道化師とお小言【オルガ番外編】

ローランドの道化師2

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 さあ、父との酒宴もそろそろお暇を・・・と口を開こうとしたスフォールドより先に、玄関と呼ばれる粗末なドアが開いて弟が姿を現した。
「兄さん、やっぱり来てた」
 何やら声を上擦らせた弟に、スフォールドは首を傾げた。
 やっぱり?
 これが王都か或いはフォスター領であれば、高々三十一歳の若輩者であれフォスター伯爵家の使用人最高責任者たる家令の自分は、その来訪先に部下である従僕を従えていることもあり、それが目印となる。
 けれど、まだ領主のお目見えさえしていない現状では、貴族最高位公爵家の家令となった身でも、ローランド領内ではその身一つで行動しているのだ。
 それなのに、「やっぱり」?
「どうした、顔色が悪いぞ。炭鉱で何かあったのか」
 ご機嫌の酔いも何処へやら、親方然と表情を厳しくした父が立ち上がろうとしたのを、スフォールドが遮った。
「父ちゃん、違う。きっと・・・」
 そう言って自分が席を立つと、スフォールドは顔色の冴えない弟の背後のドアを開けた。
 ・・・「やっぱり」は、やっぱりだった。
「・・・どうなさったのです?」
 そりゃあ、弟が青い顔で声を掠れさせもするはずだ。
 以前、兄の部下と称してスフォールド家に潜り込んだが、実はその正体は新領主ローランド公爵であった人物が、粗末な家の軒先に似つかわしくない自動車にもたれて、ガリガリと踵で地面を引っ掻いているのに出くわせば、そりゃあ対応にも弱り果てるだろう。
「・・・別に。この村の調査隊の進捗を確認に来たついでに、迎えに来てやろうかなと思っただけ」
 俯いたままの言葉に、破顔。
 この道化師は、道化が過ぎて執事を怒らせてしまったと気付いていた。
 王都やフォスター領であったなら屋敷や城で執事の帰りを待って、高飛車な謝罪をおどけて示して見せただろう。
 しかしながら、ここはローランド領。
 怒らせた執事の故郷。
 その執事がいるのは、生家。
 こんな安普請である。
 謝罪の意味を込めての大上段に構えたお迎えを「スコールド、帰るよ!」とズカズカ踏み込んで来るつもりが、自動車を降りた途端に聞こえてしまって足が止まってしまったのだろう。
 楽しそうな、執事とその父の笑い声。
 早くに亡くしてしまったお父上が、大好きだった道化師だ。
 執事が離れ離れで過ごしてきた父との時間に、割って入ることができなかったのだと思う。
「・・・待っていてくださったのですね」
「いや? 今来たとこだし」
 引っ掻かれた足元の筋の深さや幅が、その時間を物語っている。
 破顔が苦笑に変わる。
「さあ、中においでください」
「・・・ここでいい」
「ここでは通りすがる村人皆に、お説教を聞かれてしまいます故」
「え」
 久しくヒョイと小脇に抱えられてしまった道化師は、やはり久しく盛大にもがいていたが、スフォールドは構わず生家の中へと連れ込んで先程まで自分が腰掛けていた酒樽に彼を座らせた。
「何だよ、スコールドの馬鹿! 僕の気持ちも知らないで、また長々お小言垂れ流す気!?」
「あなた様のお気持ちをわかっておるからこそ、お説教なのですよ」
 むくれた顔を背ける道化師を覗き込むようにして、スフォールドは彼の前に膝を手折った。
「何年、私の主をしておられるのです? 私があなた様のお迎えを拒んで父の元におりたがるかもとお考えになるなどと。ご自分の執事を見くびらないで頂けますか」
 逃げていた瞳が、チラとスフォールドに向けられた。
「・・・・・・だって」
 突然運び込まれてきた公爵様を見て恰幅のよい身の置き所に迷っていたスフォールドの父は、雲上人とかち合った視線に動揺しきりで平伏の姿勢をとった。
「ええ、左様にございますよ。あなた様がお父上様を大好きであられたように、私も父が大好きです」
 再びプイと背けられた顔に、スフォールドは柔らかな笑みを深くした。
「ふふ。十三年とはまだまだの月日でございますな。存外、やきもち妬きであられたのだと、初めて知りました」
「は!? 妬いてないし!」
「はい、素直でないのは存じ上げておりますよ」
「~~~」
 真っ赤に染まった道化師の耳に、つい吹き出す。
「旦那様。「スコールド」とお呼びになれば、私は大好きな父の元からすぐにあなた様のお側に参じます。それくらいのこと、当にご存知だと思っておりましたがね?」
「・・・だってぇ・・・」
「ええ。ええ、左様でございますね。あなた様は臆病者で自信を持つことを苦手となさる、大層な寂しがり屋にございますから」
「~~~わかっているもの! お前を信じていれば良いのだと、わかっているもの!」
「はい。お分かりですし、信じてくださっているからこそ、昼間のような意地悪な態度をなさるのだと、ちゃぁんと、わかっておりますよ?」
 右。左。下。それはそれは忙しなく泳いだ目線が、やがて、ゆるゆるとスフォールドに着地した。
「ぅう・・・、あれは、謝るぅ・・・」
「はいはい。「謝る」、ではございませんでしょう?」
「・・・ごめん、なさい」
「よろしい」
 スクと立ち上がったスフォールドは、高くなった顔を追ってくる視線に再びの破顔。
「もうしません、とは仰らない道化師と、このお小言は、この先、何年も、何十年でも、こういうのを繰り返して参りましょう。これが、新しいお約束事項」
「・・・お尻ぺんぺんなしのお約束事項、一つ目制定だね」
「二つ。お小言は道化師を一人ぼっちになど致しませぬ」
「・・・うん」
「三つ。道化師とお小言は、二人ぼっちにもなりませぬ」
「? 二人ぼっち?」
「奥方を娶られ、天の思し召しでお子様にも恵まれることあれば、道化師にもご家族が増えましょう。このお小言にも、お世継ぎの執事が弟子となりますれば」
「自慢の優秀なお小言の弟子とか、気の毒なことだね」
「ふふ。四つ」
 道化師が首を傾げた。
「まだあるの?」
「はい。四つ、お小言の家族は、道化師の家族」
 彼らの渾名を知る由もないスフォールドの父と弟であるが、耳にしていた会話の流れで、道化師とお小言が何を指しているかくらい見当がつく。
「お、おい! ロイ・・・!」
 目を白黒させる父を振り返り、スフォールドが微笑んで見せた。
「貴族様とか、公爵様とか、新領主様とか、そんなものより、父ちゃんたちが最初に見たあれが、俺の大事な道化師の本当の姿なんだよ・・・」



「五つ」
 生まれてすぐに母を亡くし。
「六つ」
 たった十九で父を亡くし。
「七つ」
 フォスター伯爵家という家名を背負い、守り。
「八つ」
 今や、最高位の公爵にまで登り詰めた道化師。
「九つ」
 が。
「痛いーーー! 痛いってば! もうやだぁ!」
 鋼のような筋骨の脇からぶら下げられている様は、些か滑稽である。
「もうやだじゃないでしょう。ごめんなさいは?」
「ぅあーーーん! こんなの反則だぁ! スコールドのばかぁあーーーー!」
 ジタバタともがいた手足が、電流でも走ったかというように瞬時に跳ね上がる。
「~~~!! ぃ。痛いよぉ! ごめんなさいぃいぃいい!」
 どうせ言うなら十まで意地を張らねば良いのに・・・と思いつつ、スフォールドは幾枚目かの仕上がった肖像画を見つめて肩をすくめた。
「そのごめんなさいは何に? お尻ぺんぺんのお仕置きに?」
 鍛え上げられたバネの如きお仕置き執行人の手の平が、返答を促してヒリヒリするお尻に置かれたことにゴクリと息を鳴らし、新領主様は必死で首を横に振る。
「違う~・・・」
「なら、どうしてお仕置きされているか、わかってますね」
「・・・最後まで、肖像画から逃げ切ったことぉ・・・」
「・・・もう十ですな」
「えっ。~~~!! ひぃーーーん!!」
 再び振り下ろされ始めた平手に、ジタバタすら出来なくなっている硬直した手足を流し見て、スフォールドは何やら気の毒にすら思えて吐息。
「はい、十。ではもう一度、お仕置きの理由をどうぞ」
 クスンと鼻をすすり上げる泣きべそを向けられ、スフォールドはそっと自分の唇にトントンと指を充てがうと、それを彼の潤んだ瞳に伸ばして見せた。
 三度目の十に突入されない為のヒント。
「~~~スコールドにぃ、いっぱい言われた。たかが肖像画、されど肖像画だって・・・」
「ええ、そうですな。いつまでも飾られな肖像画に領民が抱く疑心暗鬼を、うちの長兄が口を酸っぱくして言い聞かせておるのを、幾度も見かけましたよ? さて、もう一度同じ質問です。うちの末っ子は、どうしてお仕置きされているのです?」
「ぅう・・・。領民の不安をわかっててぇ・・・それなのに、自分の肖像画嫌いを押し通したぁ・・・」
 そう、クラウンは結局最後まで肖像画の為のお澄まし時間を拒否。
 仕上がった肖像画は、スフォールドの機転に寄るものだ。
 ヒラヒラふわふわヘラヘラと舞い飛ぶ道化師が、唯一真剣な面持ちでじっとしている時間を、お小言は知っていたから。
 それは、この新たな領地ローランドの未来を見据え、調査隊の活動を見つめる姿。
 お小言がまとめた前領主治世でのローランド領状況報告書を読み耽り、黙って策を練り上げる姿。
 スフォールドはその時間を幾人もの画家に提供し、絵筆を走らせた。
 次々に仕上がっていく肖像画はスフォールドの号令一下、領地内の各町村に飾られていったのだった。
「思わず何かを期待したくなる良い肖像画と、領民の間で評判になっていますよ」
「・・・想像の期待じゃなくて、現実的な期待を持てる結果を提供したかったのだもの・・・」
「うん? それは普通に肖像画を仕上げさせながらでもできることでしょうが」
 ヒョイとズボンのヘリに掛けられた指の気配にクラウンが息を飲み、スフォールドが片手で額を覆う。
「あ~あ、手加減したせいで、反省の色がそんなでもないですな」
 いや。下着ごとズボンをずり下げられて丸出しにされたお尻のあの赤を反省度合いの色と捉えるならば、海より深く反省しているようにしか見えないが。
「もう十で足りますかなぁ?」
「ひっ。や、やだぁあーーー! わかってるぅ! 肖像画のことは単なる僕のわがままでした! ごめんなさいぃいー! もう許してよぉ、スコールドの父さん!」
「スコールドの父さんじゃありませんよ」
「あ! スフォールドの父さん!」
「違う。ローランドでの父ちゃんです」
「~~~」
 振り上がった手の平に首をねじ向けたクラウンの表情は、長年の付き合いのスフォールドにも何とも形容し難いものだった。
 嬉しそうな悲哀?
 まあ、形容が困難なだけで、気持ちはわかる。
 くすぐったい気分のことを言われても、またあの痛い平手をお見舞いされる寸前であれば、ああなろう。
「親父」
 赤いお尻の前に自分の手を差し出したスフォールドを見遣り、彼の父、いや、彼らの父は振り下ろしかけていた平手を失速させた。
「その辺で勘弁してやって欲しい」
 大仰に息をついた父が小脇からクラウンを下ろしてやると、スフォールドははみ出していた赤いお尻にズボンを上げて衣服を整えてやった。
「さあ、クラウン。父ちゃんにもう一度ごめんなさいをして、お部屋で待ってなさい。氷のうを持っていってあげるから」
 涙で凝った目元をゴシゴシとこすったクラウンは父にペコンと頭を下げてから、逃げるようにその場を立ち去った。
 その背中を見送った父が、ガリガリと頭を掻いて執務室のソファにその隆々たる肉体を投げ出した。
「やれやれだ。こんなフカフカのソファに座って過ごすと、こんな甘い兄貴に仕上がるもんなのかね」
「いや、俺、厳しいので有名なのだけど」
 そうしてついた渾名がスコールド(お小言)である。
「よく言う。結局、肖像画のわがままを通させておいて。ほれ、来い」
 ヒラヒラと手招く仕草に首を傾げたスフォールドだったが、何故だか背中に嫌な汗が伝う。
「・・・ん?」
「ん?じゃねぇよ。さっさと来い」
「・・・いや。いやいや」
「大事な弟を甘やかす兄貴のお仕置きは、さっきの比じゃねぇからな。覚悟しろよ」
「いや。嫌。嫌だ!」
 ジリジリと後退さろうとしたスフォールドは、素早く掴まれた手首にすっかり顔色を失っていた。
「ロ~イ? 素直にお尻の出せねぇ悪い子は、どんなお仕置きされるんだっけなぁ?」
 蘇る記憶。
 ズボンの上から数発で済むはずだったものを往生際の悪さを反省なしと裁可が下り・・・。
「や。やめ。嘘。やだ。父ちゃん、勘弁~~~!!」



 新領主お目見えの為に設えられた壇上を囲む領民たちは、目を見張った。
 ヒラリとそこから飛び降りた新領主は、ふわりと自分たちの集う地面に降り立ったのだ。
「私はここ~」
 群衆の頭の狭間から、ニョッキリと伸びた手がせっせと振られる。
「皆の者。私は貴族として生まれ、貴族として育った。けれど、こうして紛れてしまえば姿を探すのも困難な、ただのちっぽけな人間なのだよ」
 そう言う通りに、領民たちに新領主の姿は確認できない。
 けれど、そう語る声は伸びやかに響いて届く。
「だから、助けて欲しい。力を貸して欲しい。このローランド領が、あなた方の豊かな笑顔でいっぱいになれるように、私は精一杯頑張るから」
 せっせと振られていた手が壇上から伸びてきた執事の手に引き上げられて、領民たちは再び新領主の姿を見ることができた。
 領主様のご尊顔を拝し奉ることすら無いに等しかった領民たちにとって、ローランド新領主お目見え式典は、初めて尽くし。
 領主が自分たちに語り掛けている。
 領主が自分たちに笑いかけている。
「それと、肖像画の設置が遅れてごめんなさい」
 領主が自分たちに謝った。
「遅れた理由はね、私が肖像画を描いてもらう時間が億劫だっただけなのだよ」
 領主が自分たちに言い訳をして、照れ臭そうにお尻を撫でている。
「私のわがままで、不安にさせてごめんなさい。反省しているから、許しておくれね」
 領主が自分たちに許しを乞うた。
「今日は集まってくれてありがとう」
 領主が自分たちに礼を言った。
「また会いましょう。今度は私が皆の村へお邪魔するよ」
 領主が、また会いましょう? お邪魔する?
 壇上を跳ね回るように手を振り続ける新領主の姿を、今日の初めての経験を、この先幾年も当たり前の日常になるのだと、この時の領民たちは誰も想像できなかった。
 ただ一人、ローランドの道化師の、ローランドでの父親を除いては。



 つづく・・・かも?


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~様

こちらこそ、読んでいただきありがとうございますm(_ _)m

お父ちゃんを気に入って頂けて何よりv
このような拙い作品を、大切な思い出に投影させてくださり、恐縮してしまします(^_^;)

コメントありがとうございましたvv
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