【オルガ完結章】遠まわりな愛

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「ヴォルフは帰ってきたというのに、ど~して、お前の夜間外出は治まらないのかな?」
「痛いー! 痛い痛い痛い!」
 膝の上でジタバタともがいているオルガに吐息をこぼしたフォスターは、少々きつめの平手をピシャリと振り下ろした。
「~~~!!」
「じっとしていなさい」
 クスンと鼻をすすり上げたオルガは、しかめ面のフォスターに顔をねじ向けた。
「ホントにもうしない。目的達成したし」
「・・・目的?」
 オルガが指差しているのは、ティーテーブルの上に置かれた彼女を捕獲した時に持っていた紙袋。
 よくよく見れば、結構な高級洋品店の紙袋ではないか。
「・・・あれは?」
「ヴォルフへの贈り物。あれが買いたくて、飲み屋のお給仕の仕事に行ってたの」
 フォスターは開きかけた口を閉じた。
 買いたいものがあるなら買ってやったのに。
 と、言おうとして、それがとんだ愚考と愚行だと思ったからだ。
 愛しい人への贈り物を、自分が稼いだお金で買いたいと考えたオルガは、つい寂しさを感じるくらい成長しているのだという実感がこみ上げてきた。
「・・・そう。ヴォルフ、喜ぶだろうね」
「あの驕奢(きょうしゃ)な侯爵様が愛用しているようなテーラードなんて、さすがに手が出ないから、既製品だけれどね」
「大丈夫さ。あの子はオブたちとの生活で、過剰な贅沢を改めるくらいに成長したよ」
 この幼子二人を引き取った時は、どうなることかと思った。
 けれど、彼らはこのたった数年の間に、フォスターが誇らしく思う程に成長してくれている。
 そこに至るまでの過程の選択は、少々頭が痛かったが。
「ね、ふぉすた。早く、ヴォルフに渡しに行きたいのだけど・・・」
「あ。そうだね。では・・・」
 安堵の息で足の付け根に絡まっていたドロワーズを引き上げようとしたオルガの手を、ピシャリと跳ね除けてやる。
「お仕置きは終いだなどと言うと思うか? 事情はわかったので大負けに負けて、後、十七」
「そんなぁ・・・」
「どうしてなのかわかるね? わからないなら、わかるまで数は数えさせないよ」
「~~~わかってるわよぉ! どんな理由でも、黙って出掛けて心配させて、ごめんなさい!」
「よく出来ました」
 ピシャリと振り下ろした平手に、オルガの背中が仰け反った。
「お尻、逃げない。ほら、数は?」
「~~~ひ、ひとつぅ・・・。あーん! ごめんなさいぃー!」
 赤く染まったお尻が可哀想でついつい平手が手加減を増していく自分に、フォスターは苦笑を滲ませていた。
 時折思う。
 どうもこう自分の課すお仕置きは、モートン譲りで甘い。
 まあ、されている時は、これっぽっちも甘く感じなかったけれど。



 ヴォルフが持ってきた提案書に一通り目を通したクラウンは、久しぶりのスフォールドのお茶を味わって天井を仰いだ。
「まあ、そうだね。各分野の専門職を集めるのはどうにかなるけれど、人を育成できる講師となると、話は違ってくるからねぇ」
「左様。例えば今、お父様が召し上がっておられるお茶も、淹れる技術や感性がいくら優れていても、それを人に教えられるかは別問題」
「うん、確かにね。ところでヴォルフ。お前、この提案書はスコールドに校閲させた?」
「・・・まだ公文書ではございませんので、その必要はないかと」
「ふーん」
 提案書をヒラヒラさせて、ティーカップを口に運ぶヴォルフをじっと見据えていたクラウンは、彼の視線が泳いだのを見逃さなかった。
「スコールド」
「スフォールドだ。何だ、クラウン。うちの旦那様が何かおいたを?」
 ビクンと肩をすくませて慌ててカップをティーテーブルに戻したヴォルフの背後に、退路を塞ぐようにしてスフォールドが逸早く回り込む。
「いや、この提案書の内容自体は、秀をあげたいくらい。この子はお前の能力をよく観察しているし、とても高く評価している。元主人としては、嬉しい限りなのだけれど」
 その提案書を受け取ったスフォールドが文章を目で追っている間に、数度の咳払い。
そろそろとソファから腰を浮かしたヴォルフが、その都度、おずおずと座り直すというのを繰り返していた。
 その様子をクスクスと笑って眺めていたクラウンは、提案書を読み終えたスフォールドを見上げた。
「ね? お前を見込んでの提案には、間違いない」
 恐る恐る自分を見上げてくるヴォルフに、スフォールドは困ったような苦笑を滲ませた。
「わかる? おいたと言い切れない僕の気持ち」
 現在、雇用法を遵守する雇用主を精査の上で従業員採用権を認可し、その継続性を監督する機関の設置を、フォスターが主軸となって推し進めている。
 それに伴ってのヴォルフの提案書の内容はこうだ。
 先だって視察したメイド派遣所の登録メイド技術指導を範に、全寮制の義務教育適用対象者たちの国立職業訓練校を開設。
 そこで義務教育課程と職業訓練を並行して行い、卒業生らの就職先は、フォスター推進の機関と連携して職業訓練校に登録される仕組み。
 そして、ヴォルフの提案の要は、各専門分野の講師を育成に重点を置いたプログラムの始動であった。
 その講師育成者を学校長と定め、ヴォルフが被任命者として白羽の矢を立てたのが・・・。
「・・・旦那様。私にこれを任命なさるとなると、アーサー様とご一緒に試験運用を提示された労働基準の明確化に相反するかに思われますが?」
 ヴォルフは靴紐を解いたかと思うと、それを再びせっせと結んで見せた。
「ほら! もう自分でできる! 服だって自分で着られるのだぞ! 自分のことは、できるだけ自分でやる! だから、私のことより、お前には、赤毛たちの・・・いや、オブや赤毛たちのような若者の、未来を、託したい・・・」
 苦笑を深めたスフォールドが、ヴォルフの足元に屈んだ。
「・・・紐が曲がっておりますよ。ちゃんとお教え致しますので、練習、致しましょうね」
 クラウンが微笑んでいる気配くらい、わかる。
 血脈で受け継いだというだけの何の根拠もない自信で傍若無人の限りを尽くし、愛しい坊ちゃまの勘気を被り、長らく交流の道を断たれていた暴君侯爵様。
 それが平民の若芽たちに目を向けて、その窮状をどうにかしたいと手探りしている。
 解けた靴紐を結ぶのに鳴らされた呼び鈴は今、民草の為に鳴らされている。
 スフォールドは靴紐の結び方を教授しつつ、頬杖でそれを眺めている元主、そして、親友を見遣った。
 長年の付き合いだ。
 彼が何に勘付いたかも承知している。
 さて、どうしたものかな・・・と、スフォールドは思案した。
 ヴォルフが民草を救いたい思いは本物。
 けれど、もう一方で。
「はい、お上手に出来ました。貧民窟でお過ごしあそばされた期間は、旦那様の糧とお成にございますね」
「ふふー」
 褒められた子供のような無邪気な笑みが愛おしい。
「ですが、さすがに貧民窟生活では、カフリンクスの留め方も髪のセットも、覚えられませんでしたでしょう?」
「う。・・・うん・・・」
「タイも結べませぬよね? それでは議会への身支度はまだまだにございましょう」
「~~~」
「では、私は今後も旦那様のご自分でできることを増やすお手伝いを致しますよ」
「要らぬ! お前は労働基準の遵守を優先しておれば良いのだ」
「生憎と、私もモートンも職業執事ではございませんので」
「~~~良いと言うのに! 私のことは従僕かファビオにでも任せてくれれば・・・!」
「はい、出ましたね、本音が」
 失笑を浮かべた親友同士が顔を見合わせて肩をすくめた。
 そんなクラウンとスフォールドに交互に視線を走らせたヴォルフは、今度こそ脱兎の如くソファから駆け出そうとして、襟首を掴まれて涙目。
「はい、逃げない。職業訓練校の校長に仕立てて、口うるさ~い私の気をご自分から逸らそうという腹積もりでいらっしゃいますね」
「~~~」
「そういう悪知恵を働かせる子は、お尻、こっち向けましょうか」
 おずおずとスフォールドに背中を向けたヴォルフのお尻に、スフォールドがピシャリと一つ平手を振った。
「~! ・・・痛い」
「はい、おしまい。お顔、こっち」
 お尻をさすりながらスフォールドに向き直ったヴォルフは、珍しく悲しげな苦笑を浮かべている彼に戸惑ってしまった。
「ス、スコールド、どうしたのだ?」
「・・・お小言とて、人でございますれば。そこまで避けられると、さすがに傷つきます」
「ち! 違う! いや、違わないけど! いや、違う!」
 必死で首を横に振ったヴォルフが、やがてシュンとして俯いた。
「・・・お前はフォスターより厳しいから嫌なのだけど、解雇など思いも寄らぬし、逃げると追いかけてきて煩わしいのに、何故だか嬉しいし・・・」
 ポツポツと呟くように言葉を紡ぐヴォルフを、スフォールドはソファに座らせて、その前に跪いた。
「今まではフォスター家の命(めい)を受けた仮の世話係だったから、安心していられたけれど・・・。今は、私の・・・ヴォルフ家の執事であるし」
「はい、旦那様」
「今までの執事は、みんな、私を見限っていったし」
「・・・はい、旦那様」
「ずっと、私の傍にいて、お前も、そうなったら・・・」
「・・・」
「そうなってしまったら、嫌だなぁって・・・」
 ポロポロと頬を伝い始めた涙を手の平で拭ってやりながら、スフォールドは目尻にシワを刻んでいた。
 お世話を任された頃から、随分と成長したと思う。
「離れている時間をたくさん作れば、お前は私を見限ることなく、居続けてくれると、思って・・・」
 けれど、自分が嫌われてしまう前に遠避けてしまおうなどと、やはりまだまだ幼い侯爵様。
「・・・離れた時間があろうがなかろうが、私は変わりませんよ。なあ、クラウン」
 スフォールドが振り返ると、クラウンが大きく両手を広げて見せた。
「そうだよ~、ヴォルフ。このお小言は何せしつこいから」
「こら、他に言い方はないのか、言い方は」
 顔をしかめたスフォールドに肩をすくめて、クラウンはソファから立ち上がるとヴォルフの傍らに歩を進めて彼の髪を撫でた。
「ヴォルフや。この前の家出もそうだけれど、お前は過去の自分がしてきた事を受け止めて以来、まだ起こってもいない先ばかり見て臆病になってしまったなと、お父様は思うのだよね」
 かつての臆病者の道化師が、そう言って微笑んだ。
「だから、しつこいくらい追い掛け回してくれるスフォールドを、お前の傍につけてやりたいと思った。お父様の親友を信じなさい。彼はありのままのお前の傍に、ずっと居続けてくれるから」
 じっと二人を見つめてしばらく考え込んでいたヴォルフが、やにわにキョロキョロと周囲を見回し始めた。
 その様子を見たスフォールドが、内ポケットからペンを抜き取ってその手に取らせる。
 テーブルに置かれていた提案書を取り上げて、サラサラと文字を書き足したヴォルフが満足げに頷いた。
「どうしたのだい、ヴォルフ?」
「見ていて思いました。私はやはり、お父様の隣にいるスフォールドが好きです」
「え?」
 再び差し出された提案書を見て、クラウンは目を丸くする。
 そこには、顧問アーサー三世・ペリドットの文字。
「フォスターに提案しに行って参ります。スフォールド、お前はここに残って、指導要領の具体案をお父様と相談してくれ」
 さっさとクラウンの自室を後にするヴォルフの背中を見送って、スフォールドはガリガリと頭を掻いた。
「ああいうところも躾直さんとなぁ・・・。だから、この前のボヤ騒ぎのようになる」
 思い立ったら、あっという間に行動に移すのだから、あの侯爵様は。
 まるきり、小さな子供だ。
「巻き込まれたな、クラウンよ」
「~~~うぅ、僕の安穏隠居生活・・・」
「観念しろよ。私の旦那様が、お前の隣にいる私をご所望だ。叶えてもらうぞ」
「ああ、もう~。ホント、主人に忠誠の厚い男だね、お前は」
「・・・叶えたい理由は、それだけじゃないけどな」
 口の中で小さく呟いたスフォールドに、クラウンがニッと口端に笑みを浮かべた。
「うん。知ってる」
 グイと伸びをしたクラウンがキャビネットから大量の白紙用紙を取り出してきてテーブルに置くと、その間にスフォールドが書棚からありったけの資料を運び、同じく机上に積み上げる。
「さぁて、忙しくなるよ、校長先生。家令の方が疎かにならないかい?」
「ふん、舐めるな。私の力をもってすれば・・・と、言いたいところだがね」
 何を調べ、何をその中からピックアップして用紙に落としていくかなど、打ち合わせる必要もない二人は、積まれた資料をひたすらめくる。
「家令と言っても、この屋敷にはモートンという優秀な家令がいるし、私がしゃしゃり出ることもない。旦那様のお世話だけでは色々と持て余し気味でね」
「ふふ。それも見抜いての抜擢だったかもね。あの子、妙に観察力あるから」
「なら、お前のこともだろうな。お気楽隠居生活とか言いながら、時折退屈そうにしているのを、旦那様がじっと見ておられたもの」
「・・・ありゃりゃ」
 会話の合間に、白かった用紙がどんどんと文字で埋め尽くされていく。
「・・・こういうの、久しぶりだね」
「・・・そうだな」
「早く実現すると良いね。相当な税金が必要だろうから、アーシャとヴォルフには一日も早く、貴族課税法案を可決するよう尽力してもらわなくちゃ」
「実現しても、あれこれ模索は続くだろうし」
 二人は同時に資料から顔を上げて、相好を崩した。
「ま、お互いせいぜい長生きしようよ」



 ヴォルフがフォスターの部屋の前に立ったと同時にドアが開き、オルガが姿を見せた。
「あら、ちょうど部屋に行こうと思っていたのよ」
「フォスターに聞かれたら叱られるぞ」
「そうでした」
 今しがたようやく解放された膝の上に逆戻りなどゴメンなオルガは、ヒリヒリするお尻をさすって紙袋からリボンの掛けられた箱を取り出してヴォルフに差し出した。
「プレゼント」
「? 全快祝い?」
「バカ。見ればわかるわよ。お仕事の話で来たのでしょ。じゃあね」
 ヒラヒラと手を振って遠ざかっていくオルガの背中を見送ったヴォルフは、ドアを潜りながら箱のリボンをほどいた。
「やあ、ヴォルフ。どうかね、父上とスフォールドに叱られただろう?」
「意地悪。叱られるとわかっていて止めなかったな」
「私が叱るより効果的かと思って。おや、それはもしかして、オルガから?」
「うん、今、そこで」
 ソファに掛けて、モートンが恭しく差し出したティーカップを口に運んだヴォルフは、箱を開いて目を瞬いた。
「オルガね、その贈り物を自分が稼いだお金で買ったそうだよ」
「・・・・・・」
 きっといつもの幼子のような笑みが見られると思って言ったフォスターは、彼が箱の中を見つめながら自嘲を浮かべている姿に首を傾げた。
「何が入っていたの?」
 つい気になって尋ねると、ヴォルフが黙って箱を差し出した。
 中身を覗いたフォスターの目にも、苦笑が滲む。
「・・・これはまた、苦味を効かせた贈り物だね」
「ふふ、オルガらしいよ。どこにも行かせない、あなたは私のもの。きっと、そういう意味だ」
「ご馳走様」
 フォスターはつい失笑し、ヴォルフが姿を消して以降、屋敷を抜け出すようになったオルガの気持ちに思いを巡らせ、それが正解なのだろうと思った。
 屋敷の中ではまだ幼い侯爵様も、オルガのことにだけは、こうして大人びた顔をする。
 そろそろ、部屋で二人にさせてやるくらい許可してやっても、良いかもしれない。




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