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短編集

仕置屋

 ←ワイラーのお仕置き【前編】 →仕置屋 ~開業~


 ジリジリと受話器を小躍りさせるように鳴っている電話を取って、男がデスクに掛けた足を組み直した。
「あいよ、仕置屋でござんす」
 その少し気だるそうな声に、電話の主が躊躇するように声を発した。
「お宅が仕置屋さん?」
「へぇ。そう名乗りましたが?」
「・・・・・・」
「いたずら電話お断り」
 しばし続いた無言に、仕置屋と名乗った男が肩をすくめて受話器を下ろす。
 仕置屋はさも面倒臭そうに電話を机の端に押しやると、大あくびを一つして椅子にもたれた。
 窓から滲む木漏れ日がたいそう心地良い日だ。
 こんな昼寝日和に、いたずら電話も依頼電話もお断り。
 うつら。
 やる気をなくした上の瞼が、下の瞼との逢瀬を楽しもうとした矢先である。
 ジリリンと、瞼の恋路が破られた。
「~~~あいよ、仕置屋でござんす」
「いたずら電話ではない。私はシューマン。仕置屋に依頼がある」
 先程の電話と同じ声だった。
「へぃへぃ、シューマン様ですな。では、ご依頼内容をどうぞ」
 顎と肩で受話器を挟んだ仕置屋は、デスクの隅に置いた手帳に手を伸ばす。
「その・・・、恥ずかしながら・・・」
「へぃへぃ、恥ずかしながら?」
 手を伸ばしたものの、手帳になかなか届かない。
 少々、置くのが端過ぎた・・・。
 いやいや。
 彼がそう考えるだけで、寝る気満々でもたれ掛かった椅子から体を起こせば、いとも簡単に届くだろうに。
「娘がね、門限を破って・・・」
「門限を破ってえ、えぇ、え、え・・・」
「・・・仕置屋さん?」
 どうにかそのままの姿勢で手帳を取ろうと足掻く仕置屋の奇妙な応対の声に、電話の主が首を傾げているのが目に見えるようだ。
「しゃっ。参ったか、生意気な手帳め」
「は?」
「いえ? で、門限を如何許りお超えなすった?」
 本当なら手帳に手が届いた喜びを分かち合いたい。
「五時間、かな」
「五時間とはまた豪気なことで。ちなみに、シューマン家の門限は何時で?」
「七時だ」
 手帳に聞き取った内容を書き留めながら、仕置屋は肩をすくめる。
「七時もまた親側の豪気。同級生なり同僚なりが、まだ当たり前に遊んでいる時間じゃぁござんせんか?」
「うちの娘はまだ十三歳だ!」
 受話器の向こうでいきり立つシューマンに、仕置屋は肩をすくめた。
「おやまあ。中等部一年で七時は甘め。五時間の超過は豪気」
「だから依頼なのだ!」
「それでも、それが初めてならご依頼は受けやせんぜ?」
「紹介者から聞いておる! ~~~昨夜で、三度目だ」
「・・・豪気」
 仕置屋はようやく深く沈めていた体を起こした。
「先に申し上げておきますが、娘さんが泣くまでやめませんぜ? それに掛かった打擲数、料金を頂くのが仕置屋でござんすが?」
「紹介者から聞いておる」
「相分かりやした。では、いつ伺えば?」
「予約が空いているのならば、今夜にでも」
「へぃ。ではご住所を」
 手帳に書き留めた文字を眺め、仕置屋が机に足を組み上げて腰を預けた椅子をユラユラと揺らした。
「門限と同じ七時に、お伺い致しやす」
 電話を切った仕置屋は、再び大あくび。
「おーい、依頼が入ったぜ」
 夕刻と言われて助かった。
 今すぐと言われたら、金になりそうな今回の依頼も受話器を置いて聞かなかったことにするところだ。
「これ、支度しといてくれや」
 走り書きした一枚を破って、卓上に置く。
「えぇっ? こんなに? 多過ぎやしない?」
 破られた紙片を手に取った助手が、顔をしかめた。
「いつだって、全部使う訳じゃねぇだろう。ゴチャゴチャ言うな」
「でもぉ・・・」
「俺は親切心で言ってんの。相手が泣くまで止めねぇって売り文句は本気だぜ?」
「それと道具の種類の多さの関連性が・・・」
「見せるだけで泣いてくれりゃぁ、楽でいい」
 そう言って肩をすくめると、仕置屋は睡魔と結託した窓のやんわりした日差しを掛布にして、依頼時間まで決して動くまいと誓った椅子に、そっと背中という恋人を与えてやったのだった。



「門限破りは一分超過につき一発」
「あーーー! あーーー! あーーー!」
「三十分なら三十発。一時間なら六十発」
「あーーー! あぁーーー! あーーー!」
「つまり、五時間の門限超過なら、三百発」
「ひぇっ、うぁっ、ぁあーー! あぁあーーー! いだいーーー!」
「さて、問題。五時間を三日分なら、いくつになりますかぃ、お嬢さん?」
 件の娘はお尻を両手で押さえてゴクンと息をのみ、押し黙っている。
「おや、それくらいの計算、中等部一年ならできますでしょ。六十掛ける五掛ける三。九百発でござい」
「ひぃいーーー! いやぁあーーー! 無理ぃーーー! やだぁあーーー!」
 椅子に掛ける仕置屋の膝の上で腹這いにぶら下げられた体が暴れ始めてスカートが揺らめく。
 そのスカートの裾を掴んで、仕置屋がヒラヒラと振った。
「多少なりお尻を守ってくれるこの布切れを、ご自分で捲ってくれりゃあ二割引に減刑しますぜ?」
「えっと、二割・・・」
「おやおや、悪い子だねぇ。門限破って遊び惚けて、お勉強はお留守ですかい。七二〇発ですよ」
「まだそんなに!? い、嫌よ! 下着を見せるなんて!」
「その下着も自分で捲って、丸出しのお尻にお仕置きを受けられれば更に二割引で五七六発」
「お、お尻を出すなんて・・・、嫌よ! 第一、それでまだ五百以上も叩かれるなんて、絶対に嫌!」
「どの道、途中で私がひん剥きますぜ? そうなったら、丸出しのお尻を九百発」
「~~~そ、そんなぁ・・・」
 ぶら下がっていた手がおずおずとスカートを捲くり上げた。そして、次いで恐る恐る下着に指を掛けるとスルリとずり下げられて、ほんのり色づいたお尻が剥き出しとなった。
 そのお尻を見下ろして、仕置屋は内心舌打ちした。
 あんなにうるさいくらい悲鳴を上げるほど叩かれた後のお尻に見えない。
 この先、いくつ叩くことになるかわからないので加減してやっていたのに、これなら悲鳴に見合う平手をお見舞いしてやれば良かった。
 これでは、あんなに痛そうなのに、この程度かと娘が舐めてかかる可能性が出てくるだろうが。
「~~~ぎゃん!」
 仕置屋がバチンと振り下ろした平手に、膝の上の体がバネ仕掛けのように跳ね上がった。
「ひどいーーー! そんなにきつくぶつなんてぇ・・・」
「大袈裟にするなといつも言ってんだろ。言うこと聞かねぇお前へのお仕置きだ、馬鹿もん」
 仕置屋の膝の上で喚く助手の丸出しのお尻に、見る見る赤い手形がクッキリと浮かび上がったことに、依頼主の娘はすっかり青ざめている。
「さて、お嬢さん、脱線してすまないね。説明に戻るよ」
ムズ痒い痛みにお尻をさすろうとしていた助手の手を、仕置屋が払い除けながら娘を見た。
娘の震える目は、真っ赤な手形に釘付けになっている。
「ひぃい! あ! あーーー! あぁーん! 痛いよ、痛いよぉ!」
 助手へのお仕置き続行中につき、加減はしてやらないことに決めた。よって、この悲鳴は小賢しい芝居でなく本物である。
「お嬢さん、ちゃんと聞いていてくだせぇよ? 説明を繰り返さなきゃならなくなると、見本用の身代わり尻が可哀想でしょう?」
「ぅあーーーん! いだいーーー! きついのやだぁーーー! 戻してぇー!」
 その懇願に聞こえぬふりを通し、仕置屋はジタバタともがいている助手の足を片方の足で絡めるように押さえ込む。
「お仕置きの間は、両足をお利口に揃えて床から決して離さないこと。離したら、お道具を使いますぜ」
「お、お道具・・・」
「はい、お仕置き道具。それを開けなさい」
仕置屋は椅子の脇に置いたサイドテーブルの上のトランクに向けて、顎をしゃくった。
「あーーー! あーーー! 痛いよぉーーー! ぅえーん!」
 響き渡る助手の悲鳴に耳を塞ぎながら、娘が恐る恐る妙に細長いトランクを開ける。
「きゃ・・・」
 道具持ち運び専用に作られたトランクには、様々な種類のお仕置き道具が整然と並んでいた。
「初めて見ましたかい? 右端のがケイン。カッティングボードの兄弟みてぇなのがパドル。同じパドルでも幅も色々。その物差しみてぇなのは特注でね。薄くてしなりの良い鋼を革で挟んで縫った物。カーペットビーター(布団叩き)は見たことがありましょ?」
「ひどいーーー! あーーー! 痛いよぉ! あーーーん!」
いつもならいちいち道具の説明なぞしない。
わざと時間を掛けているのが助手にもわかっているだろうから、ついにベソベソと泣き出していた。
 ま、これくらいで勘弁してやるか。
 肘から下をしならせるように振り下ろしていた手の平を止め、仕置屋はすっかり真っ赤に染まったお尻をさすってやった。
「うぅ~・・・」
 いつもならこの説明時間は桃くらいで済ますのに、見事な完熟トマト。
「さて、お嬢さん。その痛そうなお道具を使うからには、気の毒ですので更に三割引には致しますぜ。はい、いくつ?」
「え? えっと・・・」
「五七六発の三割引きなら四〇三発でしょうが」
「~~~む、無理よぉ・・・」
 じわりと潤んだ瞳を見て、仕置はほくそ笑んだ。
 よし、後ひと押し。
「でしょうねぇ。お道具で四〇三発はかなり辛いお仕置きになります。ここでまた割引対象提示。ご自分で床に四つん這いになってお尻を私に差し出せば、大特価五割引。これはさすがに計算できやしょ? 当仕置屋は小数点以下を切り捨てておりますよ」
「え、えっと。四〇三の、五割・・・」
 御手手算を始めた娘に肩をすくめて、仕置屋は膝の上から助手を下ろした。
「二〇一発。ま、一はおまけしましょ。よって、二百発」
 床に丸まってお尻を撫でさすっていた助手が、クスンと鼻をすすって恨めしげに仕置屋を見上げ、渋々立ち上がってトランクの中を物色し始めた。
「ご覧なさい、お嬢さん。ああして、自分からお仕置き道具を取ってきて、先程言ったようにお尻を差し出してくだされば、更に更にの二割引で百六十発」
 助手は仕置屋の前に立ち、往生際悪く腫れたお尻をさすっていたが、やがて膨れ面ながら道具を差し出した。
「・・・私が悪い子でした。お仕置きをお願いします・・・」
 そう言うと、垂れ下がったスカートを再び捲くり上げて、助手は仕置屋の足元で四つん這いになった。
「お嬢さん、聞いておられましたかい? 今の言葉を言えば、三割引の百十二発に致しましょ」
 仕置屋は受け取った道具を眺めて苦笑した。
 こいつめ、今までの経験上、一番痛くない道具を選んできやがった。
 まあ、うんと懲らしめてやった後であるし、勘弁してやろう。
「一つ」
 仕置屋が振った道具が、助手のお尻でそれはそれは小気味良い音を鳴らした。
「~~~あーーー!」
「二つ」
「~~~ひぃーーー!」
 この力加減はいつも通りなのだが、既に真っ赤に腫れたお尻には選別した優しめの道具でも堪えるらしい。
 四つん這いを潰した助手を見下ろして、仕置屋は肩をすくめた。
「お嬢さん。ちなみに、こうして姿勢を崩せば残りの数の一掛けな」
「え? え?」
「今は残りが百十だったから、十一追加ってこと」
「えぇ・・・」
「私が腰を持ち上げて姿勢を直させたら、一掛けのまま続行。自分で戻れりゃ追加分含む数の一割引。今なら百八発になったね」
 床に伏した助手の傍らに屈んで、道具の先端をピタピタとお尻にあてがうと、彼女はおずおずと四つん這いへと戻った。
「三つ」
「あーーーん!」
「四つ」
「いだいーーー!」
「五つ」
「痛いよーーー!」
「六つ」
「ヒッ! ~~~痛いぃ・・・」
「さて、お嬢さん。以上で説明は終了です。ここまでで五十八発叩きましたんで、身代わり尻が残り五十発を順調に受け終えれば、お次はお嬢さんの番ですぜ」
 そう言いながら振られる道具に泣き喚きながら、どうにか四つん這いを潰さぬように踏ん張っている助手の大きく腫れていくお尻と対照的に、娘はすっかり顔を青くして首を横に振った。
「や・・・、いやぁ・・・、嫌、嫌、嫌よお!! ごめんなさい! もうしません! 二度と門限は破らないからぁ!」
「いだいーーー! ひーーー! あーーー! いだいよぉーーー!」
「約束するわ! 本当よぉ! だから許して! お仕置きしないでぇ!!」
「あぁあー! も、や。あーーー!」
「ごめんなさいーーー! もうしません! お仕置きやだぁーーー!」
 やれやれ、泣いた。
 これにて仕置代行終了だ。
 身代わり尻の助手も胸を撫で下ろしているだろうが、当の仕置屋とてホッとしている。
 何しろこの終盤は 毎度のことながらうるさくて耳が痛い。
「お嬢さん。思い違いをしちゃぁいけねぇぜ? 門限ってぇルールを破ったからお仕置きなんじゃねえ。まず、なんで門限があるのかを考えて言ってみな」
「え? ど、どの家もそうだから・・・」
「違いまさぁ。門限ってなぁ、お嬢さんが無事に帰って来られる時間をご両親が設定したもんだ。それを超えて遊び回っているアンタを、ご両親はさぞ心配だったでしょうねぇ」
「あ・・・」
「ごめんなさいは私にゃ無意味。ですが、お父さんとお母さんにちゃんとごめんなさいをしてもう二度と心配させないと約束するなら、お仕置きは十割引きの大特価」
「え? えっと・・・」
 仕置屋はガリガリと頭を掻いて助手を抱き起こすと、パンパンに腫れたお尻にそっと下着を戻してやった。
「九百だろうが五百だろうが三百だろうが、十割引いたらゼロですよ」



「へぇ、確かに」
 巾着の中身を確認して、仕置屋は依頼主のシューマンの家を後にした。
「ンもう! ひどいじゃない! 物凄く痛かったわよ!」
「大根役者へのお仕置きだ」
「だってぇ・・・、私の悲鳴の演技に怯えて泣いてくれりゃあ、早々に終われると思って」
「その程度じゃ人は泣かねぇの。成功した試しがねぇだろうが」
「そうだけどぉ・・・」
 報酬の詰まった巾着袋を、仕置屋は上着のポケットにねじ込んだ。
「あのなぁ、俺たちは依頼主の仕置対象が本当にお尻を叩かれずに済むように、仕置代行をやってんだ」
 ヒラリとお尻に向けて落とそうとした平手を思い止まり、助手の額を軽くはたく。
 いつも以上に腫れているお尻をまたピシャリとやるのは、さすがに可哀相だ。
「視覚と聴覚のバランスを考えて心理的追い込みを掛けてんだから、言うことをききなさい」
「・・・はぁい」
 はたかれた額をさすっていた助手が、ふと目を煌めかせた。
「ね! たくさん叩かれた分、報酬も多いのでしょ? あのお店に行きたい! ポンドステーキ食べたい~!」
「はあ? 元気だなぁ、お前・・・」
「だって、いっぱい喚いたらお腹がすいたのだもの」
「別に連れてってやってもいいが・・・、先に事務所に帰って尻を冷やしてからな、そのまんまじゃ痛いだろうし、長引くだろ」
 どちらかと言えば蓮っ葉で、面倒くさそうな話し方しかしてくれない仕置人が、時折垣間見せる優しい言葉。
 助手はその顔を見上げて、ほんの少し頬を赤らめた。
「次の依頼までに治しておかないと、稼ぎが遠のくしなぁ。イッテェ!」
 ガツンと拳を振られた脇腹を押さえ、仕置屋は歩道に蹲った。
「お腹がすいて我慢できないから、先にステーキ! その稼ぎ全部食い尽くしてやるからね!」
 プリプリと肩をいからせて飯屋に入っていく助手の後ろ姿を見遣り、仕置屋は苦笑して肩をすくめていた。





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