フォスター家【オルガ番外編】

スケッチ1

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 昼下がり、この公園でスケッチをするのが私の日課だ。
 おそらくだが画家仲間の中では素描が一番早い私は、ふと目に付いたモチーフを手早くスケッチブックに書き落としていき、その場に留まる時間は十数分程。
 人が見たら、ただスケッチブック片手に散歩をしている男にしか見えまい。
 今日そんな私の目に留まったのは、遊具として公園の中央にドンと据えられた船の前に立ち止まっている、仕立ての良い外套をまとったステッキ片手の若い紳士だった。
 被っているハットも職人技が光る一級品。
 そして、ただ佇んでいるだけなのにハッと目を引く立ち姿。
 うん。これは貴族様だな。
 ブルジョア階級とはまた違った品格が漂っているのが、何よりの証拠。
 おっと、訂正。
 貴族様と言えども、品性を備えて生まれてきたわけではない。
 彼らを育てた教育係たるお付の執事の教育の賜物と言うのだろうか。
 王家にお仕えし、更に領地を治める貴族様とは、幼き頃から大層厳しく躾けられて育っていくものなのだと、私の幼馴染の執事殿が言っていたっけ。
「・・・」
 私は思わず吹き出してしまった。
 その幼馴染殿が、これまた大層自慢気に、自分が育てたという主人のことを語る顔を思い出してしまったのだ。
 私の知っている幼馴染殿は、どちらかと言えば物静かで黙って人の話を聞いて微笑んでいるタイプだった。
 その彼が、殊、主人のこととなると熱い。
 まあ熱い。
 熱く語り続ける。
「えーと。モートン。そろそろ夕飯の時刻なので、妻が待っている家に帰りたいのだけれど」
 そう切り出すと、幼馴染のモートンはひどく気恥ずかしそうに謝罪して解放してくれるのだが、一週間後にはまた、これと同じ言葉を彼に告げることになるのだ。
 ただ。
 その一週間後が、毎週の楽しみになった。
 聞かされる話が同じなのならうんざりもしただろうが、モートンが紡ぐ『主語り』は、いつだって違う時代の成長録だった。
 四歳だった『坊ちゃま』が、今現在の『旦那様』に育ちゆくまでの、様々な出来事。
「そうそう、そう言えば、こんなことがあって・・・」
 そういう切り出しから始める語り部は、嬉しそうに、楽しそうに、愉快そうに。
 それから。
 口惜しそうに、歯痒そうに、切なげに。
 けれど、どちらの彼も、それはそれは、愛おしげに。
 ふと、聞いてしまったことがある。
 年の近い幼馴染に向けた、我ながら傲慢な質問。
「君は大層子煩悩に思うのだけれど、我が子が欲しいとは思ったことはないのかい?」
 言ってしまってから、私はひどく後悔をした記憶がある。
 社会的地位が高い執事は、私たちがごく当たり前のものとして望む家庭というものを切り捨てる覚悟でその立場に望むのだということは、この国に生きていれば周知であったのに。
「あるよ」
 私の後悔を汲み取って、きっとモートンは「ないよ」と答えると思った矢先の返答に、私は目を瞬いた。
 そう答えたモートンは釣り堀となっている公園の池を眺めやっていて、目を合わせての言葉ではなかったけれど、とても素直な感情の発露に思えた。
「私とて男だ。惚れた女性もいたし、時間が作れればデートだってしたさ」
「・・・意外」
「言っておくが、故郷の村でもモテたのは君より私だろ?」
 心当たり多数。
「いやいや! それはたった十までのことで!」
「ふふ」
 ・・・故郷で、おそらくは唯ひとり、『悪いお化け退治』の名の元のお尻叩きのお仕置きを喰らわず過ごしてきた幼馴染が、目の前で村一番の悪戯小僧のような笑みを浮かべているのが、妙に新鮮だった。
「・・・あるにはあるけれどね」
 再び、鯉がうねる池を見つめたモートンが、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「この池の鯉に丸呑みにされてしまいそうな程にお小さかった坊ちゃまが、見る見る成長なさっていくのに、目が離せなくてね」
「貴族様の御子息も、わんぱくなのだね」
 私の返答が、モートンには的を外したものだったらしい。
 彼はセットをしていない髪を指で梳いて、池の柵にもたれるようにして天を仰いだ。
「・・・そういうのではないな。夢中だった」
「夢中か」
「うん。もっと。もっと。もっと。この子が育っていく姿を傍で見つめていたい。そう思った」
 実の我が子がいる私にも、共感する言葉だった。
「・・・始めの頃はね、育てきれなかった最初の坊ちゃまに対する罪滅ぼしめいた気持ちがあった」
 その最初の坊ちゃまというのが過去に語られていないので、今ひとつ意味を測りかねたが、そこを追求するのは無粋に思えて黙って聞いた。
「そんな私の感傷など坊ちゃま方には何ら関係ないと、悩んだり迷ったりしていたのに」
「うん」
「気付いたら、悩む暇さえなかった」
「夢中」
「うん。夢中」
「必死」
「うん。必死」
「もっと冷静になりたいのに!」
「そう!」
 頷いたモートンが、目を瞬いて私を見つめた。
「あれ? この話、もしや以前もしたかな?」
「いいや? 今日が初めてだよ。私はただ、我が子に対していた自分の感情を言葉にしただけ」
 モートンの破顔に、私も笑みを返していた。
 我が子を望んだことのある幼馴染殿。
 その彼が、その思いを捨てた。
 捨てて、結果、『我が子』を手に入れた。
「モートン。謝るよ。随分な愚問を投げかけた」
「何、気にしなくていい。だって、私は幸せなのだもの」
 再び宙を仰いだモートンを見遣ると、こちらまで幸せな気分になる程に、彼の表情は満足気だった。



「あ」
 あの時を思い出していた私は、目に留まった貴族様であろう紳士が、以前にモートンに呼ばれて先代当主の肖像画を描くためにお邪魔したフォスター伯爵家の現当主であることに気付いた。
 会ったのがあの一度きりであったし、ハットで目元が陰っていたのでピンと来なかったが、よくよく見れば、その立ち居振る舞いにモートンの面影を感じる。
「・・・すごいな」
 微塵の血縁関係もないのに、ここまで似るものなのか。
 育ての親御に、脱帽だ。
 しかし。
 うむ。
 何故に私が目を惹かれたかを考えると・・・少々気になる。
 どうにもこう、物憂げなのだ。
 そりゃあ昨今、貴族様の在り方について貴族議会が何やらざわついているのは国民にも周知。
 この国で、一時代を築いていた貴族中心の社会制度を、若手貴族自身が打ち崩そうとしているのだと聞く。
 とりわけ、モートンの主とその親友とされる「赤の侯爵様」が中心となって、その政策を推し進めているという。
 その一環として、自分たちの人生を投げ打ってでも付き従ってくれている家令や執事に、彼らの時間を与え、それを当然のものとするべく、週に一度の休日を義務化しようと試みているとか。
 それで、我が幼馴染のモートンが週に一度のペースで、私が散策という名のスケッチをしに訪れるこの公園にフラリと現れるようになったのだとも知っている。
「もう間もなく、平民の議会傍聴席が完成するそうだよ。整理券を特別手配するような贔屓はアーサー様がお嫌いだからできないけれど、チャンスがあれば是非、傍聴して欲しい」
 そう言ったモートンの顔が、「議会の内容を聞いてくれ」と言うより、「私の自慢の育て子を見に来てくれ」と言っているように見えた。
 見えたというか、そうに違いないと思う。
 だって、この時の彼は私がつい失笑してしまうくらい、親バカの目元で微笑んでいたのだもの。
 その幼馴染殿自慢の育て子様が、物憂げな表情にハットを更に目深に被り直して踵を返した。
 その拍子に、じっと彼を見つめていた私の視線と鉢合わせ。
 しまった。
 ジロジロと貴族様を眺めていて視線が合うなどと、一昔前ならば無礼打ちに合うところだ。
 私は即座に姿勢を正し、これでもかと礼儀正しい敬礼をして見せた。
 これでもパトロンの男爵様を始めとして伯爵夫人やら、懇意にしていただいている貴族様は数多くいる画家であるから、それなりに貴族階級に対する立ち振る舞いは心得ているつもりだ。
「失礼。私は伯爵家のフォスターと申す者。人間違いであれば申し訳ないが、もしやあなたは父の肖像画を描いてくださった方ではありませんか?」
「はい、左様にございます、フォスター卿」
 驚いた。
 高貴なご身分の伯爵様が、まず名を名乗られるとは。
 普通、貴族が平民に先に名乗るなど、有り得ないのに。
 モートンよ、一体どこまで厳しく躾けたのだい?
「申し訳ございません、名乗るのが遅れました。私めは・・・」
「ああ、良いよ。あなたのご高名は聞き及んでいる」
 そう静かに微笑んだフォスター卿が、これまた丁寧にハットを脱いでくださったことに目を瞬いてしまった。
「これはどうも、恐れ入りまする」
 本当に、恐れ入るよ、モートン。
 私を見出してくださったパトロンの男爵様など、幸いにして平民にも分け隔てのないお人柄の貴族様方と知己としてここまで来られたが、大方の貴族様が平民相手に礼を尽くすような方々でないのも知っている。
 堂々として、且つ、穏やかな為人(ひととなり)を醸し出すこの伯爵様を育てたのが幼馴染の君だと思うと、ひどく感慨深い。
「君は確か、モートンと同郷の・・・幼馴染であったね」
「はい、フォスター卿。モートンが十の年にこの王都に出稼ぎ奉公に出ましたもので、随分と長らく会ってはおりませんでしたが・・・」
 そう言うと、穏やかな微笑みを浮かべていたフォスター卿はまた物憂げな表情を再発させて、天を仰ぎ見た。
「・・・十か。たったの十で。モートンはそういうことをあまり話してはくれないから、詳しくは知らないのだけれど・・・、そういう者が多いのだよね」
「左様にございますね。私などは小作の中でも恵まれた家の出で、このように好きな絵で身を立てるべく故郷を出るまで親元にいられましたが。大層、贅沢な身分であると思います」
「・・・そう」
 ひどく落ち込んだように見えたフォスター卿に、私はいらぬことを吹き込んでしまった気分で慌てて手を振った。
「ですが! その環境を覆すべくあなた様が操舵を握ってくださっていると、モートンが誇らしげに申しておりました」
「モートンが?」
「はい。彼は毎週のようにここにやって来て、散策しながらあなた様のお話を」
「・・・ふーん」
 おや?
 そう言えば多少なりとも明るい表情を浮かべてくださると思って言ったのに、フォスター卿の表情がますます曇ってしまったことに、戸惑いを覚える。
「・・・私は、それほど広量な人間ではなくて・・・」
「は? はぁ・・・」
 何故だろう。
 先程までそこにいた穏やかな紳士が、拗ねた幼子に見える。
「多くの民草の為とか、後進の為とか、本気で、そう思って着手したのに・・・」
「はあ・・・」
 脱いだハットで顔を隠しているが、これは絶対に、口を尖らせるようにしてムクれているぞ?
「~~~執事というのは・・・」
「はい?」
「その人生を投げ打って、主の傍らにあり・・・」
「はい」
「妻を娶ることもなく・・・」
「はい」
「我が子を得る機会を捨てて・・・」
「はい・・・」
「私たちに尽くしてくれて・・・」
「・・・はい」
 なあ、モートン。
 お前は良い主に巡り逢ったね。
 それが当然のものと平民ですら思っている時代で、当の主がそれを感じてくれているのだよ。
「なのに」
「はい?」
「・・・すまぬ。今からこぼす愚痴に、目をつむって欲しい。と同時に、モートンには、黙っていて欲しい」
「は?」
 顔を覆い隠すようにしていたハットが少しだけ下がり、フォスター卿の目が見えた。
「~~~悔しい」
 ん?
「~~~羨ましい」
 ん? ん?
「~~~たった、週に一度であるのに」
 ん? ん? ん?
 ハットを鼻先まで下げたフォスター卿に、私は睨まれていないか?
「私の知らないモートンを知っている君が、密な会話をしていると思うと、無性に、腹が立つ」
 か。
 可愛いぞ?
 何だ。
 何だ、これは。
 睨みつける様な顔が真っ赤に染まっていて、許されるのであれば、即座にスケッチしたくなるような、人間臭いと言うか、子供染みているというか・・・。
「絶対、モートンに言わないでくれ!? 私が言い出して、私が踏み切った執事の安息日なのに、こんなことを愚痴っていると知られたら・・・」
 お尻をそっと撫でるような仕草。
 ・・・モートン。お前、まさか、こんなご立派な紳士にお尻ペンペンのお仕置きとかしているのかね?
 私の視線に気付いたのかフォスター卿は、更に紅潮させた顔で慌ててお尻に添えていた手を手にしていたステッキの柄に乗せた。
「ち、違った! 愚痴の中身はそうではなくて! 聞いてくれ! 言い出したことは完遂しろと、そう躾けてきたのはモートンであるのに・・・!」
「・・・はあ」
 フォスター卿は再びハットで顔を覆い隠したが、私は苦笑いを隠せなかった。
 モートンからも、同じことを聞かされたことがあったのだ。
「~~~言い出したことは完遂なさいと、そう躾てきたのは私だというのに・・・」
 そう私に愚痴をこぼしたモートンも、同じように両手で顔を覆い隠していたのを思い出したのだ。
 やれやれ。
 どこまで似ているのだろうね。
 この育ての親と育て子は。



つづく 



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~ Comment ~

お久しぶりです。
引っ越しお疲れ様でした^ ^

満足したような、でも少し寂しい思いで読み返させてもらっていたら、思いがけなく新たなお話があって(^o^)/嬉しくて!!すぐに読んでしまいました。

視点が違っているので雰囲気が違い、新鮮でした。フォスターの語りにちょっとドキドキ。
続きを楽しみにしています(#^.^#)

良き!です!

しばらくは更新ないかなーと思いながら時々覗かせてもらってましたが思いの外早い更新に飛び上がりました(笑)
フォスターがなんか可愛くて良きです♡
画家さんにモートンはいろんなことを話してるんですねぇ…わが子自慢?笑笑

Re: タイトルなし

お久しぶりです。

お礼遅くなって申し訳ありません(^_^;)
ふと思いつきのお話をUPして、まさか読んでくださる方がいらしたとは思いも寄らず。。。
喜んでいただければ幸いです。
コメントありがとうございましたv

Re: 良き!です!

ふと思いつきで書いたお話ですが、また読んでいただけてありがたい限りですv
作者自身が更新時くらいしかここを見ませんので、お礼が遅くなって申し訳ありません(;´д`)

気紛れ更新ではございますが、読んで頂けてありがたく思います。
コメントありがとうございましたv
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