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道化師とお小言【オルガ番外編】

ローランドの道化師

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 城下町周辺はさすがに舗装整備が整ってはいるが、郊外に出てしまえば、荒れた土地に乱立する粗末な家々。
 首都である王都の貧民窟ですら、これを見渡せばこましな住宅街に思えてくる。
「おっと」
 うっかりすれば、転がる石ころや乾いた地面のクラックに足を取られて躓きそうだ。
 この荒れた大地。
 十二歳の頃まで、これが当たり前の景色だった。
 田畑として開墾するには痩せた土。
 かと思えば、所々に足を取られれば抜け出すのも困難を極めそうなぬかるみ。
 雨が降っても硬い地質で逃げ場を失った水気が、長々とそこに居座るからだ。
 これを今、「宝の山」だと言う青年がいる。
 にわかには信じ難い。
 信じ難い。が、信じたい。
 いや、信じている。
 それをのたまう青年は平素、ひらひらヘラヘラふわふわと、おどけた口調でふざけたことしか言わない。
 けれど。
 一生懸命ふざけている。
 一生懸命おどけている。
 だから、傍に居てやりたくなった。
 一生懸命にふざけて、一生懸命におどけて、一所懸命、人に笑ってもらおうとする。
 だから、守ってやりたくなった。
 の、だが。
「おいおい、前領主様の肖像画が外されて、もう一ヶ月以上だぜ? 新領主様の物はまだ飾られねぇのか」
「領主交代なんて初めてで、どういう段取りなのか知らねぇけどよぉ、こんなに長らく放っておかれるものなのかねぇ?」
 かつて前領主の肖像画が飾られていた役場前に溜まっていた村人たちの声に、そっと耳を傾ける。
「まあ、領主様が変わろうが生活が楽になる訳でなし、俺たちにゃ関係ない話だがな」
「そりゃそうなんだが・・・。あの噂が本当だったら、どうなっちまうんだろうな、俺たち」
「噂?」
「知らねぇのかい? 領主交代ってのは建前で、隣国との戦に備えて王都へ避難しただけだって・・・」
「い、戦!? ~~~そういやぁ最近、バカでかい機械を運んでる奴らが王都から続々と・・・」
 水面に投げ込まれた石塊が起こした波紋のように、村人たちの青ざめたどよめきが広がっていく様を眺めていた新領主の執事は、深い深い溜息。
「・・・・・・お尻ぺんぺん、じゃなかった、説教だな」
 己が独語に再び嘆息。
 結婚したらお尻叩きのお仕置きは卒業などという約束、するのではなかった。



 領民たちが隣国との戦という状況を連想する種となる機械は、資源調査の為に王都の学者チームが運び込んだ最新の採掘機などである。
 そもそも論、国王陛下のお妃はローランド領の隣国の第一王女であり、互いの貿易流通も盛んで、公爵クラスの外遊も頻繁な、友好的な国交と言って良い。
 しかもこの程、新領主の座に就いた新ローランド公爵の奥方もまた、同じく隣国から降嫁した第八王女。
「で・す・が! それを当然の情報とできるのは、旦那様は政に携わる方であるから。私は王都に住まい、新聞や世情を身近にできるから。都から遠い領民達は、実感出来ぬことなのですぞ!」
 座らせている粗末な椅子で退屈そうにプラプラ揺らしている足を目で追っている姿に、スフォールドは血管の浮き出そうなこめかみを揉みほぐした。
「お顔はこちら! 足、じっとする! 背筋を伸ばす! お説教の最中でございますよ」
 チラと顔は上げたものの、傍らのテーブルに肘をついて頬杖をついたローランド新領主様は、三十路とは到底思えないふくれっ面で口を尖らせた。
「わかってるよ、うるさいなぁ」
「う」
 うるさいだぁ!? そうか、そうか。言っても反省できぬなら、お尻に言い聞かせてやろう!
 と。
 こちらが言い出さないのをわかっているものだから、尖らせていた口元にニンマリと浮かぶ笑みがこれまた小憎らしい。
「~~~巷に危惧の念を抱かせるような成さりようが、領主としてあるべき行いにございましょうや?」
「別にずっと捨て置く訳じゃないでしょ~。僕だって遊んでるわけじゃないもの。長いスパンで物事を見なよ」
 それはわかっている。
 このローランド新領主を捕獲したのは、学者チームの調査現場である。
 よって、このお説教の舞台は調査隊のテントの中。
 新領主様は、命令(めい)だけ下して高みの見物を決め込む人柄ではないことなど、重々承知している。
 彼らの調査を面白半分で見て回っている訳でないのもわかっている。
 引いては領民の為。
 自分が出張ったからと良い結果が出るわけでないにしろ、少しでも早く結果を知って、そこから打つ手を模索したいのだということもわかっている。
 だがしかし、もう一つ、長の付き合いでわかっていること。
 この新領主様は、肖像画を描かれる為の時間がお嫌いだ。
 へらへらヒラヒラふわふわできないお澄ましのお時間が、とにかくお嫌いだ。
 調査同行を言い訳に肖像画作成から逃げ回っていることなど、お見通しである。
「仰ることはわかります。ですが、せめて新領主の肖像画を各町村に配し、新領主の存在を明確になさいませ」
「たかが肖像画じゃない」
「その、たかが肖像画が! 古き治世しか知らぬ領民たちを要らぬ蒙昧より救うのです」
「ふん、下らないね。そんなもの、肖像画でしか姿を見ることができなかった、領主と領民の疎遠の証という因習じゃないか」
「仰る通り。ですが、領主交代劇など経験したことにない領民の不安を払拭するに、悪しき因習でも今は活用すべきではございませぬか?」
 テントの天井を仰ぎ見て面倒臭そうにうなじを撫でていた新領主様は、にわかに騒々しくなった外の音に耳を欹(そばだ)てた。
 恐らくは調査隊が何かしらの発見をしたと思われる歓喜の声。
「残念。スコールド(お小言)の出番はもうおしまい。僕は次の舞台があるから、もう行くね~」
クラウン(道化師)の名に恥じぬおどけた仕草で椅子から立ち上がった新領主様は、ヒラリとテントの出口を捲くり上げて体を潜らせると、お尻だけ突き出して見せて、ピシャピシャ叩く仕草を残していった。
「~~~~~~」
 愛しい主。
 大事な友人。
 可愛い弟分。
 で、あるが。
 久々に、腸が煮えくり返るほど、腹が立ったスフォールドであった。



「なぁ、ロイよ。お前とこうして酒を組み交わせるようになったのは、父ちゃん、嬉しいんだけどなぁ・・・」
 廃材や半分腐食した木戸に脚を付けただけの物がダイニングテーブル代わり。
 そんな代用品に酔いどれた額を押し付けていたスフォールドは腰を預けている、椅子代わりの酒樽からはみ出していたお尻に、懐かしみたくない痛みが鋭く走って、思わず悲鳴。
「~~~ぃ。痛いよ、親父! 急にぶつなよ。いや、急でなくとも、いい年の息子の尻をぶたないでくれ・・・」
「大袈裟だなぁ。ピシャンとやっただけだろうが」
「いやいやいや・・・、親父のその炭鉱仕込みの腕から繰り出す手の平は、ピシャンなんて可愛いものじゃないから。バチン!だから」 
 恐らくズボンをまくって覗けば、クッキリと手形がついているのは請け合いだ。
「折角の晩酌なのに、自棄酒してるオメェが悪い。貴族様の元でいつも良い酒に囲まれてるオメェと違ってなぁ、この安酒だって父ちゃんには至福の時間なんだよ」
 執事の自分が管理するお屋敷のセラーに居並ぶワインはもちろん、クラウンとお忍びで出かけていた王都の目抜き通りのビールにも遠く及ばない、連続式蒸留酒。
 香りもなければ味もない、ただただ酔う為だけの酒。
「それを、小せぇ頃に奉公に出して、もうこうして会うこともできねぇと覚悟した息子と酌み交わしてる最高の時間の肴が、長ったらしい愚痴とかよぉ」
 ピリピリするお尻をさすって、スフォールドは父に上目遣いの視線を送った。
「~~~ごめん」
 安普請を揺さぶるような、荒くれ炭鉱夫らしい父の笑い声が響く。
「あんなチビが、大人になったもんだなぁ。たった一発、尻っぺたにくれてやっただけなのに、そんな反省のごめんなさいが言えるのかい。父ちゃん、びっくりだ」
 安酒に火照っていた顔が、更に濃く赤らんだのを隠すように、スフォールドはそっぽを向いた。
「親父、俺、もう三十一!」
「父ちゃんからすりゃぁ、まだまだケツの青いひよっこだぁな」
「青くない。今、赤い」
「ははは! 違ぇねぇ!」
 執事というのは中々に重労働で、スラリとした体躯は細っそりして見えても筋肉質。
 それでも、長年に渡り炭鉱夫として坑道で鶴はしを振るい、石炭を地上に運び続けた父の筋肉には到底敵わない。
 自分の太ももと変わらない太さの父の腕がふわりと振り上がったのを見て、またお尻にあの痛みが走る想像でつい首をすくめたスフォールドは、その分厚い手の平がひどくそっと頭の上に着地して、クシャクシャと髪を撫でてきたことに目を瞬いた。
「良い子だ。よく頑張った。偉かったな、ロイ」
「・・・親父、俺、三十一・・・」
「うん。十二でここから出されて、十九年。父ちゃんな、賢くないから算術なんざできねぇが、オメェが汽車に乗ったあの日から、ずっと指を折って数えてた」
「・・・十九年も?」
「うん、十九年。マメに、手紙をくれていたろう?」
「・・・うん」
 父がクスクスと笑いながら、酒を煽る。
「父ちゃんも母ちゃんも字なんか読めねぇってことを、オメェが忘れちまうくらいの長い時間だよなぁ」
 あ・・・と、スフォールドは声を漏らす。
 そんな彼の髪を、父が更に強く掻き回した。
「嬉しかった。父ちゃんも母ちゃんも、そりゃぁ嬉しかった。字が書けて、字が読める。それを当たり前のことと思える生活を、オメェが過ごせているんだと思ったら、堪らなく嬉しかった」
 目が。
 瞼が。
 下瞼が。
 耳が。
 頬骨が。
 唇が。
 熱くて、震える。
「手紙は司教様に読んでもらってた。ちゃぁんと、オメェが書いてきてる内容はわかってたよ」
「親父・・・」
「けどなぁ」
 髪に絡みついていた指が、コンと額をつついた。
「~~~父ちゃん、痛い・・・」
「それくらい我慢しな。前にも言っただろうが。転々と奉公先を変えるオメェのこと、読んでもらう手紙を聞く度に、どれだけ心配したと思ってる。あれだけだったら、今頃はその尻を椅子に乗せてられねぇくらい、引っ叩いてやるところだぞ」
 思わずお尻を庇うように回してしまった両手に、父がまた大声で笑った。
「ただただ自分の今を淡々と。司教様も苦笑いされてたぜ。何だっけな、ほう、ほう・・・?」
「・・・報告書?」
「そう! それだ、それ! ほうこくしょみたいだと、言ってたよ」
 理由はどうあれ奉公先を解雇されて転々としていたのは事実で、その言い訳をしたくない気持ちがさせた状況報告。
 手紙を受け取る父や母の気持ちを考えないでいた、我ながら若気の至りであったと、今なら思う。
「けど、そんなオメェが今やローランド領主様の執事だものなぁ」
 手にとった安酒入りのグラスを揺らして、スフォールドは父を見遣った。
「・・・掘り出し物の主人に当たったもんだろ。 ~~~っ!」
 もう降ってきそうにないと油断した上での二発目の平手は、声が出ないほど痛かった。
「本気で言ってんのか、ロイ? だったら、今のヤツを膝に乗っけた尻に嫌というほど見舞ってやるぞ。何なら、子供の頃みてぇにズボンもひん剥いて丸出しの尻にだ」
「じょ、冗談だろ! 勘弁してくれよ! ・・・わかってるよ」
 スフォールドは喉を鳴らすようにしてグラスを空けた。
 腹立たしいくらい、愛しい主。
 父は、本当に喜んでくれている。
 息子が仕える主が、無口な手紙で心配させてきた息子の為に、わざわざこんな僻地にまで出向いて代弁を買って出てくれたことを。
 空になったグラスに父の手からトクトクと酒が注がれる。
「転々としていた奉公先からの手紙が、あの方のところから届くようになって、十三年だ」
「・・・うん」
「傍に居たいと、思えたんだろ?」
 スフォールドはただ黙ってグラスを口に運んだ。
 それが言わずもがなという返答であると、父はわかってくれたらしかった。
「そんな大切な方の愚痴をこぼしていないで、どう説得するか考える方が建設的だろうが。貴族様に俺たち労働階級の気持ちを理解しろなんて、そう簡単なことじゃあるめぇ」
 父はそう言ってスフォールドを眺めやり、目を瞬いた。
 初めて見た、息子の不愉快げな面持ち。
「親父、俺の主を小馬鹿にしてくれるなよ? 旦那様はね、貴族様なんて雲上界をあっさり飛び降りてきて、平民と同じ地面に並んでくださる方なんだ。俺がぼやいているのは・・・」
 脳裏を過ぎった、ニンマリと浮かぶ悪戯な笑み。
「わかっててやってることに猛烈に腹が立つんだー! あのクソガキ! 俺が約束を破るように仕向けて、更なる優位な立場に上ろうと画策していやがる!」
「・・・同じ地面に並んでくださる方とか言ってなかったか?」
「俺にだけ! 俺にだけは違うんだ! 道化師の仮面を置き忘れた、ただの悪戯坊主になり下がりやがる!」
「はは・・・。上ったり下がったり、忙しいねぇ。さて、落ち着け」
「~~~!!」
 不意の三発目に、スフォールドは声もなくお尻を押さえてテーブルに突っ伏した。
「わかっててやる悪さが一番いただけねぇ。こうしてやりゃあいいだろうが」
「~~~だって、約束しちまったんだもの・・・」
「約束を守るのは良い事だ。けどまた何で、そんな約束しちまうかね?」
「そりゃ、結婚すれば名実共に一家の長だし・・・」
 テーブルに伏したまま口を尖らせてお尻をせっせとさするスフォールドが、恨めしげに父を見上げた。
「一家の長が叱られるなんて想像できなかった。・・・俺の一家の長のイメージは、父ちゃんだったから・・・」
 目をぱちくりとさせた父は少し照れたように鼻の下を擦り、聞いたこともないような小さな声で「そりゃどうも」と呟いた。



つづく


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~ Comment ~

。゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!

お久しぶりです(・ω・*)ノシ
覗きに来てみたら更新があって嬉しいです!
しかも中身がスコールドのプチスパとは!。゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!
にしても最強執事スコールドもお父ちゃんには叶わないのですね…(笑)
子供のうちに生き別れた親子の再会、息子の幸せを願う父の心情、とその他色々想像するとほのぼのだけでなくなんとなく胸の奥がじんわり暖かくなるような幸せな気持ちになりました!
素敵な作品をありがとうございます♡

Re: 。゚+.(・∀・)゚+.゚イイ!!

サラさま

お久しぶりです。コメントありがとうございますvv
思いつきふんわり更新を気付いて頂き、恐れ入ります(^^ゞ

とうとう最強執事まで餌食となりました(笑)
(多分)凱旋帰郷であるスフォールドに、まだまだ感満載で「父ちゃん」と言わせたくて書き始めたのですが。

ボツボツと更新できたら良いなーとは思っています。
読んでいただいて、ありがとうございましたv

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