ、これは旦那様」
 平手を収めてかしこまったメイド頭を見下ろすのは、たまに領地に帰ってくる兄だった。
「クラウドが見ている前で、お仕置きなど始めるでないわ。可哀想に、怯えているではないか」
「も、申し訳ございません・・・」
 不思議。
 先程まであんなに堂々と胸を張っていたメイド頭が、すっかり縮こまって。
 不思議。
 兄上はとてもお優しい方なのに、メイド頭は怖いのかしら?
「状況を弁えぬ者が部下のお仕置きとは片腹痛いわ。今宵にでも躾け直してやらねばね」
「~~~ひ・・・」
 兄はクラウドを片腕に抱いたまま、床に四つん這いとなっていたメイドを抱き起こした。
「お前は父上のところへお行き。毎日お仕置きが嫌なら、どうすれば良いか・・・わかるね?」
「ぅう・・・」
「泣いても駄目」
 兄は二人を追い払うように手を振ると、小さく息を漏らした。
「まったく。父上のなさりようは、どうも趣がなくていかん」



 ぼんやりと空を見上げるクラウドの様子を見つめていた人影が、とうとう痺れを切らして彼に歩み寄った。
 何しろ、彼がカフェ前の街灯にもたれてから、既にニ時間以上経っていたのだから。
「そこの君。休憩場所を探しているのだが、この辺りでお茶を飲んでゆっくりできる場所はないかね?」
 そう声を掛けると、クラウドはようやく空から視線を下ろして、目的のカフェを指差した。
「それでしたら、ここにカフェが・・・ありゃ?」
 看板はとうに店内に下げられ、代わりにclauseの札。
「あいすいやせん。閉店でござんした」
 それを知らせたくて、人影は姿をわざわざ現して声を掛けたのだ。
 長屋の婦人からこの店の話を聞いているのを確認して追跡していたので、彼の目的地がここなのは知っていた。
 知っていたからこそ、どうにもヤキモキした。
 空を見上げたまま微動だにしないのだから、この青年。
 店先のショーケースのケーキが残り一つになった時には、思わず「おい、売り切れるぞ!」と肩を揺さぶりたくなった。
 我ながら、よくぞ堪えた。さすがはローランド公爵こと道化師の執事にして右腕。
 そんな自画自賛の内心を覆い隠すポーカーフェイスで、人影の主・スフォールドは頭を掻いた。
「そうかね、では致し方ない。このまま真っ直ぐ帰るとするかな」
「あっしも帰るかなぁ。いやはや、参った、弱った」
 やはり肩を揺さぶって問いたい。
 本当か!? 本気で参って弱っているのか!?
 この素っとぼけた言動はスフォールドの主を連想させるが、彼の場合はボンヤリとしているように見せているだけで、脳がフル回転している。
 仕草もふわふわした口調も、ふざけて見せているだけの仮面だ。
 だが、この青年。多分、おそらく、きっと。本物だ。
「商いの助手のお尻を叩いて真っ赤にさせちまった侘びに、ケーキを買ってやりたかったんでござんす」
 聞いてもいないのに、ベラベラと・・・。
 そっと陰から調べまわっていた自分が、馬鹿みたいではないか。
「えーと? お尻叩きのお仕置きのこと? それなら、侘びなどいるのかな?」
「お仕置きならいらねぇかもしれやせんが、彼女は何にも悪くないもんで」
「何も悪くない相手をぶったの? それは君が良くないね」
「さいでござんす。なんで、ケーキをと。やれ、参った、弱った」
 繰り返すようだが。
 本当に参っているのか!? 弱っているのか!?
 とてもそうは思えない無表情。
 スフォールドもポーカーフェイスで名を馳せるが、それは自分の内心を読み取らせない為の手法だ。
 ところがこの青年ときたら、心と表情の連結部分が故障しているとしか思えなかった。
「あー・・・、袖触れ合うのも何かの縁と言うしね。私はある伯爵家に執事としてお仕えしているのだが、もし良ければ当家パティシェのケーキくらい差し上げるよ」
「おお、こりゃぁありがてぇ。是非ともお願い致しやす」
 ありがたい? とてもそうは聞こえない抑揚のない口調。
「そうだ。伯爵家ならば、氷もござんしょ?」
「え? そりゃまあ・・・」
「ついでに半ブロック、恵んでくだせぇ」
 ・・・・・・・・・図々しいと言うか、神経が太いと言うか、むしろ神経がないのか、この男。
「~~~わかった、わかった。氷も分けてあげるから、ついてきなさい」



「で。どうして招き入れちゃうかな?」
 クラウドをエントランスまで出迎えてクラウンは満面の引き攣り気味の笑顔を湛えたまま、傍らに控えるスフォールドに耳打ち。
「致し方ございませんでしょう。ご身分をお隠しにならぬ方を、まさか使用人通用門からという訳に参りませぬ」
 些か白旗気味のスフォールド。
 今から数刻前、クラウドをフォスター伯爵邸まで誘(いざな)った時である。
「おやまあ、こりゃフォスター伯爵の屋敷じゃござんせんか。懐かしぃなぁ。フォスターは元気ですかい?」
 スフォールドとて一芝居打ったのだ。
「君、伯爵家当主を呼び捨てるとは、無礼であるぞ!」
 予定では、労働階級の平民に身をやつして彼らに混じって生活するクラウドが、正体を隠すのに黙るか平謝りの態度を見せるはずだった。
 ところが。
「ああ、あっしはフォスターとは同級生でござんして。こんな格好(なり)でやすが、これでもワイラー公爵の弟なのでござんすよ」
 隠さないのかよ。
 嫡子以外に貴族に生まれた男子の階級は平民である。
 とは言え、相手が高位の弟君となれば、伯爵家として礼を失するわけにはいかない。
 よって、このお出迎えとなった次第である。
「とりあえずワイラーを呼んで。お前の失点なのだから、段取り云々言うのではないよ」
「承知しております故、ワイラー卿には連絡済みにございます」
「良かった。腕が鈍ったのかと心配したよ」
 ボソボソと低い声でやり取りしつつクラウドを応接室まで案内したクラウンは頭を掻いた。
「やれやれ。こんなに早い直接対決は想定していなかったのだけどなぁ・・・」









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