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フォスター家【オルガ番外編】

ワイラーのお仕置き【前編】

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 ソファに座ることも拒み、絨毯に平伏するフォスター伯爵。
 その隣には、同じく額を絨毯に擦りつけんばかりのヴォルフ侯爵。
「ふふ。何やら懐かしい景色だね、両卿? あの時とまったく同じだ」
 平伏する二人の前で悠然とソファに掛けて足を組み上げたワイラー公爵は、殊更優美に頬杖をついて彼らを見下ろした。
「だが、同じでは困るよね?」
 絨毯に伏しているが、彼らが同時にゴクリと息を飲み込んだのがわかった。
「~~~誠に、申し訳もございませぬ」
「どうかお許しくださいませ。全ては、私めとヴォルフ卿の躾の至らなさが招いたこと」
 ワイラーは黙って天井を仰いだ。
 敢えての無言だ。
 柱時計の秒針が音を刻むだけの時間に、フォスターとヴォルフの緊張がいや増すのを楽しめる。
 今の彼らには、数秒が数分に感じるほど長い時間であろう。
 ワイラーが立ち上がると、フォスターがビクンと首をすくめた。
「あ、あの、ワイラー卿・・・」
「フォスター卿。発言を許した覚えはないな」
「~~~」
 フォスターが口を噤むと、ワイラーは平伏する彼らの周りをゆったりと歩いた。
 彼らの背後に差し掛かると、ヴォルフも緊張で体を強ばらせるが、小刻みに震えているのはフォスターである。
「ふむ」
 ワイラーは顎を撫でてその様子を流し見た。
 平素のフォスターを鑑みれば、毛嫌いされている立場からすると、これは押し殺す悔しさが溢れての身震いか。
 だが、眼下の彼の首筋や絨毯の上の手の甲が、汗ばんでいるように思う。
「・・・フォスター卿、面を上げよ」
 一際ビクリと体をすくませたフォスターがそろそろと持ち上げた顔を見て、ワイラーはしかめ面で相対すつもりであったのに、つい失笑。
「そのように怯えきって。以前のお仕置きに、余程懲りているようだねぇ」
 失笑からの苦笑。
 さて、あれは今から何年前であったか。
 四つん這いの彼らをズボンの上からとは言え、ワイラーの長年培ってきた持てる技術を存分に駆使して、たっぷりとケインをお尻に据えてやった。
 いや、彼らと言うのは少々語弊がある。
 ワイラーの振るったケインのほとんどは、フォスターに集中していた。
 何故って、それはお仕置きという名目を得た仕返しであったから。
 ケインは元々、力を必要としないお仕置き道具である。
 無論、勢い良く振り抜けば肌を裂くことも可能だが、そんな罪人への刑罰のような使い方は邪道だとワイラーは考えている。
 手首のスナップを利かせるだけで良い。
 振り抜いてもいけない。
 尻を弾くように。
 こうすることで籐(とう)の性質である『しなり』が有効に働き、激痛でなく痛痒さを尻の表面に残していける。
 後は、同じ箇所に集中させることなく尻の膨らみに満遍なく散らしていけば、大きなダメージを与えずに、じわじわと長い時間を味合わせてやるのにもってこいの道具だ。
 おまけに見た目が凶悪であるので、視覚的恐怖を煽るにも最適。
 そのケインで、フォスターがかつて経験したことがないであろう程、パンパンに腫れ上がった真っ赤な尻に仕上げてやった。
 いや、いくら仕返しと言え、必死で許しを乞うなり泣き顔を見せるなりすれば、そこまで徹底的にやるつもりもなかったのだが。
 何しろこの若造、強情だった。
 強情と言うか・・・。
 許しを乞いたそうに顔を上げるくせに、目が合うと、負けてなるかと言わんばかりに潤んだ瞳を大袈裟に背ける。
 その意地っ張りな仕草がどうにも楽しくて、この時間がいつまでも終わらねば良いのに・・・と思う程だった。
 ただ、後半はいくら加減をしてもズボンの下の限界は推察できて、泣く泣くケインを収めた次第。
 この青年が姫にさえ生まれていれば、妻に迎えてさぞかし満たされたスパンキング嗜好の日々を送れたであろう。
「残念な限りだよ、フォスター」
 思わず声が漏れた。
「あの、残念とは・・・」
 しまった。
 語りかけた形で、発声を許したことになってしまったではないか。
 せっかく、重たい沈黙の中でオドオドしたフォスターを堪能していたのに。
「あー、いや、何だ。・・・公明正大の申し子と民草の支持も高いフォスター卿の養い子であると共に、暴君の汚名を払拭して今や『赤の侯爵様』と国民に慕われるヴォルフ卿の婚約者が、犯罪に手を染めるなどと、嘆かわしい限り」
「い、いえ、犯罪などと・・・! オルガはワイラー卿を、恐れながら身内同然に思い、その甘えが引き起こした・・・」
「フォスター卿。例え身内同然であれ、家宅不法侵入は歴とした犯罪だよ」
「~~~おっしゃる通りにございます・・・」
 唇を噛み締めて俯いたフォスターを庇うように、ヴォルフが平伏を解いて両手を広げた。
「ワイラー卿! オルガは既に婚約者である私めの庇護下! フォスター卿の咎ではございませぬ! 罰するのであれば、どうぞ私めを」
 おやまあ。
 ほんの数年前まで、お仕置きとなれば逃げ回っていたくせに。
 ワイラーは思わず目を細めて微笑みそうになるのを、グッと堪えた。
 ヴォルフ侯爵。人の心を持たず、人の心を介さない暴君。
 国王陛下も頭を痛めておられた存在であった彼が、今やこうして人を庇う姿を見せるまでになった。
「両卿、先程からとんだ思い違いをしておらぬかね? 何もわからぬ無邪気な少女が宮廷に潜り込んだあの時とは、訳が違うのだよ。オルガは既に自ら考えて判断できる大人で、責任の在り処は彼女自身であろうが」
 ハッと顔を上げた二人に向けて、ワイラーがゆったりと口元に笑みをなぞらえた。



「また姿勢が崩れた。もう一度、最初から」
 スカートの上からお尻をゴシゴシと撫でさすったオルガは、そう言ったワイラーを恨めしげに見上げた。
「ワイラーおじ様、も、やだぁ。百まで後少しだったのにぃ・・・」
「姿勢を戻しなさい」
「ね、おじ様。ちゃんと戻るから。せめて、後は残りの数だけで・・・」
「・・・姿勢を、戻しなさい」
 静かなその声が、自分の嘆願を聞き入れたものではないとわかっていたが、オルガはクスンと鼻をすすると、姿勢を崩した拍子にお尻を覆ったメイド服のスカートをおずおずと腰までたくし上げ、ケインを手に立つワイラーの前で両手を頭の後ろに組んだ。
 スカートで隠れていた、ドロワーズを下げて剥き出しだったお尻が顕となる。
 そのお尻はケインの残していく薄ら赤い条痕が重なり合い、条痕を囲うように帯びるピンク色の血色が上昇して全体に真っ赤に染まり始めていた。
 それもその筈で、言い渡されたお仕置きの百叩きは達成されないまま、実数では百をとうに超えている。
 ワイラーが言い渡したのは百叩きだけでなく、自分でスカートとドロワーズを捲くり、先程オルガが戻った姿勢でお仕置きを受けなさいと言うことだった。
「姿勢を崩せば、始めからやり直しだからね」
 叩かれ始めてすぐは、ピシピシと痒いくらいの痛みがゆっくりとお尻を襲うだけで、これならちょっと我慢すれば終わると思っていたのだ。
 けれど、ウエストのくびれに引っかかってまくれているスカートは、少しお尻を突き出す形で立たないとすぐに本来の役割を果たすべく垂れ下がってきてしまう。
 いくら我慢出来る程度の痛みでも、ついお尻が反ってケインから逃げようとしてしまう瞬間が訪れれば・・・。
「あっ、んっ、あンっ! ・・・あ」
「またかね。これではいつになったら終われることやら・・・」
 スカートが落ちてお尻が隠れた時点で姿勢を崩したと指摘されるものだから、数発おきに、或いは数十発おきに、一からやり直しとなり、今に至る。
「ぇえーん! おじ様、もう許してぇ!」
「ダメ。警察に突き出されてもおかしくない悪さをしたのだよ。きついお仕置きは当たり前だろう?」
「私だってよその貴族のお屋敷に忍び込んだりしないわよぉ!」
 吐息をこぼしたワイラーは小脇にケインを抱えて、垂れ下がったオルガのスカートを素早く捲くり上げると、空いた片方の手の平をお尻目掛けてバチンと振った。
「~~~~~~~~~!!」
「本当に痛いと、声も出ないだろう。私だったら大丈夫とかね、そういう甘えもお仕置きしているのだけれど、わかっていないようなら、声も出ないこれで続けるよ」
 確かに、今までのケインが如何に加減されたものかはわかったけれど。
「わかってるからぁ! その痛いのはやだぁ!」
「ならば、さっさと姿勢を戻しなさい」



 さて、事の発端であるオルガのワイラー邸不法侵入は、新聞記者である彼女がスクープをものにせんと決行されたことである。
オルガがガーデンタイムズ社の新聞記者に採用されて、すでに三年余りが経過していた。
 大衆紙と呼ばれるガーデンタイムズは、お色気とゴシップ記事が満載の新聞である。
 貴族やブルジョア階級が愛読する経済や国政、海外報道などを綴った高級紙と違って、とかく大衆紙のガーデンタイムズは国内の著名人や貴族、ブルジョア階級のスキャンダルを素っ破抜いた過激な見出しが躍る記事が多かった。
 無論、政治経済や事件事故、海外報道も高級紙同様に扱ってはいるが、ゴシップに重きを置いている感は否めない。
 販売部数は大衆紙の中で常に上位に食い込んでいるが、それが最近は右肩下がり。
 要因はハッキリしていた。
 昨今、大きく舵を切った王府。
 その疾走感と躍動感に溢れた政の行方に、大衆紙の読者層が夢中なのである。
 今の彼らが新聞に求めるのが貴族のゴシップなどでないのは明らかだった。
 そもそも、平民の生活に寄り添う政治に傾倒を始めた貴族議員たちは時間を持て余すことがなくなったらしく、ゴシップとは縁遠い生活を余儀なくされた模様。
 ガーデンタイムズも他社同様に、一旦貴族を諦めて役者や富裕層商人狙いにシフトしていく方針で固まったのだが。
「ねぇ。最後に一つ、打ち上げ花火を上げてみない?」
 編集長以下記者たちが打ち揃う方針会議で、オルガが提案したのだ。
「オルガ、お前ね。この前みたいな自分を囮にシリアルキラーの激写スクープとかは却下だからな」
 入社以来、彼女のパートナーであるコリンズが、顔をしかめてガリガリとうなじを掻いた。
「あら。あれはあれで大成功だったでしょ。販売部数一位獲得」
 飄々と肩をすくめたオルガに、コリンズは渋い面持ちを向ける。
「懲りねぇ小娘だなぁ、おい。今に痛い目見るからな」
 そうして今現在、コリンズの忠告通りに痛い目を見ているわけである。
 打ち上げ花火どころか、打ち据えられ続けて目から火花が出そうだ・・・。
 あの場での取材対象発表はもう少し情報を煮詰めてからと考えて控えたが、これがなかなか煮詰まらなかった。
 ワイラー公爵のスパンキング趣味疑惑。
 婦女子更生施設・通称仕置き館設立は、ワイラー公爵の趣味の殿堂構想か!?という見出しまで思い描いていたのに。
 ワイラー邸勤めの使用人たちへの聞き込みは空振りばかり。
 そもそも、お仕置きを受けたことがあるかどうかなどという質問に答えてもらえるわけもなく。
 あくまで「聞いた話」という言葉で聞き出せたのは皆、「旦那様は確かに・・・」という切り出しで始まる。
「確かにお仕置きとなると、お尻叩きをなさいます。けれど、それはワタ・・・あ、いえ、その者の粗相の結果であって、決してご趣味というわけではないかと・・・」
「そりゃあ、クロスにほんの少しでもワインの薄いシミがあっただけでも、お仕置きされたりしますけれど。あっ。されたメイドがおりますけれど・・・」
「そう言えば以前、それで招待客の前でお尻を晒されてきつくお仕置きを据えられたメイドもおります。でもあの子はいつも仕事を疎かにして、私たちも困っていたのですもの」
「それをいい気味と言っていたメイドも、後で旦那様からうんとお尻を叩かれたって」
「それに・・・ねぇ」
 一人のメイドが同僚たちを見遣ると、各々幾度か頷いた。
「小さな粗相でもお尻叩きのお仕置きですが、きちんと出来ていたなら、旦那様はうんと褒めてくださいます。お仕置きは嫌いですけれど、旦那様はお忙しいのに、ちゃんと私たちの仕事振りを見てくださっているということですもの」
 メイド達にキッと睨まれて、オルガは思わずたじろいだ。
「ですから。旦那様が趣味でお尻叩きをなさるなどと言うの、やめてくださいます?」
 煮詰まるどころか、むしろ冷えゆく一方。
 けれども、ニュースソースが嘘という香辛料を持ち合わせない性質であるし、オルガは思案の結果、ワイラー邸侵入を決意したのである。
 貴族のお屋敷というのはどこも構造が複雑ではあるが、一定の規則性は持っている。
 フォスター邸や旧ヴォルフ邸、旧ローランド邸など、貴族屋敷の内部を知り尽くすオルガには、ワイラー邸の使用人お仕着せ倉庫など見つけるのは容易かった。
 さすがはこの国最大の権力を保持するワイラー公爵の屋敷だけあって、メイドの人数もフォスター邸とは桁違い。
 これに紛れて内部を調査するなど、他愛ないと思われた。
 が。
 議会よりお戻りのワイラー公爵を出迎える使用人の列に加わり、彼らに合わせてお辞儀をするオルガの前で、彼がピタリと立ち止まったのだ。
「・・・君、うちの使用人ではないね」
 瞬殺だった。
「どこの手の者かは知らぬが、生憎と私は使用人すべての顔を覚えているのだよ。さて、この人数相手だ。逃げ場はな・・・え?」
 一応眉を書き足したり、頬に影を加えたりと、変装メイクは施してあったが、こう目の前で顔を晒せばあまり意味をなさなかった。
「~~~オルガ?」
「えへへ」
 この時のオルガは、笑っていられるのも今の内という言葉が自分に迫っていると、露ほども思っていなかった。



「お願い、おじ様ぁ・・・。もう許してぇ・・・」
「ダメ」
 ピシリと据えたケインに跳ね上がったお尻を、垂れ下がったスカートが覆った。
「あーん!」
「終わらないねぇ?」
「ぅう・・・。せめて、テーブルでも壁でもいいから、手をつかせて」
 両手を頭の後ろに組んで立ってさえいれば、頭を垂らしてスカートが落ちないように体をくの字に曲げても姿勢を崩したと指摘はされないが、長い間は上半身が重たくてもたない。
 体が前へ倒れて床に潰れ、やり直しだ。
「ダーメ。ちゃんと反省していれば、自分でお尻を差し出せるだろう?」
「~~~む、無理よぉ。だってぇ、お尻、どんどん痛くなってきてぇ・・・」
 ケインの振り方は当初と変えていないが、赤く染まってきた上に腫れて膨らんできたお尻にはさぞ堪えるだろう。
 けれど、そろそろ痛覚が麻痺し始めて、百まで我慢していられるようになる。
「ほら、姿勢を戻す」
 ワイラーの今までの経験上、このやり直しで最後となるだろう。
 オルガがクスンと鼻をすすって渋々スカートを捲くり上げ、お尻をワイラーに差し出した時だった。
 執事がフォスター、ヴォルフ両卿の来訪を告げる。
 ワイラーは顎を撫でて、どうしたものかと考えた。
 ここでオルガに休憩を与えて両卿の方へ赴けば、その時間の間にお尻は痛覚を取り戻してしまう。
 そうなったら振り出しに戻り、百叩きまでまた幾順することになるやら。
「・・・応接室で待たせておけ」
 昔なら敢えて、残酷な休憩時間の方を選んだだろう。
 別に、丸くなったわけでも趣味を捨てたわけでもない。
 ただ。
 ただ相手の尻を痛めつけて昇華できるなら、どれだけ楽な嗜好だったことだろう。
「ほら、オルガ。フォスターとヴォルフが心配で駆けつけてきたよ。彼らにごめんなさいと思うなら、これで終われるね?」
「~~~はい・・・。でもぉ、叩かれないで終わりたい・・・」
「うん、ダメ」
 ワイラーの手首がバネ仕掛けのように反った。



つづく


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