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フォスター家【オルガ番外編】

フォスター家

 ←スフォールド学院 →ローランドの道化師



「やぁの! もく、すゆのよ! あーち、すゆの! もく、すゆーーー!」
 ひどく人間の言葉に近しい言語で、怪獣が吠えている。
 触れようとする者に短な手足を振り回し、捕獲を敢然と拒否し、脳に直接攻撃を仕掛けるかのような甲高い奇声と泣き声、いや、鳴き声。
「はいはい、後で。アーティ坊っちゃま、後で致しましょうね」
「ゃあぁーーーー! すゆのよーーー! ぅあーーーん!」
「はい、そうですねぇ。しましょうねぇ。あーとーで。はい、ねんねん」
 ブンブン唸るような手足をものともせずに、従僕という名の怪獣飼育係のファビオはすくい上げるように彼を抱き上げて、涙でベタベタの小さな頬に自分の頬を摺り寄せて、これまた小さな背中を、そっと拍子を打つようにしてトントンと叩く。
「やぁーーーん!」
「ねんねん、良い子。ね~んねん」
「ふ。あーん・・・」
「坊っちゃま、良い子。ねんねん、ねんね、ねんねんしょ」
「ふぇ・・・、ん・・・」
 ファビオの広い肩に、幾度も幾度も首の向きを変えて額やら頬やら当てては離し、当てては離しを繰り返した動きが、突然ピタリと止まった。
 最もハマり具合の良い場所を探り当てたようで、そこからは先程までの雄叫びが嘘のように、スヤスヤと寝息が聞こえ始める。
 それに比例して重みを増した小さな怪獣、もとい、フォスター家のお坊ちゃま、アーサー五世の体を抱き直したファビオに、傍らで庭園の芝生に腰を下ろしてその一部始終を見ていたヴォルフが目を丸くしている。
「すごいね、お前」
 怪獣から天使へと華麗なる変貌を遂げたアーティと、先程まで一緒に遊んでいたのはヴォルフである。
 木馬の玩具を買って帰って乗せてやったら、さすがは乗馬が特技の父フォスターの遺伝か、これが大層大喜び。
「おんも! おんも!」とせがむので、この芝生まで木馬を運んで、彼が転げ落ちないように背中を支えて揺らしてやっていたのだが。
 その内に、自分で漕ぐから離せとグズり始めた。
 親友の大事な息子であり、自分にとっても可愛くて仕方のない甥っ子同然のアーティが、怪我でもしたら一大事。
「まだ危ないから、ね?」
 一応言ってはみたものの、聞き入れられる気配なし。
 仕方なく、おっかなびっくり離した手であるが、それをいつでも支えられる至近距離に構えていたのがお気に召さなかったらしい。
 ついには怪獣へと姿を変え、ヴォルフがどうにも対処に弱り果てていた所にファビオが騒ぎを聞きつけてやってきたのだった。
「あの大泣きを寝かしつけてしまうなんて、魔法みたいだ」
 尊敬の眼差しにすら感じる視線に、ファビオはつい笑ってしまった。
「逆ですよ。寝ぐずのおやんちゃでしたので、寝かしつけただけです」
「寝ぐず? 眠いなら寝て、起きてからやれば良いのにね」
「その制御が効かないのがおチビさんですから」
 ポケットからハンカチを抜き取ったファビオは、泣き濡れた天使の寝顔をそっと拭う。
「・・・いや、やっぱりお前はすごいよ。私はアーティが可愛いのだけれど、ああも大声で泣かれると、正直、うるさいと思ってしまうもの」
「ふふ。僕だってですよ。二歳児怪獣の奇声が室内楽の調(しらべ)に聞こえる人は、ままおりません」
「そうなの?」
「はい。旦那様や奥様だって、同じですよ」
「・・・ふぅん・・・」
 今ではすっかり大人びたヴォルフ。
 それでも時折、大の大人なら知ったかぶりでやり過ごしてしまうであろう素朴な疑問を平然と口にしては、返ってきた言葉を噛み砕くようにしている表情が見受けられる。
 きっと、噛み砕いたそれを、彼なりに懸命に心の中で消化して栄養にしているのだろうと思える姿。
 つい口をつきそうになる。
 可愛いなぁ・・・、と。
 まるで、小さな頃から面倒を見てきた幼子が、成長して眼前にいるようで。
 だが、しかし。
 まだ十代後半の自分が、三十代に乗った男性に言う言葉ではなかろう。
 なので。
「・・・僭越ながら、おやんちゃ癇癪怪獣出現時の気持ちのコツをお教えしましょうか?」
「おお、是非」
 コホンと咳払いしたファビオは、しげしげとヴォルフを見つめて口を開いた。
「おやんちゃや癇癪でなくね、別の所を見るのです」
「別のところ?」
「そう。例えば先程のアーティ坊ちゃまなら・・・、あー、力がお強くおなりだなぁとか、おや、二語文を操っていらっしゃるとか」
「ふむ、なるほど。・・・私にできるかなぁ・・・」
「できますとも。何事も慣れにございますれば」
「慣れかぁ。お前、ベビーシッターの仕事で幾人も面倒を見ていたと言っていたものね」
「はい。中でも数年来のお付き合いの手強い癇癪坊主のお陰様で、こうして怪獣泣きにも心穏やかに対応できまする」
「ふぅん。・・・・・・ん?」
 すっかり身に付いた優美な足運びで踵を返し、アーティを子供部屋に運ぶ為に歩き始めたファビオの背に、きっと頬を赤らめているであろうヴォルフの声が投げつけられた。
「このぉ・・・無礼者!」
 ファビオがつい声を上げて笑うと、背後でも、苦笑めいてはいたが笑い声が聞こえた。
「なあ、ファビオ」
「はい、何ですか?」
「もしもなのだけれど。お前が私より年長者であったならば、その・・・」
 ファビオは振り返って頷いた。
「ええ、もちろん。幾度も幾度も幾度もございましたよ。お尻を引っ叩いて叱ってやりたいと、思ったこと」
 すると、ヴォルフが天を仰ぎ見て、一つ一つ指を折り曲げていく。
 何を勘定しているくらい、お見通し。
 フォスター、クラウン、スフォールド、そしてモートン。五本目は、おそらくワイラーだろう。
「・・・私は今、お前が年少者で良かったと、心から思う」
「でしょうねぇ」
 思えば、大人の姿のお子様侯爵の傍にいつも居たのは、ファビオである。
「もしも僕が年長者であったならば、セドリック様は毎日のように僕の膝の上でございましょうね」
「~~~」
「ああ、でも。そう毎日お尻が腫れ上がってはお気の毒ですので、ちゃぁ~んと、手加減して差し上げておりましたよ。せいぜい、お尻がヒリヒリしてつい摩りたくなる程度で」
「~~~お前の最近の言葉遣い、モートンに似てきているけれどね、今のはスコールドが憑依ったみたいになってるぞ!」
「おや、それは心外」
 そう飄々と言ってのけ、屋敷に戻っていくファビオの後ろ姿を眺めていたヴォルフは頭を掻いて肩をすくめた。
「・・・あの歩き方とか。本当に似ているなぁ、スコールドと」



「なぁ、モートンや」
 息子の泣き声に気が気でなく、執務室のバルコニーから一部始終を見守っていたフォスターが、背後に控えて同じくその光景を見つめているモートンを振り返った。
「褒めてくれないかい? ファビオをヴォルフ付きにスカウトしてきた私を」
「左様でございますね。審美眼、恐れ入りまする」
 ただの野菜配達の小僧だったファビオ。
 それがよもや、自分の師の孫息子であったとは。
 モートンはふと思う。
 自分が守役を引き継ぐ四歳までの間、スフォールドによって注がれた愛情。
 この主は心の何処かでそれを覚えているのかもしれないと。
「・・・・・・大変良くできました」
 フォスターが目をパチクリとさせてモートンに向き直った。
「どうした? どうして機嫌が悪いのだ」
 モートンも目を瞬く。
 チラと揺らいだ悋気は認めるが、いつもと変わらぬ口調で言ったつもりであったのに。
「何だね、今度は急にご機嫌とか」
「左様でございますか?」
 普段なら、感情を見抜かれるなど執事として恥じ入ること。
 だが、これならば、甘受。



「び、びっくりしたぁ~」
 いつもならフザけた口調をまま崩さないクラウンが、本当に驚いたらしく胸を押さえているのを見て、校長室に響き渡るような盛大なクシャミをした後のスフォールドは目を剥いた。
「心臓、大丈夫か!?」
「やだなぁ、それくらい大丈夫だよぉ。お前がそんな大きなクシャミするの、初めて聞いた」
「すまん・・・、執事にあるまじき失態だ」
「え? お前、私の執事だっけ?」
 突き放したような物言いも、長年の付き合いが冗談だと判別させる。
「そうだな。兄貴分の親友は、クシャミくらいするか」
「風邪かい、兄上。だったら、今すぐベッドに直行」
 相変わらず風邪に過敏な弟分は、『分』が余計とばかりに顔をしかめる。
「・・・心配すんな。兄ちゃんは風邪じゃない。これはアレだな。誰かが俺をまたスコールド(小言や)とか噂してやがる」
 それを聞いて、クラウンが腹を抱えてカラカラと笑った。
「冗談でしょ。お前が今更スコールド(小言や)なんて噂で、クシャミなんかするもんか」
「お? なんだ? さすがにその年ならお仕置きされないと思って、言いたい放題だな」
「うふん」
 ニッコリと微笑んだ顔は、道化師のそれ。
 だが同時に、道化と見抜かれてもかまわぬという、信頼のそれ。
 スフォールドにしか見ることのできない、透けた仮面。




「おぅましゃん、ぱかぱかよ~」
 ああ、二語文を操っているなぁ。
 日々、育ってきているなぁ。
 などと。
「言ってられるかぁあああああ!!」
 木馬を階段に向けて跨り、それは楽しそうに漕ぎ始めた怪獣の元に、ファビオは駆け上がった。
 横倒しとなり階段を転げ落ちていく木馬。
 どうにか騎手のアーティ坊ちゃまを抱き留めて、ファビオはすっかり青ざめた顔を小さな頬に擦りつけ、心臓が飛び出しそうな鼓動を治めるべく呼吸を整えた。
「やぁん! おぅましゃん~~~!」
 胸元で、羨ましいほどに呑気な泣き声。
 いや。
 いやいやいやいや。
「アーティ様!!」
 多分、この小さな坊ちゃまが生まれて初めて聞いた、怒声に近い大きな声。
 腕の中でビクンとすくんだ小さな体に、罪悪感を覚えぬでもない。
 けれど。
 ファビオが感じた恐怖の方が、上回っていた。
「心配させてぇ・・・!」
 振り上がってしまった手の平に、躊躇い。
 いけない。
 相手はこんな小さな子。
 怒りに任せて手を上げるなど、決してしてはいけない。
「~~~めっ。心配させた子は、お尻ぺんぺんですよ!」
 いけないとは思いつつ、きっと生まれて初めてお尻をぶたれたおチビには痛かったであろう平手が、ぺちんと音を立てた。
「あんっ。~~~~~~、ふぁいお、ちらいーーー! ちらい! や! あっち、って!」
 ファビオ、嫌い。嫌い。イヤ。あっち行け。
 無事だからこそそんな口を利けるのだと、感謝がほとばしる。
「~~~もう。もう。もう! もう・・・! 無事で、良かったぁ~・・・」
 怪獣並みの号泣をしていたのはアーティである。
 だが、階段下にフォスター家の面々を集わせたのは、ファビオの嗚咽だった。
 何事があったかは、足元に転がる木馬で容易に面々の想像がついた。
「フォ、フォスター、すまない。私がこんなものを買い与えねば良かった・・・」
 悄気返って木馬に目を落とすヴォルフの肩を、フォスターが叩く。
「そんな風に思わずとも良いよ。してはいけないことから遠ざけるより、してはいけないことを教えていく方が難しい。でも、それが躾けというものだと思う」
 そう言うと、フォスターは幼き頃の守役たちを振り返る。
「おやまあ。あの目の離せない悪戯小僧が、ご立派になられましたことで」
 スフォールドが遠い日を思い返すように明後日の方角を眺めて肩をすくめた。
「育ての親の功績に帰するところかと」
「お。言うねぇ」
 自分を目の離せない悪戯小僧であった記憶など残してはいないフォスターが鼻白んでクラウンを見遣ると、彼はひどく懐かしそうな目を階段上に向けていた。
「ふぁいお? ふぁいお? たいたい、とんでけ」
 自分を抱きしめたままボロボロと大粒の涙をこぼすファビオにすっかり目を丸くしたアーティが、やはり生まれて初めてオロオロとして、必死で彼を泣き止ませようと小さな手の平で眼前の頬を撫でている。
「~~~なぁ、スコールド」
 恐る恐る口を開いたのは、ヴォルフだった。
「スフォールドにございます、旦那様」
 主人が変われど、もはや「なんでございましょう」と同義語と化している台詞に、クラウンがクスクスと笑いを漏らす。
「ファビオを、叱らないでやってくれぬか」
 スフォールドはモートンを流し見た。
 それはファビオが自分でなく彼の弟子だったからだが、モートンの感慨を鑑みれば、敢えて彼からの返答など必要としなかった。
「無論。四六時中張り付いていなければいかぬものを、躾とは申しませぬ。我らはその実績をもってして・・・」
「愛しき人々をこの場に愛でていられるのでございますから」
 滅多に自己主張をせぬ弟子の明言に、スフォールドは苦笑を浮かべた。
 生意気になったものだ、我が弟子も。
 フォスターとヴォルフ。
 彼らの話をしていたつもりだったスフォールドの言葉尻をもぎ取って、クラウンのことまで。
 いや。もしや、ファビオのことすら含んだか。
 未だに続く孫の嗚咽を心地よく耳に捉えながら、スフォールドは天井を仰いだ。
 その屋根の下は、この先もきっと、賑やかで温かいのだろう。
 それが、フォスター家。





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~様

初めまして^^
コメント並びに追記、ありがとうございますv
ちゃんと届いていますよ(笑) 大変ありがたい気分で読ませていただきました。

そんな風に思っていただき、照れてしまいます(^_^;)
これまた素晴らしいお三方の名を挙げていただき、恐縮です。
この方々は、私も大好きな方たちですよv

YさんはTVでも素敵な方ですが、シェイクスピアもゾクゾクvv
Hさんは優しい笑顔とアスコットタイ姿が印象深い方で、晩年はもちろん白い馬の頃から好きでした(笑)
Tさんを初めて見たのは某医療ドラマでしたが、その頃から「Tくん良いなぁv」と思っておりました。

気まぐれ思いつき更新にお付き合い頂いて、本当に感謝ですm(_ _)m
本当にありがとうございましたv

~様

お久しぶりですv コメントありがとうございます^^
このような気まぐれ更新を読んでくださり、本当にありがとうございますv

彼らはご覧のとおり元気です(笑)
たまに私の頭の中にちょろちょろ動き回っているので、形になりましたら
読んで頂ければ幸いですvv

ありがとうございましたv

拍コメさま

お久しぶりですv コメントありがとうございます。

こちらこそ、読んでいただいてありがとうございますv
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