フォスター家【オルガ番外編】

スフォールド学院

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 二人が肩を並べて歩く校舎の中は、そこかしこから男子生徒たちの弾けるような若々しい戯れの声が響き、笑い声が弾けていた。
「まったく、あの方ときたら。アーティ様を可愛がってくださるのはいいのだが、何でもかんでも言いなりの甘やかし放題。今が一番大事な躾時だと言うのに」
「ははは。まあ、あの子自身がそういう風に育てられてきたのだからね。それが最良の愛情表現と捉えていても、致し方ないさ」
 クラウンが肩をすくめて言うと、スフォールドは苦虫を噛み潰したような顔を向ける。
「致し方ないで済むか」
「いいじゃないか、我がフォスター伯爵家には躾の達人が打ち揃っているのだもの。可愛い孫の為とあらば私だって、たま~~~には、怖いお祖父様になっても良いよ~」
「私がファビオとモートンに小言を言われるんだ!」
「言われておきなよ。何事も経験、経験」
「弟子と、弟子の弟子に小言を言われる経験なんぞ積みたくないわ」
 憮然とするスフォールドを見上げて、クラウンがカラカラと笑う。
 ヴォルフ侯爵が立案し、理事を勤める全寮制の職業訓練校スフォールド学院。
 そこの校長に抜擢されたヴォルフ侯爵家の家令にしてヴォルフ家当主執事のスフォールドと、顧問兼相談役に推挙されてその任に着いたクラウンこと先代フォスター伯爵。
 元はフォスター家の主と執事だった彼らは、今、友人としてこの学院の運営を担っている。
「しかし何だね。お前、愚痴が増えたね。寄る年波と言うヤツかなぁ」
「一つしか違わんだろうが。愚痴も増えるさ。六十も中頃になって、未だに手の掛かる主はいるわ、年若い学生たちにも手が焼けるわ・・・」
「ふふ、お陰で生き生きしているじゃないか。ヴォルフに感謝しなよ?」
「・・・抜かせ、元悪童め」
 素早く伸びてきた手がどこを狙いすましたかわからぬクラウンではない。
 身軽にヒョイとそれを避ける仕草は、まるで鞠の上の道化師。
「あ、クラウン先生! じゃなかった。ペリドット先生! わ! と、スコ、あ、スフォールド校長先生・・・」
 一通り言い間違いをして目を泳がせている生徒たちに、クラウンが目尻の笑いジワを更にくっきりとさせて微笑む。
「クラウンで良いよ~。今から下校? 気をつけてお帰り。じゃ、また明日」
 ブンブンと手を振って廊下を駆け出した彼らに、スフォールドの咳払い。
 途端に秩序正しく二列になって歩き始めた彼らにクラウンがヒラヒラと手を振って笑みを浮かべると、その傍らで噛み殺すような笑い声。
「・・・何さ、やな感じ」
「いやいや。ペリドット先生とか、クラウン先生とか。かつてお前を退学にせざるを得なかった先生方が聞いたらば、さぞや目を丸くなさるだろうと思ってな」
「~~~仕返しとか、意地悪だぞ」
 微かに頬を赤く染めた元主に、元執事はしたり顔でニンマリとして見せる。
「怒るなよ。目を丸くなさって、さぞや感無量だろうよ」
 さて。破顔すべきか、このまま膨れ面を続行すべきかクラウンが迷って視線を逃がすように窓の外にやった時である。
「・・・ありゃ」
 頭を掻いて見なかったことにしようとした彼の仕草などお見通しのスフォールドが、その視線の先を追いかけて目を剥く。
「~~~またアイツか!」
 一人の少年が学院の塀をよじ登ろうとしている姿。
 刹那、スフォールドは廊下の窓を飛び越えてその少年の元へ駆け出していた。
「早。相変わらず身軽なことで。武闘派執事スコールド、まだまだ健在」
 あっという間に少年の身柄を確保したスフォールドが、暴れる彼を小脇に抱えて校長室へと大股で歩き出すのを眺めて、クラウンは苦笑交じりに肩をすくめた。



「もう勘弁してよぉ! いくつ引っ叩くつもりなのさ!」
 洗面器に水を汲んでタオルと共に校長室に運んできたクラウンは、ソファに掛けたスフォールドの膝の上で腹ばいにされて、下着ごとひん剥かれたズボンの絡まった足をジタバタさせてもがいている少年の丸出しのお尻を見遣って一思案。
 このスフォールドが校長である以上、氷嚢と氷は常備すべきかもしれない。
「そうだなぁ、まずはその口の利き方を改めれば、いくつ叩くか数を決めるくらいは考えてやるよ、オブ」
 少年・オブシディアンの顔から血の気が失せて、既に熟れた桃と等しく染まっていたお尻を庇わんと両手を回したが、それはあっさりと跳ね除けられてしまった。
 おー、怖い怖い。
 クラウンは若かりし頃の思い出に身震いしつつ、洗面器をサイドボードに置いた。
「オブ~、スコールド校長先生のお仕置き宣言に、脅しなんて存在しないからね。余程腹を括って反抗しないと、嫌というほどお尻に後悔を据えられるよ~」
「う~・・・。だってクラウン先生! 俺の成績、知ってるだろ・・・でしょ! やることはちゃんとやってるんだから放課後に遊びに出るくらい、いいじゃないか・・・ですか!」
 終わりの見えないお仕置きに挑戦する気のないらしいオブシディアンは、言葉遣いを改める姿勢は見せて反論した。
「・・・ま、及第点には遠いが、その姿勢に免じて百叩きで済ませてやろう。一つ」
 ピシャリ!と再び振り下ろされた平手に、オブシディアンの背中が跳ね上がる。
「イッテェ・・・。ひ、一つって、今から百叩きぃ!?」
「当然だ。やることさえやれば規則を破っていいという考えなど、百叩きでも足りんくらいだ」
 オブシディアンの半泣きの悲鳴を聞きながら、やることもせずに規則を破り倒していた過去を持つクラウンは、頭を掻いてオブシディアンの前に屈んだ。
「遊びになら行けるでしょ? 寮監先生に外出届けを出すだけじゃないか」
 クラウンが当時通っていた貴族らの学校よりは、遥かにその辺りの規則は緩いと思うが。
「痛い痛い痛い! だって届けての外出だと門限がぁ! 先生、俺をいくつだと思ってンですか!」
「うーんとね、子供みたいにお膝の上で丸出しのお尻をぺんぺんされて半べその十四歳」
「~~~。ヒッ! 痛い~! もう勘弁してくださいー! 百も無理! もう無理ー!」
「その調子じゃ減刑は見込めないと思うよ~。で、お尻が真っ赤っかな十四歳くんが、門限にご不満な理由は?」
「だからぁ! 女の子と楽しく過ごすのに夕食の時間までに帰寮とか、あんまりでしょ! こんな色気も素っ気もない学校生活、むしろ不健康だーーー!」
「・・・そういうもの?」
 貴族の通う学校は未だに男子校であるので、気にも止めなかったが。
 考えてみれば平民の学校は男女共学であるし、貴族の学校とて寮にはメイドが働いている。
 だがこの職業訓練校スフォールド学院は、生徒も男なら教諭も男、寮監も男性で生徒たちは身の回りのことはすべて自分たちですることになっているので食事も当番制で自炊である。
「・・・はあ、なるほどね。確かに花がないなぁ・・・」
「でしょ!? いっ・・・てぇーーーー!」
 どうやら平手が一際きつく据えられたらしいオブシディアンは、盛大な悲鳴と共にクラウンに向けていた顔をスフォールドへとねじ向けた。
「オブ、学院への不満を行動で示したと言うなら、百叩きは取りやめだ」
 顎を撫でて考えを巡らせていたクラウンは、オブシディアンの目が輝いたことに憐憫の視線を送った。
 ああ、オブや。それは恩赦への誘いの言葉ではないのだよ・・・。
 そう忠告してやりたいのは山々だったが、クラウンがそっと送って見せる目線というサインに気付けるほど、十四歳は大人ではないようだ。
「そうですよ! 俺の行動は、全生徒の代弁ですからね!」
 ・・・あーあ。
 クラウンは片手で顔を撫で下ろすと、大きく吐息を漏らす。
「結構。ではオブシディアン、膝から降りて、ズボンを上げたまえ」
 ホッと息をついて靴底に床をしっかりと感じる幸せを噛み締めながら、急いでお尻をしまうオブシディアンを見つめて、スフォールドが肘掛に頬杖をつく。
「さて、オブシディアンや。我が校は生徒の不満に対する要求に、聞く耳持たぬようなことはない校風でありたいと思っているよ」
「え! じゃあ、門限の緩和とか・・・」
「そこな顧問のクラウン先生は、大変柔軟な思考の持ち主だからね、きっとお前たちのより良い学び舎の在り方を模索してくれるさ」
 ヒリつくお尻をせっせと擦りながら満面の笑みを向けてくるオブシディアンに、クラウンは苦笑いを返すしかない。
 スフォールドの咳払いに、クラウンの方が昔を思い出して身が竦んでしまった。
「で、あるからこそ。代弁とまで言う正当性を持つ要求であるならば、規則を破るなどという行動で示すのでなく、堂々と嘆願にくるべきではないかね?」
 ようやく、オブシディアンにもわかったようだ。
 自分は許されて膝から下ろされたのではないのだと。
「オブ。そこの時計の長針は、今どこを指している?」
「え。あの、五分のところを・・・」
「そう。ならば」
 素早く伸びたスフォールドの手が、オブシディアンの腕を掴んで引き寄せると、彼の体は再び膝の上に腹ばいに押し付けられてしまった。
「え? や、ちょ、待っ・・・」
「あれがきっちり半周するまで、膝から下りられないから覚悟しなさい」
「嘘・・・、や、やだ、ま、待ってーーー!」
 ほとんど泣き声になってきたオブシディアンの悲鳴が響き渡る校長室では考え事ができないので、クラウンは廊下に出た。
「やれやれ。長丁場に備えてお尻をしまわせるとか、鬼のスコールド、健在だ」



「でね、思ったわけだよ。はみ出し者めいて生きてきたつもりだったけれど、僕もやっぱり貴族なんだなぁって」
 フォスター伯爵家の応接室でソファに深くもたれて、しみじみと天井を仰ぎ見るクラウンの前に居並ぶのは、彼の子息たる現フォスター伯爵、赤の侯爵様と呼ばれるヴォルフ侯爵、そして、クラウンの盟友ワイラー公爵。
 今や国政の中心人物である、そうそうたる顔ぶれである。
「はて、父上。今伺ったオブのおいたと、父上のその物思いとの関連性がどうも不明瞭なのでございますが・・・」
「ヴォルフ立案の職業訓練校は、貧民層や保護者のいない子供たちを対象の支援校でしょ。一般教養は元より、多方面から技術者を招いて講師に着任してもらってさ」
「はい。全寮制の形式を取ることで、食住も支援しておられますね」
「うん、なのに、どうして男子校なのだろう」
 素朴な疑問として投げかけられた言葉に、三卿が顔を見合わせた。
「いや、クラウン。別に少女を放逐しているわけではない。貧民層の少女らは、私のメイド派遣所で同じく全寮制のメイド訓練校として支援できている」
「そうですよ、お父様。今はまだ試験運用段階ですので、我がスコールド学院とワイラー卿のメイド派遣所の二箇所に留まっておりますが、いずれは各地に分校を。あるいは各領地で独自の訓練校制度として広めていく訳ですから・・・」
 ワイラーとヴォルフの言い分に、クラウンが深く頷いた。
「ほらね、やっぱり皆、貴族なのだよね~。女性と言えばメイド。メイドなら他の職より高給であるし、何より花嫁修業になる。とか、思っているでしょう?」
「あ・・・、オルガ」
 呟くように言ったのは、フォスターであった。それにクラウンが嬉しそうに頷く。
「そう。女性だって、オルガのように新聞記者になりたい者がいる。なら、設計図を引いてみたい女性だって、調香師になりたい女性だって、男性にしか門戸の開かれていない職業に就いてみたい女性だって、いるんじゃないかな?」
「・・・えーと? つまり、それはどういう・・・」
 おそらく、この面子の中では一番頭が固いであろうワイラーが、首を傾げる。
「合併してしまおうよ。ヴォルフ理事による我がスコ・・・スフォールド学院と、ワイラーのメイド派遣所と、それから、アーシャの仕置き館」
「・・・・・・え?」
 目を瞬く三卿に、クラウンがニッコリと微笑んだ。
「いや。いやいやいや! ちょっと待ってくれたまえ! うちのメイド派遣所の子たちはともかく、仕置き館の収容者は犯罪者ではないか!」
 声を高くしたワイラーに、フォスターが不愉快気に顔をしかめる。
「いくら公爵様のご発声とは言え、そのようなおっしゃりようは捨て置けませんね。うちの子たちも元は売春婦と言えど、貧困による犠牲者にございますぞ」
「とは言え、犯罪者には違いなかろう。うちの子たちに悪影響を及ぼしたらどうする!」
「重ね重ね失礼ではございませんか! うちの子たちとて日夜更生に励んでおるのですぞ!」
「うちの子たちは田舎から出てきた純朴な娘が多いのだ! 王都という都会の暗部に浸かった者が傍にいては・・・」
「うちの子たちとて純朴です!」
 パンッと両手を打ち鳴らしたクラウンが子供にするように顔をしかめて見せてから、堪りかねたようにクスクスと笑い声を上げた。
「うちの子、うちの子って・・・メイド派遣所宗主殿も仕置き館主宰殿も、預かっている娘たちを大切に想っているのは十分わかったから。だからこそ・・・」
 笑いをおさめたクラウンが、静かに目を瞑った。
「だからこそ、彼らにたくさんの可能性をあげようよ。男女が共に同じ学び舎に集うことで、悲喜交々あらゆる感情が交差する時間を過ごせるように。可愛いうちの子たちの為に・・・さ」
 しばし黙りこくっていたフォスターとワイラーは、一旦話を持ち帰るとだけ言って席を立った。
 その場に残っていたヴォルフを、クラウンが流し見る。
「さて、ヴォルフ理事長。顧問の勝手な発案にずっと黙っておられましたが、ご意見は?」
「・・・お父様を顧問に推挙したのは私ですので、お父様の良きように・・・」
「お父様は、お前の気持ちが聞きたいのだけれど。可愛いうちの子のね」
 ここ最近、すっかり大人びた静かな笑みを浮かべるようになったヴォルフだが、時折、まだこうして幼子のような安堵に満ち溢れた微笑を垣間見せる。
「お父様。私は、フォスターと過ごした学生生活が、とても楽しかったのです。思い通りにならなくて腹が立つことも、悔しいことも、悲しいこともたくさんありました」
 一旦言葉を切ったヴォルフは、自嘲めいて髪を掻き上げた。
「けれど、人の心が自分の思い通りにならぬのだと、教えてくれたのはフォスターです。関われる人間が多ければ多いほど辛い思いも増えましょうが、生徒たちがフォスターのような人間と出会える機会を増やす可能性を、私は望みます」
「・・・ヴォルフ、良い子はお父様が抱っこしてあげよう」
 広げられた両手に耳朶を赤く染めて、ヴォルフはそっぽを向いた。
「お戯れを。私はもう・・・」
「うん。もうすっかり立派になった、僕の二人目の大事な息子」
 伸びてきた手にヴォルフは身をかわすことなく、クラウンの胸に顔を埋めた。
「ね、ヴォルフ。思い通りにならないアーシャが、好き?」
「・・・大好きです」
「じゃあね、お前が思い通りにならなくても、アーティはお前を嫌いにならないと思うよ?」
 クラウンは腕の中に小さな笑い声を感じた。
「お上手にお説教なさいますね」
「ふふ~、バレた?」
 親友の愚痴を聞き流しているようでいて、その実、捨て置きはしない。
 スコールド(お小言)の親友クラウン(道化師)は、そういう男である。



「もうしません、ごめんなさい! もうしません、ごめんなさいーーー!」
 壁についた両手が離れれば一からやり直しと宣告されてのお仕置き。
 捲くり上げられたスカートからはみ出したお尻がどれだけ跳ね上がるような痛みを覚えようとも、少女は必死に壁にしがみついていた。
「学び舎が変わったからと気の緩みを露にするような躾をした覚えはありません。うんとお尻で反省なさい!」
「あーん! マザー、ごめんなさいぃーーー!」



「お仕置きに泣きじゃくる婦女子を面白半分に覗き見るなど、言語道断。今日は仰向けで眠れぬ覚悟をするんだな。さあ、全員、両手を頭に。お尻を出しなさい」
 手の平をピシリとケインで打ったスフォールドの前に整列させられたオブシディアン達は、顔を見合わせてゴクリと息を飲み込んだ。



「はい、スコールドが言ったこと聞いていた、ワイラー?」
 ケインが空を切る音を追いかけるように響く湿った打音と少年たちの素っ頓狂な悲鳴の合奏の中、舐めるように見つめてくる盟友に顔をしかめたワイラーが、不貞腐れてそっぽを向いた。
「聞くまでもない、わかってる!」
「本当かなぁ~? 今回の合併案で、僕が一番心配だったのは君の悪~い癖の再発なのだけれど」
「せぬわ! あなたがこの年になっても平気で私に子供の仕置をしてくる人だと思い知っているし、第一! ・・・スパンキング嗜好は私に生涯付き纏うものであれ、大切に思う子等のお仕置きを楽しむ気には、もうなれん・・・」
「・・・ね、ワイラー。君を盟友に選んだ僕の審美眼って、すごくない?」
 上気している顔を必死で背けている盟友に、クラウンが破顔した。
「さて。スフォールド学院の名前、考え直さなくちゃかも」
「・・・スコールド学院で解決だろう」
「あはは。な~るほど」
 少年たちのお尻を据えていたケインが、刹那、パンと壁を打った。
「お二方、何かおっしゃいましたかな?」
「いいえぇ、なーんにも。どうぞ続きを、校長先生?」
 クラウンの言葉に、少年たちから非難めいた悲鳴が響き渡った。



おわり


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