【オルガ完結章】遠まわりな愛

【end credits s】赤い首輪

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「オルガも皮肉ったことをするようになったものだなぁ。あれは成長というのかねぇ、モートン?」
 結局、プライベートで自分がしたいことをしているだけだという言い分の元、毎晩、ナイトキャップを作りにフォスターの寝室に来てくれるモートン。
 そんな彼に、「主の命令が聞けぬのか」などと言う気も起こらない。
 そもそも、この男は自分がしてきた慣例だからと、後進にそれを押し付けるような人柄ではないのだから。
「少女が大人の女性に近付いたという意味でならば、成長と申せましょうね」
「はは、なるほどね」
 肩をすくめたフォスターは、窓から望む月を見上げてソファの肘掛に頬杖をついた。
「あーあ・・・」
 少々不満。
 というか、妬ける。
 ヴォルフごと引き取った時にも散々味合わされたが、オルガの目は、常に真っ直ぐ彼に向いている。
「・・・別に、礼を言われたくてした事ではないけれどさ。贈り物が欲しい訳でもないけれど・・・」
 ひどく狭量な愚痴だと言うことの、自覚もある。
 けれど。
「チェッ。ヴォルフばっかり・・・」
「旦那様・・・」
 まだヴォルフの癇癪が酷かった頃、意地悪されて一目散に自分のところに逃げ込んできたオルガが懐かしい。
「わかっているさ。ああ、わかっているよ。すっかり友達も増えて、給仕の仕事を自分で見つけて目的を果たすまでやり遂げた。それこそ、私に贈られた最高のご褒美なのだと、わかってはいるのだけどさ」
「・・・旦那様」
「なあ、モートン。保護者とは、こうも切ないものなのか?」
「・・・はい、切のうございますねぇ。必死で躾けたはずのことが、身に付いておられぬ姿を拝見すると、特に切のうございますよ、アーサー様」
 ぼやきながらシュガーポットへ伸びていた手がピタリと止まり、フォスターは首をすくめた。
「これも」
 不貞腐れた気分でテーブルの上に組み上げた足を払い除けられて、つい上目遣い。
「えーと・・・」
「言い訳は結構。ちょっとここにおいでなさい」
 モートンが叩いて見せた膝に、フォスターは引きつった顔に笑みを浮かべた。
「冗談はよせ。約束を破る気かね?」
「ああ、そのような約束を致しましたね。執事モートンと」
 含みのある言い分に、どうしようもない嫌な予感がするのだが。
「ええ、ご想像の通り。今この時間の私はただの保護者モートンで、あのお約束を致した執事モートンではございませんので」
 いや。
 いやいやいやいや!
「終業というのはそういう意味ではないし!」
「アーサー様」
 再び叩かれた膝に、フォスターはゴクリと息を飲んだ。
 労働基準法の試験運用。
 これは、もしや、墓穴を掘ったというやつか?
「舌打ち、角砂糖をかじる癖、お行儀」
 自然と伸びる背筋に、冷たい汗が伝うのがわかった。
「幼き頃より、散々躾て参ったことにございましょうが。そういう子は、どうなるのでしたか?」
「~~~そういう子って・・・。私はもう、立派な大人で・・・」
「大人が子供のようなことをなさるなら?」
「~~~」
 ず、ずるい。
 卑怯だ。
 それって、体(てい)の良い約束反故と言わぬか?
 などと言ったら、モートンの中で弾き出されたお仕置き執行数が倍増するに違いないことくらい、彼に育てられたフォスターは容易に想像できた。
「さっさとおいでなさい。お仕置きが済んだら、歯磨きのやり直しですよ」
 


 自分でできることはやるとヴォルフが宣言した翌朝、スフォールドが起床の声掛けに訪れると、彼は寝間着姿で掛布を羽織ってベッドの上に腰掛けていた。
 入室した途端、「おはよう」と言ったきりじっと目を向けてくるヴォルフの姿に、スフォールドは思わず拳で口元を隠す。
 ・・・褒めて欲しい犬みたいだな。
 主に対してそんなことを考えて笑みを滲ませてしまった自分を、反省がてら咳払い。
「おはようございます。ご自分で起きられたのですか。・・・偉いですね」
 一瞬の間は、言葉選びに迷ったからだった。
 歴とした大人の、それも侯爵閣下に向けて、「偉いですね」はないかとも思ったが、「ご立派です」も大袈裟だろう。
 まあ、言われた当人が嬉しそうなので、選択は間違っていなかったのか。
 はたまた、「お利口ですね」でも、「よく出来ました」でも、何でも良かったか。
 民草を思いやる心を芽生えさせ、独り立ち?宣言をしたお子様侯爵を、それなりに大人として対応してみようかと考えていたのだが。
「いいか、今まで通りで」
 小さく呟いて、スフォールドは明るい寝室を見渡した。
「カーテンも窓も開けられたのですね。良い子です」
「うむ。・・・けれど、窓を閉めるタイミングがわからぬ」
「おやまあ」
 寒くて掛布を羽織っていたのか。
「朝一番に窓を開けるのは、部屋の空気を入れ替える為でございますよ。ご自分が爽やかな空気を感じられたら、お閉めになればよろしゅうございます」
「うむ、わかった。明日からはそうする」
 何でも自分でやりたがった三歳の頃のアーサー坊ちゃまを思い出しながら、スフォールドは窓を閉じて、続き部屋の方にある暖炉に火を起こした。
「どうぞ、こちらへ。初夏の朝はまだ冷えます故」
「・・・暖炉は自分で点けては駄目?」
「駄目。火の用心は家令が最も気を遣うところでございますからね。これだけは譲れませぬ」
「・・・」
 黙っているヴォルフに顔をしかめて見せて、スフォールドが洗顔用のお湯を洗面器に注いだ。
「私がいない隙になどと、くれぐれもお考えになりませぬように。そんなことをすれば、お仕置きに・・・」
 手の平に息を吹きかけると、ヴォルフが口を尖らせてお尻に両手を回した。
「はい、洗顔の支度が整いましたよ」
 湯気の立つ洗面器を覗き込んで、ヴォルフが吐息をつく。
「してもらうことの方が多い・・・」
 やってもらって当然としか思っていなかった侯爵様が、「してもらう」などと自然と言い表してくれるだけで十分嬉しく思うのだが、当人はご不満のご様子である。
「では、お召し物はご自分でお選びになりますか?」
「うん!」
 いそいそと洗顔を始めた背中を微笑ましく眺めていたスフォールドであったが、この後、彼が選んだ装いに、些か頭を痛めることとなったのだった。



 三十度を保った敬礼でダイニングにヴォルフを迎え入れたモートンは、礼から直って目を瞬いた。
 後ろに付き従い、ヴォルフの椅子を引いて彼を着席させたスフォールドが、料理を取りに厨房へ向かいながら、ついて来たモートンを振り返る。
「そんな目で見るな。議会には派手やか過ぎると申し上げたさ」
 モートンの視線に答えたスフォールドは、些かげんなりとして見えた。
 トータルコーディネートとしてはさすが社交界で目を養ってきただけあって上出来だが、ヴォルフの首元を彩っているのは昨夜にオルガがプレゼントした真紅のセッテピエゲ。
 執事たちの今までの経験上、議会の為に宮廷門前のロータリーで各家の車から送り出されていく貴族たちは全体的にタイの色は落ち着いた物が多い中、この鮮やかな真紅はさぞかし目を引くだろう。
「駄々をこねるなら叱ったが、真面目に懇願されては折れざるを得なかった」
「・・・まあ、オルガ様からの贈り物だということは承知しておりますし、決して着けてはならぬ色というわけではございませんけれど・・・。ところで、ディンプルが浅くはございませんか?」
 厨房のデシャップまで並んで歩くモートンに、スフォールドがそっと耳打ちした。
 モートンの口元につい笑みがこぼれ、彼は小さく頷いた。
「それは、うんと褒めて差し上げなければいけませんね」
「よろしく。初めてご自分でタイを結んだ上に、難易度の高いセッテピエゲでのウィンザーノットだ」
 スフォールドがモートンの耳元で囁いて聞かせたのは、それが完成するまでのヴォルフ。
 幾度も幾度も癇癪を起こしかけては、自分で深呼吸して気分を落ち着けて、また黙々と教えられた通りにタイを結び始める姿。
「まだ極端に幼い部分と、民草を思うお心を持った大人の部分が同居しておられるが、モートン、セドリック様は着実に成長しておられるよ」
 デシャップから各々の主人の朝食を手に取った二人の執事は、再び並んでダイニングへと戻る。
「どうしたね、モートン。私はこの報告を、お前が破顔で喜んでくれると思ったのに」
「いえ、大変嬉しく思っておりますよ。ただ・・・」
「ただ?」
 モートンの返答を聞くまでもなかった。
「おやおや」
 ダイニングテーブルでヴォルフと語らうフォスターのお尻が、どうも落ち着きがない。
 それぞれ主人たちの前に料理を供出した執事たちは、静かにサイドテーブル前に控えた。
「久方ぶりの保護者殿のお仕置きは、なかなか厳しかったようだね」
「セドリック様は成長なさっておられると言うのに、アーサー様ときたら・・・」
 朝食を食す彼らに届かぬよう、モートンが吐息と共に言葉を紡ぐ。
「そう言うな。アーサー様は基本が優等生。それを基準に見てしまうから、採点も辛くなる。反して、セドリック様は聞かん坊の印象が基準。アーサー様に出来て当たり前のことをしただけで、褒めて差し上げたくなるだろう?」
 モートンは口を噤んだまま、楽しげに会話を挟みつつ食事を進めるフォスターとヴォルフを眺めていたが、苦笑を浮かべてスフォールドを見た。
 今は他家の家令同士。
 けれど、やはりまだまだ自分は弟子で、彼は師であると染み染み思う。
「・・・スフォールド。あなたが大切に育てたかったであろうアーサー様を託して頂き、本当にありがとうございます」
「・・・なあ、モートン。セドリック様は褒めて差し上げると、本当に嬉しそうに微笑まれるよ」
 ヴォルフが四つの頃まで、その笑みを受けては思い切り抱きしめてやったであろうモートンの姿が目に浮かぶようだった。
 初めてモートンと出会った、ヴォルフ侯爵家の使用人通用門の前の路地。
 幼いヴォルフが悲しまないように、必死で嘘をついて苦しげな涙をこぼしていた青年。
 ひどく印象的だった。
 所詮は雇われの身。
 淡々と完璧に、職務に徹してさえいれば、高給が約束されていたのに。
 小さな未来のヴォルフ侯爵を抱きしめる「愛してる」が溢れる無言の声。
 欲しい。
 そう思った。
 この溢れるような愛情を、愛しい主人の大事な息子に、欲しいと思った。
 こうまでセドリック坊ちゃまに注がれるものを、アーサー坊ちゃまに?
 無理難題かもしれないな。
 そうも思った。
 が、モートンはやはり、思った通りの懐深い男だった。
 お陰で、愛しくて仕方ない友の、愛しくて仕方ない息子は、彼の愛情を存分に受けて、友が幸せそうに目を細める青年に育ってくれた。
 首輪で人生を奪われた少女を見て見ぬふりができぬような青年に。
 その少女を首輪で繋いだ元学友の心の歪を、見て見ぬふりできないような青年に。
「・・・こちらこそ。お前が大切に育てたかったであろうセドリック様を私に巡り合わせてくれて、ありがとう」
 声低く会話はしていても、二人の目はそれぞれ主人の手元を追っている。
 そろそろ食事が済みそうな様子を見て、モートンがお茶の支度を始めた。
 それを受けるようにして、スフォールドは主人らの皿を下げにダイニングテーブルを回る。
 皿を下げ終えたスフォールドが再びサイドテーブルに戻るのと行き違うようにして、モートンがお茶の給仕に巡る。
 再び揃ってサイドテーブル前に待機した二人の執事は、互いに向けて丁寧な一礼。
「どうかセドリック様を」
「どうかアーサー様を」
 後は口にするまでもないとばかりに、モートンとスフォールドは礼から直った。



 同居の侯爵と伯爵が同じ車で揃って出仕するのは、もはや宮廷名物ですらなくなり、当然の光景として周囲に受け入れられていた。
 そんな宮廷門前のロータリーでいつもと違う光景に、運転席のモートンと助手席のスフォールドは目を瞬く。
 普段なら、主たちを車から降ろして駐車場へと向かう車から、各貴族たちの執事と思しき者たちが彼らに付き従って、緊張の面持ちでエントランスへと入っていくのだ。
 有り得ない事態。
 貴族議会の間は、各執事たちは使用人控えの間で時間を潰すか、屋敷に戻って迎えの時間まで仕事をしているか、主人が良いと言えば私用の時間を持つかの三択。
 一択目の使用人控えの間への経路は、決して主たちがくぐる目の前の正門ではない。
「え」
 ふと見れば、正門脇に彼らの車を見つけた様子のクラウンが手を振っていた。
 その傍らには所在無さげなファビオの姿も。
 顔を見合わせたモートンとスフォールドが後部座席に揃って目をやると、主たちは素知らぬ顔で窓の外を眺めていた。
 正門前に車を付ける順番が来て、いつも通りに車を降りて後部座席のドアを開けて一礼した二人の執事の元に、クラウンがやって来た。
「さあ、行こうか」
「は? あの、行こうかとは・・・?」
 目を瞬いたクラウンは、車を降りたフォスターとヴォルフに苦笑を浮かべた。
「なんだい、お前たち。スコールドたちに何も言っていないの?」
 二人の主たちは明後日の方角を見て頬を掻く。
 呆れた様子で肩をすくめたクラウンは、今度は二人の執事たちを見た。
「ワイラー曰く、開かれた議会をと提唱したのはこの二人だそうだ。現状、議会場に国民傍聴席を設営する計画が進んでいるのだけれど、その前哨戦がてら、まずは平民でもあり秘書でもある各々の執事を議会に招いてみてはどうかとの、国王陛下のご提案でね」
 モートンとスフォールドが再び顔を見合わせてから、また二人の主を見た。見たというか、睨んだ。
「旦那様方!」
「どうしてそういう大事なことをお隠しになるのです!」
 首をすくめて、今度はフォスターとヴォルフが顔を見合わせた。
「だって・・・、なあ?」
「そんな、授業参観みたいなこと・・・。できれば、いつも通りに帰って欲しいなと・・・」
 宙を仰いで長い吐息をついたモートンとスフォールドは、車を預かるタイミングを見計らうように傍らに佇んでいた王室の侍従に、一際丁寧に頭を垂れた。
 それを合図のように侍従が車に乗り込んで駐車場へと向かうのを見送って、そそくさと立ち去ろうとしている主たちに咳払い。
「旦那様方」
「お屋敷をお預かりする家令が、綿密なスケジュールを組み立てて動いているのはご承知にございましょう」
「予定は前もってちゃんとお伝えくださいと、散々お教えして参りましたね?」
「我らが組み立てたスケジュールが狂えば、使用人たちのスケジュールも狂ってくるのですと」
 矢継ぎ早のお小言に、フォスターとヴォルフが項垂れた。
「・・・だから・・・」
「・・・帰ってくれていいと・・・」
 ここは国王のおわす宮廷前で。
 執事たちは声高になりそうな自分をグッと堪えた。
「そのお仕事振りを拝見したいに、決まっておりましょう」
「スケジュール調整はどうにかいたします」
「ただし」
 執事二人が声を揃えた。
「お屋敷に戻ったら」
「終業時間が参りますれば」
「たっぷりお仕置きですからね。覚悟なさい!」
 師と弟子の声が、また綺麗に揃ったのだった。




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~ Comment ~

執事と主との関係性がよく分かるエピソードがとてもあたたかくて楽しくて、心の中がじんわりするのを感じながら、また、笑いながら読ませていただきました。

スフォールドとモートンは執事であり、そして保護者であって。その主たちは、時には厳しくたしなめられながら、昔も今もたくさんの愛情を受けているのですね。
また、この執事二人の関係も素敵ですね。愚痴をこぼせる間柄でもあり、お互いに認め、尊敬し合っていて。

最後の「授業参観」のくだりには思わず笑ってしまいました。議会で、執事たちの真剣なまなざしを受けて照れるアーサーとヴォルフが目に浮かびます。

もうすぐ完結とお聞きしていますが、ぜひ、まだまだたくさんのエピソードが読めるのを楽しみにしています。

御礼

ゆっきーさま>

読んでくださりありがとうございますv
この執事たちの、師匠と弟子であり、信頼と尊敬を念を持った間柄はずっと続いていくのだと思います。

時代はハッキリ設定しない状態ですが、「授業参観」なんて言葉は使っていいのか???と思ったのですが
どーしても言わせたくて使ってしまいました(;^_^A

お礼が遅くなって申し訳ありません。
コメントありがとうございましたm(_ _)m
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